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第八章
329:トニーの誤算
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トニーは「リスク管理研究所」の事務所に戻ると、入ってくるなとメンバーに命じて会議室に閉じこもった。次の対応を一人で考えるためだ。
先ほどのハドリとの会話で、OP社とECN社をぶつけて潰し合わせるのが困難になったとトニーは判断した。彼の意図はハドリに読まれている可能性が高い。
(あのウォーリー・トワがどこまでやれるか、だな……)
トニーはエンジニアとしてはともかく、職業人として、そして戦略家・戦術家としてのウォーリーをそれほどは評価していない。
容易に他人を信用しすぎ、疑うということをあまり知らない人間だ。それに感情的に過ぎる。
このような人間は、いくら優れた能力を持っていても、悪意を持つ人間に容易に害されるものだとトニーは思う。
ハドリはその点に関しては非常に疑り深い人間だ。
特に敵対する者の弱みを的確に突く、という点においてウォーリーを遥かに凌駕する。
ウォーリーにこうした考えが薄いことは彼の美徳でもあるのだが、世界を生き抜いていく上ではマイナスにしかならない、とトニーには思える。
最低限、OP社の発電事業が破綻するまでウォーリーが時間を稼いでくれさえすれば、トニーとしては十分である。
そうなればOP社の矛先が「リスク管理研究所」に向くことはないと考えられるからだ。
(市民と労働者組合をいかに活用できるか、だ。うまく彼らを前面に押し出して、ハドリの奴が「罪もない市民を傷つけている」、そして「OP社内で仲間割れが起きている」という状況を同時に作り出せれば、事態の長期化も十分に可能だが……
ただ、トワの単純野郎がそこまで気を回すとは思えんな……)
トニーは自分の身の安全を確保するために、最善を尽くさなければならないと考えている。
そして、今こそがその正念場に入りつつある状況である。
ここで決断を誤ってはならない。
トニーからすればハドリが力を持ちすぎるのも、ウォーリーが力を持ちすぎるのも有害なのだ。
それぞれの者が自分の才覚に見合った財産なり権力なりを持てばよい。
今の状況ではハドリにしろ、ウォーリーにしろ、分不相応なものを追い求めすぎなのだ。
彼らが分相応なものだけを追い求めれば、このような混乱は発生しなかった。
トニーに関係なく勝手に争う分には問題がないが、トニーや「リスク管理研究所」にその禍が及ぶとなれば、問題は別だ。黙って犠牲を受け入れるなど論外である。
トニーの心情的にはハドリとウォーリーが共倒れになるのが一番良い。そうなれば、自分が裏で分相応な財産なり、権力なりを持つことができるだろう。
トニー自身は大勢力のトップの座に就くつもりはない。
何かと制約が多く、自分の思うよう人生が楽しめなくなるからだ。
トップは部下を規則で縛るが、その規則にもっとも縛られるのがトップ自身なのだ。そうでなければ、部下はトップに従わない。
それがトニーにとっては厄介であった。
規則に縛られるのは見かけの地位や権力の欲しい者に任せておいて、自分は規則を作り、それを利用する側に回るのがベストであるとトニーは考える。
また、トップは他の勢力や部下から攻撃を受けやすい危険な地位である。そのような危険にわが身を晒すこともないだろう。
もし、どちらかを勝たせなければならないとするならば……
その場合はウォーリーに勝たせたほうが良い。
彼ならトップとして自ら規則に縛られる道を望む男だ。
また、彼は必要以上に周りの素行に干渉する男ではない。
トニーが自分の才覚に応じた財産や権力を得ても、そう簡単に攻撃してくることはないはずだ。
これらの考えを総合して、トニーはハドリとウォーリーの争いを長期化させることを選んだのだった。
今回、ハドリの警戒をECN社に向けるという計画は失敗したと思われる。
次の報告でハドリの不興を買えば、トニーの身にも危険が及ぶ可能性が高い。
(ECN社に反乱でも起こさせるか……? それとも職業学校にするか……?)
