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第四章
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捜索依頼の件は、賢吾が向坂探偵事務所へ行った翌日に守屋楓が依頼者だと伝え、賃貸借契約書のコピーも送付し、一週間後に引き受けるとの連絡をもらった。
賃貸借契約書を元に、既に不動産会社を辞めていた担当者を向坂は三週間で見つけ出したが、担当者が契約した時のことや大宮賢吾の顔を憶えていないとのことだった。
遅くとも契約したのは楓が高校に入学した時であると考えられ、今から六、七年前の話になる。担当者が忘れているのも無理はない。
そして、向坂が情報不足を最初に指摘していた通り、以降の捜索は難航しているようで成果は芳しくなかった。
「気長にやるしかないですね。費用についてはこちらもできるだけ配慮します」
向坂はそう譲歩し、捜索を続けてくれている。
楓にも時間が掛かりそうだと伝え、納得してもらった。
というより、楓は捜索のことに気を揉んでいる場合ではない様子だった。なぜなら、二月の頭に新アプリのアルファ版が完成し、橘が念入りに精査した上でゴーサインが出たからだ。
もう年は明け、二月の下旬だった。
現在鋭意開発中であり、どこのチームも大忙しとなっているが、特に楓が所属しているプロジェクトチームは、開発を指揮するのでその分かかる比重も大きい。
慣れない仕事への適応、初めての企画と開発の調整にまとめ役、楓は毎日の業務を必死にこなしていた。それだけで、目一杯のようだと賢吾には思えた。
午後十時四十五分。
懇意にしているスポンサーとの会食を終え、賢吾は帰社した。
賢吾は気疲れからグッタリしていたが、会社の明かりがついていることに気付くと眉間にしわを寄せた。
原則、就業時間は午前十時から午後七時である。
プログラマーチームやサーバーチームには、業務上の観点からフレックスタイム制を選択させているが、賢吾がいる二十一階にその二チームはない。
輝成曰く、業務を業務時間内に終わらせることは当たり前とのことで、定時退社をプラス査定にしていた。
輝成存命時には誰も残業はしなかったが、亡き後はやはりそうもいかない。とはいえ、残っても午後九時くらいまで、この時間まで残っていることはあり得なかった。
賢吾は渋い顔のまま会社の中へ入り、まずは一服しようと休憩室に入った。
「あれ、社長じゃないですかぁ?」
そう声を掛けてきたのは渡辺だった。我が社自慢のコーヒーメーカーの前に立っており、朗らかな顔であった。
「残っていたのは君か、そろそろ帰った方がいいぞ」
「わかってますよぉ、その前に一服しているだけです。社長もどうです?」
じゃあお願いと賢吾が頷くと、渡辺はにっこりとした。
賢吾は近くの席に座り、コーヒーが入った紙コップを二つ持ってきた渡辺も賢吾の隣に座った。
「まだ、片倉さんと楓ちゃんも残っていますよ」
「マジかい。帰るように言っておかんと」
マスターアップ間近でもないのによくもまぁ残るな、頑張ってくれるのは嬉しいが無理をして身体を壊されてもな。と憂い、賢吾はコーヒーを口に運んだ。
「私、ソリッドに入社できたことがめちゃくちゃ嬉しかったんですよね。実際にFlameも使っていて好きだったし、イノベーションに溢れる社風にも凄く憧れていました。ウチって基本的には即戦力の中途採用が主で、新卒を採用しないじゃないですか。新卒で採用するにしても、インターンシップで見極められた僅かな人だと聞いています」
「へぇー。そうなんだ」
語りだした渡辺の内容が寝耳に水で、賢吾は純粋に驚いていた。
「ソリッドへ入社するにあたって色々調べ、一番入社確率が高そうな人材紹介会社に登録しました。前職は外資系でここと同じく実力主義、私も新人の頃からバリバリ成果を上げていましたし、自信もありました。私の経歴を見た人材紹介会社の担当の方が、大手も絶対に欲しがるから好きなのを選ぼうと言ってくれました。私は俄然やる気になり、大手はどうでもいいのでソリッドに入りたいって言いました。ですが、担当の方は酷く難色を示しました」
「何で?」
淡白に聞き返す賢吾に対し、渡辺は呆れ顔だった。
「社長は知らないんですか? ウチの倍率やばいんですよ?」
「……え? そんなに?」
賢吾が怪訝な表情をすると、渡辺は大きく首を縦に振った。
「私が希望するプランナーは今まで受かった前例がない。五百人は受けているが、かすりもしないって言われました。私のちょっと後に入った中村さんも、元は百名以上を束ねる大手ゲーム会社のCS室長ですよ。キャリアや実力もある三十六歳、中村さんは紛れもなく凄い人ですよ。けれど、上司は年下の石橋さん。しかも実際、石橋さんの方が中村さんより凄いんだから仕方ない。そういうところなんです。実力主義でめちゃくちゃ難易度高いんです……ここ」
「認識不足ですまん。でも、人事権はデカに一任させているし、それで上手くいっているからなぁ」
「やー、別に責めていませんよぉ」
賢吾の肩をパンパンと叩き、渡辺はにこにことしていた。
「何とか頑張って念願のソリッドに入社できて、片倉さんや橘さん、松井さんや石橋さんなど他の方々の凄さを目の当たりにし、ここは選ばれた精鋭だけがいれるんだと誇りに思っています。特に片倉さんですね。やばいです、かっこいいし、全てを見通している感じ。ぶっちゃけ惚れちゃいました」
そう話す渡辺の姿は、正しく恋する乙女であった。かわいそうに……片倉がゲイって知らないんだな。と賢吾は複雑な気持ちをコーヒーで流し込んだ。
