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兵庫県予選準備編〜過去〜
第75走 負の連鎖
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物々しい雰囲気が陸上部を包んでいた。
◇
現在の運動場では、吉田先生が腕組みをしながら難しい顔をしている。
そしてその吉田先生の目線の先には、3年の竹之下・山路・そしてキャプテンの高倉友の3人。
そして2年の隼人・渚の2人、1年の龍を含めた計6人が立っていた
「……とはいえ、それは1人に責任を負わせる理由にはならないよ」
吉田先生は竹之下から一通りの事情聴取を終えた後、難しい顔のまま言い放っていた。
そう、数分前に職員会議から帰ってきた吉田先生は、隼人だけがずっと走り続けている状況に疑問と違和感を感じ、キャプテンに簡単な状況を聞いていた。
そしてそこから前述の6人を集め、さらに詳しく”何故こうなったのか”を聞き始めていたのだ。
「でも大空(龍)くんは、先輩を侮辱するような発言を繰り返してたんですよ。もしスタブロを蹴った事が悪いのなら、事前に止めようともしなかったキャプテンが悪いと思いますけどねぇ~」
これは竹之下の言い分である。
竹之下はスタブロを蹴った事に対して反省する様子も見せないどころか、責任の所在を現キャプテンへと押し付けるような発言を繰り返していたのだ。
「いや、僕は……」
だがそれに対しキャプテンの高倉は、どっちつかずの発言を繰り返している。
彼は先代の3年生に真面目さを認められキャプテンになった。
だがいかんせん自分の意見をハッキリと言う事が苦手であり、同学年で影響力のある竹之下達に、強く意見する事すら出来なかったのだ。
ちなみに100mのタイムも、チーム内では下の方である。
「とにかくだね、こんな事が繰り返されたらケガ人が出てもおかしくなかったんだ。止めなかったキャプテンと山路君、当事者の竹之下君は連帯責任、7日間の部活動停止だよ。これは顧問として、これまでの行動・言動を踏まえての決定だからね」
最終的に吉田先生は、淡々と処分を言い渡していた。
普段は生徒に考えさせる方針を取る吉田先生だが、今回ばかりはここ数か月の我慢の限界がきたようだった。
だがそれに対し、珍しく目を見開いて反抗したのは竹之下だ。
「はあぁ!?本気で言ってますそれ?僕ら3年で、もう市予選間近ですよ!?原因となった大空が処分を受けるべきでしょ!?」
「もちろん大空君にも処分は受けてもらう。2日の部活動停止だよ」
その言葉を聞いた竹之下は、さらに激昂する。
「なんで3年より軽いんですか!!?」
それに対し、吉田先生も変わらないトーンで答える。
「彼は入部初日だよ?むしろ被害者なんじゃないかい?右も左も分からないのに、この部活に対しての恐怖感や絶望感を味合わせた君の罪の方が重いと私が判断したんだよ」
「…………ッ!」
すると竹之下は顔をしかめた後、吉田先生には聞こえない声量で”クソが”と呟いていた。
ちなみに1年の龍はというと、吉田先生の決定を潔く受け入れたのか、静かに立っているだけだった。
むしろウダウダと抵抗する竹之下に対する不快感が、再びフツフツと湧いているほどだった。
だがそんな事には気付かない竹之下は、一瞬の沈黙を挟み、そして表情を変える。
「……武臣。帰ろう」
すると竹之下は、急に同学年の山路の名を呼んでいた。
そして他の部員や吉田先生には一切見向きもせず、部室へと歩き始めたのだ。
誰もそれを止めるような事はしない。
いや、出来なかったのかもしれない
なぜなら、その足取りは異常な程に軽かったのだから。
「どうでもいいわ、もう」
————————
練習を終えて部室に戻った2年生は、ある変化に気付いていた。
「……荷物、無くなってるね」
そう呟いたのは2年の若月裕太だ。
彼の言う”荷物”とは、竹之下達のスパイクや着替えなどの事を指している。
「もう練習来ないんじゃないか?」
裕太の指摘に反応した渚は、汗で濡れるシャツを脱ぎながら答えていた。
するとそれを聞いた隼人も、うかない表情で呟く。
「さすがに最後の試合だし、それは無いとは思うけどなあ」
ちなみ3年生はというと、既に部室で着替えを終えて、寮へと帰っていた。
というのも、キタ高陸上部の伝統として部室は3年→2年→1年の順番で使うルールが存在しているのだ。
なので、練習が終わるとまず3年が部室へ向かい、1・2年は少しグラウンドで時間を潰す。
そしてある程度の時間が経過したのを見計らって、1、2年が部室へと向かうのだ。
とはいえ1年はそこから2年の着替えも待たなければならないので、結局荷物だけを外に持ち出して、部室の外で着替える事になる。
これが男子キタ高陸上部の部室ルールなのだ。
◇
そんな会話を交わしていた2年をよそに、外で着替える1年達は”ほぼ全員”が暗い表情を浮かべていた。
それもそのはず、正式入部初日に同級生と3年の衝突を見せられたのだ、気分の良いはずが無い。
だが当の本人である龍はというと……。
「みんな顔が暗いな!俺だけが悪いねんから、気にすんなって!」
数十分前とは違い、明るい笑顔を浮かべているのだった。
だがその程度の言葉では拭えないほどの”恐怖と不信感”が1年生達の心に植え付けられていた事実に気付くのは、まだ少し先の話である。
(いいよな、才能が飛び抜けてる奴は。先輩に目つけられようが、結果で見返せるんだから。俺ら1年全体の印象悪くした事に気付けよ……!)
