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兵庫県予選大会 1日目
第89走 伝染
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男子4×100mリレーの予選まで、残り2時間を切った————
◇
緑山記念競技場のサブトラックは、既に4継のアップを行う選手で溢れかえっていた。
その中でも昨年の兵庫県覇者である二木山高校、各種目で無類の強さを誇る武川第二、そして今年の兵庫トップスプリンターの呼び声が高い木村春彦率いる山足実業は、サブトラックでも相変わらずの存在感を放っている。
だが今回の注目はこの3校だけではい。
それは1年生ながら市予選100mで10秒6を切った天才・早見和希が所属する日笠高校である。
しかし意外なことに、数年前までの日笠高校はお世辞にも強豪とは言えない選手層だった。
その証拠に、県外に出てしまえばその学校名を知っている者は"ほぼ皆無"と言っていいほどである。
だが日笠高校はここ数年でスポーツ活動に力を注ぎはじめた甲斐もあってか、今になって結果が着々と出始めていた。
それこそ”早見和希”という存在は、兵庫県外に住んでいたにも関わらず日笠高校がスカウトに成功した逸材だ。
「あれが早見だろ?陸マガ載ってた」
「マジ?思ったよりちっさいな」
「予選100mのタイム、木村さんとほぼ同じだろ?ヤバくね?」
早見がサブトラックを歩けば、自然と周囲はザワつく。
もちろんそれはキタ高の面々も例外ではなかった。
「ケガしなかったら、今あそこに居たのは早馬だったのかもな」
「俺ら的には、キタ高に来てくれて良かったよ」
「中2のお前のタイムの方が普通に速いんやな。忘れてたけど、もしかして早馬って凄いんか?」
どうやら渚、隼人、翔の3人は、早見和希自体にはそこまで興味が無い様子だ。
むしろ注目されている早見より、数年前から10秒台中盤を記録していた結城への興味に変わっている。
「なんか複雑な気分なんすけど。こういう時、どんな顔をすればいいんだ?」
そう言いながら結城は、複雑な心境で新しいスパイクへと履き替えるのだった。
————————
サブトラックでは各校の4継メンバーがアップを始めているが、同時にサブトラックを去っていく者達も居る。
つまりそれは、”これから競技が始まる選手達”だ。
キタ高でいうならば、男子110mH(ハードル)に出場する2年のスガケンこと菅原健太郎が、先程サブトラックを出発していた。
そして同じくサブトラックに居たキタ高4継の予選メンバーも、彼に対して”頑張れ”というエールを送って見送るのだ。
だが試合本番に向かう選手の表情というのは、強心臓を持つ者でない限りは間違いなく緊張をしている。
そしていつもの日常と違う表情は、厄介な事に”伝染”しやすいのだ。
なんとそれは隼人も例外では無い。
「今日はリレーだけだから、集中しやすいな!」
これは先ほど、隼人が他のリレーメンバーに向けて言ったセリフだ。
1年の結城と翔からすれば、「確かにそうだな」以外の受け取り方はないように思える。
だが隼人をずっと近くで見てきた渚だけは違っていた。
(隼人のヤツ、さすがに緊張してやがんな)
そう感じた理由は、そもそも隼人が”集中しやすい”なんて言葉を口にする事自体に違和感があったからである。
要するに”集中出来ていない”から”集中しやすい”という言葉が出てきてしまっているのだ。
そもそもキタ高陸上部にとって昨年のインターハイ予選は、食堂事件の影響により"完璧"からは程遠かった。
渚に関しては出場すらしていない。
かくいう隼人も出場こそ出来たものの、事件直後はまともな精神状態で練習に臨めてはいなかった。
もちろん予選の結果も、隼人本来の実力からすれば散々だったのだ。
……つまりこのような背景も影響してか、今年のインハイ予選に懸けるキタ高3年の想いというのは、他校の3年よりも遥かに強かった。
そしてその想いの強さこそが、先程の隼人の”違和感のあるセリフ”に繋がってしまっていたのだ。
もちろん渚も緊張をしない訳では無い。
だが元々のメンタルが強すぎる彼には、まだ予選のアップ程度では一切動じる事は無いのだ。
