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第三章

119:モリタの選んだ店は……

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「こんばんは。間に合ったかしら?」
 午後六時半、セス達の控え室にレイカが姿を見せた。

「……ほう、時間通りに来たな」
 ロビーが意外そうな表情をしながら声をあげた。
「遅刻常習犯のロビーが言っても説得力がない!」
 モリタはそう言い捨ててドアを開けにいく。
 その動きは仕事の後片付けをサボるために逃げ出すのと同じくらい俊敏だ。

「あ、それでは僕が案内します」
 モリタが先頭に立ってレイカを案内する。ロビーはその後ろからセスの車椅子を押している。

「……私も車椅子を押しましょうか?」
 レイカが振り返って声をかけた。
 慌ててモリタが「僕が押すからいいですっ!」と後ろに下がってきた。

 ロビーは笑って、「俺一人で十分ですよ。身体が大きいもので、二人以上で押すとかえって邪魔ですわ」と答えた。
 ロビーが大柄なので、確かに二人以上で車椅子を押すのはかえって邪魔になる。
 セスは申し訳なさそうに「電動のを買えば良かったのだけど……ごめん」とロビーに小声で謝った。

 駅から一〇分ほど電車で移動し、そこから五分ほど歩いたところで、モリタは歩みを止めて「ここです」と一軒の料理屋を指差した。
 看板には「かっぽう みはらし」と書かれている。
 入口に入ると、中には小さな橋がかかっており、下には大きな錦鯉が何匹も泳いでいる。少なくとも職業学校の若手職員が自腹で入れる店ではなさそうだ。

 セスが小声でロビーにささやく。
「ロビー、高そうな店だね……モリタの財布で大丈夫なのかなぁ? いくらメルツ先生相手でも張り切りすぎじゃないかな」

 しかしロビーは落ち着いたものだ。
「なに、ここなら問題ない。しかし、よりによってここかよ」
 ロビーはこの店について何かを知っているらしい。

 モリタとレイカが先に店に入る。店の主人がモリタに声をかける。ごま塩頭の元気の良さそうな親父だ。

「あら、モリタくんいらっしゃい。人を連れてくるなんて珍しいね」
「ええ、今日は特別なので……」
 モリタがそう答えたのだが、店の主人の大声にかき消された。

「お、何だ。ロビー君じゃないか! モリタ君はお友達なのかい?」
 その声にセスとモリタが振り向いた。
「そう、職場の同僚だよ。モリタと俺の前にいるのが時々話に出ているからわかると思うけど、セス・クルス。こっちの女の人はレイカ・メルツ先生。テレビとかに出ていたから知っているだろう」
 ロビーが答えると、店の主人は、
「ああ、知っているとも。モリタ君が職業学校に勤めているのは聞いていたけど、まさかロビー君やメルツさんと同じ職場とはねぇ……」
 と大げさに驚いてみせた。

「落ち着いていい雰囲気のお店ですね。今日はよろしくお願いします」
 レイカが主人に向かって軽く会釈をした。こういう仕草も様になっている。

「今日はモリタがホストだから、よろしく!」
 ロビーが主人に気安く声をかけた。
「ああ、任せておきな!」
 主人は拳を握ってロビーに応えた。そして四人を奥の座敷へ案内する。

「あ、クルスくんはお座敷で大丈夫なの?」
 レイカがモリタに声をかけた。セスが車椅子なのを心配してのことである。気の付く性格のようだ。
「それは大丈夫です。掘りごたつ式の席ですから、椅子と同じです」
 セスが答えようとする前にモリタが答えた。

 遅れてセスも、
「座っているだけならば、お座敷でも大丈夫なんですよ」
 と答えた。レイカは「それなら大丈夫ね」と笑った。

 席に案内されるや否や、セスが小声でロビーに聞いた。
「知っている店なの?」
「ああ、さっきの親父は俺の父方の伯父さんだからな。親戚の集まりとかでこの店にはよく来ているんだ。しかし、それにしてもモリタが客だとは意外だな」
 ロビーはわざと大声で答えた。

 モリタが少し表情を曇らせる。
「ロビーの知り合いの店だと知ってたら、わざわざこの店を選ばなかったよ」
「まあ、気にするな、って。値段はともかく味は保証するぜ。まあ、友達価格ということでモリタにもサービスするように言っておくから、許せ」
 ロビーがそう言ったものの、モリタは「どこまで本当だか」と苦虫を噛み潰したような表情のままだ。

 もっとも、この日以降もモリタはちょくちょくこの店に通っていたのだから、苦い表情は照れ隠しだったのかもしれない。

「名前は聞いたことあったのだけど、前の職場からだとちょっと遠いし、一人でこういうお店はちょっと、って気持ちがあって躊躇していたの。だから今日はとても楽しみにしているわ」
 レイカが他の三人に向けてそう言って、笑った。

 意外に子供っぽい人だな、とセスは思った。
 テレビや講義中に見せる仕草や表情とはかなり印象が異なる。
 あえて言えば、教官就任時の講演のときに一瞬だけ見せた「伝説の」表情に近いものがある。

 ロビーの音頭で四人が乾杯する。
 昨年の九月に二〇歳になったモリタもビールで参戦だ。二〇歳を過ぎているレイカとロビーもビール組、唯一の未成年のセスはオレンジジュースだ。
 セスの場合は体質的に事実上飲酒はできないというのが最大の理由になるのだが。

「ところでメルツ先生、一体どうしたんですか?」
 ロビーが口火を切ってレイカに話しかけた。
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