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兵庫県予選準備編
第79走 共同戦線
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時計の針は、現代へと巻き戻る
————————
————————
現在陸上部の貸し切り状態となっている北城高校3階の多目的教室では、ここまでの物語を話し終えた隼人がフッと一息ついていた。
「それで俺が今試合で履いているのが、その時貰ったスパイクです」
隼人は目の前で座る1年生に向かって笑顔で語りかけていた。
「結局スグ履いたよね、あんなカッコつけて渋ってたのに」
それに対し言い返していたのは、数人来ていた3年の1人・若月裕太だった。
同じくその場に居た楓も”最初から履けっつー話じゃない??”と少しだけ怒っている様子だ。
「いや、ごめんって何回も言ったじゃん!もう悲劇のヒロイン演じないから許してって!頼むから!」
すると隼人も後輩には見せないような調子で、両手を合わせて謝罪している。
この光景を見た1年生達も、先程聞き終えた話から現在までの期間に、現3年生が充実した日々を過ごせたのだと容易に想像できていた。
「とにかくだよっ!」
そして隼人が仕切りなおす。
「今の3年、そして多くの先生方や地域の人もこの件を知ってる。もしかすると今年活動していく上で色んな事を言われるかもしれないから、今日は1年に話させて貰いました。そして最後に、コレだけ聞いてください。俺のエゴかもれないけど、聞いてください」
隼人は授業の様に真面目な姿勢の1年生達を見渡し、そして言葉を絞り出した。
「吉田先生を辞めさせたくない」
教室には再び緊張感が走る。
「ハッキリ言って、吉田先生は今年俺らの代が引退すれば辞めてしまう可能性は高いと思う。事実と決まった訳では無いけどね。でも今の1年がまだ居なかった頃のミーティングでも、来年以降は自分が居ないかのような言い回しをする事も多々有った。だから……」
そして隼人は息を大きく吸った。
「今年陸部としてしっかり結果を残して、俺は、俺達は吉田先生に堂々と残ってもらえるようにしたい!!」
その声は教室内でしばらく反響していた。
「俺が今こうやって口に出せたのは、みんなが入学してから市予選までに色々な”希望”を見せてくれたからなんだ。
今年の1年のポテンシャルとチームワーク。そして今の2、3年の経験を合わせれば、必ず胸を張れるだけの成績を残せる。いや、残さないといけない。
だから、だから………俺達に力を貸してくれないか?」
そう言って隼人は再び熱い視線を1年生へと向ける。
するとその視線の先にたまたま座っていた結城とガッチリ目が合ったようで……。
(あっ)
こうなると結城は反射的に口を開くしかなかった。
「は、はい!」
そう返事をした結城に対し、周りに居た1年生は驚いた様子で結城の方を見ていた。
それもそのはず、結城は周りの人間からは特別発言の多い人間とは思われていない。
だがその結城が1番に返事をしたのだから、驚かれるのも仕方がなかった。
すると翔だけは結城の発言に対して即座に反応する。
「いやお前、何も出場せえへんやんけ!?」
「!?!?」
そう、結城は市予選で唯一出場した100mでさえ既に県への切符は逃している。
一応は4継(4×100mリレー)の控えメンバーとして登録されてはいたが、4継は盤石の布陣という事もあり、そもそも結城はバトン練習すらまだしていない。
翔の言葉でその現状に気付いた結城は、瞬時に自分の発言に対して恥じらいを感じ始めていた。
だがすかさず隼人もフォローする。
「郡山、俺は県に出場する人だけに言った覚えはないぞ?俺は”1年生みんな”に頼んだ。試合に出る出ないの話じゃなくて、集団として一緒に協力してくれって意味なんだよ。
それこそ早馬が市予選で見せてくれた”再スタート”は、俺達の代には大きなエネルギーになったぞ!」
「そ、そうっすね……。何かいらん事言うてすいません」
珍しく翔は、反射で出てしまった自分のセリフに反省の色を見せていた。
だがそんな翔に対しても隼人はフォローを忘れない。
「けどハッキリ意見を言えるのは、郡山の良い所でもあるぞ。誰かさんみたいに自分の考えは抑えて、1人で何かと背負いがちなヤツとかも居るしな!ハハハ!」
するとその発言に対し、今度は若月裕太と漆原楓が即座に反応した。
「とうとう隼人も自虐を言えるようになったんだね~」
「佐々木も成長したね」
「あれ?何か俺、子ども扱いされてない……?」
この3年のやり取りを見た1年生達は、先程の緊張感を忘れるように笑い声を上げていた。
「な、何か恥ずかしい終わり方になっちゃったな。まあいいや!暗い話はここまで。さぁ練習行くぞっ!」
「「はい!」」
