58 / 136
北城市地区予選 1年生編
第56走 心のアドバイス
しおりを挟む
On Your Marks……Set————
直後の号砲と共に、翔の走る第4組がスタートした!
◇
前回の北城記録会で不本意な結果に終わった翔は、今日までの残り1週間は主にスタートダッシュの改良に取り組んだ。
というのも、前回は高校初試合という緊張もあったのか、スタートの反応が完全に遅れたのを翔は自覚していたのだ。
100mにおいて、この”一瞬”は致命傷になる。
だが今回はそんなミスはしない。
そう、翔は完璧なスタートを切ったのだ!
号砲に遅れる事なく飛び出せた翔は、スグに身体半分ほど抜け出していた。
「いいスタートだ!!」
「完璧っすね」
後ろから翔を見ていた隼人と結城が賞賛を送る。
ドンドンと小さくなっていく翔の背中を見つめながら、興奮気味にレースを見守るのだった。
「うぉぉお……らあああ!!」
そして最後に翔がトルソー(胴体部分)を突き出しフィニッシュ!
後ろから見ていても、翔は1着か2着である事は間違いなかった。
おそらく10秒台の3年生と最後に競ったのだろうと、結城は遠くから推測していた。
そしてフィニッシュから数秒経った後、フィニッシュ地点にある電光掲示板に1着の”タイム”と”レーン番号”が表示される。
結城達からは遠いので見えにくかったが、翔のレーン”ではない”という事だけは確認できた。
「2着か……」
「そうですね。でも1着が10.95の好タイムなんで、ギリ10秒台には入ったかもしれないですよ」
「だとしたら、しっかりと1週間で調整できたって事だな。いきなり1年に良い走りされちゃあ、先輩も頑張らないと」
「同級生の俺も負けてられないっす!」
「その通りだね」
翔はキタ高の特攻隊長として申し分ない走りを披露した。
結果的に、2人には大きな自信と勇気を与えるのだった。
————————
「よしっ!」
結城はジャージをサッと脱ぎ捨て、ユニフォーム姿へと変わる。
次の第7組に出場する結城は、第6組から15mほど後方で出番を待っていた。
「ウゥッ……」
赤く輝くメイントラックを見ると、再び緊張感が押し寄せる。
だが”ここまで来たらやるしかない”と、自分を奮い立たせる事しか出来ない。
むしろそれ以外をする必要がない。
だがその瞬間に、結城はふと思い出した。
それはサブトラックから雨天練習場に向かう際に言われた、一二三からの言葉だった。
◇
「早馬君、ちょっと!」
一二三は手招きで結城を呼び寄せた。
「なんすか。もうすぐ招集なんですけど」
「分かってるって!すぐ終わるからコレだけ聞いて」
「はぁ……」
「実はね、結城君の今の症状をスポーツ心理学に詳しい知り合いに聞いたのよ。どうすれば改善できますかって?というより、どうすれば恐怖心を感じなくなりますか?って。私がたまたま連絡先知ってたんだけど、その人はプロ選手のメンタルケアもしてる人だから」
「ほぉ?」
「それでね、競技は違えどやっぱり結城君と似た恐怖を感じる選手はいるんだって。大ケガの後に残るトラウマみたいなモノがある選手」
「やっぱり、そうなんですね」
気付けば結城は、一二三の話を真剣に聞き始めていた。
「うん。でね、スグに効く特効薬はないか聞いたんだけど、さすがにそんな都合のいいモノは無いみたい、アハハハハ!」
「……でしょうね。ていうか笑い事じゃないから!?」
「ハハハ、ごめんごめん!でもね、簡単に出来る対処法はいくつか有るって、教えてくれたよ」
そう言って一二三は、小さなカバンから小さなメモを取り出した。
「えっとねー……あった!まずは”笑顔を作る”だって。口角を無理やり上げる事で、脳に”今は楽しむ時間”て錯覚させるんだって。何か難しくて分かんなかったけど、脳から精神を安定させる物質も出るって言ってたような気がしなくもない」