(さーて、どうしよっかな……)
渚は隼人にかける言葉を考え始める。
だがこの珍しい状況は、意外な結末を迎えていくのだった。
————————
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緑山記念競技場のサブトラックは、既に4継のアップを行う選手で溢れかえっていた。
その中でも昨年の兵庫県覇者である二木山高校、各種目で無類の強さを誇る武川第二、そして今年の兵庫トップスプリンターの呼び声が高い木村春彦率いる山足実業は、サブトラックでも相変わらずの存在感を放っている。
だが今回の注目はこの3校だけではい。
それは1年生ながら市予選100mで10秒6を切った天才・早見和希が所属する日笠高校である。
しかし意外なことに、数年前までの日笠高校はお世辞にも強豪とは言えない選手層だった。
その証拠に、県外に出てしまえばその学校名を知っている者は"ほぼ皆無"と言っていいほどである。
だが日笠高校はここ数年でスポーツ活動に力を注ぎはじめた甲斐もあってか、今になって結果が着々と出始めていた。
それこそ”早見和希”という存在は、兵庫県外に住んでいたにも関わらず日笠高校がスカウトに成功した逸材だ。
「あれが早見だろ?陸マガ載ってた」
「マジ?思ったよりちっさいな」
「予選100mのタイム、木村さんとほぼ同じだろ?ヤバくね?」
早見がサブトラックを歩けば、自然と周囲はザワつく。
もちろんそれはキタ高の面々も例外ではなかった。
「ケガしなかったら、今あそこに居たのは早馬だったのかもな」
「俺ら的には、キタ高に来てくれて良かったよ」
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どうやら渚、隼人、翔の3人は、早見和希自体にはそこまで興味が無い様子だ。
むしろ注目されている早見より、数年前から10秒台中盤を記録していた結城への興味に変わっている。
「なんか複雑な気分なんすけど。こういう時、どんな顔をすればいいんだ?」
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サブトラックでは各校の4継メンバーがアップを始めているが、同時にサブトラックを去っていく者達も居る。
つまりそれは、”これから競技が始まる選手達”だ。
キタ高でいうならば、男子110mH(ハードル)に出場する2年のスガケンこと菅原健太郎が、先程サブトラックを出発していた。
そして同じくサブトラックに居たキタ高4継の予選メンバーも、彼に対して”頑張れ”というエールを送って見送るのだ。
だが試合本番に向かう選手の表情というのは、強心臓を持つ者でない限りは間違いなく緊張をしている。
そしていつもの日常と違う表情は、厄介な事に”伝染”しやすいのだ。
なんとそれは隼人も例外では無い。
「今日はリレーだけだから、集中しやすいな!」
これは先ほど、隼人が他のリレーメンバーに向けて言ったセリフだ。
1年の結城と翔からすれば、「確かにそうだな」以外の受け取り方はないように思える。
だが隼人をずっと近くで見てきた渚だけは違っていた。
(隼人のヤツ、さすがに緊張してやがんな)
そう感じた理由は、そもそも隼人が”集中しやすい”なんて言葉を口にする事自体に違和感があったからである。
要するに”集中出来ていない”から”集中しやすい”という言葉が出てきてしまっているのだ。
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もちろん予選の結果も、隼人本来の実力からすれば散々だったのだ。
……つまりこのような背景も影響してか、今年のインハイ予選に懸けるキタ高3年の想いというのは、他校の3年よりも遥かに強かった。
そしてその想いの強さこそが、先程の隼人の”違和感のあるセリフ”に繋がってしまっていたのだ。
もちろん渚も緊張をしない訳では無い。
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(さーて、どうしよっかな……)
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