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第七章
304:社長秘書の部屋
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部屋の明かりをつけて、メイがオイゲンに囁いた。
社内にいるときよりもオイゲンとの距離が近い。
「社長は……私の家、初めてでしたよね?」
「……そうです」
「実は……私の家に、他の人に上がっていただいたの、初めてなのですよ」
「そうですか……」
オイゲンは居難そうに周囲を落ち着きなく見回している。
お世辞にも広いとはいえない1Kの間取りで、オイゲンから見て左前方がキッチン、右前方が玄関へと続く廊下になっている。
廊下の途中にトイレとバスがあるという、このあたりでは比較的よくみられるタイプのものだ。メイのような若い女性よりも独身の男性がよく利用するタイプではあるのだが。
メイはキッチンへと向かったのだが、オイゲンのいる部屋とキッチンの間には背の高いカウンターがあるため彼女が何をしているのかはわからない。
オイゲンが室内へと視線を移動させた。
テーブル以外には家具らしい家具もない殺風景な部屋だ。
テーブルの上には情報端末が置かれている。自宅で調査などをするときは、この端末を使っているのだろう、とオイゲンは思った。
そこへメイがグラスを二つ持って現れた。グラスの中にはルビー色をした液体が注がれている。
「社長は……アルコールって、大丈夫ですか?」
「す、少しなら……」
実のところオイゲンは、ほとんど酒が飲めない。メイが強引に勧めてきたので、断るに断りきれず、言葉を濁したのだ。
グラスの中の液体が何だかわからないが、色から考えて、それほど強い酒ではないだろう。ワインとは多少異なる色である。それなら、グラス一杯なら何とかなる、と考えた。
(それにしても……カワナさんが飲めるとは意外だな……)
オイゲンは先にグラスに手をつけたメイを見ながら、ふとそう思った。
そして、目の前のグラスに手を伸ばし、ルビー色の液体を少し口に含んだ。
やや苦味のある柑橘系の香りが、彼の口から鼻に抜けた。
(このくらいなら大丈夫だろう。それほど強いものではなさそうだ)
今度はもう少し多くの量を口に含んでみた。
メイはグラスの半分ほどの量を飲んでいるようだ。そしてこちらの様子を窺っている。
(これから一体何を……?)
オイゲンは、ままよ、と思いながら口の中に含んだ液体を喉へと流し込んだ。
「社長……」
メイがオイゲンに語りかける。
「あの……ジンへ行くのはいいのですけど……道が不案内で……」
「ジンの駅へ行けば、看板を出しているはずなのでわかると思うのですが……」
「それとは少し違って……」
メイの態度は煮え切らないものであった。このこと自体は「いつものこと」なので、オイゲンも驚かないが、彼女の意図を測りかねている。これは一度探りを入れたほうがよいだろう、と彼は判断した。
「えーと……カワナさんの携帯端末に地図作成機能を登録しましょうか?」
「ちょっと違うんです……方向とか方位とかわかる仕組みが……」
オイゲンは彼女の真意を測りかねたが、彼女の言っている仕組みを持っているものには心当たりがある。彼自身が持っている腕時計にその機能はある。
単なる趣味の問題なのだが、オイゲンの持っている腕時計は、時計としての機能のほかに方位磁針、寒暖計、湿度計の機能がある。今の彼にはあまり必要のない機能であるし、他に方位がわかるものなど彼は持っていない。時間は携帯端末で知ればよいのだ。
「僕の時計に方位磁針の機能があるから……それでいいですか?」
「え?! いただいてしまっていいのですか……? そこまで……」
メイが意外そうな顔をした。だが、オイゲンにとってそれは些細な問題であった。
オイゲンは黙って腕時計を外し、メイに差し出した。
メイは、ありがとうございます、と礼を言ってから恐る恐る時計を受け取った。
彼女の腕には少し大きすぎるので、携帯端末のストラップにそれを取り付ける。
「すみません、厄介なことを頼んでしまって……」
オイゲンがすまなそうに頭を下げた。
「タブーなきエンジニア集団」へ走れという指示は、彼女にとって相当な苦痛を伴うものであることはオイゲン自身も理解している。
そのようなことを半ば強制する形にしてしまったことについて、オイゲンにも負い目がある。
「あ、いえ……そんな……」
「ところで……僕は明日からOP社に行くことになります。多分、ハドリ氏はウォーリーのチームを屈服させたいのではないかと僕は思っています」
「(コクリ)」
メイは黙ってうなずきながらオイゲンの話を聞いている。
「できれば僕は、ウォーリーとハドリ氏の衝突を回避したいと思っています。ハドリ氏が翻意してくれれば助かるのですが、僕の意見を聞き入れるとは考えにくいですね……」
オイゲンがそこで言葉を止めるとメイがそれまでとはうって変わった冷静な口調で話を始めた。
「他人の意志を変えるのは難しいと思われます。もし、変えられるとするならば……
