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第三章
128:レイカの相談相手
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モリタが母親に連絡するためセスの病室を出たのと同じ頃、彼と関係のある別の人物も同じように母親と連絡を取っていた。
「……もしもし、お母さん? これから帰るわ。
……うん、結局言われたとおりにしてみた。どうなるかわからないけど、やってみる。
じゃあ、あと三〇分くらいで着くから」
メディットの正門の前にある広場のベンチに腰掛けてレイカは携帯端末を通じて母親と話をしていた。
レイカは物憂げな顔をしていたが、見る者が見ればその姿すら洗練された魅力を感じたであろう。
周囲は薄暗くなっており、また広場の周囲の人通りも少なかったから、レイカの姿が周囲の注目を集めなかったのは彼女にとっても幸いであった。
この日、彼女が母親に連絡したのは二度目だ。
最初は幹部会議の直後だった。
会議の席で生物化学学科の女性教官から「主任教官でもない新人を幹部会議に出席をさせている学科がある。学校の運営を軽視しているのではないか?」と強い抗議があった。
「主任教官でもない新人」がレイカのことであるのは明白だったから、レイカとしては会議の席に居難い。会議に出席していた「新人」はレイカだけだった。
あえてこのような長く嫌味ったらしい表現を使ったのはトニー・ソヴァの存在を考慮したからではないか、とレイカには思われた。
レイカがこのように考えるのも無理はない。トニーは前年度の後期からの勤務なので厳密には「新人」ではないのだが、新人のようなものである。
ただ、トニーはレイカと違い、リスク管理学科「主任」教官であった。
もちろん彼もリスク管理学科主任教官として会議に出席している。
運悪くレイカと一緒に参加していたマーケティング学科の主任教官もレイカのことをあまり快く思っていなかった。
自分の学科の人気が出るのは良いが、たかが二〇代半ばの小娘に何がわかるか、という意識を持っていたのである。
そのため、生物化学学科の女性教官の暴言ともいえる発言を咎めることすらしなかった。
それどころか、「それみたことか」と言わんばかりにレイカに咎めるような視線を向けてきた。
マーケティング学科の教官には指摘どおり学校の運営に興味のある者がほとんどなかったから、トップである主任教官と最年少のレイカに役割を押し付けたのである。
押し付けられた役割であったが、レイカは全力でそれを果たそうと考えていた。
新人で若輩者の自分が出しゃばっていると思われないよう、発言は会議の後半で手短に行うつもりで会議に臨んだ。
しかし、レイカのモチベーションは女性教官の指摘とそれに対する上司の態度により、一気に萎えてしまった。
そういった中で職員の異動・削減や教官付きのスタッフの増員、および採用条件の厳格化の話がなされたのである。
レイカは形だけ疑問を呈する意見を出したのだが、場の空気がレイカの望む流れと明らかに違っていた。
結局、彼女も場の空気に従い、それ以上意見を出すことをしなかった。
職業学校へ来てからというもの、彼女には仕事を共有する仲間ができなかった。
生徒には人気があったが、生徒は生徒であって一緒にする仕事をする仲間ではない。
そのこと自体は彼女も当然あり得ることだと思っているし、覚悟もしていた。
職業学校の教官にも人気商売という面がある。
人気を争って競争する職場において、同じ立場の者が仕事を共有するのはなかなか難しいことだ。
仕事を共有して競争相手を利すれば、自分の教官としての立場が怪しくなることもあるのだから。
仕事を共有する仲間といえば、一部の男性教官から誘いが無かったわけではない。
しかし、ほとんどのケースで相手からつまらない人生訓を聞かされるのがオチで、レイカとしては不満であった。それを表に出すようなことはしなかったのだが。
この状況が彼女にとっては辛く、家ではよく母親に当たっていたのだ。
それでも彼女にとってもっとも頼れる相談相手は母親だったから、このときも自宅に連絡して母親の意見を求めたのである。
レイカは母親に幹部会議のことだけではなく、セスたちのことも話していた。
幹部会議が始まる少し前に、彼女はセスが入院したという連絡をロビーから受けていた。
何気なしにその話を母親にしたところ、母親の態度が急変した。
それまでレイカの話を静かに聞いていた母親が、彼女を強い口調で叱ったのだ。
「何やっているの! 一緒に仕事をする仲間がいるんじゃない! その子たちが大変なことになっているのにあなたはそれを助けないの?!
