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第六章
245:オイゲンの願い その1
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セス達が「ルナ・ヘヴンス」がエクザロームに着陸した経緯の記録を閲覧していたのと同じ頃、ECN社内の動きは一段と慌ただしいものとなってきていた。
フジミ・タウンの再建とインフラ整備のため千人単位の技術者が派遣されることになったからだ。エクザローム第二の規模を誇るECN社としてもかなり大きな仕事である。
インフラ整備はECN社の主力事業のひとつである。
OP社が誕生するまでは、サブマリン島の大部分の都市インフラはECN社によって整備されてきたといっても過言ではない。
決して収益性の高い事業ではないのだが、「サブマリン島の未来を創る」としてECN社は誇りをもってこの事業を展開していたのだった。
そのECN社をもってしても久しぶりの大規模案件である。社内の動きが慌ただしくなるのも無理はなかった。
社長のオイゲン・イナは役員と相談しながら各タスクユニットの稼動状況を確認し、派遣する技術者の選任と共に機材の輸送などの算段を立てていた。
このため、LH五一年二月に入ってから、オイゲンは打ち合わせなどで社長室を空けることが多くなった。その結果中には秘書のメイ・カワナが一人で残される。
この日は珍しくオイゲンが早めに社長室に戻ってきていた。
計画立案も終盤に入り担当レベルでの意思決定が中心となったため、オイゲンが自ら対応する事項が減ってきたからだった。
一〇日ほど前にオイゲンは誕生日を迎え、三一歳になっていた。
一つ年を取ったところで彼を取り巻く環境に何ら変化はない、はずであったが事実は異なっていた。
昨日、OP社の幹部、ノブヤ・ヤマガタから非公式にオイゲンに対して打診があった。
打診とはいえ、ハドリの意思だ。命令とほぼ同義語である。
内容は四月中にインデストの「タブーなきエンジニア集団」に向けてOP社が治安改革部隊を派遣するが、その部隊へのオイゲンの同行を求める、というものであった。
同行するのはオイゲン一人であり、他のECN社の関係者の帯同を認めない、ともあった。
表向きの理由は「ECN社の事業に与える影響を最小限に抑えるため」であったが、ハドリの狙いはオイゲンを孤立させることであろう。
また、オイゲンが不在の間、フトシ・ウノにECN社の面倒を見させる、という話もある。
(何かあったら殺されるな……これは)
そうは思っても、オイゲンにこれを断ることはできそうもなかった。断ればオイゲン自身だけではなく、ECN社にも多大な悪影響が及ぶからだ。
しかし、オイゲンがOP社に同行することは、死と隣り合わせになる危険がある。
ウォーリーが早々に降伏すればオイゲンの身に危険が及ぶ可能性が低いが、オイゲン自身ウォーリーの降伏を望んでいない。
ウォーリーとハドリがそれぞれの場所に留まり、お互いが接触しないのがベストだとオイゲンは思うのだが、少なくともハドリはそれを望んでいないようだ。
(ハドリ氏に攻撃を思いとどまらせるのは難しいだろう……ならば、ウォーリーの勝利を願うしかない)
オイゲンはそう考えた。
しかし、現時点で保有している戦力にはかなり差がある。
ウォーリーの「タブーなきエンジニア集団」はエンジニアと市民運動が融合したものであり、基本的に戦闘集団ではない。
頭数に限れば数万人となっているが、実際に戦える者はそれほど多くないはずだ。
インデストでウォーリーに協力するOP社グループ労働者組合に関しては、戦力が未知数である。
鉄鉱石の採掘場で勤務する者が多いという情報があるので、腕っぷしは立つかもしれない。ただ、専門に戦闘訓練を積んだ集団ではないことがネックになると思われる。
冷静に比較すれば戦闘ではOP社が圧倒的に有利である。
(今回に関してはウォーリーが守る側だ。ウォーリーは陣頭指揮をとるだろう。その参謀役が優秀であれば形勢が変わるかもしれない)
オイゲンは敢えて楽観的に考えた。考えた、というより無理矢理自分に信じ込ませた、に近いのかもしれない。
彼が知る限りの情報では、「タブーなきエンジニア集団」の幹部があちこちに散っており、ウォーリーに同行してインデストにいるのはエリック・モトムラだけだとのことである。
エリックは優秀な技術者だが、戦闘向きとは思えなかったし、参謀というタイプでもない。
オイゲンの友人であるミヤハラはジンに残っている。
参謀というタイプの人間ではないが、オイゲンはミヤハラの能力を大いに買っている。
後方での陽動作戦には大いに期待したいところである。
また、ECN社本社のあるハモネスにはサクライがいるようだ。
こちらは資金計画であてになるだろうが、ウォーリーの参謀、という訳にはいかない。
幹部の中ではウォーリーともっとも離れた位置にいるのもネックである。
オイゲンは把握していなかったが、サクライは「タブーなきエンジニア集団」の中で最強級の個人戦闘能力を有している。
しかし、インデストと遠く離れたハモネスにいる以上、インデストでの戦闘に役立つ可能性は皆無であろう。
