上 下
28 / 436
第一章

26:納得のいかない社長秘書

しおりを挟む
 OP社を出た後、オイゲンはいったん社に戻って通信で経営企画室長にOP社との交渉結果を報告する。
「……ということで、まずはOP社の監査を受けることになりました。援助の話はその後で、ということで」
 報告を聞いた室長、サワムラは声を荒げた。

「何てことをしてくれたんですか! 援助の申し出が何故監査の話になるんですか!? とにかく、明日詳しい話を聞かせてもらいます! 責任問題ですよ!」
 サワムラは言うだけ言って通信を切った。

「参ったなぁ。早まったか」
 オイゲンはそうつぶやいたが、かといって有効な対策も思いつかなかった。
 (なるようになるしかない。考えようによっては社長を辞めるいい機会かもしれない)
 と考えた。不安はあるが睡魔の方が強く、考えを進めることも難しそうだ。
 (明日は厳しいことになりそうだから、とりあえず休んでおくか……)

 オイゲンは社長室の床に寝袋を広げ、その中に転がり込んだ。
 ECN社からオイゲンの自宅までは自転車で一五分、歩いて三、四〇分ほどなのだが、自宅に戻るのが面倒になるとこうして社長室に泊り込むことが多い。
 そのため、オイゲンは社長室のロッカーに、自分用の寝袋を持ち込んでいたのである。

 オイゲンが眠りについたころ、ECN社本社に一人の男がやってきた。

 男は経営企画室のオフィスへ移動し、端末を操作し始める。
 しばらく端末と格闘した後、机やキャビネットを順番に開き、中の書類をチェックする。
 そして、いくつかの書類を抜きだして、それらをシュレッダーにかけたのであった。

 翌朝、オイゲンは目を覚ましてからシャワー室でシャワーを浴び、スーツを着替える。着替えが終わって社長室に戻るのとほぼ同時にメイが出勤してきた。
 どうやら今日は早めに出勤することで、他の従業員と顔を合わせるのを避けたらしい。

 この日は土曜日で、本来は休みの日である。
 しかし、今日に限っては業務の関係で出勤日とされていた。
 メイが早めに出勤してきたのも、そのあたりに原因があるように思われた。

「あ、カワナさんか。ちょうど良かった。急いで相談しておきたいことがあるんだ」
「……え? あ、はい?」
 メイは状況を理解しているかどうかよくわからない様子だったが、とにかくオイゲンはハドリとの交渉の内容を話してみた。

「……という状況なんだよ。交渉に行く前にカワナさんに相談しておくべきだったと後で気づいたけどね。相変わらずこういうところ、自分は鈍いからなぁ」
 オイゲンの話にメイは少し考えてから答える。
「……OP社の社長は、自分の意思に従わない相手を従わせるまで徹底的に攻撃する人のようです。徹底抗戦したら、体力に劣るうちが不利です。社員の数も、売上も、OP社はうちの一.五倍以上あるのですよ。
 それに、昨日の事件で犠牲が出ているとはいえ、六千人というレベルの犠牲で揺らぐ会社ではないでしょう」
「やっぱりそうだよなぁ。ただ、経営企画室をすっ飛ばして監査を決めちゃったのはマズかったかな。責任を問われることになりそうだけど、それは仕方ないね」
 オイゲンはメイの説明に納得した様子であった。

 メイはというと、経営企画室という単語に反応した。
「何故責任を問われるのです? わが社の最高責任者は社長ですよ? 経営企画室が異議を唱えるはおかしくないですか?」
「そうは言っても、実質的に戦略を決めているのは経営企画室だしなぁ……」
「……でも、最高責任者は社長と規定されています。経営企画室ではありません。常に経営企画室に意見を求めなければならない、なんて規定はありませんよ」
 あくまでメイは納得できない、といった表情である。

「確かにその通りだけどね。いつも経営企画室の意見を求めているのに、こういうときだけ彼らをすっ飛ばしてしまったら、向こうも気分が良くないのではないかな」
「気持ちは関係ないでしょう。ここは規定どおりに考えるべきところです。うちでは規定が最優先されると定められています」
 納得できないとなるとメイは意外に執拗である。普段の対人恐怖症のメイしか知らない人間がこの様子を見たら驚くに違いない。

