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三月二一日(金)
保有者の旅行
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「カード補充と一部の行動の成功率を少し上げてみたよ。トージ、有触さん、これでどうかな?」
穏円さんがボールペンでカードに数字を書き込んだ。
手直しして思うように改善されたか、次のテストプレイで確認するのだ。
「『幻覚』はこれだとちょっと強すぎないか? それより『探索』の失敗率が高いと思う。もう少し成功するようにしてくれないか?」
「確かに『幻覚』は当たるとかなり強いからね。こっちは現状維持で『探索』の成功確率を上げるように修正するよ」
東神さんと穏円さんが修正されたカードの数字を見ながら議論している。
「有触さんさぁ、最初のカード六枚って結構きつい気がするんだけど、どう思うかな?」
不意に東神さんが判断を振ってきた。
「……そうですね、最初はカードの補充が難しいエリアですから、カードを増やしてもらうか最初のエリアを早く抜けられるようにした方が良さそうですね」
「……だったら、塔の六階の地図を少し狭くして五階を広げよう」
穏円さんがカードではなく地図の方を修正しだした。
ワイワイガヤガヤやること一時間ほど、ようやく修正が終わって二度目のテストプレイに入る。
穏円さんに会う前は自分にはアナログゲームの趣味がなかったのだけど、こういうサークル的なものに参加すると案外楽しいものだ。
ちなみに自分は学生時代に写真同好会に所属していたけど、活動が月一回くらいだったからあまりサークルに参加したという記憶がない。
「おっ、これは残りのターン数が足りればいけるんじゃないか?」
二回目のテストプレイも終盤に入ったところで、三人のコマを見た東神さんが興奮気味に言った。
「トージ、今回と次のターン次第だと思う。船が敵に見つからずに着くかどうか……」
さすがに自分で作った穏円さんは冷静だ。
一人でかなりテストを重ねてきたのだろうと思う。
自分の番が回ってきた。
今なら成功の可能性を高める切り札が手元にある。
ここが使いどきだろう。
「成功率を上げて『念話』を試みます。敵に気付かれない位置に船を誘導します」
「有触さん、いいの残しているじゃないか! 行けーっ!」
東神さんが腕を突きあげた
ダイスを振って念話が成功したか判定する。
「よしっ!」「大丈夫だね」
成功率を上げていたおかげで無事成功だ。
何故か自分ではなくて東神さんと穏円さんから声があがった。
「これなら僕とトージが連続して次の行動に失敗しなければ勝てる。有触さん、いい仕事したよ」
穏円さんに褒められて自分としても悪い気はしない。
穏円さんが次の行動を成功させて脱出成功が確定的になった。
こうして二回目のテストプレイはプレーヤー側の成功で終わった。
「今、一七時五〇分か。三回目をやると飯の準備が間に合わないな。スマ、有触さん、先に準備しちゃおう」
ゲームの集まりでの食事は外食することもあれば出前をとることもある。
しかし、東神さんの家からだと店の選択肢が少ないのだそうだ。
そこで今回は皆で料理を作ることになっていた。
材料は事前に東神さんが調達してくれていた。
今日は焼売パーティー風にするらしい。
自分のような気質保護員が保有者からタダで食事を出してもらうのはルール違反なのだけど、かかった費用を割り勘すれば問題はない。
東神さんと穏円さんで四種類のタネを作って、三人で皮に包んでいく。
三人がかりだと、あっという間に準備も済んでしまった。ちょっと数が多いような気もするが気にしないことにする。
あとは蒸し器で蒸せば完成だ。
穏円さんのゲーム仲間は自分で料理できる人が多いので、宅飲みのときなどは場所を提供してくれた人が料理するケースも少なくない。
一八時半過ぎに焼売の準備ができた。
サワジュンさんの到着まではあと三〇分くらいある。
三回目のテストプレイをするには時間が足りないので、お茶を飲みながら待つことになった。
「今更だけど、スマは有触さんとよく会っているよな? 有触さんの会社ってそういう方針なのか?」
東神さんが唐突に自分と穏円さんに尋ねてきた。
東神さんは今まで担当の気質保護員と二回しか直接に顔を合わせていないらしい。
彼が保護対象の保有者になってから二年くらいだから、年一回のペースだ。
「いや、担当によると思いますよ。うちにも顔合わせはオンラインで済ます人も結構いますし……」
少なくともうちの会社全体で保有者とできるだけ顔を合わせるようにしろという方針が出されたことはない。
「僕も前の担当のときは月一くらいでしか会ってなかったよ。まあ、女性だったから誤解を招きかねないしね。トージもそうじゃないか?」
穏円さんの前の担当は自分の上司である床井さんだった。
確かに担当が異性だと、事務的な接し方にした方が無難な気がする。
「まあ、それが大きいのだがな。オンラインで話をするときもカメラを回さなくていいから気が楽だ」
東神さんを担当している気質保護員も女性で、ずっと同じ人らしい。
うちの会社では、オンラインで話をする場合は相手が拒否しない限りできるだけカメラを回して相手の様子を確認することが推奨されている。
