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第37話 【番外編】大晦日 上
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珍しくルナがガチガチに緊張している。どのくらい緊張しているかというと、大好物のホットケーキもどきが喉を通らないくらい。
「ルナ、食べないなら俺が食べるぞ?」
「……うん……」
いつもなら、さっさと自分のを食べ終えて、まだ皿にある俺のを羨ましそうに見つめて、俺から食べなよって言われるのを待っているくらいなのに。今日のルナは半分以上を残していて、しかも俺にくれると言う。
「んなに緊張しなくても……」
「……うん……はぁ……」
久しぶりに見る八の字困り眉にぐにぐにの唇。
ちびりちびりとコーヒーを飲んで、また溜め息を一つ。
「やめとくか?」
「それはダメだ! 深海、抱っこ」
俺の返事を待たずに膝に乗って来たルナの身体に腕を回して、子供をあやすように背中をトントン叩きながら少し揺れてみる。これで落ち着いてくれると良いんだけど……。
「ヤなんじゃないよ、緊張するだけ」
申し訳なさそうに呟くルナの頭にキスをすると、首にルナの唇を感じた。
「ご挨拶して、ちゃんと安心してもらわなきゃ!」
今日は大晦日。
神様達との契約を守り続けて、俺のことを覚えていてくれているじいちゃんとばあちゃんの元へ遊びに行く日。
道を繋ぐ逢魔刻が近付くにつれてルナの緊張は高まり、冒頭に至る。
「大丈夫だって。昨日水鏡で聞いたろ? 朱雀と白虎も一緒なんだし……」
紅白も連れて来い、と水鏡越しに神社の主の声を聞いた時は驚いた。なんで朱雀と白虎まで? と改めて聞いてみれば、じいちゃんとばあちゃんは毎日毎日神社で
「紅白の神様、深海を守ってください」
と祈りを捧げているようで、神社の主としては紅白はココにはいないし、かと言って無視もできないし、主も久しぶりに二人にも会いたいし、とにかくまぁ連れて来い、ということだった。
それを聞いた白虎はすぐに守護者四人が郷を空けることで不都合が起きる可能性はないかと頭を巡らせ、今回も留守番の青龍と玄武の元へ説明と説得へ出かけた。
朱雀はそんな白虎と比べるとずいぶんとのんびりとしていた。
「和子が立った郷で今まで一度でも不都合が起きたか? 大丈夫だって。それとも和子、本当の本当は行きたくねえか? 行くの嫌か? 義理立てして無理して行こうとしてるか?」
「そんなことないよっ! 行きたい。行ってちゃんとご挨拶したい!」
「んじゃ大丈夫だろ。和子、深海、こぉひぃごちそうさま」
明日の逢魔刻に、と言い残して朱雀が館を出て、ルナは俺にじいちゃんとばあちゃんの話を聞かせて欲しいとねだった。
話せたのは子供の頃の思い出くらいで、一緒に山や川で遊んだ話や雪だるまを作った話しかしてあげられなかった。それでもルナは自然が多いということが嬉しかったのか顔を綻ばせていたっけ。
そんなルナの様子を思い出して、何か楽しそうなことはないかと頭を巡らせる。
「そうだ、ルナ! 雪だるま作れるぞ」
「ホント?」
「うん。じいちゃんの家は山の中で雪が深い。多分もんのすごく積もってて、雪だるまもかまくらも雪うさぎも作れるぞ! 雪合戦も」
膝から降りず、首元に顔を埋めたままのルナが
「んでも、おじいさんに雪玉は投げれないよ……」
と呟いた。
大丈夫だろうと思う……じいちゃん七十前くらいのはずだし。何より農作業で足腰鍛え続けて何十年なんだし、雪にも慣れてるから、俺よりもよっぽどすごいと思う。
「ま、じいちゃんが雪合戦しないって言ったら朱雀と白虎と四人でやろうよ」
「うーん……それはやめた方が良いよ」
「なんで!? きっと楽しいよ?」
「だって朱雀だよ? 絶対すぐにムキになるし、もし白虎の顔面に当てちゃったら……俺怖い……」
腕の中でぶるりと身体を震わすルナにつられて、俺も想像して身体を震わせた。
ヤられる……間違いなく殺られる。新雪が血に染まる……。
「雪合戦はやめような」
「ん、やめよ」
やっと小さく、くふふと笑ったルナをぎゅっと抱きしめて、ルナの残したケーキを口に放り込んだ。
あ、と非難めいた声音でルナが俺を見上げる。冷めて少し固くなったホットケーキは染み込んだ蜂蜜のおかげで充分甘い。
「深海……それ俺の……」
「えーっさっきくれたじゃん!」
「あぅ」
ルナの緊張もどうやら少しは解けたらしく、ケーキが欲しいと尖る唇が愛おしい。
ちゅ、と尖った上唇を吸うと、お返しとばかりに下唇を軽く噛まれた。
ぱちぱちと数回を瞬きの後、ゆっくりとルナの目が閉じて、いたずらを繰り返すキスから本格的なキスに変わって、ルナがもぞりと腰を揺らす。
「んにゃ、みぃみ……」
「ん、朔……時間……」
朱雀が道を開きに来るまで後どれだけの猶予があるのだろう?
