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第四章
174:価値観の師
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「社長さんがそこまで考えることがあるかねぇ。自分が正しいという道を行けばいいじゃないですか。間違っていたら部下はついてこないし、正しければ部下がついてくる、ってだけの話だと思うのですけどね」
思いを吐露したオイゲンにロビーはそう答えてから、昆布茶をすすった。
ロビーからすればオイゲンは物事を難しく考えすぎるように見えるのだ。もっと単純に考えればいいのに、と思う。
一方、セスはオイゲンを唆すような言葉を発する。
「今回の情報収集で自分の兄に繋がるヒントが見つかったら、社長は僕ら兄弟の恩人になりますよ」
オイゲンはその言葉にそうなるといいね、と答えた。
(この人は感情が欠落しているのか、表現が下手なのか……)
そうセスは感じた。
正直なところオイゲンという人間についていろいろな想像ができてしまい、どうまとめてよいかがよくわからなくなったのだ。
ものすごく思慮深いのか、逆に自分の考えを持たないのか……
セスが考え込んでいるのを見て、オイゲンは更にセスに語りかけた。
自分はもともと、「思いの絶対値」が小さい人間らしい。だから、感情の揺らぎが少ない。
それでもかつては、一つの正しいと思える考えを持っていた。いや、そのような考えがあると思い込んでいた。
しかし、あるときに自分の「価値観の師」とも言えるような人物と出会い、自分の思慮の浅さを知ることになった。
師からは、色々な価値観があることを思い知らされた。
はじめ、オイゲンは何が正しい、何が誤っている、これは善だ、これは悪だと一つ一つの価値観を断じていた。
しかし、師に質問を投げかけられるうちに、オイゲン自身は一つ一つの価値観についてその正誤や良否を断じることができなくなった。
すべてに一定の理がある、としか思えなくなったのである。そこから先に思考を進めて判断するだけの力が自分には無かった。
結局、自分は物の善悪や良否を判断できなくなった。それに必要な思慮の深さを持っていなかった。
しかし、多くの価値観を知ることはできた。それだけでも得られたものは多かったと思う。
もちろん、自分がこう感じていることが正しいか間違っているか、自分では判断できない。でも、今の自分はそれでいいと思える。
色々な価値観が並存できるためには今のエクザロームは狭すぎるのかもしれない。
価値観と価値観が鬩ぎあっている状態では、必要以上に他の価値観と触れ合うことが多すぎ、結局それが争いや閉塞感に繋がるように思う。
ならば、価値観同士が鬩ぎあわず、緩やかに結びつくようにしたらどうか?
オイゲン自身は案外面白いのではないかと考えているのだと。
「……僕は競争とか争いが嫌いなので、そういうのが無い世界にいられればそれでいいのですけどね」
「それは、堕落の道一直線、って気がしますね」
オイゲンの言葉をロビーが一蹴した。
オイゲンはそうかもしれませんね、とロビーに賛同の意を示した。
セスはオイゲンの言う「師」という人物に興味を持ったようだ。
「……その師という人は、どういう活躍をされているのですか?」
オイゲンは少し考えてから、こう答えた。
「いや、思慮が深すぎるのか考えを理解しきれる人がいないように思います。あの人は、優れた知恵を持っていますが、自分で行動を起こすのには向いていないように思います」
「それって、自分じゃ何もできないというのと一緒では……?」
セスが意地の悪い質問を投げかけた。
「……そうかもしれません。ただ、ものを考える人間と行動する人間が別であっても私は構わないと思っているのですよ」
オイゲンの答えにセスは戸惑いを見せながらも笑って応じた。答えるまでに少し間があったのは、言葉を選んでいるようにセスには思われた。
「で、その社長の師匠に当たる人って、どんな人なんです?」
ロビーがしびれを切らして質問した。
オイゲンは再び少し考えてから、こう答えた。
「……そうですね、カメラに例えて言うなら『ものすごく近くと、ものすごく遠くの被写体にピントは合うのだけど、普通の距離にはピントが合わない』という感じですかね」
セスとロビーは狐につままれたような表情を見せた。
オイゲンは時計を見て、そろそろ時間だと言って店を出ようとした。
そろそろアイネスが指定した三時間が経過しようとしていたのだ。
セスとロビーが店を出るオイゲンの後を急いでついていった。
アイネスは時間に正確なタイプだ、三時間といえば、きっかり三時間後に指定した場所に姿を見せるであろう。
「社長の師匠ってどんな人なんだろう?」
「カメラのピントがどうこうとか言っていたが……研究者とか、職業学校の先生とかかもな。浮世離れした奴がいてもおかしくないからな」
メディットへ戻る途中、セスとロビーがオイゲンの「価値観の師」についてああでもない、こうでもないと小声で話をしていた。
