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第六章
267:存在を許されないもうひとつのもの
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メイは一通りの話を終えると、オイゲンにありがとうございますと礼を言って頭を下げた。頭を上げるとオイゲンに真剣な眼差しを向けた。何か答えを待っているかのようにも見える。
(ずいぶんと買いかぶられているなぁ……)
オイゲンはメイの話に困惑するしかなかった。
話を聞いているうちに事情は見えてきた。
確かにこのようないきさつで奨学金の支給承認のサインをした記憶はある。
オイゲンは、このとき特別な意識をもってサインをしたわけではなかったし、この申請の対象がメイだということなど記憶してもいなかった。
それにこのことに関しては自分ではなく、他に評価されるべき人物がいることをオイゲンは知っていた。そのことを隠すのはフェアでない、と思う。
「……お話はわかりました。でも、その書類に関しての殊勲者は僕ではない。僕は出された紙にサインをしただけです」
オイゲンの言葉にメイは大きく目を見開いて、驚きの表情を見せる。
「どういうことでしょうか……?」
「確かにサインは僕のものです。でも、その申請をしたのは僕じゃない。権限も無いのにその申請をねじ込んだ熱血漢が別にいるんだよ」
「どなた……ですか?」
メイが恐る恐る尋ねた。
「ウォーリーの仕業だよ。これこれこういうひどい仕打ちを受けている職業学校の生徒がいる、って総務にねじ込んできたのさ。処理に困った総務が僕のところに書類を持ってきたので、サインをしたのだけどね」
「トワさんが……?」
「そう、ウォーリーがカワナさんのことに気付かなければ、何も起こらなかったと思う。だから、最大の殊勲者はウォーリーだと思うよ」
オイゲンはそう主張するのだが、メイにはそう思えなかった。
もちろん、ウォーリーに感謝する気持ちが湧き起こらなかった訳ではない。
それは十分に感謝に値するものであったが、最終的に承認をしたのはオイゲンだという気持ちが彼女にはある。
彼女がECN社に入社してから、彼女の存在を許し、そして居場所を確保するために奔走したのはオイゲンだということも知っている。
「私が在ることを許してもらえる場所」は、オイゲンの目の届くところなのだ、とメイは思う。だから口を開かずにはいられない。
「でも……承認のサインをされたのは社長です。このサインが無ければ、私がこの世界に在ることを許される場所は無かったのですから……」
メイの言葉にオイゲンは考え込んでしまった。
メイが「在ることを許される」ことにここまでこだわりがあるとはオイゲンには想像がつかなかった。
彼女の話を聞く限り、彼女が全てを捨てて街を出ることになった原因となる出来事については、彼女が責を問われる性質のものではないとしかオイゲンには思えなかった。
親の罪を子に問うこともおかしな話だし、それどころか親の行為ですら追い詰められるほど責任を問うてよいものではないようにオイゲンには感じられるのだ。
(ただ、カワナさんのお母さんが自殺してしまったことが、事態を複雑にした原因になっているような気がしますね……
もっとも、この決断を責める権利は僕にはないのですが……)
オイゲンは密かにそう考えた。
しかし、その考えを口に出すほど愚かではなかった。口に出したら、メイがどれだけ傷つくか……オイゲンには想像もつかない。
「社長は……私が在ることを……まだ、許してくださいますか?」
メイは消え入りそうな声でオイゲンに尋ねてきた。
「許すも何も……これから先もずっとカワナさんの存在は認めますよ」
オイゲンは即答したが、メイは繰り返し「本当ですか?」と確認を求めてくる。
その全てに「本当です」とオイゲンは答えた。その心中は「参ったな……」というところだったのだが。
正直なところ、オイゲンは自身がメイの心理が半分どころか一〇分の一も理解できていないとしか思えなかった。自分を否定したくなる気持ちがオイゲンにない訳ではない。その理由も彼には十分あると思っている。
しかし、ここまで自分を追い詰められるか、と問われればその答えは「否」である。
オイゲンは自分がメイよりも遥かに存在を否定されるべき理由がある、と思っている。
不意にオイゲンはその話をしようか、と思った。
今まで友人のミヤハラに対してですらしたことのない話である。この話を知っているのは、現在生きている者の中ではこのサブマリン島でオイゲンただ一人に違いない。
オイゲンはメイの存在を肯定するためにもこの話をした方がよいと考えた。恐らく、このくらいはしておかないと、彼女は納得しないだろう。
彼女より遥かに存在が否定されるべき者が在る。その存在を知れば彼女はどう思うだろうか……?
秘密が守られるか、という点について、オイゲンはメイを完全に信用していた。
他者とコミュニケーションが取れない彼女が、どうやって他者にこの話を伝えようというのか?