絡めた舌からルナの奥深くにある緊張と不安が流れ込んで来て、無性に一つになりたくなる。
「ん。ごめ……へーき。ぎゅってしてて」
「……俺がへーきじゃない」
お姫様抱っこでルナを奥の部屋へ運んだ。以前青龍の勘違い突入に遭って、使っていなかった扉続きの部屋にベッドと簡単な家具、小さなテーブルや椅子。箪笥を移して、新たに寝室にした部屋。
静かにルナをベッドに下ろすと、そのままキスをして舌をねじ込んだ。帯を解くのにもずいぶんと慣れた。
「あんま、せかせかしたくないけど……」
どんなに大丈夫って思っても、言われても不安は不安だし、怖いものは怖い。なら、身体で受け取れば良い。
ちゃんと俺にはルナの不安も緊張も伝わってるって。ちゃんと俺がいて、ルナの不安も緊張も怖さも全部、俺は分け合う覚悟があるってこと、心と身体で知れば良い。
多分それは傷の舐め合いじゃなく、二人が伴侶であることの意味の一つだと思うから。
「ん、みぃみ、ありがとね」
「ゆっくりしてあげれなくて、ごめん。痛くない?」
「だいじょぶ……あったかくて気持ち良い……」
まんまるになった、と呟いて嬉しそうにふわっと笑ったルナの手と脚が首と腰に絡まって、奥へと俺を誘い込む。
「みぃみもまんまるになって?」
舌足らずで蕩けて甘えるルナには解らないんだろうか……?
「朔、俺もうずーっとまんまるだよ?」
「ぁ、んっ……じゃ、じゃあ、はなまる!」
はなまるになって、としがみつくルナ。
頭の中にポンと浮かんだのは、桜の花の真ん中にたいへんよくできましたって書いてある子供の頃から見慣れたスタンプで、笑いをこらえてルナの首筋に甘く噛み付く。ルナの身体がひくっと震えて、ルナの身体の奥へと精を吐き出した。
もう充分、俺ははなまる。
「あーれ? 和子、また食ってんのか?」
「ん。お出かけ前に腹ごしらえをしておかないと!」
「……ふぅん? ま、良いんじゃね? 不安も吹っ飛んだって感じだしな? な、深海!」
「あ、俺、水と桃の準備して来よーっと」
蒸して温め直したケーキを頬張るルナと俺に視線を彷徨わせた後に意味深に俺を呼ぶ朱雀から逃げるように厨房へと向かった。
もう俺は人間じゃないから、人の世に行くには郷の水と桃や食べ物を持って行く必要がある。
何もないとは思うけど、もし万が一の不測の事態に備えて。昔、白虎が俺とルナを繋いでくれた時のような急激な力の放出後には必ず必要になる。
「お気を付けられませ、皆様」
「何かあったら鈴を鳴らしてね?」
「かしこまりました、和子様」
紅蘭に見送られて、朱雀が片手を挙げて道を開く。
「行こっか」
す、と伸ばされたルナの手を取る。ルナは俺を見上げて小さく頷くと自己紹介の練習を始めた。
「上手に言えると良いですね、和子」
「きっと大丈夫」
朱雀の手がルナの頭をガシッと掴んで、勇気付けるようにポンポンと叩く。
「よう! 久しいなぁ! 紅白!」
道の繋がった先はどうやら神社の社の中で、俺は初めて見る俺を守ってくれていた神様に初めてきちんと頭を下げることができた。
「ルナ、食べないなら俺が食べるぞ?」
「……うん……」
いつもなら、さっさと自分のを食べ終えて、まだ皿にある俺のを羨ましそうに見つめて、俺から食べなよって言われるのを待っているくらいなのに。今日のルナは半分以上を残していて、しかも俺にくれると言う。
「んなに緊張しなくても……」
「……うん……はぁ……」
久しぶりに見る八の字困り眉にぐにぐにの唇。
ちびりちびりとコーヒーを飲んで、また溜め息を一つ。
「やめとくか?」
「それはダメだ! 深海、抱っこ」
俺の返事を待たずに膝に乗って来たルナの身体に腕を回して、子供をあやすように背中をトントン叩きながら少し揺れてみる。これで落ち着いてくれると良いんだけど……。