 規定を前面に出されるとオイゲンも有効な反論はできない。
 そもそも争いごとが苦手なオイゲンである。確執を避けるために多少規定を曲げることにはあまり抵抗が無い。
 よく言えば柔軟、悪く言えば芯がないと評価されるのもこうした性質のためだ。
 本人が自覚しているかは不明だが、彼の芯は「取り返しのつかない確執の発生を未然に防ぐ」という点にある。
 特に、今回のケースのように自分が引くことで確執が避けられるケースならなおさらだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

NPCが俺の嫁~リアルに連れ帰る為に攻略す~

ゆる弥
SF
親友に誘われたVRMMOゲーム現天獄《げんてんごく》というゲームの中で俺は運命の人を見つける。 それは現地人(NPC)だった。 その子にいい所を見せるべく活躍し、そして最終目標はゲームクリアの報酬による願い事をなんでも一つ叶えてくれるというもの。 「人が作ったVR空間のNPCと結婚なんて出来るわけねーだろ!?」 「誰が不可能だと決めたんだ!? 俺はネムさんと結婚すると決めた!」 こんなヤバいやつの話。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――

EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。 そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。 そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。 そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。 そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。 果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。 未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する―― 注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。 注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。 注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。 注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

宇宙人へのレポート

廣瀬純一
SF
宇宙人に体を入れ替えられた大学生の男女の話

ヒトの世界にて

ぽぽたむ
SF
「Astronaut Peace Hope Seek……それが貴方(お主)の名前なのよ?(なんじゃろ?)」 西暦2132年、人々は道徳のタガが外れた戦争をしていた。 その時代の技術を全て集めたロボットが作られたがそのロボットは戦争に出ること無く封印された。 そのロボットが目覚めると世界は中世時代の様なファンタジーの世界になっており…… SFとファンタジー、その他諸々をごった煮にした冒険物語になります。 ありきたりだけどあまりに混ぜすぎた世界観でのお話です。 どうぞお楽しみ下さい。

鉄錆の女王機兵

荻原数馬
SF
戦車と一体化した四肢無き女王と、荒野に生きる鉄騎士の物語。 荒廃した世界。 暴走したDNA、ミュータントの跳梁跋扈する荒野。 恐るべき異形の化け物の前に、命は無残に散る。 ミュータントに攫われた少女は 闇の中で、赤く光る無数の目に囲まれ 絶望の中で食われ死ぬ定めにあった。 奇跡か、あるいはさらなる絶望の罠か。 死に場所を求めた男によって助け出されたが 美しき四肢は無残に食いちぎられた後である。 慈悲無き世界で二人に迫る、甘美なる死の誘惑。 その先に求めた生、災厄の箱に残ったものは 戦車と一体化し、戦い続ける宿命。 愛だけが、か細い未来を照らし出す。

決戦の夜が明ける ~第3堡塁の側壁~

独立国家の作り方
SF
 ドグミス国連軍陣地に立て籠もり、全滅の危機にある島民と共に戦おうと、再上陸を果たした陸上自衛隊警備中隊は、条約軍との激戦を戦い抜き、遂には玉砕してしまいます。  今より少し先の未来、第3次世界大戦が終戦しても、世界は統一政府を樹立出来ていません。  南太平洋の小国をめぐり、新世界秩序は、新国連軍とS条約同盟軍との拮抗状態により、4度目の世界大戦を待逃れています。  そんな最中、ドグミス島で警備中隊を率いて戦った、旧陸上自衛隊1等陸尉 三枝啓一の弟、三枝龍二は、兄の志を継ぐべく「国防大学校」と名称が変更されたばかりの旧防衛大学校へと進みます。  しかし、その弟で三枝家三男、陸軍工科学校1学年の三枝昭三は、駆け落ち騒動の中で、共に協力してくれた同期生たちと、駐屯地の一部を占拠し、反乱を起こして徹底抗戦を宣言してしまいます。  龍二達防大学生たちは、そんな状況を打破すべく、駆け落ちの相手の父親、東京第1師団長 上条中将との交渉に挑みますが、関係者全員の軍籍剥奪を賭けた、訓練による決戦を申し出られるのです。  力を持たない学生や生徒達が、大人に対し、一歩に引くことなく戦いを挑んで行きますが、彼らの選択は、正しかったと世論が認めるでしょうか?  是非、ご一読ください。

処理中です...