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第七章
278:いつか東へ
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「やっぱり、東に活路を求めるしか……」
オイゲンが思わず口にした言葉にカネサキが反応する。
「社長? 東ってどういうことよ?」
「あ……その……」
オイゲンが口ごもった。無意識に口にした言葉だったので、反応があったことに困惑している。
「ちゃんと話しなさいよ! 何をしようっていうのさ?」
「いや、大したことじゃないのですが……」
カネサキが詰め寄るとオイゲンは慌てて両手を振った。
社長という割にオイゲンは社員に対して腰が低い。社員に対してだけではなく他者に対して、という方が近い。
これは昨日今日に始まったことではないので、周りの者も驚いたりしない。
「あー、仕方無いですね。お話してしまいますよ。無責任とか言われても仕方のない話なのですが……」
オイゲンはあっという間に観念して、自らの考えを語った。
メディットはOP社の手が伸びていない数少ない施設であり、盗聴の心配もないと考えたのだろう。
病院ということもあるのだろうが、「タブーなきエンジニア集団」の影響下にあるこの都市でも、OP社に咎められることなく出入りできることがその影響下にないことを如実に物語っている。
オイゲンの話は、要するに今の閉塞感を打破するために島の東側に人が居住できるエリアを求めてもよいのではないか、といういつものものである。
意外にもこの話に興味を持ったのは、「とぉえんてぃ?ず」の三人娘のオオイダであった。
「面白いこと考えますね。私が行ってもいいですか?
会社の中で机に向かって仕事をするのにも飽きたし、こういう誰もがやったことのないような仕事をやってみたかったのよね」
「いや、まだ……決定してもないことですから……」
オイゲンは手を横に振って拒絶したが、ロビーとカネサキまでがオオイダに同調してしまい、引っ込みがつかなくなる。
もっとも、ロビーとカネサキは「セスとウォーリーを引き合わせてから」という条件つきではあったが。
「困ったな……社内のゴタゴタが片付いたらそのときにお願いしますよ。今はクルス君のことが先決です」
オイゲンはセスをだしに何とか追求を逃れようとした。
「セスの事が終わってからだな、まあいいだろう」
セスが退院した時点でロビーはECN社を辞める、という話をしたばかりである。
当然、セスのことが片付いた後ではロビーの立場はECN社の従業員ではないはずなのだが、そのことを彼が気にしている様子はないようだ。
「……まあいいでしょう。そのときは僕の個人的権限で行ってもらうことにしましょう」
「空手形になるのは困りますね。社長のサイン入りの書類は出せないのですか?」
オイゲンの言葉にオオイダは一筆書けとほとんど命令口調で応じた。
ECN社では社長と社員の立場が完全に逆転しているようだ。オイゲンもそのことは認めているが、彼の性格からなのかそれを直そうとはしていない。
オイゲンは少し考えてからペンを手に取った。
オオイダの言う通り空手形になってしまっては書類の意味がない。
その一方で、この書類をECN社名前で出すのは後々問題になる可能性がある。
「……わかりました。皆さんの立場がどうなるかわからないので、あくまで僕個人からの依頼という形にしますよ」
オイゲンが一筆書いてオオイダに手渡すとほぼ同時に、レイカとモリタが飲み物の袋を抱えて帰ってきた。
このときの依頼書は結果的にオオイダが懸念した通り空手形になってしまうのだが、このときそのことを予測できた者はなかった。
「モリタ君! 遅いよ!」
カネサキが鋭く言い放った。
「あ……すみません」
「ごめんなさい」
モリタとレイカがほぼ同時に謝る。カネサキは、
「メルツ先生はいいんですよ。身体使う仕事なんだからモリタ君にはしっかりしてもらわないと」
とレイカには優しく語りかける。
「セスや女の人と僕とで全然態度違いますね、カネサキさん……」
モリタがぼそっとつぶやいた。
カネサキは当たり前じゃないの、とモリタを小突いた。
その隙にレイカが皆に飲み物を配りはじめた。
「カネサキさん、落ち着いて。それから、皆さんどうぞ」
「先生、気が利くんだな」
ロビーが飲み物を受け取った。彼の好きな昆布茶であるのを確認して感心した様子だ。
「医学の心得はないから……このくらいはしないとね」
レイカが配った飲み物はすべて、各人の好みが反映されていた。
飲み物を選んだのはレイカだった。彼女は普段から各人の好みをよく観察している。
「先生はよく見ているわね。私だったらぱーっと買っちゃうのにね」
カネサキがミネラルウォーターのボトルを手にしながら、感心したように言った。
「だからカネサキが買ってくると数が合わなかったり、頼みもしない品物がくるのよ」
オオイダが疑わしげな目でカネサキを見やった。
「まあ、否定しないけどね。あんたも似たりよったりじゃない、オオイダ。あんたが社の冷蔵庫に飲みかけのビンを何本も放置していることくらい知ってるわよ」
ECN社総務の冷蔵庫の中にある飲みかけのビンの大部分がオオイダのものであることは、部署内ではよく知られていることである。
オオイダ本人の弁では、「冷蔵庫に入れると忘れる」だそうなのだが……
オイゲンが思わず口にした言葉にカネサキが反応する。
「社長? 東ってどういうことよ?」
「あ……その……」
オイゲンが口ごもった。無意識に口にした言葉だったので、反応があったことに困惑している。
「ちゃんと話しなさいよ! 何をしようっていうのさ?」
「いや、大したことじゃないのですが……」
カネサキが詰め寄るとオイゲンは慌てて両手を振った。
社長という割にオイゲンは社員に対して腰が低い。社員に対してだけではなく他者に対して、という方が近い。
これは昨日今日に始まったことではないので、周りの者も驚いたりしない。
「あー、仕方無いですね。お話してしまいますよ。無責任とか言われても仕方のない話なのですが……」
オイゲンはあっという間に観念して、自らの考えを語った。
メディットはOP社の手が伸びていない数少ない施設であり、盗聴の心配もないと考えたのだろう。
病院ということもあるのだろうが、「タブーなきエンジニア集団」の影響下にあるこの都市でも、OP社に咎められることなく出入りできることがその影響下にないことを如実に物語っている。
オイゲンの話は、要するに今の閉塞感を打破するために島の東側に人が居住できるエリアを求めてもよいのではないか、といういつものものである。
意外にもこの話に興味を持ったのは、「とぉえんてぃ?ず」の三人娘のオオイダであった。
「面白いこと考えますね。私が行ってもいいですか?
