月の瞳に囚われて

深緋莉楓

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第2話 ルナとシャンプー

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「夕方には帰るから、お利口にしてろよ? 暴れんなよ?」
「にゃ」

 本当に良いタイミングで鳴く。
 本当に会話をしているみたいで、朝っぱらから楽しくて仕方がない。

「あーっと、飯は足りるな?」

 小皿を見てルナが鳴く。

「……寂しいか?」
「にゃ! にゃ!」

 しゃがみ込んだ俺の膝に額をすり寄せて甘えるルナを抱き上げた。
 ふかふかの柔らかい体毛に包まれた艶やかな黒猫のルナの顔を同じ位置まで持ち上げて

「俺、嫌かも。お前置いて行くの」

 なんて思わず呟いて一人赤面した。

「にー」

 なんか嬉しそうな声だな、と思ったのは自惚れってヤツかな。
 でもルナの尻尾はピョッコピョコゆったりと跳ねて機嫌は良さそうだ。
 キラキラの目が真っ直ぐに俺を見て、抱き上げたせいか少し掠れた声で

「にゃあ」

 と鳴く。

「かーわい」

 小首を傾げて鳴くルナが可愛くて、つい……つい……小さくて可愛い口にキスをした。
 行ってきます、と飼い猫に対する愛情表現だ。俺はもうすっかり親バカってヤツだ。
 猫には雑菌が? そんなこと気になりません!
 だってこんなに綺麗な黒猫、見たことない! 俺のルナがきっと世界で一番だ!

「な! お前が一番綺麗だ」
「にゃあ!」

 鳴き声が少し得意そうに聞こえるのは何故だろう? 遅刻ギリギリまでジャレて、顔中舐め回されて、俺も身体中撫で回して、ルナをしっかり堪能した。
 小さなルナは俺の片手で簡単に床の上をころりころりと転がされる。それが楽しいのか、手首に前脚をかけて、自分からもゴロゴロぐにぐに動いて遊んでいる。

 可愛すぎる……! 痛くない猫パンチも力の入っていない噛み噛みも、たまに空を蹴る猫キックも……はしゃぎ過ぎてハァハァしてる呼吸も!
 癒しだ。俺の癒し。昨日連れて帰って良かった!

 あー、早く帰りたい。もう帰りたい。
 大学に向かう途中の電車の中でも、講義中も頭の中はルナでいっぱい。
 首輪は何色にしようか、キャットタワーってヤツは必要か、専用の餌皿も要るな。バイト代、ヤバいな。でもルナが喜んで遊ぶんなら買ってやりたいけど……。
 気付いたら講義は終わってた。
 学食でカレー食べながらもやっぱりルナのことを考えてしまう。

「なー亮平、今日買い物付き合ってよ」
「あー? ワリ。今日野暮用」

 彼女と一週間ぶりにデートだそうな……ちっ。せっかくルナを見せびらかしてやろうと思っていたのに。
 亮平に頼れないとなると、他の友達は遅くまで講義だったりサークルだったりで、一人で猫セットを抱えて帰るのは無理そうだ。
 せめて最低限必要な物だけは揃えてやらねば!
 トイレセットは……ルナには申し訳ないけど、ダンボールにペットシートを敷いた物で少しの間だけ我慢してもらおう。首輪も部屋から出さなきゃ急ぐ必要はないな。となると、エサ! とシャンプー! これは必須だろう。あ、ルナは毛が長いからブラシも欲しいな。
 これだけなら近所のドラックストアで手に入りそうだ。
 待ってろ、ルナ。
 最高級キャットフードを買って帰ってやるからな!

 暴れるな、とは確かに言った。
 けど。
 そこは、ほら、猫だし。しかも子猫だし、爪研ぎしたり、ゴミ箱ひっくり返したりしてるかな、とある程度の部屋の乱れは覚悟していたんだが……。
 爪研ぎの痕跡ナシ。
 ゴミ箱の位置も変化ナシ。

「ルナー! お前、どんだけ良い子で待ってたんだよ!?」

 玄関を開けると同時に足元に駆け寄って来たルナを抱き上げて、何一つ変わりのない部屋をぐるりと周る。

「にゃにゃにゃ」

 ざり、とルナの小さな舌が頬を舐める。痛くすぐったくて、しっかり抱き直して風呂場へ連れて行く。

「ルナ、シャンプーするぞ!」
「んにゃ!?」

 腕の中で身体を固くしたルナの背中をさすって

「昨日は拭いただけだかんな?」
「ふにー……」

 急に元気がなくなった。尻尾も動いちゃいない。
 さすがにバスタブに入れる程俺は鬼畜じゃないので、洗面器にお湯を張る。
 湯の温度を確かめていると、そぅっとルナが風呂場から出ようとしているのに気付いてしまった。

「ルーナ」

 ビクッと脚を止めて俺を振り返るルナ。

「昨日約束したよな? シャンプーするって。それでも良いなら来いって。あれ嘘かぁ?」

 ま、通じやしないと解ってはいるけど、ルナはどうやら賢いみたいだから、俺が怒ってる(フリだけど)っていうのが伝わるかな、と。
 ルナは諦めたのか、くるりと俺に向き直って……たたたっ……

 ざっぱんっ!

「え? えぇえ!? ル、ルナ?」

 頭から洗面器に突っ込みましたよ、この子。
 しかも立ち上がって、両前脚で頭ガシガシしてる。きゅっと目を瞑って、小さく

「うにっうにっ」

 って鳴きながら。
 シャンプーしてるつもりなのかな……そんな仕草、どこで覚えたんだろう?

「ぷっ……ちょ、お前マジ変なヤツだな! 待て待て待て、そんなにガシガシしてもシャンプーできてないって」

 濡れて身体がぐんと細く、若干情けなくなってしまったルナを抱き上げて鼻の頭にキスをする。

「俺が洗ってやるから、な?」
「に」

 じぃっと俺を見る目がなんとも物言いた気だった。

「偉いな、ルナ。ちゃんとシャンプーしようとしたもんな?」

 ルナが尻尾を振るから、水飛沫が散った。
 どうやらルナはものすごく賢いらしい。
 掌で泡立てて身体を撫でてやっても暴れないし、大人しく洗面器の中にいる。尻尾を洗う時には高い声で一回だけ鳴いたけど、ぷるぷる震えて耐えていた。

「ごめんな、もう終わるから。痛かったか?」

 掌で水圧を殺して、優しくゆっくりと泡を流してやる。喉に触れると俺の大好きなゴロゴロ振動が伝わって、頬が緩んだ。
 厚手のタオルで包んで水気を取ってやると安心したのか、腕の中でくったりとしたルナにお疲れ、と声をかけて、新しいタオルでぐるぐる巻きにして外へ出して、俺もシャワーを浴びた。

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