いえ、『変える』というよりこの場合は、『無くす』に近いですから……」
そこでメイが大きく息を吸った。
社内にいるときよりもオイゲンとの距離が近い。
「社長は……私の家、初めてでしたよね?」
「……そうです」
「実は……私の家に、他の人に上がっていただいたの、初めてなのですよ」
「そうですか……」
オイゲンは居難そうに周囲を落ち着きなく見回している。
お世辞にも広いとはいえない1Kの間取りで、オイゲンから見て左前方がキッチン、右前方が玄関へと続く廊下になっている。
廊下の途中にトイレとバスがあるという、このあたりでは比較的よくみられるタイプのものだ。メイのような若い女性よりも独身の男性がよく利用するタイプではあるのだが。
メイはキッチンへと向かったのだが、オイゲンのいる部屋とキッチンの間には背の高いカウンターがあるため彼女が何をしているのかはわからない。
オイゲンが室内へと視線を移動させた。
テーブル以外には家具らしい家具もない殺風景な部屋だ。
テーブルの上には情報端末が置かれている。自宅で調査などをするときは、この端末を使っているのだろう、とオイゲンは思った。
そこへメイがグラスを二つ持って現れた。グラスの中にはルビー色をした液体が注がれている。
「社長は……アルコールって、大丈夫ですか?」
「す、少しなら……」
実のところオイゲンは、ほとんど酒が飲めない。メイが強引に勧めてきたので、断るに断りきれず、言葉を濁したのだ。
グラスの中の液体が何だかわからないが、色から考えて、それほど強い酒ではないだろう。ワインとは多少異なる色である。それなら、グラス一杯なら何とかなる、と考えた。
(それにしても……カワナさんが飲めるとは意外だな……)
オイゲンは先にグラスに手をつけたメイを見ながら、ふとそう思った。
そして、目の前のグラスに手を伸ばし、ルビー色の液体を少し口に含んだ。
やや苦味のある柑橘系の香りが、彼の口から鼻に抜けた。
(このくらいなら大丈夫だろう。それほど強いものではなさそうだ)
今度はもう少し多くの量を口に含んでみた。
メイはグラスの半分ほどの量を飲んでいるようだ。そしてこちらの様子を窺っている。
(これから一体何を……?)
オイゲンは、ままよ、と思いながら口の中に含んだ液体を喉へと流し込んだ。
「社長……」
メイがオイゲンに語りかける。
「あの……ジンへ行くのはいいのですけど……道が不案内で……」
「ジンの駅へ行けば、看板を出しているはずなのでわかると思うのですが……」
「それとは少し違って……」
メイの態度は煮え切らないものであった。このこと自体は「いつものこと」なので、オイゲンも驚かないが、彼女の意図を測りかねている。これは一度探りを入れたほうがよいだろう、と彼は判断した。
「えーと……カワナさんの携帯端末に地図作成機能を登録しましょうか?」
「ちょっと違うんです……方向とか方位とかわかる仕組みが……」
オイゲンは彼女の真意を測りかねたが、彼女の言っている仕組みを持っているものには心当たりがある。彼自身が持っている腕時計にその機能はある。
単なる趣味の問題なのだが、オイゲンの持っている腕時計は、時計としての機能のほかに方位磁針、寒暖計、湿度計の機能がある。今の彼にはあまり必要のない機能であるし、他に方位がわかるものなど彼は持っていない。時間は携帯端末で知ればよいのだ。
「僕の時計に方位磁針の機能があるから……それでいいですか?」
「え?! いただいてしまっていいのですか……? そこまで……」
メイが意外そうな顔をした。だが、オイゲンにとってそれは些細な問題であった。
オイゲンは黙って腕時計を外し、メイに差し出した。
メイは、ありがとうございます、と礼を言ってから恐る恐る時計を受け取った。
彼女の腕には少し大きすぎるので、携帯端末のストラップにそれを取り付ける。
「すみません、厄介なことを頼んでしまって……」
オイゲンがすまなそうに頭を下げた。
「タブーなきエンジニア集団」へ走れという指示は、彼女にとって相当な苦痛を伴うものであることはオイゲン自身も理解している。
そのようなことを半ば強制する形にしてしまったことについて、オイゲンにも負い目がある。
「あ、いえ……そんな……」
「ところで……僕は明日からOP社に行くことになります。多分、ハドリ氏はウォーリーのチームを屈服させたいのではないかと僕は思っています」
「(コクリ)」
メイは黙ってうなずきながらオイゲンの話を聞いている。
「できれば僕は、ウォーリーとハドリ氏の衝突を回避したいと思っています。ハドリ氏が翻意してくれれば助かるのですが、僕の意見を聞き入れるとは考えにくいですね……」
オイゲンがそこで言葉を止めるとメイがそれまでとはうって変わった冷静な口調で話を始めた。
「他人の意志を変えるのは難しいと思われます。もし、変えられるとするならば……
いえ、『変える』というよりこの場合は、『無くす』に近いですから……」
そこでメイが大きく息を吸った。
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