こうしてキタ高陸上部の新たなストーリーが、本当の意味で始まっていくのだった。
————————
「おい遅いぞ!余計な事ばっかり話してたんじゃねぇのかー?」
多目的教室から遅れてやって来た部員達に対し、渚が声をかけていた。
するとそれに対し隼人も笑顔で答える。
「悪い悪い!渚の活躍を詳しく話しすぎた」
「ほぉー。まあ、それなら仕方ないかもな~。ちゃんと盛ったか?俺が全員の3年ボコったって、話盛ったか?」
「盛るわけないだろ!事実だけを話したよ」
「ふーん、まぁいいけど」
渚はまんざらでもない様子だ。
すると2人のやりとりを見ていた1人の”生徒”が駆け寄る。
「僕は!?僕の話はどうでした!?」
そう、その男は2年の”リュー”こと大空龍だった。
「おおリュー!やっぱお前はジャージ姿が似合うな!」
「ありがとうございます隼人さん!」
リューは隼人に対し、満面の笑みで頭を下げている。
そう、リューはとうとう部活動停止期間を終えて今日から練習に参加していたのだ!
「今日からまた、よろしくお願いしゃす!!」
◇
遠くからその3人のやり取りを見ていた1年の康太は、突然結城に問いかける。
「あれ……?さっきの”食堂事件”って、ちょうど1年前ぐらいだろ?なのに今になって部活動停止が解けるって、さすがに長すぎない?それこそ山口先輩は、俺らが入学した時から普通に練習にも試合にも参加してたじゃん?」
「康太お前って……意外と頭いいな?確かにそうだよ、おかしいな」
「え、意外とか失礼すぎん?」
だが康太の疑問に対する答えが出る事はなく、頭の中が少し混乱したまま練習は再開するのだった。
————————
今日は各種目ごとのパート練習の日だ。
結城はというと、もちろん短距離パートの練習に参加している。
現在は2人1組でペアを組み、150mのダッシュと休憩をペアで交互に挟みながら走る練習を行っていた。
だが結城は先程の康太の指摘が引っかかっているのか、いつもよりさらに走りに制裁を欠いている。
そしてそれに気付いたのは、共にペアを組んでいた隼人だった。
「早馬!何か動き悪いぞ?疲労か?」
「ああ、いえ。その……」
隼人は心配そうな様子で結城を見つめている。
さすがに去年のことを包み隠さず話してくれた直後の練習だ、結城もこの”疑問”を隠しておくことは出来なかった。
「あ、あの!大空先輩の部活動停止が解けるの、何か凄く長かったんだな~って思って。色々考えてたら集中できなくなっちゃって」
「はぁ!?そんな事考えてたのか?ハハハハッ!!」
隼人は予想外の原因に対し、大きな笑い声を上げていた。
「えっとな~、単純な話だよ。去年の出来事と最近までの謹慎は、全く別の問題ってこと」
「……え!?といいますと?」
「だから、全く別の問題を再び起こしたって事!」
「おぉ、マジっすかぁ……」
正直結城はこれ以上聞くのが怖かった。
なにか失望してしまう事実を知ってしまうのではないかと言う”不安”を、心が感じ取っていたのだ。
だが残念なことに、隼人はそのまま続ける。
「今年の4月直前だだったかなー?休日に街に出たリューが、絡んできたヤンキー達を返り討ちにしたんだよ。一応現場に居た多くの一般の目撃者が一部始終を警察に説明してくれたみたいで、何とか最低限の謹慎で済んだんだけどね」
それを聞いた結城の顔は、少し青ざめていた。
「1人で複数人のヤンキーを返り討ちってコトっすか!?」
「そうそう、確かヤンキー4人って言ってたかな!ハハハ!強いなリューは」
何故隼人が笑えているのか、結城が理解するにはまだ難しすぎたようだ。
「まあリューは陸上部の事があるし、かなりボロボロになるまで手は出さず我慢したんだって。でも、さすがにこのままじゃ”死ぬ”って思った時には反撃してたらしいぞ」
「そ、そうですか。怖……あ、いや、凄いっすね!」
結城はその言葉しか返す事が出来なかった。
なにせこれから共に練習していく先輩は、とてつもなく”強い”のだ。
”絶対に怒らせてはいけない”という恐怖心だけが結城の頭を満たしていた。
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現在陸上部の貸し切り状態となっている北城高校3階の多目的教室では、ここまでの物語を話し終えた隼人がフッと一息ついていた。
「それで俺が今試合で履いているのが、その時貰ったスパイクです」
隼人は目の前で座る1年生に向かって笑顔で語りかけていた。
「結局スグ履いたよね、あんなカッコつけて渋ってたのに」
それに対し言い返していたのは、数人来ていた3年の1人・若月裕太だった。
同じくその場に居た楓も”最初から履けっつー話じゃない??”と少しだけ怒っている様子だ。
「いや、ごめんって何回も言ったじゃん!もう悲劇のヒロイン演じないから許してって!頼むから!」
