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三月二一日(金)

テストプレイ

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 結局一昨日の午後と、昨日一日を来週の研修の予習に充ててしまった。
 昨日の朝に件の先輩から「テキスト読んだか?」というメッセージが来たんだ。
 結構細かいところまで読んでおかないと厳しいと脅されたので、忠告には素直に従っておいた。
 受講認定を受けられないと研修を再受講する必要がある。
 さすがに再受講となると申し込みからやり直しなので面倒だ。

 さて、今日は穏円さんに頼まれたゲームのテストプレイに行くことになっている。
 待ち合わせの時間は一五時なので、午前中は自分の用事を先に片付けることにした。
 気質保護員の仕事は時間の融通がきくのがありがたい。
 担当している保有者の同意が必要だけど、今回は穏円さんからのお誘いだからその点も問題ない。

 今日の集合場所は舞台山ぶたいやまという城西区にある駅の改札だ。
 今まで行ったことのない場所だが、調べてみると家から一時間くらいだ。
 一三時半過ぎに家を出れば楽に間に合うだろう。

 一三時四〇分、家を出て舞台山駅に向かう。
 自分の家は首都の北東側(隣県だけどね)にあるのだけど、舞台山は首都の西側になる。
 実は首都の西側に行くことはほとんどなくて、城西区は全く土地勘のない場所だ。
 大抵の用事は要央区に出れば片付いてしまうので、西側まで行く理由がない。

 東妙木で地下鉄に乗って終点の青面駅まで移動する。
 青面駅で乗り換えて舞台山までニ〇分くらいだ。
 一四時四六分、電車が舞台山駅に到着した。
 この駅は改札が一ヶ所だけらしいので、迷うことはなさそうだ。
 割と大きな駅だが、今の時間帯は人が少ない。

 五分ほどして穏円さんの姿が改札の向こうに見えた。
 自分の一本後の電車に乗ってきたようだ。

 「すみません、遅くなりました。では行こうか」
 時間に遅れた訳ではないのだが、穏円さんが早足でこちらへやってきた。
 息を整えることもせずに、そのまま南口の方に向かって歩き出した。
 ゲームの完成の目途が立ったからなのか、少し気分が高揚しているように見える。

 「舞台山は初めてなんですが、どこへ行くんですか?」
 「ああ、まだ言っていなかったかな? 知り合いの家さ。歩いて一〇分くらいかな」
 穏円さんと自分は駅前のロータリーを抜けて右折した。
 駅前にはクリニックとコンビニがあるくらいで、店の数は少ない。
 北口側が繁華街のようで、南口は住宅街になるらしい。

 七、八分歩いて穏円さんが左折した。
 それまでは高層のマンションが多かったが、左折してからはそれほど背の高くないアパートや一軒家が目立つようになってきた。
 「あの建物の一階だ」
 穏円さんが示した先にはこげ茶色の壁の洒落た建物があった。
 三階建てのようで、周囲の建物より少し背が高い。

 エントランスのインターホンで連絡を取って開錠してもらう。
 穏円さんの案内で目的の部屋へと向かう。
 部屋の前のインターホンを鳴らすと、中から背の高い眼鏡の人が出てきた。
 外見はいわゆるイケメンといった感じだ。
 この人は東神とうじんさんといって、穏円さんのゲーム仲間だ。
 東神さんも保護対象となっている保有者で、嬉経野デベロップサービスうちとは別の会社で保護を担当している。
 「スマに有触さんか、準備できているよ。上がった上がった」
 東神さんが中へと案内してくれた。彼は穏円さんを「スマ」と呼ぶ。
 家にお邪魔するのは初めてだが、東神さんとは何度か顔を合わせたことがある。
 穏円さんと東神さんは高校の同級生で同じ部活に所属していたそうだ。
 大学や勤めていた会社は別だったそうだが、付き合いはずっと続いているらしい。