「ヤなんじゃないよ、緊張するだけ」
申し訳なさそうに呟くルナの頭にキスをすると、首にルナの唇を感じた。
「ご挨拶して、ちゃんと安心してもらわなきゃ!」
今日は大晦日。
神様達との契約を守り続けて、俺のことを覚えていてくれているじいちゃんとばあちゃんの元へ遊びに行く日。
道を繋ぐ逢魔刻が近付くにつれてルナの緊張は高まり、冒頭に至る。
「大丈夫だって。昨日水鏡で聞いたろ? 朱雀と白虎も一緒なんだし……」
紅白も連れて来い、と水鏡越しに神社の主の声を聞いた時は驚いた。なんで朱雀と白虎まで? と改めて聞いてみれば、じいちゃんとばあちゃんは毎日毎日神社で
「紅白の神様、深海を守ってください」
と祈りを捧げているようで、神社の主としては紅白はココにはいないし、かと言って無視もできないし、主も久しぶりに二人にも会いたいし、とにかくまぁ連れて来い、ということだった。
それを聞いた白虎はすぐに守護者四人が郷を空けることで不都合が起きる可能性はないかと頭を巡らせ、今回も留守番の青龍と玄武の元へ説明と説得へ出かけた。
朱雀はそんな白虎と比べるとずいぶんとのんびりとしていた。
「和子が立った郷で今まで一度でも不都合が起きたか? 大丈夫だって。それとも和子、本当の本当は行きたくねえか? 行くの嫌か? 義理立てして無理して行こうとしてるか?」
「そんなことないよっ! 行きたい。行ってちゃんとご挨拶したい!」
「んじゃ大丈夫だろ。和子、深海、こぉひぃごちそうさま」
明日の逢魔刻に、と言い残して朱雀が館を出て、ルナは俺にじいちゃんとばあちゃんの話を聞かせて欲しいとねだった。
話せたのは子供の頃の思い出くらいで、一緒に山や川で遊んだ話や雪だるまを作った話しかしてあげられなかった。それでもルナは自然が多いということが嬉しかったのか顔を綻ばせていたっけ。
そんなルナの様子を思い出して、何か楽しそうなことはないかと頭を巡らせる。
「そうだ、ルナ! 雪だるま作れるぞ」
「ホント?」
「うん。じいちゃんの家は山の中で雪が深い。多分もんのすごく積もってて、雪だるまもかまくらも雪うさぎも作れるぞ! 雪合戦も」
膝から降りず、首元に顔を埋めたままのルナが
「んでも、おじいさんに雪玉は投げれないよ……」
と呟いた。
大丈夫だろうと思う……じいちゃん七十前くらいのはずだし。何より農作業で足腰鍛え続けて何十年なんだし、雪にも慣れてるから、俺よりもよっぽどすごいと思う。
「ま、じいちゃんが雪合戦しないって言ったら朱雀と白虎と四人でやろうよ」
「うーん……それはやめた方が良いよ」
「なんで!? きっと楽しいよ?」
「だって朱雀だよ? 絶対すぐにムキになるし、もし白虎の顔面に当てちゃったら……俺怖い……」
腕の中でぶるりと身体を震わすルナにつられて、俺も想像して身体を震わせた。
ヤられる……間違いなく殺られる。新雪が血に染まる……。
「雪合戦はやめような」
「ん、やめよ」
やっと小さく、くふふと笑ったルナをぎゅっと抱きしめて、ルナの残したケーキを口に放り込んだ。
あ、と非難めいた声音でルナが俺を見上げる。冷めて少し固くなったホットケーキは染み込んだ蜂蜜のおかげで充分甘い。
「深海……それ俺の……」
「えーっさっきくれたじゃん!」
「あぅ」
ルナの緊張もどうやら少しは解けたらしく、ケーキが欲しいと尖る唇が愛おしい。
ちゅ、と尖った上唇を吸うと、お返しとばかりに下唇を軽く噛まれた。
ぱちぱちと数回を瞬きの後、ゆっくりとルナの目が閉じて、いたずらを繰り返すキスから本格的なキスに変わって、ルナがもぞりと腰を揺らす。
「んにゃ、みぃみ……」
「ん、朔……時間……」
朱雀が道を開きに来るまで後どれだけの猶予があるのだろう?
