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第四章 Bグループの少年と夏休み
第一話 夏休みデビュー
しおりを挟む「まあ、そうなの。剛くんとお付き合いしてるの?」
「えっと、はい、そうなんです」
「もう剛くんも隅に置けないわね! あなたみたいな素敵な子と付き合ってるなんて!」
「わ、私なんて、そんな……」
「何言ってるんですか! 古橋さん、強くて綺麗で私憧れてるんですよ!」
「ほ、本当に、恵梨花ちゃん……?」
「本当ですよ!」
揺れる電車のボックス席で藤本姉妹と女子主将の古橋がガールズトークに花を咲かせている。
そのボックス席から斜めに位置するボックス席に将志は同期の友人達といた。
その内の一人が首を伸ばして、恵梨花達のボックス席を覗き見して嘆息した。
「はあ……藤本さん可愛い。あの席に混ざりてえ……」
「だな。この位置からだとお姉さんが見えないのが残念でならない……」
「それな、本当」
「ここに来るまでの間にお姉さんと挨拶したけど、マジ可愛いし美人だし、優しそうで……ダメだ、あと一分でも話してたら魂抜かれてたかも……」
「なんだろうな、藤本さんの癒し効果を更にパワーアップさせた感があるよな」
「あー、言えてる。マジそれだわ」
「つーか、何だよ。桜木のやつ電車に乗って速攻で寝てるけど、寝るなら席替われよな」
「なあ、隣に藤本さんで対面にお姉さんだろ?……クソッ、羨まし過ぎて狂いそう」
対面で項垂れる同期二人と、周りのボックス席から首を伸ばしてこちらの話に参加していた部員達に将志が苦笑していると、頭上に影が差した。
「あのさー、亮と席替わったって、意味ないんじゃない?」
亮や恵梨花がいるボックス席の隣で、将志達の後ろのボックス席にいた千秋がこちらへ首を伸ばしてきた。
「千秋」
「なんだよ、成瀬。意味ないって?」
不貞腐れたように問う同期に、千秋は訳知り顔で答えた。
「だから前提条件が間違ってるって。亮がいるからその隣に恵梨花が座って、亮と恵梨花がいるからその対面にお姉さんがいる訳でしょ? お姉さんの知り合いって主将と亮ぐらいみたいだし。亮が席を替わろうと動いたら二人も一緒に動くに決まってるじゃんって話」
「……はあ。そうだよな。わかってるんだよ、そんな事は……」
両手で顔を覆って更に項垂れる同期に、千秋は苦笑を浮かべてから更に言った。
「それにさー、恵梨花とあのお姉さんに囲まれて、緊張せずに話せんの?」
「……無理だな」
「ああ、俺にも無理だ。舞い上がって何も話せない気がする……」
同意するような声が他のボックス席からも聞こえてくる。
「はあ……まあ、いいや。この合宿中に少しでもお話が出来たらそれだけ幸せが増えると思って機会を窺おう」
「俺はあの二人の風呂上がりの姿を見れるだけでも幸せになれる自信があるぞ」
「それは間違いないな」
「なあ」
その声が聞こえた男子部員が揃って浮かれたような声を上げていた。
「にしても、羨ましいとこに座ってるな桜木……」
「本当にそれだわ。しかもそこで寝るって……なんて勿体無い」
「違いない」
またも同じ話で愚痴り始める男子部員達に、将志と千秋が苦笑する。
「つーか、桜木だよ。なんだよ、アレ」
「なあ、印象まるで違うんだけど」
そこで将志の隣に座る野村も話に入る。
「そうだ、何だよ、アレ。将志と成瀬はあまり驚いてなかったように見えたけど知ってたのか?」
問われた二人は揃って目を彷徨わせる。
「の、ノーコメントで」
「その回答でわかったぞ。桜木のやつ、元々はあの格好なんだな?」
「そういえば、前に眼鏡外して試合してたよな……?」
「つまり、あれは度なんて入ってない伊達眼鏡ってことか!」
「学校じゃ、擬態してたってことか……」
「なんか色々繋がってきたぞ! 藤本さんはあの桜木を知ってたから付き合ったのもあるんだな?」
「藤本さんが付き合うにしてはダサ過ぎると思ってたんだよ……」
「今見たら普通に格好いいじゃねえか……」
「は、はは……」
将志と千秋が二人して渇いた笑みを浮かべる。
「てか、何で学校じゃ、あんな似合わない格好やってんだ?」
「……目立たないため?」
「……何でだ?」
「さあ? それにあいつ、俺達に口止めしてたじゃねえか。今日起こったことは誰にも言わないって」
「……そういや、そんなことあったな。え? じゃあ、それって目立たないための口止めだった訳か」
「そういうことだよな」
「あっきれた……何で、そこまで? ダサい髪型に伊達眼鏡までして?」
「それはわからんが……でも、そういうことじゃねえの?」
「……そうなるか」
将志と千秋は我関せずを貫いて黙っていた。
「だとしたら、あいつとんだ嘘吐きだな」
