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第二章

89:新任教官、学生達ととある職員のハートをつかむ

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 LH四九年四月一日、職業学校のマーケティング担当教官としてレイカ・メルツが赴任してきた。
 この日、職業学校の講堂では彼女の教官就任記念講演が行われようとしていた。
 講堂は職業学校の学生と一部の関係者のみ入場可能、ということもあって、聴衆は全て学校関係者であり、そのほとんどが学生である。
 男子学生と女子学生の比率は四対六といったところか。職業学校学生の男女比はほぼ一対一であったから、女子学生により興味を持たれているように思われる。

 レイカは淡い黄色のパンツスーツに首にはトレードマークの赤いスカーフという格好で登場した。セミロングの金髪はアップにされている。
「職業学校の皆さん、はじめまして。この度、マーケティング科の教官に就任しましたレイカ・メルツと申します」
 少し遅れて聴衆から歓声が沸き起こる。
 レイカはそれをゆっくりとなだめると話を始めた。その動きも様になっている。
 悪意を持ってみればええかっこしいなのだが、そう見るためにはそれ相応の悪意が必要なくらい、彼女の動作は慎重であった。

 最初に彼女は自身が企画・プロデュースしたワインを取り出し、講演卓に置いた。
「まずは自己紹介になりますが、私は今まで食材の商社で新しい商品を企画して、それをプロデュースする仕事をしてきました。
 ところでみなさん、私の右手にある品物はご存知でしょうか?」

 そう言ってレイカは講演卓上のワインを手で指し示す。
 舞台後方の大型スクリーンにもその様子が映し出された。

「知っている方、ちょっと挙手をお願いできますか?」
 大多数の者の手が挙がった。彼女のプロデュースする商品の知名度は非常に高い。
 この直後、レイカは職業学校で後々語り草となった動きを見せた。

 それは映像や写真での彼女だけを知っている者からは想像もつかない動きだった。先ほどまでの慎重さもどこかに置き忘れてきたのではないか、とさえ思えるくらいである。
 彼女は、小首を傾げてから少し怒ったような表情を見せて、
「コラッ! 学生のキミ達! お酒はオ・ト・ナになってからだよ!」
 と言った後、右目を閉じてウインクしてみせたのだった。

 これには彼女を知る多くの聴衆が度肝を抜かれた。
 レイカが見せたのは、少なくとも新任の教官が最初の講演で見せるべき仕草でないことは明らかである。
 職業学校は最高峰の教育機関だ。最初の講演といえば、堅い話をするのが通例である。

 テレビなどで多く露出のあった彼女であったが、今までこのような悪戯っぽい仕草を見せたことがなかった。人によってはこの仕草をチャーミングと解釈したかもしれないが。

 どちらかというと彼女はいままで洗練された格好よい女性という印象を持たれていた。
 レイカは一七〇センチを超える長身で均整の取れたモデルのような体型をしており、颯爽と歩く。その様が格好よく見えるのだ。
 しかし、言動は慎ましやかなところがあり、そのギャップがウケている面もあった。

 それが職業学校の教官に就任した途端、変貌したから聴衆は驚いた。
 実のところ、レイカはこのような仕草を決して得意とはしていなかった。
 どちらかといえば、少年のような性格だと彼女自身は思っている。
 スカートではなくパンツスーツを好むのもそのような性格の表れだともいえる。
 しかし、職業学校の教官就任に当たっては、いつものレイカ・メルツではなく少し驚かせてやろうと彼女は考えた。
 その結果が、「小首を傾げてウインク」だったのである。

 職業学校への就任が決まってから昨日まで、彼女は自室の鏡の前でどのように自らを演出するかの研究に余念が無かった。
 ちなみにエクザロームでは、法律で定められた飲酒可能年齢が存在しないのだが、慣習的にニ〇歳以上の成人が飲酒可能とされていた。職業学校には一五歳で入学する者が多かったから、三年制の学生の大多数と五年制の学生のこれまた多くが飲酒可能な年齢には達していない。
 こうしたことも考慮に入れて自らを演出するあたりが、一流どころのマーケターであることの証であるのだ。

 男子学生の何割かはレイカの仕草で落ちた。学生でない者の中にも落ちた者はいた。
 その一人は後方の客席でモニタを見ながら二人の友人に、「これはいただけないよね」と言って回っていた。

 その「一人」こそ、タカシ・モリタであった。彼はロビーに頼み込んで裏から手を回し、トニーを通してこの講演を聴く許可をもらったのだ。セスやロビーも一緒に連れてこられた。

「へぇ、やるじゃないか、あの先生。テレビで見るのとイメージが全然違うな」
 ロビーが感心した様子でつぶやいた。

「意外だったね。これで学生からの人気も上がるだろうね」
 セスもロビーに同意した。この二人はモリタと比較してかなり冷静だ。

「今回のはどうかなぁ」
 モリタは、あくまでも苦言を呈しているように見せたかったのだが、内心の喜びは隠せないようで表情にもそれが出てしまっていた。
 セスとロビーは「やれやれ」といった心境である。別に彼ら二人が女性に興味がないというわけではない。ただ、二人にはタレントの女性を見て騒ぐ趣味がないだけである。
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