絡めた舌からルナの奥深くにある緊張と不安が流れ込んで来て、無性に一つになりたくなる。
「ん。ごめ……へーき。ぎゅってしてて」
「……俺がへーきじゃない」
お姫様抱っこでルナを奥の部屋へ運んだ。以前青龍の勘違い突入に遭って、使っていなかった扉続きの部屋にベッドと簡単な家具、小さなテーブルや椅子。箪笥を移して、新たに寝室にした部屋。
静かにルナをベッドに下ろすと、そのままキスをして舌をねじ込んだ。帯を解くのにもずいぶんと慣れた。
「あんま、せかせかしたくないけど……」
どんなに大丈夫って思っても、言われても不安は不安だし、怖いものは怖い。なら、身体で受け取れば良い。
ちゃんと俺にはルナの不安も緊張も伝わってるって。ちゃんと俺がいて、ルナの不安も緊張も怖さも全部、俺は分け合う覚悟があるってこと、心と身体で知れば良い。
多分それは傷の舐め合いじゃなく、二人が伴侶であることの意味の一つだと思うから。
「ん、みぃみ、ありがとね」
「ゆっくりしてあげれなくて、ごめん。痛くない?」
「だいじょぶ……あったかくて気持ち良い……」
まんまるになった、と呟いて嬉しそうにふわっと笑ったルナの手と脚が首と腰に絡まって、奥へと俺を誘い込む。
「みぃみもまんまるになって?」
舌足らずで蕩けて甘えるルナには解らないんだろうか……?
「朔、俺もうずーっとまんまるだよ?」
「ぁ、んっ……じゃ、じゃあ、はなまる!」
はなまるになって、としがみつくルナ。
頭の中にポンと浮かんだのは、桜の花の真ん中にたいへんよくできましたって書いてある子供の頃から見慣れたスタンプで、笑いをこらえてルナの首筋に甘く噛み付く。ルナの身体がひくっと震えて、ルナの身体の奥へと精を吐き出した。
もう充分、俺ははなまる。
「あーれ? 和子、また食ってんのか?」
「ん。お出かけ前に腹ごしらえをしておかないと!」
「……ふぅん? ま、良いんじゃね? 不安も吹っ飛んだって感じだしな? な、深海!」
「あ、俺、水と桃の準備して来よーっと」
蒸して温め直したケーキを頬張るルナと俺に視線を彷徨わせた後に意味深に俺を呼ぶ朱雀から逃げるように厨房へと向かった。
もう俺は人間じゃないから、人の世に行くには郷の水と桃や食べ物を持って行く必要がある。
何もないとは思うけど、もし万が一の不測の事態に備えて。昔、白虎が俺とルナを繋いでくれた時のような急激な力の放出後には必ず必要になる。
「お気を付けられませ、皆様」
「何かあったら鈴を鳴らしてね?」
「かしこまりました、和子様」
紅蘭に見送られて、朱雀が片手を挙げて道を開く。
「行こっか」
す、と伸ばされたルナの手を取る。ルナは俺を見上げて小さく頷くと自己紹介の練習を始めた。
「上手に言えると良いですね、和子」
「きっと大丈夫」
朱雀の手がルナの頭をガシッと掴んで、勇気付けるようにポンポンと叩く。
「よう! 久しいなぁ! 紅白!」
道の繋がった先はどうやら神社の社の中で、俺は初めて見る俺を守ってくれていた神様に初めてきちんと頭を下げることができた。
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