「ああ、朝の言い訳聞いたか?」
「皆で質問浴びまくった時のだよな?……アレは酷かったな」
「なあ。いや、『夏休みデビュー』って何だよ」
そう、擬態をしていない亮が亮だと知られ、皆から問い詰められ、盛大に目を泳がせ誤魔化すようにして亮の口から出たのが『ほ、ほら、アレだ。夏休みデビューってやつだ!』だったのだ。その如何にも今思いついたような言い訳に『うわあ……』といった目を向けられたり、胡散臭そうに思われたのは言うまでもないことである。その後は電車の時間も押してるということで、移動が開始され、すみやかに電車に乗ることになったのだ。
ちなみに言うと、亮が適当な席に座ると、当然の如く隣に恵梨花が座り、雪奈は亮の正面に流れるように腰を落としたのである。そして電車が動き始めるとあっという間に亮は寝入り、それから女子主将の古橋が挨拶に来て、恵梨花が郷田の彼女だと仄めかすと、雪奈の熱烈な歓迎をもって空いてる席を勧められ話が盛り上がり始めたのである。
「しかも使い方間違って……るよな? 『夏休みデビュー』って」
「いや、どうなんだろうな? 夏休みに髪染めとか色々やって、その姿のまま学校に来ることが夏休みデビューだって言われるけど……」
「……夏休み中に姿が変わったって考えると、間違ってない……?」
「……いや、なんか違う気がするんだが……?」
「ともかくだ、あいつがなんか適当なこと言ってると思った時は嘘だと思った方がいいな」
「違いない」
「てか、あいつ本気で誤魔化す気あんのか……?」
首を傾げる友人達を横目に、将志はため息を吐いた。
(……亮、もう剣道部では諦めた方がいいぞ……)
◇◆◇◆◇◆◇
「あ……」
椅子にもたれて寝ていた亮が電車が揺れたためか、隣に座る恵梨花の方へ傾き、亮の頭部が恵梨花の肩にスッポリと治まる。
思わず声をを漏らした恵梨花であるが、これは中々のチャンスではと思い、すかさず姉の雪奈へとスマホを渡した。
「ユキ姉、写真撮って!」
「はいはい――はい、チーズ」
苦笑にも似た微笑ましいような笑みを向けられ、恵梨花ははにかみながら亮との写真を撮ってもらった。
「ありがとー」
「いいえ――そうだ、古橋さん、折角だから私もハナと亮さんとの三人での写真撮ってもらっていいかしら」
「あ、はい、いいですよ」
そうしてスマホを渡された古橋により、寝ている亮を挟んで恵梨花は雪奈とも写真を撮ってもらう。
「ありがとう、古橋さん」
「いえいえ」
「ねえ、ハナ、ツキにこの写真送ったらどうなるかしらね?」
「あはは、きっと拗ねると思うよ」
「ふふっ、やっぱりそう思う?」
「そうに決まってるじゃない。ツキも行きたかったー! って言ってたし」
「遊びに行くんじゃないのにね、ふふ」
二人して笑い合っていると、古橋が首を傾げた。
「妹さんも桜木くんのこと良く知ってるの?」
「良く知ってるどころか、実の兄より懐いてますよ、最近は」
「そうね、亮さんも嫌がらずにあの子に構うから、どんどん甘えちゃって」
「お蔭でお兄ちゃん拗ねてるけどね」
「いい薬よ」
「あっはは」
再び姉妹で笑い合っていると、古橋が意外そうに言った。
「恵梨花ちゃんのお兄さんとも親しそうだったし、妹さんまで? 桜木くんってそういうとこ意外に強かなんですね。すっかり外堀埋めちゃってるみたいで」
その言葉に、恵梨花は雪奈と顔を見合わせて噴き出した。
「古橋さん、それは誤解ですよ。亮くんからしたら、事故に遭ったみたいなもんなんですよ」
「そうねえ。最初は私とお母さんだけに会う予定で家に来たんだったものね」
「……そうなんですか?」
「そうなのよ。そういう予定だったのに、うちの末っ子が引っかき回しちゃって、相対させまいとしたお父さん、お兄ちゃんと遭遇させてしまって……」
頬に手を当て、嘆かわしいと言いたげに息を吐く雪奈を見た古橋が見惚れたように、ほうと頬を染めた。
そんな古橋の様子から、最近自分の姉が富に色気が増してきたように思っていた恵梨花は、それが間違ってなかったと思い直した。
「まあ、結局は結果オーライで終われたんで、良かったんですけどね」
「へえ……え、じゃあ、桜木くんって、恵梨花ちゃんの家族の人全員とじっくり顔合わせ済み……?」
「あ、あはは、そうなんですよ。お母さんも亮くんのことすごく面倒見ようとしたり、お父さんは亮くんからマッサージ何度もしてもらったりで……」
「へ、へえ……? え、マッサージ?」
「そうなんです。うちのお父さん長いこと腰が悪かったんですけど、亮くんが施術してから、すっかり良くなって」
それを聞いた古橋は驚愕したように目を丸くした。
「さ、桜木くんってそんなことまで出来るの!?」
「何でも、おじいさんに仕込まれたって言ってました」
