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第一章
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輝成が亡くなり、丁度三年が過ぎた。
亡くなってから少しずつ表面化していた問題は、三年の歳月をかけて会社の癌となりつつあった。
癌へと至った経緯は三点で、シンプルなものだった。
一つ目、起業に成功した輝成が有能すぎたこと。
二つ目、会社を拡大させた要因でもあったが、輝成がスカウトしてきた有能な人、新参者達が一癖も二癖もあったこと。
三つ目、気性が荒い古参者達も、あくが強い新参者達も、輝成の言うことだけは絶対に従ったということ。
輝成は稀有な指揮者でありながら、他人の潜在能力を引き上げることが抜群に上手く、コミュニケーション能力も秀逸だった。
要するに、問題の起因は一つ目に集約されており、輝成が有能すぎて替えがきかない人間であったことだ。
そして今に至るというわけで、地番沈下していきそうだ。と賢吾はげんなりし、みなとみらい駅で下車をした。
会社の癌を一言で表すと、古参者達と新参者達との軋轢であった。
……軋轢。
子供じゃないんだから喧嘩している場合ではないだろう。単なる喧嘩なら、シメれば済む話である。しかしながら、皆が会社を大事にし、会社のためを思って行動することで軋轢が生じているのだ。
新参者達はとにかく仕事はできる。だが、それを上手くコントロールできていたのは輝成だけだった。
賢吾は傀儡の社長と思われており、完全に舐められている。まぁ、実際に傀儡だったから言い訳するつもりもないけどな。と賢吾は自嘲的な笑みを浮かべた。
古参者達は輝成のことも慕っていたが、元より賢吾の仲間だ。賢吾が宥めることは可能であるが、彼らも会社を立ち上げたプライドがある。更に、何より気性が荒い。見下してくる新参者達への怒りは、極限にまで達していた。
こうして、癌は賢吾自身が対処できる範疇を遥かに超えてしまった。
マジでどうしよっかなぁ。と、嘆く思いが賢吾の全身を包む。
会社に行くと決めたはずの賢吾であったが、オフィスへ向かうためエスカレーターに乗っている最中、直ぐに下りのエスカレーターに乗って帰ろうかな、とか一瞬邪念がよぎった。
しかも、新参者達はこの一触即発の状況下で、邁進しようと新規企画を立ち上げるつもりだ。対して賢吾は、自分にコントロールできるわけがないと既に降伏状態。
そろそろ潮時だな。
賢吾はそう思い、覚悟を決めた。
オフィスに着いた賢吾の顔からは険しさはなくなり、生気を失っているようであった。
賢吾のデスクがあるオフィスは、クイーンズスクエアの二十一階だった。
かなり広く、座席はチームごとに固まっているが閉塞感は全くない。その他に休憩室、ミーティングルームが四つと充実していた。また、二十二階にあるオフィスも似たような造りである。
賢吾は社員に挨拶をしながら自分のデスクに向かうが、古参者達の皆が挨拶を返してくる中、新参者達からの挨拶は僅かであった。
……うん……もう慣れたよ。
そう納得しつつも、賢吾は悲哀と怒りが入りまじった気持ちになった。
賢吾は社長であるが、社長室を設けておらず、席は一番奥で皆を見渡せる位置にあった。ちなみに、そうするように進言したのは輝成だった。
自分のデスクの椅子に腰を下ろすと、無意識に溜め息が出た。
「溜め息をすると幸せが逃げるよ。いや……もう逃げようがないか」
憎まれ口を叩いてコーヒーを持ってきた女性。黒髪ロングで細身、ザ・和風という薄い顔立ちの美人。青を軸に、清潔感のある服装をしている。
瀬戸玲子。
賢吾と竜次と同い年であり、竜次の妻。子供は男子が一人いる。ソリッドの総務と法務を統括しているチームのリーダーである。
賢吾は玲子の態度に鼻を鳴らして、コーヒーを受け取った。
「おいおい、今日はその冗談ダメだ」
百九十を超える長身で黒髪、茶をベースにしたスーツを着こなし、三白眼で黒ぶち眼鏡を掛けている男が玲子を窘めた。
瀬戸竜次。
暴走族【滅殺】の副総長をやっていた、賢吾の無二の親友である。なお、現在は副社長。
「わかってるけどさ、コウちゃんが死んで三年だよ? いつまで引きずってんのよ」
サバサバした様子で言い返す玲子に反して、
「……玲子」
と竜次は目で威圧した。
玲子は黙ったが、目を逸らして不貞腐れた態度であった。
「いや、竜次。事実だしいいよ」
賢吾が割って入ると、玲子は顔を向き直し何度も頷いた。
「賢ちゃんが元気を出して会社を盛り上げていかないと、コウちゃんがあの世で浮かばれないでしょ?」
玲子は両手を腰に当て、子供を諭すように言った。
「それは……あるな」
竜次も玲子の言葉に賛同し、首を縦に振った。
まぁ、そうかもな。と思いつつも、賢吾の気持ちは全く晴れなかった。
「竜次、ちょっと話せないか?」
「ん? いいけど」
唐突な賢吾の誘いに、不思議な面持ちをしながらも竜次は頷いた。
賢吾はコーヒーを片手に、ミーテンィグルームへ入った。
このミーティングルームは賢吾の席から一番近い場所にあり、中は八人掛けのテーブルと椅子だけでそれほど広さはないが、他の社員達から一番遠い場所にあるため、重要な話をする際に良く使用している。
「何? 橘さんが提案している新規の件か?」
竜次が椅子に座るや否や切り出したが、
「……それもある」
