178 / 436
第四章
173:甲斐性なしの社長
しおりを挟む
セスがメイの正体について考えているとき、この場で考えを巡らせていたのは彼一人ではなかった。
一方、オイゲンも考えを巡らせているのだ。しかし、言葉には出さない。
オイゲンとしてはメイに他の人とも最低限の会話ができるようになって欲しいと考えている。
ここで問題になるのがメイの瞳の色である。
オイゲンはメイから直接聞いて知っていたのだが、メイは黒地にエメラルドグリーンを被せた瞳の色のおかげで、小さい頃から避けられていた。
このことがトラウマになっていて、他人に瞳を見られるのが怖いらしい。
オイゲンはメイの瞳の色など気にならないのだが、他の者でメイの瞳の色を気味悪がる者はいるかもしれないな、と感じている。
彼女の瞳の色は、かつて流行った伝染病に罹患している者に見られる色だからだ。
よく見れば彼女のそれは、病気のものとは違って、透きとおった色をしていることがわかる。
ただ、初対面の者が相手の瞳の色をまじまじと見つめることをするとも思えないので、伝染病を疑われる可能性はあるだろう。
色付きのコンタクトレンズを入れることを提案したこともあるのだが、コンタクトを目に入れるのが怖いと言われて拒否されてしまった。
自分の瞳を蝕まれるような恐怖があるらしい。
「……社長さんさぁ、どっちかというと社長やるよりカウンセラーとかのほうが向いているんじゃないか?」
ロビーの質問には遠慮がなかった。
オイゲンは我に返って質問に答える。
「……そうですね、社長には向いてないと思います。ハドリ社長が当面ECN社を見ていろというので社長をしていますけど、やめろと言われたら明日にでもやめようかと思っているのですけどね……」
オイゲンの意外な答えに、ロビーが呆気に取られた。
「……で、そうしたら社長はどうするのですか?」
セスの質問にオイゲンは冗談っぽく笑いながら答える。
「山を越えて、島の東側でも探検しましょうか。東側には楽園があるかもしれないですよ」
オイゲンの返答にセスもロビーも呆気に取られた。
オイゲンの答えは突拍子もなく、裏に何かあるのではないかとセスには感じられたのだ。
この人は何か壮大な計画を企てているのではないか? とすら考えられたのである。
「……OP社について、現在のやり方はどう思われますか?」
セスの質問に驚いたのはロビーのほうだ。いくら何でも大胆すぎる。
しかし、オイゲンは少し考えてから律儀に答える。
「僕の考えとは必ずしも一致しない部分はありますが、ハドリ社長の見識は評価できるものだと思っています」
優等生的な答えだな、多分裏に何かを隠している、とセスは感じた。
その感情が、次の質問となってセスの口から発生られる。
「社長の考え方とハドリ社長の考えが一致していない部分があるのなら、それはどのような点ですか?」
「僕はハドリ社長のように、優れた見識も指導力もありません。だから、自分の力を見せて部下を引っ張る、という考えにはなれないのです。能力の問題もあります」
「おい!」
さすがにロビーが見かねてセスを止めようとした。
しかし、それは意外にもオイゲンによって止められた。
ロビーは「社長さん、いいのか?」とオイゲンに詰め寄った。あくまでも社長は社長であり、セスの態度は上司に対して失礼なものであると感じていたのだ。
「ならば、社長を務めることに無理があるのでは? 社長としての能力が足りないのならなおさらです」
セスの厳しい言葉にロビーが驚いた。オイゲンは頭を掻きながら苦笑している。
「そうなのですよ。ハドリ社長の許可があれば、僕はいつでも社長を辞めたいのです。指示に逆らうだけの甲斐性もないので、社長をしています。そういう意味では、従業員の皆さんが犠牲になっているのです。社長失格なのです!」
オイゲンの言葉が強くなったので、今度はセスが驚いた。
(この人、本当に社長をやりたくないのか……)
セスが無言だったので、オイゲンが言葉を続けた。
自分にはハドリやウォーリーのようにいろいろな考えを取捨選択して、最善と思える考えを信じて突き進むことができない。
どの考えが正しくて、どの考えが誤っているかも判断できない。いろいろな考えがあれば、すべて一定の理があるように思えてしまう。
一つの考えを信じこめなかった結果、自分のところを去った優秀な部下が幾人もいる。
そういう自分が、ある一つの考えを最善として突き進む者のように何かを成すのは難しい。
複数の考えを正しいとするならば、その分、一つの考えに投じられる思いの強さは減っていくのだ。
思いの強さだけが成し得ることを決めるのであるならば、自分にできることはほとんどないだろう。
ただし、複数の考えを正しいと思えるのなら、それらを調整して共存するための仲介をする方法もあるかもしれない。
しかし、今のような閉塞感に覆われた時代には、閉塞感を打ち破るための絶対的な方向性があるほうが良いように思われる。
