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第二章

50:「タブーなきエンジニア集団」決起す

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 一〇月一日、「タブーなきエンジニア集団」の結成式兼ウォーリーの快気祝いのイベントは、ポータル・シティ近郊のイベントホールで盛大に行われた。

 ウォーリーを慕って「タブーなきエンジニア集団」に身を投じた者は三千名強にも達していたので、レストランやホテルを会場に使うことはできなかった。
 そこでウォーリーは一計を案じた。歌手のコンサートなどに利用されるイベントホールを借りきり、そこに自分が調べ上げた飲食店の料理をケータリングで持ってこさせることにしたのだ。
 ウォーリーが興味を持った飲食店はひとつやふたつではなかった。彼は自分が気に入った店すべてから料理を持ってこさせたのである。

 ウォーリーはホールのステージに立ち、結成式の参加者に向かって呼びかけた。
「集まってくれたみんな! 俺の『タブーなきエンジニア集団』の構想に賛同してくれてありがとうっ!」
 参加者達からはウォーッという賛同の声があがった。まるでロック歌手か何かのコンサート会場のようである。

 ウォーリー自身この手のノリは嫌いではない。むしろ好きなほうだ。
 ECN社でウォーリーを嫌う者たちが口々に言う言葉が「出たがり」なのであるが、確かにこの評価は否定できないであろう。

 ウォーリーの演説は続く。
「俺がいたECN社はかつて、システムや機器の扱いに困った客がいたら、どんなメーカーの製品を使っていても駆けつけた会社だった!」
 そう叫んだ後、ウォーリーは下を向いて首を横に振ってみせた。
 一瞬にして会場が静まり返る。

「……だが、今のECN社は残念ながらOP社の手下に成り下がってしまった! 奴らは自分のところの製品しか面倒を見ない! 近いうちECN社もそうなるだろう。それが俺には嘆かわしいっ!」
 ウォーリーが顔をしかめた。
 しかし、実はウォーリーの演説のこの部分、必ずしも正しくはなかった。
「どんなメーカーの製品でも面倒を見る」という点はオイゲン率いるECN社もかなり健闘していたのだ。
 OP社から指摘が入るたびに頭を下げてオイゲンが謝罪しながらも、とぼけたフリをしてこの点だけは守っていたのである。
 ただ、ECN社にとって、ウォーリーの部下が半数程度流出したことは非常に痛手だった。ECN社の中でもトップレベルの技術集団が抜けたのである。ECN社の技術力低下は否めない状況であった。

 ウォーリーはこのような事情は露知らず、演説を続けている。
「だから、俺は、いや俺たちは困っている人々のために立ち上がった! 『タブーなきエンジニア集団』だ! ECN社の製品でもOP社の製品でも俺たちは対応するんだ!
 他社製品を扱うな、というタブーとは無縁でいようぜ!」
 そう言ってからウォーリーはステージ脇に立っている数名にステージ上に上がるように促した。

「俺が療養していた間、俺やみんなを支えてくれたメンバーに、是非礼が言いたい。右から、ノリオ・ミヤハラ! ECN社時代のTMだ。これからも『タブーなきエンジニア集団』の幹部として、集団を支えてもらう。ミヤハラには副代表を務めてもらう!
次は……」
 このように『タブーなきエンジニア集団』の幹部が順番に紹介されていった。

 最後にウォーリーはこう締めくくった。
「これから俺たちが進もうとしている道は、必ずしも平坦じゃないかもしれない。だが、俺たちが協力して事に当たれば、必ずお客様は満足してくれるはずだ! 俺たちに乗り越えられない壁は無い!
 今日は集まってくれてありがとう! これから全員で頑張っていこう!」
 再び歓声が沸き起こる。イベントホールの空気がビリビリ音を立てるほどの大きさだ。

 実際、マイクを通したウォーリーの大声で壁が振動し、壁に寄りかかっていた者を少なからず驚かせていた。ホールが防音設計でなかったら、近隣住民から苦情が出ていたかもしれない。

