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三月二一日(金)

昔の仕事を思い出す

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 「珍しく時間通りじゃないか」
 「穏円先輩が新しいの作ったと聞いて、急いで片付けてきたっす」
 東神さんがドアを開けると、がっちりした体格の青年が中に入ってきた。背は一六七センチの自分と同じくらいだ。
 彼がサワジュンこと佐和さわ 順次郎じゅんじろうさんだ。
 前に言ったと思うけど、東神さんが前に勤務していた会社の後輩だ。
 仕事を終えて駆けつけてきた。

 「どうせ、お前さんのことだから昼抜いてきたんだろう。先に飯にしようぜ」
 「……完全にバレてるっすね。今日は何なんすか?」
 東神さんに連れられてサワジュンさんがキッチンへと向かった。

 「いやぁ、業者が変わってから社食がひどいんすよ」
 サワジュンさんが勢いよく焼売と米をかき込みながら自社の社食のひどさを力説している。
 スマホで画像を見せてもらったが、自分もこれはちょっと……と思うレベルだ。
 炭水化物プラス丼のご飯という組み合わせがやたら多いし、おかずとご飯のバランスも悪すぎる。
 きのこパスタ定食などは、申し訳程度にきのこが二、三切れのったクリームパスタにタクワン二切れと丼ご飯の組み合わせだ。
 サワジュンさんの勤める会社は一番近いコンビニまで歩いて一五分以上かかるというし、近所に飲食店も無いらしい。
 大きな会社ではないので、メニューは日替わりで一種類のみ。
 競争相手もいないので、こんな食事を出す業者でも使わざるを得ないのだろう。

 「そりゃひどいな。俺がいたころは値段はともかく内容だけはまともだったのに……」
 東神さんがスマホの画像を見て絶句した。
 聞いた限りだと、サワジュンさんの会社の社食はちょっと値段が高いように思う。
 今の会社に社食はないけど、前に自分が勤めていた会社は仕出し弁当が注文できた。
 可もなく不可もなく、という内容だったけど、値段はコンビニで弁当を買うより安かった。
 サワジュンさんの会社の社食は、その倍くらいの値段だ。文句を言いたくなる気持ちもわかる。

 いつの間にか皿に大量に並んだ焼売がほとんど無くなっている。
 六〇個くらい作ったので作りすぎかと思ったのだけど、東神さんはこれを見込んでいたようだ。
 半分くらいはサワジュンさんの腹に収まったのだと思う。

 腹も膨れたところで三回目のテストプレイに入る。
 今回は初めてこのゲームで遊ぶサワジュンさんがいるので、穏円さんがゲームの内容について簡単に説明した。

 「穏円先輩、了解っす。では、よろしくっす!」
 サワジュンさんがルールを理解したところでスタートだ。

 今回は今までなかった形での敵の妨害が入ってくるようになった。
 穏円さんによれば単純に確率の問題で、今までこの形の妨害が発生しなかったのが偶然らしい。

 ゲームが進むにつれて、何とも言えない気分になってくる。
 今のところ脱出に成功できるかは五分五分といった状況なのだが、過去に見た光景を再び見ているような感じだ。
 それもかなり嫌な光景で、リアルでは二度と見たくないような代物だ。
 ただ、これはゲームなのでシニカルな笑みが浮かんでしまうのだが。

 向かいにはサワジュンさんが座っているが、やはり苦笑いを浮かべている。
 「トージ先輩、これはアレっすか?」
 何か気になるのか、サワジュンさんは東神さんの方をチラチラ見ている。
 「俺は話に聞いただけだからな。サワジュンは現場にいたのだっけか?」
 「いや、俺も本社で支援していただけなので、現場には行ってないっす」
 東神さんとサワジュンさんの会話を聞いて、穏円さんは彼にしては人の悪い笑みを浮かべている。

 ああ、これは狙ってやったな、と確信した。
 別に穏円さんがプレーヤーとして自分たちの邪魔をしているわけじゃない。
 敵の行動が自分の知っている何かに似ているのだ。
 サワジュンさんも同じことを感じているのではないかと思う。

 前の会社に勤めていたときに、ひどい客に当たったことがある。
 自分と班長で行った現場だけど、とにかくひどかった。
 修理する機械がセキュリティ上の理由とかで、入ると先方の許可がない限り出られない場所にあったのはまだ許せる。
 だけど、他所の会社の製品にうちの会社のロゴだけ無理矢理貼り付けて「お前のところの製品だから責任もって無償で修理しろ」と言ってきた。
 当然中味が他社製品なのでウチでは無償修理はできないと班長が主張したのだけど、するとこの客は自分たちを閉じ込めて外に出さなかった。
 結局客がうちの会社と連絡を取ったのか、うちの部署の責任者から客のいう通り修理しろと指示された。

 修理対象にはうちの会社の機械もあったので、修理できるものから修理を進めた。
 修理だけなら三日で終わる内容だったけど、「機械が使えないことで損害を受けたから補償しろ」と何故か客の仕事を無理矢理手伝わされた。
 自社の機械を使って客の荷物の梱包をするだけならともかく、機械と関係のない資料の整理や荷物の運搬までやらされた。

 おまけに客が指定してくる報告の時間が滅茶苦茶で、夜中まで二時間おきの報告を求められた。
 頻繁に報告させたのは、疲労でこちらの判断力や思考能力が落ちたところに無茶な要求を付け加えるためだろう。
 契約書は客の責任者とやらが目の前で燃やしたし、ルールも何もあったものではなかった。

 二週間後に何とか全部の機械、それも最初に断った他社製品の修理まで済ませ、客の担当者と動作確認をして引き上げることができた。
 しかし、それだけでは終わらなかった。
 修理に不備があったとかで、代品として新品の機械を納入させられた挙句、修理代金は一円ももらえなかった。
 相手からすれば、ただで新品の機械を手に入れ、古い機械も修理してもらった形になる。

 挙句の果てにうちの部署の責任者からどんなヘマをやらかしたのかと怒られ、班長と仲良く始末書を書くことになった。
 そんなことをしていれば潰れるのも当然だよな、と思う。

 件の客はのうのうと生き残っているが、まさか転職の役に立つことになろうとは。
 これについては別の機会で話すことができるかもしれない。

 東神さんとサワジュンさんも、かつての仕事の話で盛り上がっているようだ。
 穏円さんがいい表情をしているので、これが彼の狙いだったのかもしれない。
 まんまと誘いに乗ってしまったような気もするが、何故か悪い気はしない。

 「成功確率は……六割ちょっとか。大失敗するとかなりヤバいが、博打打ちたくなってきた! 後は頼むッ!」
 東神さんがダイスを手に取った。
 確かにちょっと博打のような手だけど、このままじりじりと脱出成功率が下がるよりはマシなような気がする。
 東神さんはここぞという場面で一発逆転を好むようなところがあるから、なおさら試してみたいのだろう。

 「よっしゃ! これで勝ち筋が見えてきたっ!」
 東神さんが博打に勝ってこちらが有利な展開になってきた。
 「やっぱ悪は滅びるべきっすね、トージ先輩!」
 「おうよ!」
 東神さんとサワジュンさんがハイタッチした。
 さらに穏円さん、サワジュンさんが続けて行動を成功させたので、プレーヤー側の成功が確実な状況となった。
 ここからは自分や穏円さんなどが手堅く行動して三回目のテストプレイはプレーヤー側の成功となった。
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