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第六章

265:存在への許可

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 メイと別れて二五分後、オイゲンは待ち合わせ場所に指定したレンタルスペースへと入った。
 メイはまだ到着していないようだ。
 携帯端末を取り出して中に保管された電子書籍を読んで待つ。
 しかし、約束の時間を過ぎてもメイは姿を現さなかった。

 オイゲンがレンタルスペースに到着してから二〇分ほどしたところで業務用の携帯端末が鳴った。メイからのようだ。彼女がメールではなく通信を繋げてくるのは非常に珍しい。

 オイゲンが通信を繋いで話を聞いた。どうもメイは道に迷ったらしい。
 それほど難しい場所にある訳ではないのだが、と思いながらもオイゲンは通信を切らずに声で彼女を誘導することにした。
 誘導しているうちにわかったことだが、彼女は相当な方向音痴だった。
 レンタルスペースはECN社本社ビルから歩いて七、八分の場所であり、本社周辺の地理に通じていれば普通にたどり着ける場所なのだ。
 オイゲンは彼女の現在位置を確認したのだが、彼女の答えは要領を得ない。
 それでも何とか彼女が理解できる場所へ移動してもらい、そこからランドマークを一つ一つ示しながら彼女を誘導した。

 メイがドアを開けてレンタルスペースに入ってくるまでに、更にニ〇分近くの時間を要してしまった。
 メイは帽子と上着を脱いで、オイゲンの斜め向かいに座った。そして、恐る恐るサングラスを外した。どうも正面は落ち着かないようだ。

「どういうお話でしょうか? お話できる部分だけでいいですよ」
 オイゲンは穏やかに語りかけた。
「あの……少し待ってください」
 メイの言葉を聞いて、今日は長くなりそうだな、とオイゲンは思った。
 幸いスペースはニ四時間営業である。また、話が長くなることを想定して深夜までスペースを確保している。
 ビジネス利用者が多い施設でもあり、夜間の利用も少なくないのでオイゲンとメイが二人でいても怪しまれる可能性は低い。

 メイは小さく息を吸うと、意を決したようにオイゲンに話しかける。
「あの……私の目の色を見て、社長はどう思われますか?」
 彼女の声は決して大きくない。普段からささやくような声で話をするのだが、今もそれは同じである。
 しかし、何故かその言葉にはオイゲンに訴えかけるものがあった。
「どうって……前にもお話しましたけど、綺麗な色だと思いますよ。珍しい色だとも思いますが」
 オイゲンは彼女の言葉に気圧されながらもそう答えた。
 オイゲンはメイの瞳の色を特に不思議なものだとは思っていない。言葉通り綺麗な色だとは思っているのだが。

「気味悪いとか、この世界にあってはならないものとか……そういうふうには思われないのですか?」
 メイの言葉に突拍子もない、とオイゲンは思った。先程の彼の言葉通り、サブマリン島の住民でメイのような「黒地にエメラルドグリーンを被せたような」色の瞳は珍しいかもしれない。
 しかし、それが「気味悪い」とか「あってはならない」とオイゲンには感じられない。
 希少であるからこそ価値があるというものも確実に存在している。
 「黒地にエメラルドグリーンを被せたような」色の瞳がそれに該当するかはオイゲンに判断できないが、少なくとも彼自身はこの瞳の色を好ましく思っている。

「そういう風に考えたことはないですよ」
 オイゲンがそう答えると、メイはこくりとうなずいた。
 これが何を意味するかオイゲンには見当もつかない。
「でも、誰もみんな……そうは思っていないんです。異質なものなんです。存在が認められていない、許されていない……」
 メイは首を横に振って駄々をこねるようなしぐさを見せた。
 少なくとも自分は存在を認めているのだけど、とオイゲンは思ったのだが口には出さなかった。
 彼女が他人の話を聞いていないのはよくあることで、オイゲンも慣れっこだからだ。
 メイの言葉はまだ続いている。
「それに……他にも私が許されない理由はいくらでもあります。でも、私がここにいることが許されているように思えるのも、同じ理由なんです」
「どんな?」
 これは本当に長い話になりそうだ、と思いながらもオイゲンは彼女に話すよう促した。
 すると、ぽつりぽつりとだが、彼女は説明をはじめた。
「私が一六の時のお話になりますけど……
 存在することが許されなかった私を唯一許してくださった方がいらしたのです……」
 ずいぶん前の話だな、とオイゲンは思った。
 オイゲンが彼女を知ったのは彼女が入社二年目の頃だから、すなわち彼女が一九か二〇になったあたりだ。
 彼女が一六のときとなれば当然オイゲンの知らない話であろう。「許してくださった方」も自身が知らない人物に違いない、とオイゲンは考えていた。

「その方はどうされていますか?」
「今も私の存在を許してくださっていると思います……私がここにいられますから」
 彼女を援助している親類でもいるのかな、とオイゲンは考えた。
 よく考えてみればオイゲンは彼女の家族構成もよく知らない。
 兄弟がいないことと母親が他界していることは聞いていたのだが、それだけだ。

「それはそれでいいことだと思いますよ」
 オイゲンは他人事のように答えた。
 するとメイは少し拗ねたような表情を見せた。
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