東神さんの担当の会社はそうではないらしい。
「あと、俺はバイクに乗るからな。さすがに担当について来いってのも無理があるだろうしなぁ。スマは旅行のときとかはどうしているんだ?」
穏円さんによれば、東神さんはバイクで温泉巡りをする趣味があるそうだ。
東神さんを担当している気質保護員はバイクの免許を持っていないそうなので、彼のバイク旅行についていく必要が生じたら大変だろう。
「どのみち事前申告は必要だからね。あとは有触さん次第だよ。法律とかも絡むだろうし」
保護対象の保有者が四八時間以上自宅を離れる場合、事前に気質保護員に行き先と期間を連絡しなければならない。
また、このようなときに気質保護員が保有者に同行する場合のルールも定められている。
自分が同行するかどうかは、自分の都合もあるがこうしたルールに照らし合わせて判断する必要がある。
「そういえば、去年の冬合宿に有触さん参加していたよなぁ……」
東神さんが四ヶ月ばかり前のことを思い出してくれた。
合宿というのは、ゲーム仲間が集まってひたすらゲームを遊ぶという会だ。
温泉旅館にバラバラに集合して二泊三日、殆どゲーム漬けだった。
そのときは自分も穏円さんに同行した。
気質保護員は担当する保有者の旅行について年二回、合計ニ四〇時間までは業務としての同行が認められている。
保有者の心身の健康を保つためにはリフレッシュも必要だという考えなのだろう。
この場合、気質保護員が使った費用は経費にできるものが少なくないのでありがたい。
穏円さんは海外旅行はほとんどしたことがないそうだけど、保有者の中には海外旅行が趣味の人もいる。
もちろん海外旅行に同行する気質保護員もいる。
こういうことには批判的な人もいるけど、個人的にはこの手の批判が湧き上がる状況の方が問題なような気がする。
これまで存在した人で今生きてない人は必ず死んでいるわけだし、死んだ後のことなどわからない。
ならば、せめて生きているうちはずっと満足できる状況に身を置き続けられる環境くらい整えられていないのはどうかと思う。
穏円さんや東神さんは理解してくれそうだけど他の人には怒られそうな気もするので、この手のことは発言しないように気をつけよう。
「うちの会社でも保有者の旅行に同行する人はいますよ。海外行く人もいるくらいだし」
「なるほどなぁ。海外に興味ない訳じゃないが、他に仕事をしなければならなくなるな……」
東神さんはそう言って首を横に振った。さすがに保護対象の保有者以外の仕事をする気がないのだろう。
キンコーン
不意にインターホンが鳴った。
「おっと、サワジュンが着いたか。開けてやらないとな」
東神さんが立ち上がった。
穏円さんがボールペンでカードに数字を書き込んだ。
手直しして思うように改善されたか、次のテストプレイで確認するのだ。
「『幻覚』はこれだとちょっと強すぎないか? それより『探索』の失敗率が高いと思う。もう少し成功するようにしてくれないか?」
「確かに『幻覚』は当たるとかなり強いからね。こっちは現状維持で『探索』の成功確率を上げるように修正するよ」
東神さんと穏円さんが修正されたカードの数字を見ながら議論している。
「有触さんさぁ、最初のカード六枚って結構きつい気がするんだけど、どう思うかな?」
不意に東神さんが判断を振ってきた。
「……そうですね、最初はカードの補充が難しいエリアですから、カードを増やしてもらうか最初のエリアを早く抜けられるようにした方が良さそうですね」
「……だったら、塔の六階の地図を少し狭くして五階を広げよう」
穏円さんがカードではなく地図の方を修正しだした。
ワイワイガヤガヤやること一時間ほど、ようやく修正が終わって二度目のテストプレイに入る。
穏円さんに会う前は自分にはアナログゲームの趣味がなかったのだけど、こういうサークル的なものに参加すると案外楽しいものだ。
ちなみに自分は学生時代に写真同好会に所属していたけど、活動が月一回くらいだったからあまりサークルに参加したという記憶がない。
「おっ、これは残りのターン数が足りればいけるんじゃないか?」
二回目のテストプレイも終盤に入ったところで、三人のコマを見た東神さんが興奮気味に言った。
「トージ、今回と次のターン次第だと思う。船が敵に見つからずに着くかどうか……」
さすがに自分で作った穏円さんは冷静だ。
一人でかなりテストを重ねてきたのだろうと思う。
自分の番が回ってきた。
今なら成功の可能性を高める切り札が手元にある。
ここが使いどきだろう。
「成功率を上げて『念話』を試みます。敵に気付かれない位置に船を誘導します」
「有触さん、いいの残しているじゃないか! 行けーっ!」
東神さんが腕を突きあげた
ダイスを振って念話が成功したか判定する。
「よしっ!」「大丈夫だね」
成功率を上げていたおかげで無事成功だ。
何故か自分ではなくて東神さんと穏円さんから声があがった。
「これなら僕とトージが連続して次の行動に失敗しなければ勝てる。有触さん、いい仕事したよ」
穏円さんに褒められて自分としても悪い気はしない。
穏円さんが次の行動を成功させて脱出成功が確定的になった。