(やはり……カワナさんを送り込んでおきたいな)
というのが偽らざるオイゲンの本音である。
彼は対人恐怖症の秘書の能力を誰よりも高く評価している。
フジミ・タウンの再建とインフラ整備のため千人単位の技術者が派遣されることになったからだ。エクザローム第二の規模を誇るECN社としてもかなり大きな仕事である。
インフラ整備はECN社の主力事業のひとつである。
OP社が誕生するまでは、サブマリン島の大部分の都市インフラはECN社によって整備されてきたといっても過言ではない。
決して収益性の高い事業ではないのだが、「サブマリン島の未来を創る」としてECN社は誇りをもってこの事業を展開していたのだった。
そのECN社をもってしても久しぶりの大規模案件である。社内の動きが慌ただしくなるのも無理はなかった。
社長のオイゲン・イナは役員と相談しながら各タスクユニットの稼動状況を確認し、派遣する技術者の選任と共に機材の輸送などの算段を立てていた。
このため、LH五一年二月に入ってから、オイゲンは打ち合わせなどで社長室を空けることが多くなった。その結果中には秘書のメイ・カワナが一人で残される。
この日は珍しくオイゲンが早めに社長室に戻ってきていた。
計画立案も終盤に入り担当レベルでの意思決定が中心となったため、オイゲンが自ら対応する事項が減ってきたからだった。
一〇日ほど前にオイゲンは誕生日を迎え、三一歳になっていた。
一つ年を取ったところで彼を取り巻く環境に何ら変化はない、はずであったが事実は異なっていた。
昨日、OP社の幹部、ノブヤ・ヤマガタから非公式にオイゲンに対して打診があった。
打診とはいえ、ハドリの意思だ。命令とほぼ同義語である。
内容は四月中にインデストの「タブーなきエンジニア集団」に向けてOP社が治安改革部隊を派遣するが、その部隊へのオイゲンの同行を求める、というものであった。
同行するのはオイゲン一人であり、他のECN社の関係者の帯同を認めない、ともあった。
表向きの理由は「ECN社の事業に与える影響を最小限に抑えるため」であったが、ハドリの狙いはオイゲンを孤立させることであろう。
また、オイゲンが不在の間、フトシ・ウノにECN社の面倒を見させる、という話もある。
(何かあったら殺されるな……これは)
そうは思っても、オイゲンにこれを断ることはできそうもなかった。断ればオイゲン自身だけではなく、ECN社にも多大な悪影響が及ぶからだ。
しかし、オイゲンがOP社に同行することは、死と隣り合わせになる危険がある。
ウォーリーが早々に降伏すればオイゲンの身に危険が及ぶ可能性が低いが、オイゲン自身ウォーリーの降伏を望んでいない。
ウォーリーとハドリがそれぞれの場所に留まり、お互いが接触しないのがベストだとオイゲンは思うのだが、少なくともハドリはそれを望んでいないようだ。
(ハドリ氏に攻撃を思いとどまらせるのは難しいだろう……ならば、ウォーリーの勝利を願うしかない)
オイゲンはそう考えた。
しかし、現時点で保有している戦力にはかなり差がある。
ウォーリーの「タブーなきエンジニア集団」はエンジニアと市民運動が融合したものであり、基本的に戦闘集団ではない。
頭数に限れば数万人となっているが、実際に戦える者はそれほど多くないはずだ。
インデストでウォーリーに協力するOP社グループ労働者組合に関しては、戦力が未知数である。
鉄鉱石の採掘場で勤務する者が多いという情報があるので、腕っぷしは立つかもしれない。ただ、専門に戦闘訓練を積んだ集団ではないことがネックになると思われる。
冷静に比較すれば戦闘ではOP社が圧倒的に有利である。
(今回に関してはウォーリーが守る側だ。ウォーリーは陣頭指揮をとるだろう。その参謀役が優秀であれば形勢が変わるかもしれない)
オイゲンは敢えて楽観的に考えた。考えた、というより無理矢理自分に信じ込ませた、に近いのかもしれない。
彼が知る限りの情報では、「タブーなきエンジニア集団」の幹部があちこちに散っており、ウォーリーに同行してインデストにいるのはエリック・モトムラだけだとのことである。
エリックは優秀な技術者だが、戦闘向きとは思えなかったし、参謀というタイプでもない。
オイゲンの友人であるミヤハラはジンに残っている。
参謀というタイプの人間ではないが、オイゲンはミヤハラの能力を大いに買っている。
後方での陽動作戦には大いに期待したいところである。
また、ECN社本社のあるハモネスにはサクライがいるようだ。
こちらは資金計画であてになるだろうが、ウォーリーの参謀、という訳にはいかない。
幹部の中ではウォーリーともっとも離れた位置にいるのもネックである。
オイゲンは把握していなかったが、サクライは「タブーなきエンジニア集団」の中で最強級の個人戦闘能力を有している。
しかし、インデストと遠く離れたハモネスにいる以上、インデストでの戦闘に役立つ可能性は皆無であろう。
(やはり……カワナさんを送り込んでおきたいな)
というのが偽らざるオイゲンの本音である。
彼は対人恐怖症の秘書の能力を誰よりも高く評価している。
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