そう心の中で呟いた1年の田浦芳樹は、龍をニラみながら面倒臭そうに着替えていた。
————————
夢駆荘に戻った隼人達は、真っ先に2年の女子達に話しかけられる。
「大丈夫だったの!?」
そう問いかけたのは、2年生唯一のマネージャー・漆原楓だった。
彼女の後ろでは、如月美月も不安そうな表情で男子達を見つめている。
「俺らは大丈夫だけど、3年はどうだろな」
渚は右手で頭の後ろをかきながら答えた。
これは頭皮がカユいわけでは無いが、面倒な話をする時に出てしまうクセなのだ。
そんなクセを知っている隼人も、渚の後ろから力の無い声で"心配かけてごめんね"とだけ呟いている。
そして2人は最低限のことだけを話した後、トボトボと部屋へと戻って行くのだった。
◇
「大丈夫かな、男子達?」
心配そうな様子の楓は、美月とその横にいた夢見加奈に問いかけた。
それに対し美月も、いつもより低いトーンで答える。
「どうかな。私はこれで少しは3年生の態度が良くなればいいと思うけど…。でも今の2人の表情見たら、やっぱり難しいのかなって」
「だよね~……。特に佐々木は、去年の3年生が引退してからホントにシンドそうだもんね。別人みたいに笑顔が減った気がする」
楓は半分は”呆れ”、もう半分は”不安”の表情を浮かべている。
だがそんな事を話している間にも、事態は取り返しのつかないフェーズへと進み始めているのだった。
————————
【ガチャ】
隼人は自分の部屋の扉を開けた瞬間、何か違和感を感じた。
(何かが違う?)
そう心の中で呟く。
そして違和感の答えは、思っていたよりもスグに判明した。
「あれ、なんで出しっぱなしなんだ?」
隼人の机の上に、普段は出していない筈の”試合用スパイクを入れるシューズケース”が置いてあったのだ。
だが朝に部屋を出る際に、隼人はシューズケースを机の上に置いた記憶はない。
すなわち"誰かが触った事"は明白だったのだ。
【サァ…】
一瞬にして隼人の顔から血の気が引いていた。
(でも、まさかな……)
隼人はなんとか呼吸を整え、キレイに置かれたシューズケースのチャックを恐る恐る開く。
するといつものように中から赤色のスパイクが見えてきた。
この親から送ってもらったお金で去年の秋頃に買ったばかりの新スパイクは、もちろん今度の市予選でも履く予定だ。
————だがその予定は叶わない。
「………うぁぁ…」
隼人は今までの人生で出した事のない声を発していた。
目の前で起きた事に対する脳の処理が追いついていなかったのだ。
【ガチャ!】
すると遅れて部屋に入ってきた同部屋の渚は、見た事のない表情で立ち尽くす隼人にスグに気付いた。
「ん?何してんだスパイクケースなんか見つめて。金でも入ってたのか?」
そう言いながら渚は隼人の横に立ち、同様にシューズケースの中を覗き込んだ。
「…………は?」
普段の渚は、どんな事に対しても真っ先にリアクションを取るような男だ。
故に同級生からはムードメーカーとして親しまれている。
だがそんな渚でさえ、目の前で起こっていた惨状に言葉が続かなかったのだ。
そんな渚に対し、隼人は蚊の鳴くような声で呟く。
「……誰にも言わないでくれ」
————————
◇
現在の運動場では、吉田先生が腕組みをしながら難しい顔をしている。
そしてその吉田先生の目線の先には、3年の竹之下・山路・そしてキャプテンの高倉友の3人。
そして2年の隼人・渚の2人、1年の龍を含めた計6人が立っていた
「……とはいえ、それは1人に責任を負わせる理由にはならないよ」
吉田先生は竹之下から一通りの事情聴取を終えた後、難しい顔のまま言い放っていた。
そう、数分前に職員会議から帰ってきた吉田先生は、隼人だけがずっと走り続けている状況に疑問と違和感を感じ、キャプテンに簡単な状況を聞いていた。
そしてそこから前述の6人を集め、さらに詳しく”何故こうなったのか”を聞き始めていたのだ。
「でも大空(龍)くんは、先輩を侮辱するような発言を繰り返してたんですよ。もしスタブロを蹴った事が悪いのなら、事前に止めようともしなかったキャプテンが悪いと思いますけどねぇ~」
これは竹之下の言い分である。