「すごかったわよね。お父さん腰が曲がるってはしゃいで浮かれてたしね」
「あははっ、そうだった。靴下が苦労せず履けるってやって見せてたよね」
思い出して笑っていると、古橋が呆れたように首を振っている。
「はー……なんか、桜木くんって知れば知るほど、印象が変わってくるわね……」
感心したような言い方でもあって、恵梨花は苦笑した。
「それ、私でもまだ時々思うんですよね」
「え、恵梨花ちゃんまで? 今も?」
「そうなんですよね。亮くん、なかなか自分のこと話さなくって……」
最初は隠してるのかと思っていた時もあったが、そうでないことはわかっている。
単に話し忘れてたり、話すまでもないことだと思っているのだ。
「はー……そうなんだ、そう聞くと中々大変そうね」
「ええ――でも、一緒にいると楽しいですよ。ビックリ箱みたいで」
はにかんで恵梨花が言うと、古橋はボケッと口を開いて恵梨花を見たかと思えば、顔を赤くして俯いた。
「そ、そう……」
「? どうしたんですか?」
「う、ううん、何も……」
そんな二人を雪奈が苦笑を浮かべて見ていた。
「ご、ゴホンッ、え、えーっと、そうだ。さっきから気になってたんですけど、聞いてもいいですか、ユキさん?」
気を取り直すように咳払いした古橋が、雪奈にそう声をかける。
「私? 何かしら?」
「えっと、どうして、桜木くんに敬語なんですか? 『さん』づけで呼んでるみたいですし……私やユキさんより歳下じゃないですか、桜木くんって」
素朴な疑問といったような古橋に、雪奈は困ったように眉を寄せた。
「あー……」
「……えっと、答え難いのでしたら無理には聞きませんけど……」
慌てたように手を振る古橋に、雪奈は苦笑した。
「そうね……恩人だから。これ以上は言えないかな?」
「お、恩人……? ですか」
「そうなの。何の恩人かっていうのも伏せさせてね?」
片目を閉じて内緒、と言いたげに口の前に人差し指を当てる雪奈に、古橋は顔を赤くして躊躇いがちに頷いた。
そこで恵梨花の席の後ろからくぐもったような音が聴こえてきた。
「んぐ――!?」
そして慌てたように、ドンドンと胸を叩いたような音がしたかと思えば、恵梨花の頭上に影が差した。
恵梨花が振り返ると、郷田が唖然とした顔で立っていた。
「タケちゃん? どうし――あ」
郷田が何に驚いてるのか、恵梨花は悟った。
こちらの会話が聞こえていたのだろう。そして、近所住まいの郷田は雪奈がシルバーに拐われたことを、当時の藤本家や泉座の駅に日参していた雪奈の様子から察しているはずだ。
「ゆ、ユキさん、あ、あなたにとっての恩人って言えば――」
喘ぐように郷田が声を出すと、雪奈はあちゃあと言いたげに額に手を当てていた。
「――剛くん。それ以上は、ダメよ――?」
雪奈が先ほどと同じように人差し指を唇の前に立てると、郷田は信じられないように目を見開き、恵梨花の隣で眠る亮を見下ろし、ゴクリと喉を鳴らした。
「ゴ、ゴールド――」
「――タケちゃん!!」
全てを察して口走りかけた郷田を恵梨花は制した。
郷田はハッとすると、再び喉を鳴らしてコクコクと頷いた。
「あ、ああ、わかった……」
恵梨花と雪奈に向かってそう言うと、もう一度、亮に目をやってから、呆れたように首を横に振った。
「――道理で純貴さん、おじさんに認められる訳だ……」
ある意味間違ってないかもしれないが、誤解は正そうと恵梨花は捕捉した。
「あ、タケちゃん、それ知られる前にお父さん、お兄ちゃんから亮くん認められたからね?」
郷田は再び驚き目を見開いた。
「そ、それはそれで信じられんな……」
「あはは、だよね」
思わず恵梨花が笑い声を立てると、郷田は気が抜けたような顔をして腰を落とした。
「え、えーと……何かあまり聞かない方がいいっぽいわね……」
空気を読んだかのように言った古橋に、恵梨花はペコと頭を下げる。
「す、すみません……」
「ううん、いいけど……」
気になるだろうにここで終わらせてくれる様子の古橋に、恵梨花はホッと安堵の息を吐いた。
「……どうしよう、ハナ。秘密なのに……」
雪奈が心底困ったような顔で、亮を見ている。
「あー……大丈夫、だと思う。亮くん、知られたら面倒ってだけで、タケちゃんが黙っていれば問題ないような……」
「……だといいけど――ああ、でも申し訳ないわ」
そう言って頭を抱えそうになったところで、恵梨花の耳にため息を吐くような音が聞こえた。
「……別に構わねえから、気にすんな、ユキ……」
気怠そうな声を出しながらノソリと亮が身を起こした。
「亮さん!……起きてたんですか?」
雪奈が目を丸くして問いかけると、亮は「くあ」とあくびをして答えた。
「……半分な」
「半分……? 途中から聞いてたってことですか?」
亮は眠そうに目を擦りながら、首を横に振った。
