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兵庫県予選大会 1日目

第93走 4×100mR予選【2】

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 結論から言うと、結城のスタートは上手く決まっていた!

 緊張していたとはいえ、クラウチングスタートの体勢に入ってしまえば集中力は勝手に増していく。
 結城の”スプリンターとしての才能”は、変わらずそこにあったのだ。

 そして現在の結城は、上体を上げていよいよトップスピードへと入っていく。

 だが順調なスタートを切った結城だが、100m走の時とは違って今回は"カーブ”を走る。
 つまりは直線と同じ走り方では、本来の力を100%発揮できないのだ。

 だがその点に関して結城は、顧問の吉田先生からも事前にアドバイスを貰っている。


「右腕を少しだけ大きく振るイメージで走りなさい」
「左腕でトラックに描かれた白線を引っ張り込むイメージで走ってみなさい」


 結城はこの言葉通り、ここ数日の練習やアップの段階で腕の使い方を意識していた。
 とにかく体に染み込ませるように、日常に組み込んでいたのだ。

 そしてその甲斐もあったのか、結城は既に15m地点において前を走る6レーンの選手との距離を詰め始めていた。
 さすがは元200mの日本代表・吉田先生のアドバイスといった所か、このまま加速していけば外側を走る7レーンの選手も詰められそうだ!

(イケる……!良い感じでスピードに乗れてる、このままスピード落とすなっ!!)

 だがそんな順調な加速の中で、結城に食らいついている学校もいた。
 それは3レーンを走る夢原高校である。
 やはり事前申告タイムの通り、この2校を中心にレースが進んでいるようなのだ。

 だがそれでもスピードに乗り始めた結城は好調な走りを披露し続ける!

「結城良いぞっ!?前の選手食ってんじゃん!!※」

 スタンドでレースを見つめる康太も興奮の声をあげている。

 なにせ同じ部屋で毎日過ごしている同級生が目の前で良い走りをしているのだ、興奮するのも無理はない。
 それと同様に、隣に座っている一縷もかなり声を張り上げて声援を送っている。



 だが実際の所、結城自身にそこまでの余裕は無くなりつつあった。
 ケガのフラッシュバックは起きていないが、純粋に脚がドンドンと重くなってきたのだ!

(ヤバ……脚重いし肩揺れてきてる……クッソ!!)

 かつての100m日本記録保持者といえど、今はただの"陸上に復帰して1ヶ月ちょっとの高校生”である。
 どうやらここ数日のリレー練習の疲労が、着実に結城の身体に蓄積していたのだ。
 現在進行形で100m10秒台の隼人にバトンパス練習をしてきたので、疲労の度合いは尚更高い。

 だが幸いな事に、市予選で起きた”ケガのフラッシュバック”が起こる気配は微塵みじんも無かった。
 レース中に自分の”本心”に触れ、ある意味で味方に付けられたようだ。

 だからこそ今の結城には、今までの精神的負担とは違う”純粋な肉体的負担”がかかっていた。

(でも……やっと見えた、佐々木キャプテン!!)

 視界に映った第2走者の隼人。
 結城は回転数の落ち始めた脚を必死に回し、最後の力を振り絞り始めた!

 ちなみにこの時点で吉田先生のアドバイスなどは頭から飛んでいる。
 いや、意識したところで体現できるほどの余力が残ってはいなかったのだ。


 だが気付けば結城は、外を走る6レーンの選手と完全に肩を並べている……。

————————

「ハイッ!!!!」

 第1走者達はスタンド中に響く程の声を張り上げ、第2走者へバトンパスの合図を送り始めていた。
 その中にはもちろん、苦しそうな顔で歯を食いしばる結城も含まれている。

 すると隼人はそんな苦しそうな表情の結城を見て、一瞬である判断ルビを下した。

(……2足長そくちょう分遅らせる!)

 2足長分。
 これはレース前に足長で計っていた”自分が走り出すマーカー”を置いた位置から、さらに2足長分遅らせて走り出すという意味だ。

 つまりこれは、練習通りのマーカー位置で自分が走り出してしまうと、疲労困憊こんぱいな様子の結城では自分に追いつけないリスクが高いと判断したのだ。

 しかし常識で考えれば、練習と比べて走り出すタイミングを大幅に変える事は致命傷にもなりかねない。
 だがまだ”リハビリ段階”と言っても過言ではない結城の体力と、まだ慣れきってはいない”公式戦の重圧”などを考えれば、常識を当てはめる事こそが非常識"だった"のかもしれない。

 隼人がこの判断に至るまでの時間、実に0.2秒。
 だがこの瞬時の判断は、見事ドンピシャにハマっていた!


 —————パシッ!


 そう、アルミで出来たオレンジ色のバトンは、結城の右手から隼人の左手へとシッカリ受け継がれたのだ!

「わ、渡ったぁ!!!」

 スタンドの康太達は、一斉にワッと歓声を上げる。
 ただただ予選の最初のパスが通っただけなのだが、ここまでの結城の道のりを知っている人間からすれば、そのパスの価値はとても高かったのだ。

 そしてその間にも隼人は脳内で”よしっ”とだけ呟き、左手でバトンをグゥッと強く握りしめる。
 そこからは言うまでも無く、隼人の独壇場どくだんじょうだった。

 ———1人……

 ——————2人……

 隼人は外側を走る7、8レーンの選手達を、風よりも早く抜き去っていた。
 それこそ先程までキタ高に食らいついていた夢原高校も、100mで10秒台中盤の隼人について行く事は到底叶わない。

「ハァ、ハァ……速すぎだろ佐々木キャプテン!」

 そう苦しそうにそう呟いているのは、ヒザに手を付きながら隼人の背中を見つめる結城だった。
 落ち着く様子のない呼吸の速さに耐えながらも、結城は何とか顔を上げてレースを見ていたのだ。

 後ろから見る隼人の走りは、誰よりも脚の回転数が早く、誰よりも早く身体が小さくなっていく。

 気付けば第3走の翔も、どの学校よりも早く動き出していた……。


————————
※前の選手を食う・・・前にいる選手との距離を詰め、抜かす事。そもそもリレーは物理的に外側のレーンの距離が長くなるので、”スタート時から”外側のレーンのチームが前方に配置される。なので第3走までに内側の選手が外側の選手と横並びになるという事は、内側のレーンの選手がかなりリードしているという事になる。(言葉で説明するの難しすぎる泣)
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