力を向ける方向が分散してしまえば、それだけ投じられる力が減少してしまうのだ。
また、人の信じている思いの大きさが大きければ、他の思いを理解してもらうのに必要な思いの大きさもそれだけ大きくなる。
自分は甲斐性無しだから、もともと持っている思いの大きさそのものが大きいとはいえない。
大したことができない自分が大企業のトップに立つこと自体罪深いものがある。
更に、このことに気付いている自分がしたり顔で自分のことを論評するなど、偽善者のやることである。
要するにECN社は単なる偽善者が社長をやっているのだ。それも小物の偽善者が。
ここまで言い切って、オイゲンは紅茶を口にした。その表情は普段とあまり変わりない。
「……恐らく僕の表情は、いつもと同じだと思います。どうも僕は感情の起伏というものに欠けるようで、人間っぽくないとよく言われるのですよ」
オイゲンがそう言って苦笑した。
一方、オイゲンも考えを巡らせているのだ。しかし、言葉には出さない。
オイゲンとしてはメイに他の人とも最低限の会話ができるようになって欲しいと考えている。
ここで問題になるのがメイの瞳の色である。
オイゲンはメイから直接聞いて知っていたのだが、メイは黒地にエメラルドグリーンを被せた瞳の色のおかげで、小さい頃から避けられていた。
このことがトラウマになっていて、他人に瞳を見られるのが怖いらしい。
オイゲンはメイの瞳の色など気にならないのだが、他の者でメイの瞳の色を気味悪がる者はいるかもしれないな、と感じている。
彼女の瞳の色は、かつて流行った伝染病に罹患している者に見られる色だからだ。
よく見れば彼女のそれは、病気のものとは違って、透きとおった色をしていることがわかる。
ただ、初対面の者が相手の瞳の色をまじまじと見つめることをするとも思えないので、伝染病を疑われる可能性はあるだろう。
色付きのコンタクトレンズを入れることを提案したこともあるのだが、コンタクトを目に入れるのが怖いと言われて拒否されてしまった。
自分の瞳を蝕まれるような恐怖があるらしい。
「……社長さんさぁ、どっちかというと社長やるよりカウンセラーとかのほうが向いているんじゃないか?」
ロビーの質問には遠慮がなかった。
オイゲンは我に返って質問に答える。
「……そうですね、社長には向いてないと思います。ハドリ社長が当面ECN社を見ていろというので社長をしていますけど、やめろと言われたら明日にでもやめようかと思っているのですけどね……」
オイゲンの意外な答えに、ロビーが呆気に取られた。
「……で、そうしたら社長はどうするのですか?」
セスの質問にオイゲンは冗談っぽく笑いながら答える。
「山を越えて、島の東側でも探検しましょうか。東側には楽園があるかもしれないですよ」
オイゲンの返答にセスもロビーも呆気に取られた。
オイゲンの答えは突拍子もなく、裏に何かあるのではないかとセスには感じられたのだ。
この人は何か壮大な計画を企てているのではないか? とすら考えられたのである。
「……OP社について、現在のやり方はどう思われますか?」
セスの質問に驚いたのはロビーのほうだ。いくら何でも大胆すぎる。
しかし、オイゲンは少し考えてから律儀に答える。
「僕の考えとは必ずしも一致しない部分はありますが、ハドリ社長の見識は評価できるものだと思っています」
優等生的な答えだな、多分裏に何かを隠している、とセスは感じた。
その感情が、次の質問となってセスの口から発生られる。
「社長の考え方とハドリ社長の考えが一致していない部分があるのなら、それはどのような点ですか?」
「僕はハドリ社長のように、優れた見識も指導力もありません。だから、自分の力を見せて部下を引っ張る、という考えにはなれないのです。能力の問題もあります」
「おい!」
さすがにロビーが見かねてセスを止めようとした。
しかし、それは意外にもオイゲンによって止められた。
ロビーは「社長さん、いいのか?」とオイゲンに詰め寄った。あくまでも社長は社長であり、セスの態度は上司に対して失礼なものであると感じていたのだ。
「ならば、社長を務めることに無理があるのでは? 社長としての能力が足りないのならなおさらです」
セスの厳しい言葉にロビーが驚いた。オイゲンは頭を掻きながら苦笑している。
「そうなのですよ。ハドリ社長の許可があれば、僕はいつでも社長を辞めたいのです。指示に逆らうだけの甲斐性もないので、社長をしています。そういう意味では、従業員の皆さんが犠牲になっているのです。社長失格なのです!」
オイゲンの言葉が強くなったので、今度はセスが驚いた。
(この人、本当に社長をやりたくないのか……)
セスが無言だったので、オイゲンが言葉を続けた。
自分にはハドリやウォーリーのようにいろいろな考えを取捨選択して、最善と思える考えを信じて突き進むことができない。