「いや、俺ってこういう人がいる場所で寝てても、半分ぐらいは意識起きてるからな。だから、その間でもある程度周囲の話は聴こえてる」
恵梨花は何となくそうじゃないかと思っていたので、やっぱりかと内心で頷いていた。
「そうなんですか!?」
雪奈だけでなく、古橋も目を丸くすると、亮は頷いた。
「まあ、そういういことだから、気にするな――おっさんだって、いちいち言い触らしたりしねえだろ?」
後半は後ろにいる郷田に対してで、首を回して椅子の向こうへ声をかけると、郷田も立ち上がらずその場から「ああ、わかってる」とだけ声を返してきた。
「――らしいぞ。だからユキも気にすんな」
そう言って肩を竦める亮に、雪奈はホッと安堵の息を吐いた。
「えっと、でも……ごめんなさい、亮さん」
「もう、いいって――あ、恵梨花、肩借りてたな、すまん」
思い出したように告げられて、恵梨花は首を横に振る。
「ううん、もう起きてるの?」
「あー……後どれぐらいで着くんだ?」
その問いに答えたのは、古橋であった。
「後、二十分ってとこかな」
「そうですか……じゃあ、もう起きておくか」
言いながら亮は腕を上げて伸びをする。
そんな亮を古橋がマジマジと見ていた。
「えーと、何か……?」
亮が困惑気味に目を向けると、古橋はハッとして手を振る。
「あっと、ごめんなさい」
「いえ……?」
尚も訝し気に目を向けられて、古橋は誤魔化すような笑みを浮かべる。
「あ、はは……いやね、よくよく見てみると、すごく自然体に見えてね」
「……?」
「ふふ、その反応からその格好こそが桜木くんの自然な恰好なんだってわかるよ」
今の擬態していない格好こそが亮の自然な姿なのだと改めて指摘されたことに、亮が思い出したような顔になる。
「あー……」
そして気まずげに亮が目を逸らすと、恵梨花、雪奈、古橋は苦笑を浮かべる。
「学校いる時でもそうしてたらいいのに……うちの部の子達、目瞠ってたわよ?」
古橋がからかうように言うと、亮はどう言ったものかと片眉を上げる。
「ああしてた方が地味に――目立たずに済むじゃないですか?」
「んー……確かに地味だけど、でも目立たずにって――?」
言いながら古橋は恵梨花へ視線をスライドさせた。
「ああ、いや、その先は言わなくて大丈夫です。わかってます」
恵梨花と一緒にいる時点で目立っていることについては、何度も言われていることである。
「そ、そう……」
堪らず亮は苦笑すると、ポリポリと頬を掻いた。
「まあ、でもよくよく考えたら、髪型に関しちゃ時間の問題だったな。この合宿中にシャワーしたり風呂入る度にあの髪型にするのは流石に面倒だし」
「え、あの地味な方の髪型の方がセットに時間かかったりするの?」
目を丸くする古橋に、亮は頷く。
「ええ。濡らして乾かすと今の髪型になるんで」
「亮くんって、意外に癖っ毛だよね」
「まあな」
恵梨花にそう答える亮を、古橋が呆れたように見て首を振っていた。
「わ、わざわざ手間をかけてあの地味な髪型にするなんて……」
「はは……まあ、もう習慣になってますし」
そう言って肩を竦めると、亮の腹からぐううと空腹を主張する音が聞こえてきた。
「……腹減ったな」
ため息と共に吐き出されたその言葉に、恵梨花と雪奈は苦笑して、荷物を開いた。
「そろそろだと思った……おにぎり食べる?」
ラップで包んだ大きなおにぎりを出すと、亮は目を輝かせた。
「おお……! 勿論食う!」
「ふふっ、はい、どうぞ」
ラップをめくってから渡すと、亮は「いただきます」を告げると早速とばかりにかぶりついた。
「亮さん、お茶ここに置いておきますね」
雪奈が窓際に水筒から注いだお茶が入ったコップを置くと、亮は口いっぱいにおにぎりを頬張ったままコクコクと頷いた。
この至れり尽くせりな一連の流れを見て古橋がポカンとしている。
「どうしたんですか、古橋さん?」
小首を傾げる恵梨花に、古橋はハッとして口を開く。
「な、なんか、すごく慣れてる感じね。恵梨花ちゃんは流れるようにおにぎり出したし、ユキさんもササッとお茶汲んだりして……」
そう言われて、恵梨花は雪奈と顔を見合わせ苦笑する。
「いつものことですから」
「そうね。もう自然と動いちゃうわね」
そんな二人に、古橋は目を瞬かせた。
「……え、桜木くんって、そんなに良く恵梨花ちゃんの家行ってるの?」
「あー、そうですね。良く来て、ご飯も一緒にが多いですね」
「はー……本当の本当に家族ぐるみじゃない」
「あ、はは、そう、ですね……」
少し照れながら恵梨花が答えると、あっという間におにぎりを食べ終えた亮がお茶を一口飲んで、いつものように言った。
「おかわり、ある?」
「はい、亮さん、どうぞ」
今度は雪奈の鞄から出るおにぎり。