竹之下はスタブロを蹴った事に対して反省する様子も見せないどころか、責任の所在を現キャプテンへと押し付けるような発言を繰り返していたのだ。
「いや、僕は……」
だがそれに対しキャプテンの高倉は、どっちつかずの発言を繰り返している。
彼は先代の3年生に真面目さを認められキャプテンになった。
だがいかんせん自分の意見をハッキリと言う事が苦手であり、同学年で影響力のある竹之下達に、強く意見する事すら出来なかったのだ。
ちなみに100mのタイムも、チーム内では下の方である。
「とにかくだね、こんな事が繰り返されたらケガ人が出てもおかしくなかったんだ。止めなかったキャプテンと山路君、当事者の竹之下君は連帯責任、7日間の部活動停止だよ。これは顧問として、これまでの行動・言動を踏まえての決定だからね」
最終的に吉田先生は、淡々と処分を言い渡していた。
普段は生徒に考えさせる方針を取る吉田先生だが、今回ばかりはここ数か月の我慢の限界がきたようだった。
だがそれに対し、珍しく目を見開いて反抗したのは竹之下だ。
「はあぁ!?本気で言ってますそれ?僕ら3年で、もう市予選間近ですよ!?原因となった大空が処分を受けるべきでしょ!?」
「もちろん大空君にも処分は受けてもらう。2日の部活動停止だよ」
その言葉を聞いた竹之下は、さらに激昂する。
「なんで3年より軽いんですか!!?」
それに対し、吉田先生も変わらないトーンで答える。
「彼は入部初日だよ?むしろ被害者なんじゃないかい?右も左も分からないのに、この部活に対しての恐怖感や絶望感を味合わせた君の罪の方が重いと私が判断したんだよ」
「…………ッ!」
すると竹之下は顔をしかめた後、吉田先生には聞こえない声量で”クソが”と呟いていた。
ちなみに1年の龍はというと、吉田先生の決定を潔く受け入れたのか、静かに立っているだけだった。
むしろウダウダと抵抗する竹之下に対する不快感が、再びフツフツと湧いているほどだった。
だがそんな事には気付かない竹之下は、一瞬の沈黙を挟み、そして表情を変える。
「……武臣。帰ろう」
すると竹之下は、急に同学年の山路の名を呼んでいた。
そして他の部員や吉田先生には一切見向きもせず、部室へと歩き始めたのだ。
誰もそれを止めるような事はしない。
いや、出来なかったのかもしれない
なぜなら、その足取りは異常な程に軽かったのだから。
「どうでもいいわ、もう」
————————
練習を終えて部室に戻った2年生は、ある変化に気付いていた。
「……荷物、無くなってるね」
そう呟いたのは2年の若月裕太だ。
彼の言う”荷物”とは、竹之下達のスパイクや着替えなどの事を指している。
「もう練習来ないんじゃないか?」
裕太の指摘に反応した渚は、汗で濡れるシャツを脱ぎながら答えていた。
するとそれを聞いた隼人も、うかない表情で呟く。
「さすがに最後の試合だし、それは無いとは思うけどなあ」
ちなみ3年生はというと、既に部室で着替えを終えて、寮へと帰っていた。
というのも、キタ高陸上部の伝統として部室は3年→2年→1年の順番で使うルールが存在しているのだ。
なので、練習が終わるとまず3年が部室へ向かい、1・2年は少しグラウンドで時間を潰す。
そしてある程度の時間が経過したのを見計らって、1、2年が部室へと向かうのだ。
とはいえ1年はそこから2年の着替えも待たなければならないので、結局荷物だけを外に持ち出して、部室の外で着替える事になる。
これが男子キタ高陸上部の部室ルールなのだ。
◇
そんな会話を交わしていた2年をよそに、外で着替える1年達は”ほぼ全員”が暗い表情を浮かべていた。
それもそのはず、正式入部初日に同級生と3年の衝突を見せられたのだ、気分の良いはずが無い。
だが当の本人である龍はというと……。
「みんな顔が暗いな!俺だけが悪いねんから、気にすんなって!」
数十分前とは違い、明るい笑顔を浮かべているのだった。
だがその程度の言葉では拭えないほどの”恐怖と不信感”が1年生達の心に植え付けられていた事実に気付くのは、まだ少し先の話である。
(いいよな、才能が飛び抜けてる奴は。先輩に目つけられようが、結果で見返せるんだから。俺ら1年全体の印象悪くした事に気付けよ……!)