トニーは次なるターゲットを探し求めるとともに、八名の所員をOP社へと送った。トニーは所員に同行しない。
副所長であるサワムラをリーダーとして、次なる調査に当たらせる。その間、トニーはECN社か職業学校の動きを見極め、反乱の種を撒くことにした。OP社に逆らった事実までは必要ない。逆らおうとする証拠が見つかりさえすればよいのだ。
トニーはハドリの心理を大きく読み違えた。
ハドリの母親に対するこだわりに彼は気づかなかったのである。
ハドリとウォーリーの出生に関する情報を彼が得ていれば、ハドリの意図を読みきれた可能性はある。
しかし、両者の出生についてはオイゲンなどわずかな者が知るのみであり、トニーがそれを知らないのも無理はない。
母親を陵辱した男の血統を抹殺することが目的だと気づくためには、トニーが持っている情報は不足していた。
いつもの冷徹なハドリからは考えられない暴挙である。ハドリの母親に関するこだわりが彼の冷徹さに大きな綻びを生じさせていたのだ。
しかし、母親という一点を除けば、彼の冷徹さには傷ひとつ見当たらない。これが、彼を見る者の目を狂わせたのかもしれない。
先ほどのハドリとの会話で、OP社とECN社をぶつけて潰し合わせるのが困難になったとトニーは判断した。彼の意図はハドリに読まれている可能性が高い。
(あのウォーリー・トワがどこまでやれるか、だな……)
トニーはエンジニアとしてはともかく、職業人として、そして戦略家・戦術家としてのウォーリーをそれほどは評価していない。
容易に他人を信用しすぎ、疑うということをあまり知らない人間だ。それに感情的に過ぎる。
このような人間は、いくら優れた能力を持っていても、悪意を持つ人間に容易に害されるものだとトニーは思う。
ハドリはその点に関しては非常に疑り深い人間だ。
特に敵対する者の弱みを的確に突く、という点においてウォーリーを遥かに凌駕する。
ウォーリーにこうした考えが薄いことは彼の美徳でもあるのだが、世界を生き抜いていく上ではマイナスにしかならない、とトニーには思える。
最低限、OP社の発電事業が破綻するまでウォーリーが時間を稼いでくれさえすれば、トニーとしては十分である。
そうなればOP社の矛先が「リスク管理研究所」に向くことはないと考えられるからだ。
(市民と労働者組合をいかに活用できるか、だ。うまく彼らを前面に押し出して、ハドリの奴が「罪もない市民を傷つけている」、そして「OP社内で仲間割れが起きている」という状況を同時に作り出せれば、事態の長期化も十分に可能だが……
ただ、トワの単純野郎がそこまで気を回すとは思えんな……)
トニーは自分の身の安全を確保するために、最善を尽くさなければならないと考えている。
そして、今こそがその正念場に入りつつある状況である。
ここで決断を誤ってはならない。
トニーからすればハドリが力を持ちすぎるのも、ウォーリーが力を持ちすぎるのも有害なのだ。
それぞれの者が自分の才覚に見合った財産なり権力なりを持てばよい。
今の状況ではハドリにしろ、ウォーリーにしろ、分不相応なものを追い求めすぎなのだ。
彼らが分相応なものだけを追い求めれば、このような混乱は発生しなかった。
トニーに関係なく勝手に争う分には問題がないが、トニーや「リスク管理研究所」にその禍が及ぶとなれば、問題は別だ。黙って犠牲を受け入れるなど論外である。
トニーの心情的にはハドリとウォーリーが共倒れになるのが一番良い。そうなれば、自分が裏で分相応な財産なり、権力なりを持つことができるだろう。
トニー自身は大勢力のトップの座に就くつもりはない。
何かと制約が多く、自分の思うよう人生が楽しめなくなるからだ。
トップは部下を規則で縛るが、その規則にもっとも縛られるのがトップ自身なのだ。そうでなければ、部下はトップに従わない。
それがトニーにとっては厄介であった。
規則に縛られるのは見かけの地位や権力の欲しい者に任せておいて、自分は規則を作り、それを利用する側に回るのがベストであるとトニーは考える。
また、トップは他の勢力や部下から攻撃を受けやすい危険な地位である。そのような危険にわが身を晒すこともないだろう。
もし、どちらかを勝たせなければならないとするならば……
その場合はウォーリーに勝たせたほうが良い。
彼ならトップとして自ら規則に縛られる道を望む男だ。
また、彼は必要以上に周りの素行に干渉する男ではない。
トニーが自分の才覚に応じた財産や権力を得ても、そう簡単に攻撃してくることはないはずだ。
これらの考えを総合して、トニーはハドリとウォーリーの争いを長期化させることを選んだのだった。
今回、ハドリの警戒をECN社に向けるという計画は失敗したと思われる。
次の報告でハドリの不興を買えば、トニーの身にも危険が及ぶ可能性が高い。
(ECN社に反乱でも起こさせるか……? それとも職業学校にするか……?)
トニーは次なるターゲットを探し求めるとともに、八名の所員をOP社へと送った。トニーは所員に同行しない。
副所長であるサワムラをリーダーとして、次なる調査に当たらせる。その間、トニーはECN社か職業学校の動きを見極め、反乱の種を撒くことにした。OP社に逆らった事実までは必要ない。逆らおうとする証拠が見つかりさえすればよいのだ。
トニーはハドリの心理を大きく読み違えた。
ハドリの母親に対するこだわりに彼は気づかなかったのである。
ハドリとウォーリーの出生に関する情報を彼が得ていれば、ハドリの意図を読みきれた可能性はある。
しかし、両者の出生についてはオイゲンなどわずかな者が知るのみであり、トニーがそれを知らないのも無理はない。
母親を陵辱した男の血統を抹殺することが目的だと気づくためには、トニーが持っている情報は不足していた。
いつもの冷徹なハドリからは考えられない暴挙である。ハドリの母親に関するこだわりが彼の冷徹さに大きな綻びを生じさせていたのだ。
しかし、母親という一点を除けば、彼の冷徹さには傷ひとつ見当たらない。これが、彼を見る者の目を狂わせたのかもしれない。
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