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第四章
175:余命宣告
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アイネスはメディットの応接室でセス、ロビー、オイゲンの三人を迎えた。
本人の言葉通り、きっかり三時間後にアイネスは姿を見せたのだった。
最初にアイネスからフェイ・イヴ・ユニヴァースとは連絡が取れたと伝えられた。
現在は「はじまりの丘」の麓にある小屋に住んでいるとのことであった。
三ヶ月ほど前にウォーリーら四人がユニヴァースのところで世話になっていたことを、応接室にいる四人が知る由はない。
「情報端末の話をしたところ、端末を持ってきてもらえればわかると思う、とのことでした。端末には興味があるそうです。暗号のかかっている情報が入った端末が三台あるはずなので、三台とも持ってくるように、とのことでした」
アイネスはユニヴァースとのやり取りについて、そう答えたのだった。
「ところで、そのユニヴァースさん、という方はどのような方でしょうか?」
セスがアイネスに尋ねた。
「エクザロームの歴史を研究している研究者、のような人です。私は彼と、当時まだエクザロームに到達する前のルナ・ヘヴンスで知り合いました。長年の友人のようなものですね。エクザロームの歴史については知らないことがないような気がします。『博覧強記』という言葉は彼のためにあると言っても過言ではないでしょう」
アイネスの答えにセスが色めきたつ。
「社長、僕が行っていいですか?」
セスがオイゲンに立ち上がって詰め寄るように一歩前に出た。セスにとっては最大の関心事が絡む事項であるから必死だ。
「もちろん、クルス君に行ってもらうつもりです。あなたのお兄さんのルーツが探れるかも知れないのですから」
オイゲンの言葉にアイネスが驚いて飛び上がる。
「クルス君に行かせるのですか! 明日退院するとはいえ、とても長旅に耐えられるとは思えません。医師として、クルス君を行かせることには賛成しかねます」
しかし、オイゲンは珍しく引き下がらない。
「アイネス先生、クルス君の担当の先生と相談させていただけませんか? クルス君には、現在肉親がありません。唯一の肉親と思われる彼のお兄さんを探し出すチャンスなのです。何とか彼を行かせる方法を考えたいのです」
「そうだ、セスにとってここは正念場なんだ! 先生、行かせてやってくれよ!」
オイゲンとロビーの言葉にアイネスは苦悩する。
(唯一の肉親のお兄さんが絡むとあれば行かせてやりたいが……現在の彼の状況では……)
「……わかりました。担当を呼びます。クルス君と一対一で話をするようにしてください。私やイナ社長、タカミ君が入っては担当医やクルス君の判断が揺らぐ可能性がありますので、ご了承ください」
アイネスは一気にそう言い切るとセスたちの返事も聞かず、インターホンで連絡を取り始めた。
「……ロビーか社長、ついてきてくれませんか?」
「とは言ってもなぁ、医者がそう言うなら俺もついていく訳にはいかないぜ」
さしものロビーもアイネスの勢いに尻込みしている。
「クルス君、『自分は絶対に行くんだ』という決意を揺るがさないようにするといい。納得はしてもらえないかもしれないけど、多分それで行かせてもらえると思うよ」
オイゲンは彼にしては珍しく、セスに力強い視線を向けながらアドバイスした。
「大丈夫かな……」
セスが担当医に呼ばれて、不安そうな顔で部屋を出て行った。
数分後、アイネスに内線で連絡が入る。
アイネスはそれを受けて自分の携帯端末を取り出し、画面を確認し始めた。
そして、アイネスの表情が沈痛なものに変わる。
「先生、どうしたっていうんだ? 急に硬い顔しちゃって?!」
ロビーがアイネスの表情を見咎めた。
アイネスはロビーとオイゲンを見てつぶやく。
「タカミ君は届出上の保護者、イナ社長は雇用主で保証人……
わかりました。お話しなければならないことですので、お二人にお話します」
「な、何だ? 急にかしこまって」
アイネスの口調が更に硬くなったので、楽観主義のロビーもやや緊張している。
アイネスの説明が始まった。もちろん、セスの病状の話である。
九ヶ月にわたる検査の結果、セスの持病が判明したのである。
セスの担当医は先ほど「血液から酸素を取り込む力が少し弱い」という表現を使っていたが、実態はそのような生易しいものではなかった。
全身の血管という血管に異常があり、突発的に異状が発生した血管周辺で、酸素反応ができなくなるという発作が発生するらしい。
発作が発生する部位や継続時間によっては、それほど大事には至らない。
しかし、経過を観察している限り、発作の発生間隔が徐々に短くなり、一方で継続時間が延びる傾向にあるという。
「で、どうすれば治るってんだ?!」
痺れを切らしたロビーがアイネスに向けて怒鳴った。
アイネスは力なく首を横に振る。
「……残念ながら、現在の医学では治療どころか、発作の原因すら解明できないのです」
「なら、何故薬を渡して退院させようとするんだ?! 説明しろ!」
ロビーはアイネスにつかみかからんばかりの勢いだったが、これはオイゲンに止められた。
「薬は血液の酸素運搬の力を強めるものと、苦痛を和らげるものの二種類です。退院いただくのは、薬による対症療法のみなら、当院に入院しても自宅で薬を飲まれても差がない、という理由です」
アイネスは言葉に感情を混ぜないように気を遣いながら説明した。