 「サワジュンは一九時過ぎになるだろうから、先に三人で始めちゃおう」
 東神さんが待ちきれないと言わんばかりに椅子に座った。
 サワジュンというのもゲーム仲間の一人で、東神さんが昔勤めていた会社の後輩だ。
 東神さんは保護対象となって会社を辞めてしまったが、サワジュンさんは今もその会社に勤務している。
 今日はこの四人でテストプレイということになるらしい。

 「じゃあマップの一番奥にコマを置いて……そうそう、あとカードは一人六枚ずつになる」
 穏円さんがカードを配りながらルールを説明していく。

 ゲームは閉じ込められた塔から脱出するというものだ。
 プレーヤーは犯罪組織に捕らえられた超能力者という設定で、この塔の中で強制労働させられている。
 塔は湖に浮かぶ島にあって、泳ぐなり船を手に入れるなりしないと島の外に出ることはできない。
 それ以外にも塔には脱出を妨害する罠があったり、敵がいたりするので注意が必要だ。
 最終的に制限時間内に島の外で救助隊と合流できれば目的達成となる。
 対戦型のゲームではなく、全員が脱出できればミッション成功、一人でも脱出できなければ失敗になるらしい。

 配られたカードはプレーヤーが取ることができる行動を示したもので、カードを消費することで行動する。
 カードはコストを支払わないと新しいものを入手できないので、カードをいかに効率よく入手するかが鍵になるようだ。

 「まずは一回やってみよう。トージ、有触さん、準備は大丈夫かい?」
 穏円さんがテーブルの上に並べられたカードを見やった。
 穏円さんは東神さんを「トージ」と呼ぶ。
 「ああ、任せておけ」
 東神さんが拳を握った。
 「自分も大丈夫です」
 「では、始めよう。気がついたことがあったらその場で指摘してほしい。メモ取るから」
 こうしてテストプレイが始まった。

 「……行動のコストがちょっと重たいですね。カードが全然補充できていないです」
 「有触さんのダイスの目がちょっと偏り気味だからなぁ。それとスマ、こっちから仕掛けるのが不利すぎないか?」
 一回目のテストプレイは全くといっていいほど外に向かって進むことができず、ジリジリとカードを消耗していく形となった。
 東神さんのいうように自分のダイスの目が極端なのも影響しているが、敵の妨害がかなり厳しい。
 「うーん、ちょっとカード補充のコストが高すぎたかな? 自分でテストしている感じだと成功率九割弱くらいだったけど」
 穏円さんも首を傾げて悩んでいるようだ。

 穏円さんとしては、普通にプレイして成功率三分の二くらいのラインを狙っていたらしい。
 これなら三回プレイすれば多少運に恵まれなくても少なくとも一回は成功できるラインだ。
 一回のプレイ時間は三、四〇分を見込んでおり、二時間で三回プレイするというスタイルを考えているらしい。

 「すみません、補充判定失敗しました。カードの手持ちが無くなりました」
 自分の目の前で止まったダイスを見て、一気に力が抜けた。
 これで制限時間内にこちらが打てる手は無くなったも同然だ。

 「えっ?! マジか! ってことは俺かスマが大成功しないと詰みじゃねーか?」
 東神さんがダイスを握って念じるように額に当てている。
 仲間内で作っているゲーム、それも試作段階のものであるが、失敗するよりは成功した方がいいと自分ですら思う。
 東神さんは熱が入ってきたようで、おらっ! と気合の声とともにダイスを転がした。
 彼は穏円さんと比べると感情が言葉や仕草に出やすいタイプだと思う。

 「行けっ! ……ってあーっ!」
 ダイスは無情にも大成功に少し足らない目で静止した。
 「……すまん。スマ、頼む」
 目に見えて落胆した様子の東神さんが穏円さんにダイスを託した。

 「僕は休息のカードを出すしかないね。行くよ」
 穏円さんがカードを前に出してダイスを振った。
 「行けーっ!」
 東神さんが腕を突き上げた。
 叫んではいるが、隣近所への迷惑を考えているのか声は抑え目だ。
 「あら、これはダメだったか」
 ダイスは失敗を意味する目で止まった。

 こうして一回目のテストプレイはプレーヤー側の失敗という結果で終わった。
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