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第六章

270:秘密の共有

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「……ということなんだ。僕の父が過失とはいえケーブルを抜いてしまわなければ、人類がここに住むことにもならなかったんだよ。そういう意味では、最大の戦犯だ。
 父は亡くなってしまったから、その罪は僕が負わなければならないだろうね」
 オイゲンはメイに淡々と語りかけた。
 メイはつぶらな瞳を見開いて、オイゲンの視線の先にあるものを見つめているように見える。
「カワナさんはすべてを正直に話しているけど、僕にはこのことを他人に話す度胸はなかった……
 カワナさんの話を聞いて初めて、話す気になったんだ。カズト・イナの血筋の唯一の生存者として、そして、ECN社の社長として情報公開すべきことだと思うのだけど、僕にはその度胸がない。今でも、他の人に話そうという気にはなれないんだよ」
 メイが首を横に振った。
「『ルナ・ヘヴンス』がここへたどり着いたことと、社長の間に何の関係があるのでしょうか? 私の場合とは全然違います。私の場合は、許していただけないという判定をもらったのですから……」
「僕は判断を問うことすらしていないのだから、カワナさんより遥かに不誠実だよ」
 オイゲンの言葉に力はない。両腕を横に広げて持ち上げ、「お手上げ」のポーズを見せたが、メイからすればそれすら辛く映る。
「……でも、社長は存在を許されなかった私を受け入れてくださったんです。社長が自らを否定するなら、私の存在も許されないものになってしまいます……」
 メイのかすれるような声にオイゲンが我に返る。
「そこまで心配しなくてもいいです。僕は自分で自分の存在を否定できるほど気は大きくないので」
 オイゲンの言葉にメイは少し思案してから、静かな口調でこう宣言した。
「社長……昼間にご指示いただいたことなのですけど……私、ジンへ行きます。
 その代わり、社長が無事に戻られたら、また呼び戻していただけると……
 在ることが許されない場所に置かれるのは、辛いですから……」
 オイゲンはその言葉に胸が詰まる思いだった。彼女に無理をさせたくないのだ。
「ところで、いつ出発すればよろしいでしょうか……?」
 オイゲンは自分がOP社に向けて出発するタイミングで、と答えた。
 メイはオイゲンの方を見て微笑んだかと思うと、そのつぶらな瞳から大粒の涙を流し始めた。肩も小刻みに震えている。
 慌てたのはオイゲンのほうである。
 (まずいな……部下を泣かしたりしたら、それだけで問題だ。それに、カワナさんはただでさえ情緒不安定気味だしなぁ……)
 慌てたところでそれほど思考の回転が速くならないのが彼らしいが、それでも辺りを見回しながら何とかしようと動きだけは見せている。
 オイゲンがアタフタしていると、メイが彼の右手を取り、彼女の黒い髪へとそれを導いた。
 オイゲンの掌の中でエアコンの風に揺られたメイの髪が踊る。さらさらとしたその感触が心地よい。
 突然のことにオイゲンは対処に迷ったが、髪くらいならまだ問題ないか、と思い彼女のしたいようにさせた。
 すると、徐々に彼女の震えが治まっていくのがわかる。
 震えが完全に治まるころには、涙も止まったようで普段の表情のメイがそこにいた。
 さて、これからどうしようか、とオイゲンが思案を始めたところ、
「社長、『ひと勝負』していただけないでしょうか……?
 時間も遅いので無理にお願いするつもりはないのですが……
 あ、あの……無理にしていただかなくてもいいんです。でも、よろしかったら……」
 とメイが申し出てきた。
「いいですよ、やっていきますか」

 結局、オイゲンは「ひと勝負」どころか、明け方までノー・トランプ (ファイブ・ハンドレッド)の勝負に付き合わされたのであった。
 メイとこのゲームをするようになってからかなり経つが、オイゲンは未だに彼女の打ち手が理解できない。
 この手のゲームにはセオリーらしきものが存在するのだが、メイの打ち手は時にそれをまったく無視したものになる。
 何らかの意図があってそうしているのだろうとオイゲンは予想しているのだが、後でメイに意図を尋ねても納得できる回答が得られない。
 こうしたあたりもオイゲンが彼女のことを鬼才の類と評価するゆえんなのだが、少なくともノー・トランプのゲームにおいては彼女の勝率が高いといったことはない。オイゲンも彼女の勝率を上げるための貢献ができずにいる。
 遊びの世界の話なので、あえてオイゲンも勝率を上げることにこだわっていないのだが、勝負の間、メイのテンションは上がりっ放しだった。
 普段の対人恐怖症の彼女しか知らない人間が見たら、奇異に映っただろう。
 明け方、レンタルスペースを出た後もメイは場所を変えて勝負を続けたいと訴えてきた。
 オイゲンはそれをなだめるのに必死だった。
 無下に断れば彼女はひどく落ち込むだろうし、これ以上彼女に付き合うと今日の業務に支障がある。
 また、業務上ならともかく、私用で異性の部下と一晩中二人きりで過ごすというのは、オイゲンの倫理観には合わなかった。
 それでも何とか彼女が大人しく家に戻ったのは、感情が上下に振れまくった結果か、かなり疲労していて足元もおぼつかなくなっていたからのように思える。
 酒は一滴も飲んでいなかったから、純粋に疲労によるものなのだろう。
 部下のプライベートに割り込むのは、オイゲンとしても気が引ける。
 そこで、オイゲンは途中までメイを送った後、そこで別れ自分は社へと戻った。
 家に戻るよりも社で休んだ方が余計に休めると思ったからだ。

 結局、オイゲンは社長室で仮眠を取り、仕事に戻った。
 一方、メイは午後になってようやく出社してきた。
 しかし、そのことをオイゲンは咎めたりはしなかった。
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