「お、ありがと」
そして亮が大口で頬張るのを見て、古橋が躊躇いがちに言った。
「えーと、桜木くん、一応、電車降りて少ししたらお昼になるんだけど……」
「ああ、大丈夫です、古橋さん。おにぎりはそれまでの繋ぎですから」
亮に代わって恵梨花が答えると、唖然とする古橋。
「繋ぎって……え、おにぎりが? その大きいの二つが?」
そんな古橋を見て、恵梨花は雪奈と苦笑を浮かべ合う。
そうこうしている内に電車を降りる時間が来る。
そして電車を降りた亮が、男子部員達からこれでもかと怨嗟の目を向けられたのは言うまでもないことだ。
◇◆◇◆◇◆◇
「桜木が恨めしい……」
「ちょっとお姉さんとも仲良過ぎじゃねえか……?」
「家族ぐるみにしてもほどがあるだろ……」
駅から合宿に使う民宿までは少し距離があり、今はそこへ向かって歩いているところである。
その最中で、藤本姉妹と並んで歩く亮の背中を男子部員達が恨みをぶつけるように睨んでいた。
「藤本さんと付き合ってるんだから、お姉さんは譲ってくれよ……!」
「言い分滅茶苦茶だけど、本当それ」
「……今はお姉さんと親しいのが少ないからと納得するしかないか」
「こ、この合宿の間で少しでも……!」
「だな……」
彼女のいない男子部員達の心が一つになった瞬間である。
「しかし、暑いな……」
「まだ山の中だからマシじゃね……?」
「まあな……お?」
「なんだ?」
「動物注意の標識がある。あれは……狸の絵か?」
「ああ、狸だな。俺こんな標識初めて見たかも」
「へえ? 車で遠出した時たまに見ねえ?」
「いや、無いんだわ」
「ほー……あ、またあった……今度は猪か」
「猪か……けっこう美味いらしいな」
「ジビエだしな……捕まえてみるか?」
「馬鹿、そういう素人考えするやつがいっつも怪我すんだよ」
「そうそう、毎年何人怪我してると思ってんだよ」
「あ、俺家族で旅行した時、車降りて目の前で遭遇したことあるぞ」
「お、マジで。どうだった? 捕まえれそうだったか?」
「いや、無理無理。なんつうか、呼吸音とかけっこういかつくて迫力すげえ。対面したらビビるぞ」
「へ、へえ……え、対面してどうなったんだよ?」
「俺のすぐ横をすげえスピードで走ってった。いや、マジで速いぞ。それも重量感も半端ない。めっちゃビビった。あれに突進されたら普通に怪我するってよくわかったわ」
「ほー……けっこう貴重な体験だな」
「ああ……あれ体験したら銃も無しに相手しようなんて思えねえぞ」
「なるほどな……お、また標識――って、おい……」
「え、熊じゃねえか、あれ」
「おいおい、いいのかここ歩いてて」
「……音に敏感って言うし、人数多ければ大丈夫なんじゃね……?」
「そ、そうだな……」
「熊か……熊もジビエだよな」
「まあ……なかなかに高級肉らしいな」
「誰か食ったことあるやついるか?」
「……」
「いないか……」
「あー、肉の話してたせいで腹減ってきた」
「てか、もう昼だしな」
「お、あそこじゃね? 民宿」
「やっと着いたか……」
◇◆◇◆◇◆◇
「それでは各自、さっき古橋さんから割り当てられた部屋で着替え、必要な荷物だけ持って三十分後に玄関前で集合することに、では解散!」
郷田のその号令により、恵梨花は亮、雪奈、部員達と共に食堂の席から立った。
「はー……物足りん……」
亮がお腹に手を当てて力なく呟くのを目にして、恵梨花は困ったと眉を寄せた。
「普通のお弁当だったけど……亮くんには少なかったよね」
「そうね。亮さんなら少なくともあのお弁当の三つぐらいは必要かしら?」
悩ましいと雪奈が頬に手を当てている。
民宿に着くと、まずは昼食と食堂に入った訳であるが、昼食として用意されていたのはごく普通の仕出し弁当であったのだ。
量は当然の如く一人につき一人前で、到底亮の胃袋を満足させるようなものではなかった。
亮は首を振りつつ、諦めるように息を吐いた。
「はあ……まあ、仕方ねえ。我慢出来なくなったら、後で下まで走ればいいか」
「大丈夫……?」
「電車でのおにぎり無かったら厳しかったところだな」
「ふふっ、用意しててよかったね」
「ああ。まあ、最近が恵梨花の家で贅沢し過ぎてたんだ。これはその分だと思えば……」
「ええ、何それ? あはは」
席を立ってもそうやって笑い合い、部員達の前でイチャつく亮に向かう視線はなかなかにひどいものであった。
苦笑して見ていた雪奈が恵梨花に声をかける。
「ハナ、私達もそろそろ着替えの用意しないと」
「あ、そうだったね。じゃあ、また後でね、亮くん」
「おう――あ、ちょっと待て。ユキも」
「なに?」
「何ですか、亮さん?」
呼び止められた二人の前で、亮は鞄を開け、中から白い何かを取り出した。
「ほら、これ」
そして渡されたのは、白い衣類だった。