会社の中で机に向かって仕事をするのにも飽きたし、こういう誰もがやったことのないような仕事をやってみたかったのよね」
「いや、まだ……決定してもないことですから……」
オイゲンは手を横に振って拒絶したが、ロビーとカネサキまでがオオイダに同調してしまい、引っ込みがつかなくなる。
もっとも、ロビーとカネサキは「セスとウォーリーを引き合わせてから」という条件つきではあったが。
「困ったな……社内のゴタゴタが片付いたらそのときにお願いしますよ。今はクルス君のことが先決です」
オイゲンはセスをだしに何とか追求を逃れようとした。
「セスの事が終わってからだな、まあいいだろう」
セスが退院した時点でロビーはECN社を辞める、という話をしたばかりである。
当然、セスのことが片付いた後ではロビーの立場はECN社の従業員ではないはずなのだが、そのことを彼が気にしている様子はないようだ。
「……まあいいでしょう。そのときは僕の個人的権限で行ってもらうことにしましょう」
「空手形になるのは困りますね。社長のサイン入りの書類は出せないのですか?」
オイゲンの言葉にオオイダは一筆書けとほとんど命令口調で応じた。
ECN社では社長と社員の立場が完全に逆転しているようだ。オイゲンもそのことは認めているが、彼の性格からなのかそれを直そうとはしていない。
オイゲンは少し考えてからペンを手に取った。
オオイダの言う通り空手形になってしまっては書類の意味がない。
その一方で、この書類をECN社名前で出すのは後々問題になる可能性がある。
「……わかりました。皆さんの立場がどうなるかわからないので、あくまで僕個人からの依頼という形にしますよ」
オイゲンが一筆書いてオオイダに手渡すとほぼ同時に、レイカとモリタが飲み物の袋を抱えて帰ってきた。
このときの依頼書は結果的にオオイダが懸念した通り空手形になってしまうのだが、このときそのことを予測できた者はなかった。
「モリタ君! 遅いよ!」
カネサキが鋭く言い放った。
「あ……すみません」
「ごめんなさい」
モリタとレイカがほぼ同時に謝る。カネサキは、
「メルツ先生はいいんですよ。身体使う仕事なんだからモリタ君にはしっかりしてもらわないと」
とレイカには優しく語りかける。
「セスや女の人と僕とで全然態度違いますね、カネサキさん……」
モリタがぼそっとつぶやいた。
カネサキは当たり前じゃないの、とモリタを小突いた。
その隙にレイカが皆に飲み物を配りはじめた。
「カネサキさん、落ち着いて。それから、皆さんどうぞ」
「先生、気が利くんだな」
ロビーが飲み物を受け取った。彼の好きな昆布茶であるのを確認して感心した様子だ。
「医学の心得はないから……このくらいはしないとね」
レイカが配った飲み物はすべて、各人の好みが反映されていた。
飲み物を選んだのはレイカだった。彼女は普段から各人の好みをよく観察している。
「先生はよく見ているわね。私だったらぱーっと買っちゃうのにね」
カネサキがミネラルウォーターのボトルを手にしながら、感心したように言った。
「だからカネサキが買ってくると数が合わなかったり、頼みもしない品物がくるのよ」
オオイダが疑わしげな目でカネサキを見やった。
「まあ、否定しないけどね。あんたも似たりよったりじゃない、オオイダ。あんたが社の冷蔵庫に飲みかけのビンを何本も放置していることくらい知ってるわよ」
ECN社総務の冷蔵庫の中にある飲みかけのビンの大部分がオオイダのものであることは、部署内ではよく知られていることである。
オオイダ本人の弁では、「冷蔵庫に入れると忘れる」だそうなのだが……
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