賢吾は着席しコーヒーを一口飲んだ後、絞り出すような声で言った。
賢吾の返事から、一分以上が経った。
亡くなってから少しずつ表面化していた問題は、三年の歳月をかけて会社の癌となりつつあった。
癌へと至った経緯は三点で、シンプルなものだった。
一つ目、起業に成功した輝成が有能すぎたこと。
二つ目、会社を拡大させた要因でもあったが、輝成がスカウトしてきた有能な人、新参者達が一癖も二癖もあったこと。
三つ目、気性が荒い古参者達も、あくが強い新参者達も、輝成の言うことだけは絶対に従ったということ。
輝成は稀有な指揮者でありながら、他人の潜在能力を引き上げることが抜群に上手く、コミュニケーション能力も秀逸だった。
要するに、問題の起因は一つ目に集約されており、輝成が有能すぎて替えがきかない人間であったことだ。
そして今に至るというわけで、地番沈下していきそうだ。と賢吾はげんなりし、みなとみらい駅で下車をした。
会社の癌を一言で表すと、古参者達と新参者達との軋轢であった。
……軋轢。
子供じゃないんだから喧嘩している場合ではないだろう。単なる喧嘩なら、シメれば済む話である。しかしながら、皆が会社を大事にし、会社のためを思って行動することで軋轢が生じているのだ。
新参者達はとにかく仕事はできる。だが、それを上手くコントロールできていたのは輝成だけだった。
賢吾は傀儡の社長と思われており、完全に舐められている。まぁ、実際に傀儡だったから言い訳するつもりもないけどな。と賢吾は自嘲的な笑みを浮かべた。
古参者達は輝成のことも慕っていたが、元より賢吾の仲間だ。賢吾が宥めることは可能であるが、彼らも会社を立ち上げたプライドがある。更に、何より気性が荒い。見下してくる新参者達への怒りは、極限にまで達していた。
こうして、癌は賢吾自身が対処できる範疇を遥かに超えてしまった。
マジでどうしよっかなぁ。と、嘆く思いが賢吾の全身を包む。
会社に行くと決めたはずの賢吾であったが、オフィスへ向かうためエスカレーターに乗っている最中、直ぐに下りのエスカレーターに乗って帰ろうかな、とか一瞬邪念がよぎった。
しかも、新参者達はこの一触即発の状況下で、邁進しようと新規企画を立ち上げるつもりだ。対して賢吾は、自分にコントロールできるわけがないと既に降伏状態。
そろそろ潮時だな。
賢吾はそう思い、覚悟を決めた。
オフィスに着いた賢吾の顔からは険しさはなくなり、生気を失っているようであった。
賢吾のデスクがあるオフィスは、クイーンズスクエアの二十一階だった。
かなり広く、座席はチームごとに固まっているが閉塞感は全くない。その他に休憩室、ミーティングルームが四つと充実していた。また、二十二階にあるオフィスも似たような造りである。
賢吾は社員に挨拶をしながら自分のデスクに向かうが、古参者達の皆が挨拶を返してくる中、新参者達からの挨拶は僅かであった。
……うん……もう慣れたよ。
そう納得しつつも、賢吾は悲哀と怒りが入りまじった気持ちになった。
賢吾は社長であるが、社長室を設けておらず、席は一番奥で皆を見渡せる位置にあった。ちなみに、そうするように進言したのは輝成だった。
自分のデスクの椅子に腰を下ろすと、無意識に溜め息が出た。
「溜め息をすると幸せが逃げるよ。いや……もう逃げようがないか」
憎まれ口を叩いてコーヒーを持ってきた女性。黒髪ロングで細身、ザ・和風という薄い顔立ちの美人。青を軸に、清潔感のある服装をしている。
瀬戸玲子。
賢吾と竜次と同い年であり、竜次の妻。子供は男子が一人いる。ソリッドの総務と法務を統括しているチームのリーダーである。
賢吾は玲子の態度に鼻を鳴らして、コーヒーを受け取った。
「おいおい、今日はその冗談ダメだ」
百九十を超える長身で黒髪、茶をベースにしたスーツを着こなし、三白眼で黒ぶち眼鏡を掛けている男が玲子を窘めた。
瀬戸竜次。
暴走族【滅殺】の副総長をやっていた、賢吾の無二の親友である。なお、現在は副社長。
「わかってるけどさ、コウちゃんが死んで三年だよ? いつまで引きずってんのよ」
サバサバした様子で言い返す玲子に反して、
「……玲子」
と竜次は目で威圧した。
玲子は黙ったが、目を逸らして不貞腐れた態度であった。
「いや、竜次。事実だしいいよ」
賢吾が割って入ると、玲子は顔を向き直し何度も頷いた。
「賢ちゃんが元気を出して会社を盛り上げていかないと、コウちゃんがあの世で浮かばれないでしょ?」
玲子は両手を腰に当て、子供を諭すように言った。
「それは……あるな」
竜次も玲子の言葉に賛同し、首を縦に振った。
まぁ、そうかもな。と思いつつも、賢吾の気持ちは全く晴れなかった。
「竜次、ちょっと話せないか?」
「ん? いいけど」
唐突な賢吾の誘いに、不思議な面持ちをしながらも竜次は頷いた。
賢吾はコーヒーを片手に、ミーテンィグルームへ入った。
このミーティングルームは賢吾の席から一番近い場所にあり、中は八人掛けのテーブルと椅子だけでそれほど広さはないが、他の社員達から一番遠い場所にあるため、重要な話をする際に良く使用している。
「何? 橘さんが提案している新規の件か?」
竜次が椅子に座るや否や切り出したが、
「……それもある」
賢吾は着席しコーヒーを一口飲んだ後、絞り出すような声で言った。
賢吾の返事から、一分以上が経った。
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