「? これって……道着?」
「ああ。家の道場の道着だな。サイズはそれで問題ねえはずだ」
「え、これ私の道着なの!?」
「私の分もですか!?」
驚き戸惑う恵梨花と雪奈に、亮は当然といったように頷いた。
「ああ、これから四日間、俺から指導受けるのにジャージ着て練習するつもりだったのか? それじゃ、色々不足するからな」
「そ、そうなんだ……わかった。ありがとう」
「あ、ありがとうございます。亮さん」
「おう」
「うわー、私の道着かあ。お兄ちゃんとツキも持ってるからよく見るけど」
「そうね、なのに新鮮よね」
亮から、ということが大部分を占めるが、自分の道着を嬉しく思う恵梨花と雪奈に亮が苦笑する。
「あ、亮くん、これ帯ってどうやって締めるの?」
「ああ、帯は――ってここで説明するのもな……」
そう言って、亮は食堂の中を見回した。
「――ああ、いた。おーい!」
亮が声をかけた先には、三名の女子部員がいて、その内の一人が振り返った。
「――え、私?」
「ああ、そう、あんた。ちょっと頼みてえんだけど」
首を傾げながらやってきたのは、亮には見覚えは無いようだが、同学年の長門真央である。
「何? 桜木くん」
「ああ、この二人が道着に着替える時、手伝ってやってくれねえか? いや、いいですか?」
「あははっ、私、同じ二年だから敬語いらないよ」
「あー、そうなのか」
「そうだよ、亮くん。長門真央ちゃん」
「そうそう、長門真央です」
亮が同級生であることも名前も把握してないことに、気を害した様子もなくニカッと笑う真央。
「あー、すまん」
「別にいいよ。碌に話したことも無かったし――んで、何の用だって?」
「ああ、この二人が着替える時に手伝い――具体的には帯の締め方とか教えてやってくれねえか?」
「帯? ああ、うん、いいよ」
真央は気安く請け負ってくれた。
「助かる。じゃあ、頼んだ」
「うん、わかった……? あれ?」
真央は怪訝に首を傾げた。
「? どうした?」
「えと、あの、何で私が帯の締め方、知ってること知ってるの……?」
その疑問を覚えたのは真央だけでなく、恵梨花と雪奈もだ。
「何でって、やってたんだろ? 柔道」
当然のようにそう指摘する亮を見て、恵梨花は「ああ」と察した。いつものかと。
「ええ……? あれ? 言ったっけ、私? いや、知ってたの?」
今度は怪しむような目になった真央に、亮は目を瞬かせた。
「あ、あー……」
そこで頭をガシガシと掻いた亮は、恵梨花に目を向けた。
「恵梨花、説明頼んだ――じゃあ、俺も着替えてくるから」
それだけ言って、亮は踵を返して部屋へ向かって行った。
「えーと……恵梨花ちゃん、どういうこと?」
不思議そうに問われた恵梨花は渇いた笑みを浮かべた。
「あはは……」
◇◆◇◆◇◆◇
「後、まだ降りてきてないのは……古橋さんのところか」
胴着に着替えた郷田が民宿の玄関前を見渡して確認するように呟くのを横で聞いた将志は尋ねた。
「藤本さん達もまだですね。藤本さん達は、古橋さんの部屋と同じなんですか?」
「ああ。姉のユキさんは女子の中で元からの知り合いなどいないからな、彼女に同室を頼んだ」
「ああ、なるほど……」
剣道部からしたら恵梨花は部外者であるが、同じ学校の生徒だからこの合宿に参加するのはまだわかる。が、その姉の雪奈は学校とは関係なく完全に部外者と言える。そんな雪奈と幼馴染らしい郷田は、合宿中の彼女が肩身の狭い思いをしないよう、女子の主将であり自分の彼女でもある古橋に色々と便宜を計るよう頼んだのだろう。
そんな二人が参加することになった原因、というより、剣道部が依頼して参加することになった亮は、玄関脇で民宿の人と何やら話している。
ちなみに亮の割り当てられた部屋は、当然の如く同窓で友人の将志と同じである。と言うより、二年生は亮含めて一室に纏められたというのが正しいか。
郷田が亮をチラッと見て、首を振りつつ呟いた。
「……多少予想はしていたのだが、とんでもないな……」
恐れ入ったような、感じ入ったようなその物言いに将志は苦笑を浮かべた。
(……知ってる俺でも、圧倒されたしな……)
これからの練習に向けて亮も当然着替えているが、纏っているのは剣道の胴着でなく、自前の道着で、腰には当然のように黒帯がある。紺色の胴着を切る剣道部員の中で一人だけ白の道着なので、将志と一緒に降りてここに来た時は非常に注目を浴びた。
だけでなく、部員達は気圧されてしまったのである。
何せ道着を着た亮には強者特有の風格、貫禄をこれでもかと発していて、溢れんばかりの覇気は目に見えるかのようで、部員達はつい後ずさってしまったほど圧倒されたのだ。
(中学の時にも道着姿は見たことあるけど、あの頃と何か発してるものが比べものにならない……)