そう心の中で呟いた1年の田浦芳樹は、龍をニラみながら面倒臭そうに着替えていた。
————————
夢駆荘に戻った隼人達は、真っ先に2年の女子達に話しかけられる。
「大丈夫だったの!?」
そう問いかけたのは、2年生唯一のマネージャー・漆原楓だった。
彼女の後ろでは、如月美月も不安そうな表情で男子達を見つめている。
「俺らは大丈夫だけど、3年はどうだろな」
渚は右手で頭の後ろをかきながら答えた。
これは頭皮がカユいわけでは無いが、面倒な話をする時に出てしまうクセなのだ。
そんなクセを知っている隼人も、渚の後ろから力の無い声で"心配かけてごめんね"とだけ呟いている。
そして2人は最低限のことだけを話した後、トボトボと部屋へと戻って行くのだった。
◇
「大丈夫かな、男子達?」
心配そうな様子の楓は、美月とその横にいた夢見加奈に問いかけた。
それに対し美月も、いつもより低いトーンで答える。
「どうかな。私はこれで少しは3年生の態度が良くなればいいと思うけど…。でも今の2人の表情見たら、やっぱり難しいのかなって」
「だよね~……。特に佐々木は、去年の3年生が引退してからホントにシンドそうだもんね。別人みたいに笑顔が減った気がする」
楓は半分は”呆れ”、もう半分は”不安”の表情を浮かべている。
だがそんな事を話している間にも、事態は取り返しのつかないフェーズへと進み始めているのだった。
————————
【ガチャ】
隼人は自分の部屋の扉を開けた瞬間、何か違和感を感じた。
(何かが違う?)
そう心の中で呟く。
そして違和感の答えは、思っていたよりもスグに判明した。
「あれ、なんで出しっぱなしなんだ?」
隼人の机の上に、普段は出していない筈の”試合用スパイクを入れるシューズケース”が置いてあったのだ。
だが朝に部屋を出る際に、隼人はシューズケースを机の上に置いた記憶はない。
すなわち"誰かが触った事"は明白だったのだ。
【サァ…】
一瞬にして隼人の顔から血の気が引いていた。
(でも、まさかな……)
隼人はなんとか呼吸を整え、キレイに置かれたシューズケースのチャックを恐る恐る開く。
するといつものように中から赤色のスパイクが見えてきた。
この親から送ってもらったお金で去年の秋頃に買ったばかりの新スパイクは、もちろん今度の市予選でも履く予定だ。
————だがその予定は叶わない。
「………うぁぁ…」
隼人は今までの人生で出した事のない声を発していた。
目の前で起きた事に対する脳の処理が追いついていなかったのだ。
【ガチャ!】
すると遅れて部屋に入ってきた同部屋の渚は、見た事のない表情で立ち尽くす隼人にスグに気付いた。
「ん?何してんだスパイクケースなんか見つめて。金でも入ってたのか?」
そう言いながら渚は隼人の横に立ち、同様にシューズケースの中を覗き込んだ。
「…………は?」
普段の渚は、どんな事に対しても真っ先にリアクションを取るような男だ。
故に同級生からはムードメーカーとして親しまれている。
だがそんな渚でさえ、目の前で起こっていた惨状に言葉が続かなかったのだ。
そんな渚に対し、隼人は蚊の鳴くような声で呟く。
「……誰にも言わないでくれ」
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