こうして二回目のテストプレイはプレーヤー側の成功で終わった。
「今、一七時五〇分か。三回目をやると飯の準備が間に合わないな。スマ、有触さん、先に準備しちゃおう」
ゲームの集まりでの食事は外食することもあれば出前をとることもある。
しかし、東神さんの家からだと店の選択肢が少ないのだそうだ。
そこで今回は皆で料理を作ることになっていた。
材料は事前に東神さんが調達してくれていた。
今日は焼売パーティー風にするらしい。
自分のような気質保護員が保有者からタダで食事を出してもらうのはルール違反なのだけど、かかった費用を割り勘すれば問題はない。
東神さんと穏円さんで四種類のタネを作って、三人で皮に包んでいく。
三人がかりだと、あっという間に準備も済んでしまった。ちょっと数が多いような気もするが気にしないことにする。
あとは蒸し器で蒸せば完成だ。
穏円さんのゲーム仲間は自分で料理できる人が多いので、宅飲みのときなどは場所を提供してくれた人が料理するケースも少なくない。
一八時半過ぎに焼売の準備ができた。
サワジュンさんの到着まではあと三〇分くらいある。
三回目のテストプレイをするには時間が足りないので、お茶を飲みながら待つことになった。
「今更だけど、スマは有触さんとよく会っているよな? 有触さんの会社ってそういう方針なのか?」
東神さんが唐突に自分と穏円さんに尋ねてきた。
東神さんは今まで担当の気質保護員と二回しか直接に顔を合わせていないらしい。
彼が保護対象の保有者になってから二年くらいだから、年一回のペースだ。
「いや、担当によると思いますよ。うちにも顔合わせはオンラインで済ます人も結構いますし……」
少なくともうちの会社全体で保有者とできるだけ顔を合わせるようにしろという方針が出されたことはない。
「僕も前の担当のときは月一くらいでしか会ってなかったよ。まあ、女性だったから誤解を招きかねないしね。トージもそうじゃないか?」
穏円さんの前の担当は自分の上司である床井さんだった。
確かに担当が異性だと、事務的な接し方にした方が無難な気がする。
「まあ、それが大きいのだがな。オンラインで話をするときもカメラを回さなくていいから気が楽だ」
東神さんを担当している気質保護員も女性で、ずっと同じ人らしい。
うちの会社では、オンラインで話をする場合は相手が拒否しない限りできるだけカメラを回して相手の様子を確認することが推奨されている。
東神さんの担当の会社はそうではないらしい。
「あと、俺はバイクに乗るからな。さすがに担当について来いってのも無理があるだろうしなぁ。スマは旅行のときとかはどうしているんだ?」
穏円さんによれば、東神さんはバイクで温泉巡りをする趣味があるそうだ。
東神さんを担当している気質保護員はバイクの免許を持っていないそうなので、彼のバイク旅行についていく必要が生じたら大変だろう。
「どのみち事前申告は必要だからね。あとは有触さん次第だよ。法律とかも絡むだろうし」
保護対象の保有者が四八時間以上自宅を離れる場合、事前に気質保護員に行き先と期間を連絡しなければならない。
また、このようなときに気質保護員が保有者に同行する場合のルールも定められている。
自分が同行するかどうかは、自分の都合もあるがこうしたルールに照らし合わせて判断する必要がある。
「そういえば、去年の冬合宿に有触さん参加していたよなぁ……」
東神さんが四ヶ月ばかり前のことを思い出してくれた。
合宿というのは、ゲーム仲間が集まってひたすらゲームを遊ぶという会だ。
温泉旅館にバラバラに集合して二泊三日、殆どゲーム漬けだった。
そのときは自分も穏円さんに同行した。
気質保護員は担当する保有者の旅行について年二回、合計ニ四〇時間までは業務としての同行が認められている。
保有者の心身の健康を保つためにはリフレッシュも必要だという考えなのだろう。
この場合、気質保護員が使った費用は経費にできるものが少なくないのでありがたい。
穏円さんは海外旅行はほとんどしたことがないそうだけど、保有者の中には海外旅行が趣味の人もいる。
もちろん海外旅行に同行する気質保護員もいる。
こういうことには批判的な人もいるけど、個人的にはこの手の批判が湧き上がる状況の方が問題なような気がする。
これまで存在した人で今生きてない人は必ず死んでいるわけだし、死んだ後のことなどわからない。
ならば、せめて生きているうちはずっと満足できる状況に身を置き続けられる環境くらい整えられていないのはどうかと思う。
穏円さんや東神さんは理解してくれそうだけど他の人には怒られそうな気もするので、この手のことは発言しないように気をつけよう。
「うちの会社でも保有者の旅行に同行する人はいますよ。海外行く人もいるくらいだし」
「なるほどなぁ。海外に興味ない訳じゃないが、他に仕事をしなければならなくなるな……」
東神さんはそう言って首を横に振った。さすがに保護対象の保有者以外の仕事をする気がないのだろう。
キンコーン
不意にインターホンが鳴った。
「おっと、サワジュンが着いたか。開けてやらないとな」
東神さんが立ち上がった。
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