一体、どれだけ強くなってるのかと、亮を目にして口数少なくなった部員達の中で、将志はため息を吐いた。
「なあ、おっさん」
民宿の人との話を終えたのか、亮が周囲の少し重くなった空気など気にしてないかのように声をかけてきた。
「なんだ?」
「ランニングってやるんだよな? どこでやる予定なんだ?」
「? それは、今から向かう道場でやる予定だが」
「ふうん、そっか……」
どこか肩透かしを食ったような亮に、郷田は不思議そうになった。
「それがどうかしたのか?」
「いや、せっかく山に来てんだから山の中走ったらどうかと思っただけだ」
そう言って肩を竦める亮に、郷田は「なるほど」と頷いた。
「それもいいかもしれんが……この胴着を来て、この炎天下の下走ったりしたら、熱中症どころでないからな」
「それもそうだな。まあ、練習内容にケチつけたい訳じゃねえから、そこは好きにしたらいいさ」
「……いや、気になることがあったら言ってくれたらいいんだぞ?」
「ああ、わかってる。元々そういう話だしな」
了承する亮に郷田が頷くと、周囲が浮ついたようにざわついた。
玄関から古橋と共に恵梨花達が出てきたのだ。
ジャージにTシャツと思っていたが、藤本姉妹は亮と同じ胸に『櫻義』と書かれた道着を着ている。ただし亮と違って帯は白だ。更には髪型も変えてきている。恵梨花はポニーテール、雪奈は片側に三つ編みのように纏めて前に垂らしている。それが可愛いのは勿論だが、道着姿が妙にチンマリしているように見えるのだ。
将志のすぐ近くの部員達が呆れたように口を開く。
「おいおい、道着姿なのに可愛いってなんだよ……」
「道着が可愛く見えたのって初めてだわ」
「いや、良く見ろ。道着じゃなくて、来ている藤本さん達が可愛いだけだ」
「いや、わかってる。わかってるけどよ……」
「とにかく反則的に可愛いわ……」
まったくもって同感だと将志も大きく息を吐いた。
そんな注目を浴びている二人は、こちらを――正確には亮を見つけるとハッとしたようになって寄ってきた。
「うわあ、亮くん似合うと思ってたけど、やっぱり道着姿似合ってる!!」
「本当に。私達と違って着せられてる感がまるでないわ」
そう褒められた当の亮はと言えば、口を半開きにして呆然としていて――明らかに二人に見惚れていた。
「――あ、お、おう、ありがとよ。二人も……いや、二人はなんか反則臭い感じだな」
亮のその言葉に、思わず頷いてしまったのは男女問わずいた。
「え、何それ?」
「? どういうことですか?」
「いや……何でもない」
亮は僅かに頬を染めて、二人から目を逸らした。
そこで将志は同じく見惚れていた郷田に声をかけた。
「主将、これで全員揃ったんじゃ……?」
ハッとした郷田は気まずそうに「ゴホンッ」と咳払いをした。
「それでは、これより道場に向かう――地元の人に迷惑をかけないためにも列を乱さんようにな」
民宿から道場までは歩いて数分の距離であった。
「荷物を隅の方に置いたら早速練習を始めるぞ、あっちの壁を正面として、いつものように並ぶようにな」
道場に到着すると郷田は一息吐く間もなく部員にそう伝達し、全員からの気合の入った返事が道場に響いた。
そんな中で、恵梨花と雪奈が亮へ目を向ける。
「亮くん、私達はどうするの?」
「剛くの号令につられそうになったけど、そういえば、私達は剣道の練習に来た訳じゃなかったわね」
二人から疑問を向けられた亮は、少し考えてから郷田へ声をかけた。
「なあ、おっさん。練習始めるっても、いきなり竹刀振る訳じゃねえんだよな?」
「うん? ああ、まずは準備運動として体操と柔軟をして軽くこの中をランニング、だな。それからだ、竹刀を持つのは」
「そうか――じゃあ、恵梨花とユキは、そこまで一緒に参加させてもらえばいい」
亮がそう言うと、耳を傾けていた男子部員達がピクと反応し、ガッツポーズをとった。
「わかった。でも、ランニングかー。着いていけるかな……?」
「そうね……亮さんは、どうされるんですか? そこまで私達と一緒に参加されるんですか?」
雪奈の問いに、亮は首を横に振った。
「いや。その間、俺は隅っこでストレッチしてるわ。電車の中で多少体冷えたから、重点的にやっとく」
「? そうなの? じゃあ、その後から私達に?」
「ああ。じゃあ、おっさん、少し頼んだ」
「ああ、任せろ」
どこか張り切ってるかのように郷田は快く頷いた。
「いーち、にー、さーん、しー――……」
そうして前に立つ郷田の号令で体操から始まる。
部員はいつもの位置に並ぶので、自然と恵梨花と雪奈は最後尾に二人で並ぶことになった。
存在感抜群の二人がそんな位置にいたためか、体操をしながらチラチラと後ろを振り返る男子部員が続出し、女子部員に呆れの目を向けられることとなったのは避けられないことだったのだろう。
