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一 芽吹く悪の華

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一 芽吹く悪の華

 西日本の小さな港町の小さな教会が私の職場であり、住まいである。
 子供達が教会の敷地内にある庭で遊び、その光景を眺める祖父母や母親達。
 最近では男の一人暮らしを憐れんでか、作りすぎたのだと言って、よく煮込まれた肉じゃがや売り物には少し小さい魚の一夜干しなどのお裾分けまでしてくださる温かい人々の住む町だ。
「信者でもないのに、お庭使わせてもらって申し訳ないけ」
「そんなの良いんですよ。みんなが楽しめる場所の一つに選ばれたのなら、私は嬉しいです」
「それでも、神父さんも忙しいじゃろうに遊んでくれたりするけ、やっぱりこれは受け取ってもらわんと困る」
 そう言って私に紙袋を押し付ける御老人は、それほど熱心ではないものの先祖代々仏教徒だそうだ。だが、新年には神社へ初詣に出かけるし、クリスマスには孫におもちゃとケーキを買うのだと言って肩をすくめた。
「それで良いと思います。子供の笑顔をとがめる神様は要らないでしょう」
「こりゃ驚いた。勧誘すらしてこん神父さんじゃと思っとったけど!」
「とんだ不良神父でした?」
 私を見上げる小柄な御老人と顔を見合わせる。吹き出したのはほぼ同時だっただろう。
「うちの神父さんはなんとまじめで不良な!」
 御老人らしい大きな声に、ボール遊びをしていた子供達がわらわらと集まって来て、私を見上げてそれぞれが口を開く。
「神父さん、不良なん?」
「不良でも神父さんみたいになれるん?」
「ふりょーってなぁにぃ?」
「こりゃ! あんた達! あ、やめんさいっ、汚れるけぇ神父さんの服を掴むんはやめんさい!」
「神父さん、怒らんもん! ねー? 神父さん?」
 そうだね、と膝を曲げて頭を撫でると彼はニッと満足そうに笑い、再び庭へと駆け戻った。他の子供達も彼を追い、ドッヂボールの続きを始めた。
「ごめんねぇ、神父さん」
「とんでもない。楽しくて賑やかで嬉しいですよ?」
 積極的に布教活動をしない“不良神父”の私をこの町の人々はただ“神父さん”と呼び、それ以上でもそれ以下でもない存在として受け入れてくれている。
 それがどんなにありがたいことか、誰も気付いてはいないだろう。

 礼拝堂の掃除を欠かすことはない。それは身に染み付いた習慣か、己の人生をお預けした主への献身の証なのか自分でも解りかねる。
「お手伝い、しましょうか?」
 音もなく、まるで猫のように歩を進め近付く男は曖昧な笑みを浮かべてすっと右手を差し出した。
「いえ。もう終わりますから」
「では、見ていても良いですか?」
 私から掃除用具を受け取ろうとしていた右手は所在無げに宙で揺れて元の位置へと舞い戻った。
「相変わらず変な人ですね。私なんか眺めている時間があれば、主にお祈りの一つでもなされば良いのに」
「……赦されませんから」
 私はこの男の言う赦されない罪に礼拝堂内では素知らぬフリを通している。
 そして私も己の中に芽吹いた悪の華をあえて枯らそうとは思えないのだった。
 男の訪問の度に徐々に成長して、気付けばなんとも甘い匂いを漂わせ始めた私の中の大輪の悪の華は、例え私がどれだけ必要とし縋ろうとも、その存在を主はお赦しにはならない類の物である。

 解っている。
 解っているからこその、美しい悪の華なのだ。

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