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第二章

53:依頼と命令

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 「エクザローム防衛隊」の残党を壊滅させた翌日の一一月一九日、ECN社社長室で見た朝のニュースでオイゲン・イナはこのことを知った。

 九月末に三千名を超える従業員の大量離職があってから、オイゲンはその対応に追われていた。
 彼は離職した従業員の代わりを補充するため、他部署からの人員の異動を依頼した。

 しかし、他人に強い態度で物事を指示することが元来苦手な彼のことである、人員の再配置は難航していた。
 もともとECN社は従業員の意思が強く反映される社風である。
 ある日突然社長命令を出したところで、素直に従う従業員が必ずしも多いわけではない。
 オイゲン自身、トップの暴走を防ぐ意味でこの社風を歓迎していた節がある。

 しかし、今となってはその社風が仇となっている。
 ウォーリーの部署の半分が離脱することはオイゲンの予想の範疇にあったが、その分の戦力補充がここまで困難だということは予想していなかった。
 今になってウォーリーのありがたみを知った彼である。

 オイゲンは自身がウォーリー・トワのような人を惹きつける魅力も、エイチ・ハドリのような強力なリーダーシップも持ち合わせていないことを十分に承知していた。
 だから、自分自身が動くしかなかった。彼は自ら各部署に赴き、従業員の異動の説得をした。
 追加求人を試みようともしたのだが、これは動きを察知したOP社から待ったがかかった。
 人材構成に無駄がある状況で追加の人員を採用することはまかりならない、というのである。

 役員や幹部社員を集めて対策を検討しようとしたこともある。
 しかし、彼らの多くは言を左右にして、対策会議に出席しようとしない。
 出席した者もほとんどがオイゲンの無策を責めるばかりで、建設的な議論が行われる余地は無かった。

 オイゲンのこれら行動を逃げという者もいるかもしれない、オイゲン自身もそれを認めているが、このように動かずにはいられなかったのだ。
 こうした状況だったので、オイゲン自身世間の情勢などには少し疎くなっていた時期である。
 本来なら彼はこうしたニュースを頻繁にチェックしているし、仮にチェック漏れがあったとしても秘書のメイ・カワナがフォローしている。
 オイゲン自身が対応できない以上、彼の頼みの綱は秘書のメイだった。
 しかし、彼女は未だ週に二、三度会社に顔を出すことができる程度で、会社にいても気もそぞろ、ということが多かった。この事実はオイゲン以外誰も知らなかったのだが。

(そういえば、ここのところ世間で何が起きているかもチェックしていないなぁ……)
 そう考えて社長室のスクリーンの電源を入れたら、「エクザローム防衛隊」殲滅のニュースが流れていたのである。
 ニュースは「悪辣なテロリストの殲滅により、平和な日常が戻るであろう」という論調で報じられていた。
 オイゲンもはじめのうちはそう考えていたが、彼のもとに寄せられた匿名のメールが気にかかった。

「OP社は一般市民の巻き添えを承知の上で、建物ごとテロリスト、すなわち『エクザローム防衛隊』を爆破した」
 メールの内容は要約するとそのようなものであった。
 他にも似たような内容のメールが数通届いていた。中には「このような会社と提携をするのはいかがなものか」という論調のものもある。

 (確認する必要があるかな……)
 オイゲンがそう考えて部屋を見回すと、何時の間にかメイが出勤してきていた。
 メイは端末の前に座っていたが、特に端末を操作するでもなく、何か考え込んでいる様子だった。

「あのー……カワナさん?」
「……」
「カワナさん、すいません」
「え……あ、はいっ! ……すみません」
 メイは二度目の呼びかけで反応した。今日は比較的状態がよさそうだ。
 状態が悪いときや何かに集中しているときの彼女は、何度呼びかけても反応しないし、それ以上状態が悪ければそもそも職場に出勤してこないからだ。

 オイゲンは言葉を選びながら尋ねる。
「あの……今朝のニュースは見ていますか?」
「いえ……すみません」
 メイが首を横に振ったので、オイゲンはメイの前の端末を操作して、「エクザローム防衛隊」殲滅の記事を画面に表示させた。

「この事件なのですが、ちょっと気になることがあります。今日中にできるだけ多くの情報を集めて欲しいのですが……」
 オイゲンの言葉にメイの身体が一瞬硬直する。
 オイゲンの言葉はとても命令といえる代物ではないのだが、メイにとってこれは「命令」でしかなかった。
「命令」といっても依頼したオイゲンからはそのような強制力を持たせる気はない。
 しかし、受け取ったメイの方はそう感じていなかった。
 彼女の存在に関わることだったからだ。少なくとも彼女はそう考えている。

 オイゲンの言葉にメイは素直に「わかりました」と返事して端末に向かった。
 オイゲンはそれ以上メイに声をかけることはせずに社長室を後にした。
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