将志もついつい目を向けてしまい、その一回で千秋と目が合って二コリと微笑まれ、後が怖くなったために、郷田へ意識を向けることに集中した。
そんな中で、そういえばと隅にいる亮に視線を移した部員がギョッとする。
「おい、桜木の方見てみろって……」
「うん?……お、おおう……」
「あいつ足が百八十度開いてねえか……?」
「その上で腹がぴったり床についてるっぽいな……」
「どんだけ柔らかいんだよ……」
これを切っ掛けに、藤本姉妹より亮に注目が集まるが、当人は黙々とマイペースにストレッチをしていた。
「うわあ、桜木くん、柔らかっ……」
「ちょっと、何あれ。両足を頭の後ろに引っ掛けてるわよ……そこから更に腕だけで体持ち上げてるし……」
「タコみたい……なんか自分の足に絡まりそう……」
「テレビ以外であんなに体柔らかい人初めて見たかも……」
亮は口にした通り、じっくりとストレッチを行なっていた。
そうこうしている内に、準備運動が終わる。そしてやはりというか、日常的に運動をしていない恵梨花と雪奈の二人だけは、ランニングで少し息を乱してしまった。
「はあ、はあっ……亮くん、終わったよ……」
「はあっ……やっぱり運動不足ね……」
タオルで汗を拭う二人に、亮は苦笑を零す。
「お疲れさん。息整うまで、少し休んでろよ」
そう言って亮は立ち上がると、調子を確かめるように手足をブラブラと揺らし始めた。
「んー……まあ、こんなもんか」
肩に手を当て腕を回した亮は、道場内を見渡し、今いる隅から対角線上に位置する場所で視線と止める。
そこで、亮が何か始めるのかと部員の視線が集まった時だ。
「よっ――」
一歩だけ助走するかのように強く踏み込んだ亮は、すぐに片手を床につけ、くるっと側転をした。それがまた勢いもあり姿勢も綺麗だったので、一層部員達の目を惹く。
しかし、亮はそこで終わらなかった。両足で綺麗に着地したかと思えば、そのまま両手を床につけ、勢いよく体を伸ばして背を床につけず、ぐるっと一回り――ハンドスプリングと呼ばれるそれを行った。
「おお――!?」
アクロバティックな動きを目にして、部員達が一斉にざわめく。
そして、そこでも亮は止まらず、体操選手の如く、ハンドスプリングを連続して行い、ついにはその動きだけで道場の隅まで到達するかに見えた。が、亮は隅の手前辺りで、両足が着いた時に、更に勢いよく踏み込んで飛び上がり、足を抱えてくるくるっと回って、綺麗に両足で着地を果たしたのだ。
その唐突に始まった一連のネコ科を思わせるほどの、躍動感溢れる体操選手の如きアクロバティックな動きに、将志含む部員達と恵梨花に雪奈は、あんぐりと口を開いて唖然とした。
そして無意識にか誰かが拍手をしようと手を動かそうとした時、亮はまたしても動いた。
その場で背を向けた形からバク転をしたのだ。それも当然のように、連続して行われ、どんどんと恵梨花と雪奈のいる位置に近づいてくる。
そして、その場に後少しという位置で亮はまた強く飛び上がり、足を抱えてくるくるっとバク宙し、恵梨花と雪奈の目の前で綺麗に両足で着地した――と思ったら、その場から姿が掻き消えた。
「――はあっ!!」
気づけば、亮は恵梨花と雪奈から二メートルほど先で突きを終えた姿勢で立っていたのである。
そして亮は手を引くと、ひょいっという音が聞こえる調子でバク宙を行い、また恵梨花と雪奈の前に戻った。
そこで亮は再び、自分の調子を確認するように手と足をブラブラと揺らし始める。
「んー……まあ、上々ってとこか」
一人頷くと、顎が落ちかねないほどにあんぐりとしている恵梨花と雪奈に振り向いた。
「じゃあ、始めるか、恵梨花、ユキ」
その周りを一切気にした様子もないマイペースな顔に「ちょっと待ってくれ」と思っていない者は、この場には亮を除いて一人もいなかった。
************************************************
励みになるので、感想いただけると嬉しいです。
第四章 Bグループの少年と夏休み、の開幕です。
なにげに初出し亮の道場名『櫻義』
つまり亮の武術は櫻義流、です。
↓こちらの作品も是非↓
『社畜男はB人お姉さんに助けられて――』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/249048187/870310808
おまけツイートとか流してるので、興味ある方は是非↓のツイッターまで
https://twitter.com/sakuharu03
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