 そして、いつしかホールから「歌え!」コールが沸き起こった。
 ウォーリーの歌の上手さには定評があり、パワフルなボーカルが彼の部下に人気だった。
 いったんはステージから降りたウォーリーだったが、「歌え」コールの前に再びステージへ上がった。
「ま、望まれちゃ仕方ないな。
 じゃ、俺が入院していたときによく聴いた曲を歌うわ。
 これからの俺たちの状況をよく言い表している歌だ。それじゃ、いくぜ!」
 そう言って、ウォーリーはマイクを手にして歌いだした。何時の間にかカラオケのセッティングも済ませている。
 
「Maddy Days」

 飛び込んだ 新しいこの地で
 何かを求めて 地図を描く

 誰も見ぬ  未開地フロンティア思い
 内なるボルテージ 盛り上がれ

 まだ見ぬ地の待ち人 応えようその想いに
 地面踏みしめ 最初スタートの一歩を踏み出す

 地を叩く雨の鞭を 身体に浴びても
 何もかも 乗り越えられる気がした

 希望あふれ 満ちる想いを感じて 
 ただ前へ


 黒く染まる 低く沈んだ空
 身体を押しつぶす 重い大気が

 湧き上がる 灰色の霧が
 俺と希望の仲を 引き裂いていく 

 進む道に未来さきは見えない 答えよう闇の試練に
 地を這いずり 動かぬ身体を引きずる

 絶望の戒めに 抗う心も
 地に押しつぶされ 苦いそいつをかみ締め

 泥にまみれ 恐怖の縄絡んでも
 ただ前へ


 まだ見ぬ地の待ち人 応えようその想いに
 内なる敵を 叩き潰せ

 霧に隠れた まだ見ぬゴールを目指して
 ただ前へ 未来さきはある


 決起大会が終わった後の打ち上げでウォーリーは満足げな様子だった。
 好きなだけ話し、歌ったのだから当然という説もあるのだが。

 ミヤハラやサクライは「やれやれ」といった顔を見せていたが、ウォーリーはそんなことはお構いなしのようだ。
 これらすべてがウォーリー・トワという人間を構成する要素なのだ。
 人によってはこのようなウォーリーの言動に辟易する者もいたのだが、ミヤハラやサクライは表向きそのような様子を見せなかった。

 また、このようなウォーリーの言動が好きで彼についていっている者も多数いる。
 「タブーなきエンジニア集団」に馳せ参じた者は何だかんだいっても皆、ウォーリーが好きなのだ。

 ウォーリーがミヤハラとサクライの間に割って入ってきた。
 その手にはビールのジョッキがあった。

「ミヤハラもサクライもお疲れ。とりあえずは上手くいった、というところだろう」
 酔っている、というほどではなかったが、ウォーリーの口調はやや興奮気味だった。
 ミヤハラやサクライは冷静に「お疲れ様でした」と答えている。
 彼らはウォーリーと比較すると感情が表に出ないようだ。
 もっとも、ウォーリーに感情過多な面があることは否めないのだが。

「ただ、今日の決起集会でひとつだけ不満なことがあるんだな、これが」
 ウォーリーの言葉にサクライが反応した。
「どこに不満が?」

 サクライからすれば、「あれだけワンマンショーをやって、どこに不満があるのだろうか?」といった気分である。
 ただし、サクライもウォーリーが半年ぶりに病院の外に出てきたという事情を知っているので、彼にはやや同情的ではある。
 ミヤハラは静かにチューハイを飲んでいる。この男にはビールよりもチューハイが似合う。それよりも日本酒の方が合いそうだという説もある。

「あー、それなんだが、ステージの下にいた君達にはわかるまい」
 ウォーリーの言葉に二人とも反応しなかったが、ウォーリーは構わず続ける。
「俺が必死になって選んでいたのに、ステージに上がりっぱなしのせいでほとんど料理を食えなかったんだよな、まったく……」
 ウォーリーの愚痴にミヤハラもサクライも冷ややかな目線で応じた。
 それにしても食い物の恨みは恐ろしいようだ。
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