すると隼人も後輩には見せないような調子で、両手を合わせて謝罪している。
この光景を見た1年生達も、先程聞き終えた話から現在までの期間に、現3年生が充実した日々を過ごせたのだと容易に想像できていた。
「とにかくだよっ!」
そして隼人が仕切りなおす。
「今の3年、そして多くの先生方や地域の人もこの件を知ってる。もしかすると今年活動していく上で色んな事を言われるかもしれないから、今日は1年に話させて貰いました。そして最後に、コレだけ聞いてください。俺のエゴかもれないけど、聞いてください」
隼人は授業の様に真面目な姿勢の1年生達を見渡し、そして言葉を絞り出した。
「吉田先生を辞めさせたくない」
教室には再び緊張感が走る。
「ハッキリ言って、吉田先生は今年俺らの代が引退すれば辞めてしまう可能性は高いと思う。事実と決まった訳では無いけどね。でも今の1年がまだ居なかった頃のミーティングでも、来年以降は自分が居ないかのような言い回しをする事も多々有った。だから……」
そして隼人は息を大きく吸った。
「今年陸部としてしっかり結果を残して、俺は、俺達は吉田先生に堂々と残ってもらえるようにしたい!!」
その声は教室内でしばらく反響していた。
「俺が今こうやって口に出せたのは、みんなが入学してから市予選までに色々な”希望”を見せてくれたからなんだ。
今年の1年のポテンシャルとチームワーク。そして今の2、3年の経験を合わせれば、必ず胸を張れるだけの成績を残せる。いや、残さないといけない。
だから、だから………俺達に力を貸してくれないか?」
そう言って隼人は再び熱い視線を1年生へと向ける。
するとその視線の先にたまたま座っていた結城とガッチリ目が合ったようで……。
(あっ)
こうなると結城は反射的に口を開くしかなかった。
「は、はい!」
そう返事をした結城に対し、周りに居た1年生は驚いた様子で結城の方を見ていた。
それもそのはず、結城は周りの人間からは特別発言の多い人間とは思われていない。
だがその結城が1番に返事をしたのだから、驚かれるのも仕方がなかった。
すると翔だけは結城の発言に対して即座に反応する。
「いやお前、何も出場せえへんやんけ!?」
「!?!?」
そう、結城は市予選で唯一出場した100mでさえ既に県への切符は逃している。
一応は4継(4×100mリレー)の控えメンバーとして登録されてはいたが、4継は盤石の布陣という事もあり、そもそも結城はバトン練習すらまだしていない。
翔の言葉でその現状に気付いた結城は、瞬時に自分の発言に対して恥じらいを感じ始めていた。
だがすかさず隼人もフォローする。
「郡山、俺は県に出場する人だけに言った覚えはないぞ?俺は”1年生みんな”に頼んだ。試合に出る出ないの話じゃなくて、集団として一緒に協力してくれって意味なんだよ。
それこそ早馬が市予選で見せてくれた”再スタート”は、俺達の代には大きなエネルギーになったぞ!」
「そ、そうっすね……。何かいらん事言うてすいません」
珍しく翔は、反射で出てしまった自分のセリフに反省の色を見せていた。
だがそんな翔に対しても隼人はフォローを忘れない。
「けどハッキリ意見を言えるのは、郡山の良い所でもあるぞ。誰かさんみたいに自分の考えは抑えて、1人で何かと背負いがちなヤツとかも居るしな!ハハハ!」
するとその発言に対し、今度は若月裕太と漆原楓が即座に反応した。
「とうとう隼人も自虐を言えるようになったんだね~」
「佐々木も成長したね」
「あれ?何か俺、子ども扱いされてない……?」
この3年のやり取りを見た1年生達は、先程の緊張感を忘れるように笑い声を上げていた。
「な、何か恥ずかしい終わり方になっちゃったな。まあいいや!暗い話はここまで。さぁ練習行くぞっ!」
「「はい!」」
こうしてキタ高陸上部の新たなストーリーが、本当の意味で始まっていくのだった。
————————
「おい遅いぞ!余計な事ばっかり話してたんじゃねぇのかー?」
多目的教室から遅れてやって来た部員達に対し、渚が声をかけていた。
するとそれに対し隼人も笑顔で答える。
「悪い悪い!渚の活躍を詳しく話しすぎた」
「ほぉー。まあ、それなら仕方ないかもな~。ちゃんと盛ったか?俺が全員の3年ボコったって、話盛ったか?」
「盛るわけないだろ!事実だけを話したよ」
「ふーん、まぁいいけど」
渚はまんざらでもない様子だ。
すると2人のやりとりを見ていた1人の”生徒”が駆け寄る。
「僕は!?僕の話はどうでした!?」
そう、その男は2年の”リュー”こと大空龍だった。
「おおリュー!やっぱお前はジャージ姿が似合うな!」
「ありがとうございます隼人さん!」
リューは隼人に対し、満面の笑みで頭を下げている。
そう、リューはとうとう部活動停止期間を終えて今日から練習に参加していたのだ!