どの考えが正しくて、どの考えが誤っているかも判断できない。いろいろな考えがあれば、すべて一定の理があるように思えてしまう。
一つの考えを信じこめなかった結果、自分のところを去った優秀な部下が幾人もいる。
そういう自分が、ある一つの考えを最善として突き進む者のように何かを成すのは難しい。
複数の考えを正しいとするならば、その分、一つの考えに投じられる思いの強さは減っていくのだ。
思いの強さだけが成し得ることを決めるのであるならば、自分にできることはほとんどないだろう。
ただし、複数の考えを正しいと思えるのなら、それらを調整して共存するための仲介をする方法もあるかもしれない。
しかし、今のような閉塞感に覆われた時代には、閉塞感を打ち破るための絶対的な方向性があるほうが良いように思われる。
力を向ける方向が分散してしまえば、それだけ投じられる力が減少してしまうのだ。
また、人の信じている思いの大きさが大きければ、他の思いを理解してもらうのに必要な思いの大きさもそれだけ大きくなる。
自分は甲斐性無しだから、もともと持っている思いの大きさそのものが大きいとはいえない。
大したことができない自分が大企業のトップに立つこと自体罪深いものがある。
更に、このことに気付いている自分がしたり顔で自分のことを論評するなど、偽善者のやることである。
要するにECN社は単なる偽善者が社長をやっているのだ。それも小物の偽善者が。
ここまで言い切って、オイゲンは紅茶を口にした。その表情は普段とあまり変わりない。
「……恐らく僕の表情は、いつもと同じだと思います。どうも僕は感情の起伏というものに欠けるようで、人間っぽくないとよく言われるのですよ」
オイゲンがそう言って苦笑した。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
NPCが俺の嫁~リアルに連れ帰る為に攻略す~
ゆる弥
SF
親友に誘われたVRMMOゲーム現天獄《げんてんごく》というゲームの中で俺は運命の人を見つける。
それは現地人(NPC)だった。
その子にいい所を見せるべく活躍し、そして最終目標はゲームクリアの報酬による願い事をなんでも一つ叶えてくれるというもの。
「人が作ったVR空間のNPCと結婚なんて出来るわけねーだろ!?」
「誰が不可能だと決めたんだ!? 俺はネムさんと結婚すると決めた!」
こんなヤバいやつの話。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
VRMMOで遊んでみた記録
緑窓六角祭
SF
私は普通の女子高生であんまりゲームをしないタイプだけど、遠くに行った友達といっしょに遊べるということで、VRRMMOを始めることになった。そんな不慣れな少女の記録。
※カクヨム・アルファポリス重複投稿
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――
EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。
そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。
そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。
そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。
そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。
果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。
未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する――
注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。
注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。
注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。
注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。
Night Sky
九十九光
SF
20XX年、世界人口の96%が超能力ユニゾンを持っている世界。この物語は、一人の少年が、笑顔、幸せを追求する物語。すべてのボカロPに感謝。モバスペBOOKとの二重投稿。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる