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第十章

445:広報企画室長、動く

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 一二月一六日のインデストでの停電の直後、ECN社社長のミヤハラのところに一人の若い長身の女性が駆け込んできた。
 ECN社広報企画室長となったレイカ・メルツである。

 彼女は約四ヶ月前の八月に「タブーなきエンジニア集団」に所属していた者を中心に、ECN社内の発電業務経験者や職業学校などで発電技術を学んでいた者を集めてひとつのプロジェクトチームを立ち上げた。
 その規模は四千五百人を少し超えるまでに達した。
 レイカはプロジェクトチームを二つに分け社内で発電業務に従事させた。
 この時点でECN社のあるハモネスでは電力供給が不安定になり始めていた。
 電力の確保が急務と言えるような状況であったから、プロジェクトチームのメンバーの多くがかなりの稼働を要求されるものと考えていた。
 しかし、レイカの指示は彼らの予想とかなり異なっていた。
「メンバーの平均稼働率が四〇パーセント程度になるようにしてください」
 それを聞いたメンバーの多くが、現場を知らない者が好き勝手な発言をしていると考えていた。

 話を聞きつけたサクライがレイカに理由を問いただすと、彼女は平然とこう答えた。
「OP社からの電力供給に問題が生じた場合、最悪、わが社の事業活動が停止する可能性があります。電力はわが社の業務の生命線ですから」
 しかし、それで納得するサクライではない。
「……確かに電力の確保は重要だが、稼働率四〇パーセントとはどういう意図からか? 空いた六〇パーセントは他の業務に充当されるのか? そうでなければ到底看過できない」
「意図あってのことです。社で使用する電力を現在の人員の半数程度で安定的に確保することを考えております」
「残りの半数は?」
「広報企画室で今後実施することになる事業に従事していただきます」
「内容は?」
「今の時点では副社長にも明かすことはできません。そのときになりましたら社長、副社長にも相談させていただきます」
「……まあいい、収益の見込だけは提示してくれ」
 レイカの言葉に自信を感じ取ったのか、サクライは当面の収益計画を提出させることで彼女の案にゴーサインを出した。
 どこまでやれるかわからんが、自信があるならやってみてくれ、というのが彼の正直な心境であった。
 社の財務を預かる立場として、社に不利益となる事業は止めさせるべきである。
 サクライはそう考えて、レイカに釘を刺したのである。
 生前ウォーリー・トワがレイカについて、
「仕事はできるのだろうが、秘密主義みたいなところがあるような気がするな。女性だから手柄を焦っているのかもしれないが」
 と語ったことがあったのもサクライがレイカに釘を刺す要因となった。
 以降、サクライはレイカ率いるプロジェクトチームの動向を観察するようにした。
 ところがとりたてて問題がなかったので、次第に意識が他の事業に向くようになってきた。
 彼が見なければならないのはレイカが担当するプロジェクトだけではなかったからだ。

 レイカが社長室に駆け込んできたのは、そんな時期のことであった。
 ECN社社長室には社長ミヤハラと副社長サクライの二人の席がある。
 当然、対応もこの二人ですることになる。

「社長、副社長! OP社にプロジェクトの人員を派遣したいと思います。OP社に打診して受け入れの回答が得られた時点で一般に公表したいのですが」
 レイカの言葉にミヤハラとサクライは口をぽかんと開けて、状況がつかめていない様子を見せた。特にサクライの頭の中からは四ヶ月前のレイカとのやり取りがすっぽり抜け落ちていた。多忙のため、そのようなやり取りのことを記憶にとどめておく必要性すら感じていなかったのだ。
 レイカが発電技術者を派遣し、OP社の発電事業をサポートすると説明する。
 ミヤハラが「人、足りるのか?」と問うたが、これはレイカにとって想定の範囲であった。
 彼女はこのためにプロジェクトチームへ「稼働率四〇パーセント」を命じていたのである。
 これはチームの半分をOP社に派遣しても、十分に業務が維持できる数字を意味していた。
 彼女は当初からOP社へ発電関係の技術者を派遣する目的でこのチームを編成したのである。
 そして、OP社が苦しくなったタイミングを見計らって即座に救いの手を差し伸べる。
 これが彼女の狙いであった。
 今回の動きはECN社の存在感を世間に植えつけるために十分効率的であるといえる。
 レイカがかつて所属していた会社は、常に市場の目を引く商品を投入しなければその存在を忘れ去られてしまうほどの弱小企業であった。
 彼女はかつての経験から、ECN社広報企画室長としての自らの責務を「市場に存在感を示すこと」と決めていた。
 そして、今回の動きは彼女にとって最初の責務を果たす機会であったのだ。
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