感情的になりたいのは山々だが、医師としての責任感が感情を押さえ込んだ。
医師が冷静さを欠いてしまっては、患者に対して適切な対応策を講じることができないからだ。
本人の言葉通り、きっかり三時間後にアイネスは姿を見せたのだった。
最初にアイネスからフェイ・イヴ・ユニヴァースとは連絡が取れたと伝えられた。
現在は「はじまりの丘」の麓にある小屋に住んでいるとのことであった。
三ヶ月ほど前にウォーリーら四人がユニヴァースのところで世話になっていたことを、応接室にいる四人が知る由はない。
「情報端末の話をしたところ、端末を持ってきてもらえればわかると思う、とのことでした。端末には興味があるそうです。暗号のかかっている情報が入った端末が三台あるはずなので、三台とも持ってくるように、とのことでした」
アイネスはユニヴァースとのやり取りについて、そう答えたのだった。
「ところで、そのユニヴァースさん、という方はどのような方でしょうか?」
セスがアイネスに尋ねた。
「エクザロームの歴史を研究している研究者、のような人です。私は彼と、当時まだエクザロームに到達する前のルナ・ヘヴンスで知り合いました。長年の友人のようなものですね。エクザロームの歴史については知らないことがないような気がします。『博覧強記』という言葉は彼のためにあると言っても過言ではないでしょう」
アイネスの答えにセスが色めきたつ。
「社長、僕が行っていいですか?」
セスがオイゲンに立ち上がって詰め寄るように一歩前に出た。セスにとっては最大の関心事が絡む事項であるから必死だ。
「もちろん、クルス君に行ってもらうつもりです。あなたのお兄さんのルーツが探れるかも知れないのですから」
オイゲンの言葉にアイネスが驚いて飛び上がる。
「クルス君に行かせるのですか! 明日退院するとはいえ、とても長旅に耐えられるとは思えません。医師として、クルス君を行かせることには賛成しかねます」
しかし、オイゲンは珍しく引き下がらない。
「アイネス先生、クルス君の担当の先生と相談させていただけませんか? クルス君には、現在肉親がありません。唯一の肉親と思われる彼のお兄さんを探し出すチャンスなのです。何とか彼を行かせる方法を考えたいのです」
「そうだ、セスにとってここは正念場なんだ! 先生、行かせてやってくれよ!」
オイゲンとロビーの言葉にアイネスは苦悩する。
(唯一の肉親のお兄さんが絡むとあれば行かせてやりたいが……現在の彼の状況では……)
「……わかりました。担当を呼びます。クルス君と一対一で話をするようにしてください。私やイナ社長、タカミ君が入っては担当医やクルス君の判断が揺らぐ可能性がありますので、ご了承ください」
アイネスは一気にそう言い切るとセスたちの返事も聞かず、インターホンで連絡を取り始めた。
「……ロビーか社長、ついてきてくれませんか?」
「とは言ってもなぁ、医者がそう言うなら俺もついていく訳にはいかないぜ」
さしものロビーもアイネスの勢いに尻込みしている。
「クルス君、『自分は絶対に行くんだ』という決意を揺るがさないようにするといい。納得はしてもらえないかもしれないけど、多分それで行かせてもらえると思うよ」
オイゲンは彼にしては珍しく、セスに力強い視線を向けながらアドバイスした。
「大丈夫かな……」
セスが担当医に呼ばれて、不安そうな顔で部屋を出て行った。
数分後、アイネスに内線で連絡が入る。
アイネスはそれを受けて自分の携帯端末を取り出し、画面を確認し始めた。
そして、アイネスの表情が沈痛なものに変わる。
「先生、どうしたっていうんだ? 急に硬い顔しちゃって?!」
ロビーがアイネスの表情を見咎めた。
アイネスはロビーとオイゲンを見てつぶやく。
「タカミ君は届出上の保護者、イナ社長は雇用主で保証人……
わかりました。お話しなければならないことですので、お二人にお話します」
「な、何だ? 急にかしこまって」
アイネスの口調が更に硬くなったので、楽観主義のロビーもやや緊張している。
アイネスの説明が始まった。もちろん、セスの病状の話である。
九ヶ月にわたる検査の結果、セスの持病が判明したのである。
セスの担当医は先ほど「血液から酸素を取り込む力が少し弱い」という表現を使っていたが、実態はそのような生易しいものではなかった。
全身の血管という血管に異常があり、突発的に異状が発生した血管周辺で、酸素反応ができなくなるという発作が発生するらしい。
発作が発生する部位や継続時間によっては、それほど大事には至らない。
しかし、経過を観察している限り、発作の発生間隔が徐々に短くなり、一方で継続時間が延びる傾向にあるという。
「で、どうすれば治るってんだ?!」
痺れを切らしたロビーがアイネスに向けて怒鳴った。
アイネスは力なく首を横に振る。
「……残念ながら、現在の医学では治療どころか、発作の原因すら解明できないのです」
「なら、何故薬を渡して退院させようとするんだ?! 説明しろ!」
ロビーはアイネスにつかみかからんばかりの勢いだったが、これはオイゲンに止められた。
「薬は血液の酸素運搬の力を強めるものと、苦痛を和らげるものの二種類です。退院いただくのは、薬による対症療法のみなら、当院に入院しても自宅で薬を飲まれても差がない、という理由です」
アイネスは言葉に感情を混ぜないように気を遣いながら説明した。
感情的になりたいのは山々だが、医師としての責任感が感情を押さえ込んだ。
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