見栄を張ってないで、その子たちに頭を下げて一緒に仕事をしてもらうよう頼んできなさい!」
これで吹っ切れたレイカは、連絡を終えた後、鉄道の駅へと向かった。
そしてジン方面行きの列車に飛び乗り、セス達のもとへと足を運んだのだった。
「……もしもし、お母さん? これから帰るわ。
……うん、結局言われたとおりにしてみた。どうなるかわからないけど、やってみる。
じゃあ、あと三〇分くらいで着くから」
メディットの正門の前にある広場のベンチに腰掛けてレイカは携帯端末を通じて母親と話をしていた。
レイカは物憂げな顔をしていたが、見る者が見ればその姿すら洗練された魅力を感じたであろう。
周囲は薄暗くなっており、また広場の周囲の人通りも少なかったから、レイカの姿が周囲の注目を集めなかったのは彼女にとっても幸いであった。
この日、彼女が母親に連絡したのは二度目だ。
最初は幹部会議の直後だった。
会議の席で生物化学学科の女性教官から「主任教官でもない新人を幹部会議に出席をさせている学科がある。学校の運営を軽視しているのではないか?」と強い抗議があった。
「主任教官でもない新人」がレイカのことであるのは明白だったから、レイカとしては会議の席に居難い。会議に出席していた「新人」はレイカだけだった。
あえてこのような長く嫌味ったらしい表現を使ったのはトニー・ソヴァの存在を考慮したからではないか、とレイカには思われた。
レイカがこのように考えるのも無理はない。トニーは前年度の後期からの勤務なので厳密には「新人」ではないのだが、新人のようなものである。
ただ、トニーはレイカと違い、リスク管理学科「主任」教官であった。
もちろん彼もリスク管理学科主任教官として会議に出席している。
運悪くレイカと一緒に参加していたマーケティング学科の主任教官もレイカのことをあまり快く思っていなかった。
自分の学科の人気が出るのは良いが、たかが二〇代半ばの小娘に何がわかるか、という意識を持っていたのである。
そのため、生物化学学科の女性教官の暴言ともいえる発言を咎めることすらしなかった。
それどころか、「それみたことか」と言わんばかりにレイカに咎めるような視線を向けてきた。
マーケティング学科の教官には指摘どおり学校の運営に興味のある者がほとんどなかったから、トップである主任教官と最年少のレイカに役割を押し付けたのである。
押し付けられた役割であったが、レイカは全力でそれを果たそうと考えていた。
新人で若輩者の自分が出しゃばっていると思われないよう、発言は会議の後半で手短に行うつもりで会議に臨んだ。
しかし、レイカのモチベーションは女性教官の指摘とそれに対する上司の態度により、一気に萎えてしまった。
そういった中で職員の異動・削減や教官付きのスタッフの増員、および採用条件の厳格化の話がなされたのである。
レイカは形だけ疑問を呈する意見を出したのだが、場の空気がレイカの望む流れと明らかに違っていた。
結局、彼女も場の空気に従い、それ以上意見を出すことをしなかった。
職業学校へ来てからというもの、彼女には仕事を共有する仲間ができなかった。
生徒には人気があったが、生徒は生徒であって一緒にする仕事をする仲間ではない。
そのこと自体は彼女も当然あり得ることだと思っているし、覚悟もしていた。
職業学校の教官にも人気商売という面がある。
人気を争って競争する職場において、同じ立場の者が仕事を共有するのはなかなか難しいことだ。
仕事を共有して競争相手を利すれば、自分の教官としての立場が怪しくなることもあるのだから。
仕事を共有する仲間といえば、一部の男性教官から誘いが無かったわけではない。
しかし、ほとんどのケースで相手からつまらない人生訓を聞かされるのがオチで、レイカとしては不満であった。それを表に出すようなことはしなかったのだが。
この状況が彼女にとっては辛く、家ではよく母親に当たっていたのだ。
それでも彼女にとってもっとも頼れる相談相手は母親だったから、このときも自宅に連絡して母親の意見を求めたのである。
レイカは母親に幹部会議のことだけではなく、セスたちのことも話していた。
幹部会議が始まる少し前に、彼女はセスが入院したという連絡をロビーから受けていた。
何気なしにその話を母親にしたところ、母親の態度が急変した。
それまでレイカの話を静かに聞いていた母親が、彼女を強い口調で叱ったのだ。
「何やっているの! 一緒に仕事をする仲間がいるんじゃない! その子たちが大変なことになっているのにあなたはそれを助けないの?!
見栄を張ってないで、その子たちに頭を下げて一緒に仕事をしてもらうよう頼んできなさい!」
これで吹っ切れたレイカは、連絡を終えた後、鉄道の駅へと向かった。
そしてジン方面行きの列車に飛び乗り、セス達のもとへと足を運んだのだった。
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