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第七章

303:オイゲンの依頼とメイの依頼

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 オイゲンはメイに依頼を伝えるため、彼女に近づいた。
 出発は明朝であるから、今日中に伝えておく必要がある。

「すみません、カワナさん。僕からあなたにどうしてもお願いしたいことがあるのです」
 このようなときでも、部下に敬語を使ってしまうのが彼らしい。
「え、社長……? 何でしょうか?」
 オイゲンの真剣な表情に、ついにメイが反応した。
「もう少ししたら渡すものがありますので、待っていてください」
 オイゲンはそう伝えて自席に戻ると、その直後にキーボードを叩き始めた。
 「打音メッセ」で指示を伝えるのだ。
「これから渡す物をミヤハラのところに届けて欲しいのです。カワナさんにしか頼めません。あなたを危険な目には遭わせたくないのですが……」
 メイの回答が打鍵音で伝わってくる。
「……わかりました。やらせていただきます。それと……ちょっと待ってください」
 回答を伝え終わるとメイが席から立ち上がり、オイゲンのもとへと向かってきた。届ける荷物を受け取るためだ。
 オイゲンは足元にあるリュックを彼女に手渡した。
「お渡しするものはこれです。よろしくお願いします」
 メイはこくりとうなずいてリュックを受け取った。
 そして、自席へ戻るといつにない真剣な表情でキーボードを叩き始めた。
「社長にご相談したいことがあります。外でお時間を頂きたいのですが……」
 (相談、か……放置すれば次に対応できるのはいつになるかわからないからな。今日のうちに片付ける必要があるな……)
 オイゲンは少し考えてから承知する旨のメッセージを伝えた。

 ※※

 三〇分後、二人はECN社本社から少し離れた建設現場の前で落ち合った。
 メイの指定した場所なのだが、それにしても何故こんなところで、とオイゲンは思った。
 既に作業が終わっているのか、現場には人気がない。
 何故このような場所を指定したのか、オイゲンには見当もつかない。
 何を相談したいのかも見当がつかない。
 すぐに結論を出せる内容であればよいが、そうでない場合オイゲンには時間がない。

 (まあ、ここなら人通りも多くないし、従業員とかに見つかりにくいからいいか……
 見つかったら何を言われることやら……)
 オイゲンはそう思いながら辺りを見回していた。
 メイはいつも通りのコートに帽子、サングラスにマフラーのいでたちである。彼女を知る従業員がその姿を見れば、すぐに彼女だと見抜いてしまうだろう。
 メイがサングラスを外して、先に口を開いた。いつもの囁くような語り口だ。
「社長……出発される前に受け取って、いや手にしていただきたいものが……」
「僕に、ですか……?」
「……はい」
 (受け取る、じゃなくて手にする……?)
 オイゲンは何だろう、と考えながらもわかりました、とうなずいてみせた。
 相談、というには妙な内容ではあるが、オイゲンに拒否する選択肢はなかった。
 メイの機嫌を損ねてしまえばこちらの依頼を請けてもらえなくなる可能性が高いからだ。

 メイは、こちらへ、と言ってある方向に向かって歩いていく。
 (え? ここで手渡すのじゃないのか……?)
 オイゲンは戸惑いを覚えながら、彼女の三歩ばかり後をついていった。
 よく見てみれば、メイは小さなポーチを持っているだけだ。さきほど渡したリュックも持っていない。
 「手にする」のものが何だかオイゲンにはわからないが、今メイが持っているものではないのだろうと推測した。

「……」
 先を歩くメイは無言だ。
 ハモネスの繁華街を避けるようにゆっくりと彼女は歩いていく。
 時々不安気に後ろを振り返りながら、オイゲンがついてきているかを確認している。
 三〇分ばかり歩くと、一棟のこぎれいなアパートの前にたどり着いた。
「ここです」
 メイがオイゲンのほうを向いて囁いた。
 直感的にオイゲンは、この建物がメイの住むアパートではないかと感じとっていた。
「カ、カワナさん……それはちょっとまずいですよ……」
 オイゲンが両手を前に差し出して、静止しようとした。
 すると、メイは視線を地面に落として明らかに落胆したような表情を見せた。
「手にしていただけないのですか……? そうですよね、無理ですよね……」
 メイの言葉にオイゲンは、そうじゃなくて、と小声で反論を試みる。
「いや、社長が異性の部下の自宅に入ったら何かと問題になるじゃないですか。それは家から持ち出せるものではないのですか?」
「……ここから動かすことができないのです。私も……社長に来ていただけるまでここを動けません」
 メイがオイゲンの方に一歩詰め寄った。
「しかし……」
 オイゲンはたじろいだが、身体が固まってしまったのか後退することができなかった。
「動けないんです」
 メイの気迫に気圧されたオイゲンが、ついに降伏の合図を送った。
 オイゲンは辺りを見回して人気がないことを確認してから、大きくうなずいたのだった。
 メイはオイゲンがうなずいたのを見て、オイゲンの後ろに回りこむ。
 そして、アパートの一室へとオイゲンを押し込んだ。
 普段の対人恐怖症の彼女からは想像できないほどの強引さだった。
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