「でも、だからですかね。嫉妬しちゃいました」
コップをテーブルに置き、渡辺は俯いた。
賃貸借契約書を元に、既に不動産会社を辞めていた担当者を向坂は三週間で見つけ出したが、担当者が契約した時のことや大宮賢吾の顔を憶えていないとのことだった。
遅くとも契約したのは楓が高校に入学した時であると考えられ、今から六、七年前の話になる。担当者が忘れているのも無理はない。
そして、向坂が情報不足を最初に指摘していた通り、以降の捜索は難航しているようで成果は芳しくなかった。
「気長にやるしかないですね。費用についてはこちらもできるだけ配慮します」
向坂はそう譲歩し、捜索を続けてくれている。
楓にも時間が掛かりそうだと伝え、納得してもらった。
というより、楓は捜索のことに気を揉んでいる場合ではない様子だった。なぜなら、二月の頭に新アプリのアルファ版が完成し、橘が念入りに精査した上でゴーサインが出たからだ。
もう年は明け、二月の下旬だった。
現在鋭意開発中であり、どこのチームも大忙しとなっているが、特に楓が所属しているプロジェクトチームは、開発を指揮するのでその分かかる比重も大きい。
慣れない仕事への適応、初めての企画と開発の調整にまとめ役、楓は毎日の業務を必死にこなしていた。それだけで、目一杯のようだと賢吾には思えた。
午後十時四十五分。
懇意にしているスポンサーとの会食を終え、賢吾は帰社した。
賢吾は気疲れからグッタリしていたが、会社の明かりがついていることに気付くと眉間にしわを寄せた。
原則、就業時間は午前十時から午後七時である。
プログラマーチームやサーバーチームには、業務上の観点からフレックスタイム制を選択させているが、賢吾がいる二十一階にその二チームはない。
輝成曰く、業務を業務時間内に終わらせることは当たり前とのことで、定時退社をプラス査定にしていた。
輝成存命時には誰も残業はしなかったが、亡き後はやはりそうもいかない。とはいえ、残っても午後九時くらいまで、この時間まで残っていることはあり得なかった。
賢吾は渋い顔のまま会社の中へ入り、まずは一服しようと休憩室に入った。
「あれ、社長じゃないですかぁ?」
そう声を掛けてきたのは渡辺だった。我が社自慢のコーヒーメーカーの前に立っており、朗らかな顔であった。
「残っていたのは君か、そろそろ帰った方がいいぞ」
「わかってますよぉ、その前に一服しているだけです。社長もどうです?」
じゃあお願いと賢吾が頷くと、渡辺はにっこりとした。
賢吾は近くの席に座り、コーヒーが入った紙コップを二つ持ってきた渡辺も賢吾の隣に座った。
「まだ、片倉さんと楓ちゃんも残っていますよ」
「マジかい。帰るように言っておかんと」
マスターアップ間近でもないのによくもまぁ残るな、頑張ってくれるのは嬉しいが無理をして身体を壊されてもな。と憂い、賢吾はコーヒーを口に運んだ。
「私、ソリッドに入社できたことがめちゃくちゃ嬉しかったんですよね。実際にFlameも使っていて好きだったし、イノベーションに溢れる社風にも凄く憧れていました。ウチって基本的には即戦力の中途採用が主で、新卒を採用しないじゃないですか。新卒で採用するにしても、インターンシップで見極められた僅かな人だと聞いています」
「へぇー。そうなんだ」
語りだした渡辺の内容が寝耳に水で、賢吾は純粋に驚いていた。
「ソリッドへ入社するにあたって色々調べ、一番入社確率が高そうな人材紹介会社に登録しました。前職は外資系でここと同じく実力主義、私も新人の頃からバリバリ成果を上げていましたし、自信もありました。私の経歴を見た人材紹介会社の担当の方が、大手も絶対に欲しがるから好きなのを選ぼうと言ってくれました。私は俄然やる気になり、大手はどうでもいいのでソリッドに入りたいって言いました。ですが、担当の方は酷く難色を示しました」
「何で?」
淡白に聞き返す賢吾に対し、渡辺は呆れ顔だった。
「社長は知らないんですか? ウチの倍率やばいんですよ?」
「……え? そんなに?」
賢吾が怪訝な表情をすると、渡辺は大きく首を縦に振った。
「私が希望するプランナーは今まで受かった前例がない。五百人は受けているが、かすりもしないって言われました。私のちょっと後に入った中村さんも、元は百名以上を束ねる大手ゲーム会社のCS室長ですよ。キャリアや実力もある三十六歳、中村さんは紛れもなく凄い人ですよ。けれど、上司は年下の石橋さん。しかも実際、石橋さんの方が中村さんより凄いんだから仕方ない。そういうところなんです。実力主義でめちゃくちゃ難易度高いんです……ここ」
「認識不足ですまん。でも、人事権はデカに一任させているし、それで上手くいっているからなぁ」
「やー、別に責めていませんよぉ」
賢吾の肩をパンパンと叩き、渡辺はにこにことしていた。
「何とか頑張って念願のソリッドに入社できて、片倉さんや橘さん、松井さんや石橋さんなど他の方々の凄さを目の当たりにし、ここは選ばれた精鋭だけがいれるんだと誇りに思っています。特に片倉さんですね。やばいです、かっこいいし、全てを見通している感じ。ぶっちゃけ惚れちゃいました」
そう話す渡辺の姿は、正しく恋する乙女であった。かわいそうに……片倉がゲイって知らないんだな。と賢吾は複雑な気持ちをコーヒーで流し込んだ。
「でも、だからですかね。嫉妬しちゃいました」
コップをテーブルに置き、渡辺は俯いた。
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