「今日からまた、よろしくお願いしゃす!!」
◇
遠くからその3人のやり取りを見ていた1年の康太は、突然結城に問いかける。
「あれ……?さっきの”食堂事件”って、ちょうど1年前ぐらいだろ?なのに今になって部活動停止が解けるって、さすがに長すぎない?それこそ山口先輩は、俺らが入学した時から普通に練習にも試合にも参加してたじゃん?」
「康太お前って……意外と頭いいな?確かにそうだよ、おかしいな」
「え、意外とか失礼すぎん?」
だが康太の疑問に対する答えが出る事はなく、頭の中が少し混乱したまま練習は再開するのだった。
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今日は各種目ごとのパート練習の日だ。
結城はというと、もちろん短距離パートの練習に参加している。
現在は2人1組でペアを組み、150mのダッシュと休憩をペアで交互に挟みながら走る練習を行っていた。
だが結城は先程の康太の指摘が引っかかっているのか、いつもよりさらに走りに制裁を欠いている。
そしてそれに気付いたのは、共にペアを組んでいた隼人だった。
「早馬!何か動き悪いぞ?疲労か?」
「ああ、いえ。その……」
隼人は心配そうな様子で結城を見つめている。
さすがに去年のことを包み隠さず話してくれた直後の練習だ、結城もこの”疑問”を隠しておくことは出来なかった。
「あ、あの!大空先輩の部活動停止が解けるの、何か凄く長かったんだな~って思って。色々考えてたら集中できなくなっちゃって」
「はぁ!?そんな事考えてたのか?ハハハハッ!!」
隼人は予想外の原因に対し、大きな笑い声を上げていた。
「えっとな~、単純な話だよ。去年の出来事と最近までの謹慎は、全く別の問題ってこと」
「……え!?といいますと?」
「だから、全く別の問題を再び起こしたって事!」
「おぉ、マジっすかぁ……」
正直結城はこれ以上聞くのが怖かった。
なにか失望してしまう事実を知ってしまうのではないかと言う”不安”を、心が感じ取っていたのだ。
だが残念なことに、隼人はそのまま続ける。
「今年の4月直前だだったかなー?休日に街に出たリューが、絡んできたヤンキー達を返り討ちにしたんだよ。一応現場に居た多くの一般の目撃者が一部始終を警察に説明してくれたみたいで、何とか最低限の謹慎で済んだんだけどね」
それを聞いた結城の顔は、少し青ざめていた。
「1人で複数人のヤンキーを返り討ちってコトっすか!?」
「そうそう、確かヤンキー4人って言ってたかな!ハハハ!強いなリューは」
何故隼人が笑えているのか、結城が理解するにはまだ難しすぎたようだ。
「まあリューは陸上部の事があるし、かなりボロボロになるまで手は出さず我慢したんだって。でも、さすがにこのままじゃ”死ぬ”って思った時には反撃してたらしいぞ」
「そ、そうですか。怖……あ、いや、凄いっすね!」
結城はその言葉しか返す事が出来なかった。
なにせこれから共に練習していく先輩は、とてつもなく”強い”のだ。
”絶対に怒らせてはいけない”という恐怖心だけが結城の頭を満たしていた。
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