実はオイゲンの「価値観の師」が彼より七つも年下の女性だと知ったら、セスやロビーがどのように思っただろうか。今のところそれはわからない。
思いを吐露したオイゲンにロビーはそう答えてから、昆布茶をすすった。
ロビーからすればオイゲンは物事を難しく考えすぎるように見えるのだ。もっと単純に考えればいいのに、と思う。
一方、セスはオイゲンを唆すような言葉を発する。
「今回の情報収集で自分の兄に繋がるヒントが見つかったら、社長は僕ら兄弟の恩人になりますよ」
オイゲンはその言葉にそうなるといいね、と答えた。
(この人は感情が欠落しているのか、表現が下手なのか……)
そうセスは感じた。
正直なところオイゲンという人間についていろいろな想像ができてしまい、どうまとめてよいかがよくわからなくなったのだ。
ものすごく思慮深いのか、逆に自分の考えを持たないのか……
セスが考え込んでいるのを見て、オイゲンは更にセスに語りかけた。
自分はもともと、「思いの絶対値」が小さい人間らしい。だから、感情の揺らぎが少ない。
それでもかつては、一つの正しいと思える考えを持っていた。いや、そのような考えがあると思い込んでいた。
しかし、あるときに自分の「価値観の師」とも言えるような人物と出会い、自分の思慮の浅さを知ることになった。
師からは、色々な価値観があることを思い知らされた。
はじめ、オイゲンは何が正しい、何が誤っている、これは善だ、これは悪だと一つ一つの価値観を断じていた。
しかし、師に質問を投げかけられるうちに、オイゲン自身は一つ一つの価値観についてその正誤や良否を断じることができなくなった。
すべてに一定の理がある、としか思えなくなったのである。そこから先に思考を進めて判断するだけの力が自分には無かった。
結局、自分は物の善悪や良否を判断できなくなった。それに必要な思慮の深さを持っていなかった。
しかし、多くの価値観を知ることはできた。それだけでも得られたものは多かったと思う。
もちろん、自分がこう感じていることが正しいか間違っているか、自分では判断できない。でも、今の自分はそれでいいと思える。
色々な価値観が並存できるためには今のエクザロームは狭すぎるのかもしれない。
価値観と価値観が鬩ぎあっている状態では、必要以上に他の価値観と触れ合うことが多すぎ、結局それが争いや閉塞感に繋がるように思う。
ならば、価値観同士が鬩ぎあわず、緩やかに結びつくようにしたらどうか?
オイゲン自身は案外面白いのではないかと考えているのだと。
「……僕は競争とか争いが嫌いなので、そういうのが無い世界にいられればそれでいいのですけどね」
「それは、堕落の道一直線、って気がしますね」
オイゲンの言葉をロビーが一蹴した。
オイゲンはそうかもしれませんね、とロビーに賛同の意を示した。
セスはオイゲンの言う「師」という人物に興味を持ったようだ。
「……その師という人は、どういう活躍をされているのですか?」
オイゲンは少し考えてから、こう答えた。
「いや、思慮が深すぎるのか考えを理解しきれる人がいないように思います。あの人は、優れた知恵を持っていますが、自分で行動を起こすのには向いていないように思います」
「それって、自分じゃ何もできないというのと一緒では……?」
セスが意地の悪い質問を投げかけた。
「……そうかもしれません。ただ、ものを考える人間と行動する人間が別であっても私は構わないと思っているのですよ」
オイゲンの答えにセスは戸惑いを見せながらも笑って応じた。答えるまでに少し間があったのは、言葉を選んでいるようにセスには思われた。
「で、その社長の師匠に当たる人って、どんな人なんです?」
ロビーがしびれを切らして質問した。
オイゲンは再び少し考えてから、こう答えた。
「……そうですね、カメラに例えて言うなら『ものすごく近くと、ものすごく遠くの被写体にピントは合うのだけど、普通の距離にはピントが合わない』という感じですかね」
セスとロビーは狐につままれたような表情を見せた。
オイゲンは時計を見て、そろそろ時間だと言って店を出ようとした。
そろそろアイネスが指定した三時間が経過しようとしていたのだ。
セスとロビーが店を出るオイゲンの後を急いでついていった。
アイネスは時間に正確なタイプだ、三時間といえば、きっかり三時間後に指定した場所に姿を見せるであろう。
「社長の師匠ってどんな人なんだろう?」
「カメラのピントがどうこうとか言っていたが……研究者とか、職業学校の先生とかかもな。浮世離れした奴がいてもおかしくないからな」
メディットへ戻る途中、セスとロビーがオイゲンの「価値観の師」についてああでもない、こうでもないと小声で話をしていた。
実はオイゲンの「価値観の師」が彼より七つも年下の女性だと知ったら、セスやロビーがどのように思っただろうか。今のところそれはわからない。
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