ただし、オイゲンとしては彼女が他者とコミュニケーションが取れないことを秘密が守られることの担保とするつもりはなかった。
秘書として、そして一人の女性として全幅に近い信頼を置いているからである。
「カワナさん、僕はあなたの存在を認めています。存在をお願いしたい、と言いたい。カワナさんがいなければ、相談することもできないし、情報収集をお願いしたり知恵を借りることもできません。そうしたら、社長としての僕の能力はゼロに等しくなってしまうのですよ。
それに、カワナさんと違って存在を許されないものを別に知っているつもりです。お話しましょうか……?」
オイゲンの言葉に不思議そうな表情を見せながらもメイはこくりとうなずき、そのつぶらな瞳を彼へと向けた。
(ずいぶんと買いかぶられているなぁ……)
オイゲンはメイの話に困惑するしかなかった。
話を聞いているうちに事情は見えてきた。
確かにこのようないきさつで奨学金の支給承認のサインをした記憶はある。
オイゲンは、このとき特別な意識をもってサインをしたわけではなかったし、この申請の対象がメイだということなど記憶してもいなかった。
それにこのことに関しては自分ではなく、他に評価されるべき人物がいることをオイゲンは知っていた。そのことを隠すのはフェアでない、と思う。
「……お話はわかりました。でも、その書類に関しての殊勲者は僕ではない。僕は出された紙にサインをしただけです」
オイゲンの言葉にメイは大きく目を見開いて、驚きの表情を見せる。
「どういうことでしょうか……?」
「確かにサインは僕のものです。でも、その申請をしたのは僕じゃない。権限も無いのにその申請をねじ込んだ熱血漢が別にいるんだよ」
「どなた……ですか?」
メイが恐る恐る尋ねた。
「ウォーリーの仕業だよ。これこれこういうひどい仕打ちを受けている職業学校の生徒がいる、って総務にねじ込んできたのさ。処理に困った総務が僕のところに書類を持ってきたので、サインをしたのだけどね」
「トワさんが……?」
「そう、ウォーリーがカワナさんのことに気付かなければ、何も起こらなかったと思う。だから、最大の殊勲者はウォーリーだと思うよ」
オイゲンはそう主張するのだが、メイにはそう思えなかった。
もちろん、ウォーリーに感謝する気持ちが湧き起こらなかった訳ではない。
それは十分に感謝に値するものであったが、最終的に承認をしたのはオイゲンだという気持ちが彼女にはある。
彼女がECN社に入社してから、彼女の存在を許し、そして居場所を確保するために奔走したのはオイゲンだということも知っている。
「私が在ることを許してもらえる場所」は、オイゲンの目の届くところなのだ、とメイは思う。だから口を開かずにはいられない。
「でも……承認のサインをされたのは社長です。このサインが無ければ、私がこの世界に在ることを許される場所は無かったのですから……」
メイの言葉にオイゲンは考え込んでしまった。
メイが「在ることを許される」ことにここまでこだわりがあるとはオイゲンには想像がつかなかった。
彼女の話を聞く限り、彼女が全てを捨てて街を出ることになった原因となる出来事については、彼女が責を問われる性質のものではないとしかオイゲンには思えなかった。
親の罪を子に問うこともおかしな話だし、それどころか親の行為ですら追い詰められるほど責任を問うてよいものではないようにオイゲンには感じられるのだ。
(ただ、カワナさんのお母さんが自殺してしまったことが、事態を複雑にした原因になっているような気がしますね……
もっとも、この決断を責める権利は僕にはないのですが……)
オイゲンは密かにそう考えた。
しかし、その考えを口に出すほど愚かではなかった。口に出したら、メイがどれだけ傷つくか……オイゲンには想像もつかない。
「社長は……私が在ることを……まだ、許してくださいますか?」
メイは消え入りそうな声でオイゲンに尋ねてきた。
「許すも何も……これから先もずっとカワナさんの存在は認めますよ」
オイゲンは即答したが、メイは繰り返し「本当ですか?」と確認を求めてくる。
その全てに「本当です」とオイゲンは答えた。その心中は「参ったな……」というところだったのだが。
正直なところ、オイゲンは自身がメイの心理が半分どころか一〇分の一も理解できていないとしか思えなかった。自分を否定したくなる気持ちがオイゲンにない訳ではない。その理由も彼には十分あると思っている。
しかし、ここまで自分を追い詰められるか、と問われればその答えは「否」である。
オイゲンは自分がメイよりも遥かに存在を否定されるべき理由がある、と思っている。
不意にオイゲンはその話をしようか、と思った。
今まで友人のミヤハラに対してですらしたことのない話である。この話を知っているのは、現在生きている者の中ではこのサブマリン島でオイゲンただ一人に違いない。
オイゲンはメイの存在を肯定するためにもこの話をした方がよいと考えた。恐らく、このくらいはしておかないと、彼女は納得しないだろう。
彼女より遥かに存在が否定されるべき者が在る。その存在を知れば彼女はどう思うだろうか……?
秘密が守られるか、という点について、オイゲンはメイを完全に信用していた。
他者とコミュニケーションが取れない彼女が、どうやって他者にこの話を伝えようというのか?
ただし、オイゲンとしては彼女が他者とコミュニケーションが取れないことを秘密が守られることの担保とするつもりはなかった。
秘書として、そして一人の女性として全幅に近い信頼を置いているからである。
「カワナさん、僕はあなたの存在を認めています。存在をお願いしたい、と言いたい。カワナさんがいなければ、相談することもできないし、情報収集をお願いしたり知恵を借りることもできません。そうしたら、社長としての僕の能力はゼロに等しくなってしまうのですよ。
それに、カワナさんと違って存在を許されないものを別に知っているつもりです。お話しましょうか……?」
オイゲンの言葉に不思議そうな表情を見せながらもメイはこくりとうなずき、そのつぶらな瞳を彼へと向けた。
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