「一番大事な所忘れてるじゃん!?」
「ハハハ!確かに!まあ、嘘でも笑えって事よ。それと暗示的な事も、人によっては効果あるってさ。自分の胸に手を当てて”俺は出来る!”って何度も唱えるんだって。声に出せば、さらに効果大らしいわよ。プラスさっきの笑顔と一緒にやればさらに良いって」
「周りから見たら変な人ですね」
「まあね!でも凄い人は大抵、変人に見られがちよ。嫉妬も含めてね。だから気にする事ないわ」
「そうかなぁ……?」
結城は少し無理やり気味な一二三の言葉を、なんとか飲み込む。
そして一二三は続けた。
「あともう1つだけ!1つだけ!」
「分かったから早くしてください」
「はいはい、えっとね……。あ、コレコレ!目を閉じて、自分が気持ちよく風を切りながら走っているのを想像する事だって。まずは頭の中のイメージだけでいいから、気持ちよく走れている自分を体験するのが大切なんだって!それを少しずつ現実で出来るようにしていく。これも効果的だってさ。この3つだけでも今日実践してみたら?」
「そうっすね。覚えてたらやってみます」
「うん、身体に負担がかかる事じゃないからスグ出来ると思うよ!」
そう言って一二三はとびきりに優しい笑顔を見せた。
結城にとって一二三は、よく笑う声の大きいダル絡みお姉さんの印象が強い。
だが顔は元アスリートという事もあってかシュッとしており、黙っていれば相当な美人である。
そしてその優しく笑った顔は、結城の心臓を少しだけ高鳴らせた。
どうやら男子高校生には少し刺激が強かったようだ。
だがそんな気持ちなど知らず、一二三は最後にこれだけを言い残した。
「プロじゃないし、ミスしたって誰も責めないよ。今やれるだけの事をやってきなさい!」
「……はい!」
結城の心に少しだけ希望が戻った。
◇
そんなアドバイスを思い出した結城は、その場で早速言われた事を実践する。
口角を上げ、胸に手を当てる。
そして、隣の選手にギリギリ聞こえないような声で”俺は出来る、俺は出来る”と呟いた。
そして目を閉じ、目の前にあるホームストレートを何事もなく、気持ちよく駆け抜ける自分を強くイメージする。
緊張がイメージを邪魔しようとするが、結城は今やれる事にだけ集中していた。
すると幸いにも、自然と気持ちは落ち着き始め、結城の中には根拠のない自信が少し湧き始めていた。
呼吸も少しだけ整い始める。
ちょうど第6組がスタートした直後の事だった。
————————
直後の号砲と共に、翔の走る第4組がスタートした!
◇
前回の北城記録会で不本意な結果に終わった翔は、今日までの残り1週間は主にスタートダッシュの改良に取り組んだ。
というのも、前回は高校初試合という緊張もあったのか、スタートの反応が完全に遅れたのを翔は自覚していたのだ。
100mにおいて、この”一瞬”は致命傷になる。
だが今回はそんなミスはしない。
そう、翔は完璧なスタートを切ったのだ!
号砲に遅れる事なく飛び出せた翔は、スグに身体半分ほど抜け出していた。
「いいスタートだ!!」
「完璧っすね」
後ろから翔を見ていた隼人と結城が賞賛を送る。
ドンドンと小さくなっていく翔の背中を見つめながら、興奮気味にレースを見守るのだった。
「うぉぉお……らあああ!!」
そして最後に翔がトルソー(胴体部分)を突き出しフィニッシュ!
後ろから見ていても、翔は1着か2着である事は間違いなかった。
おそらく10秒台の3年生と最後に競ったのだろうと、結城は遠くから推測していた。
そしてフィニッシュから数秒経った後、フィニッシュ地点にある電光掲示板に1着の”タイム”と”レーン番号”が表示される。
結城達からは遠いので見えにくかったが、翔のレーン”ではない”という事だけは確認できた。
「2着か……」
「そうですね。でも1着が10.95の好タイムなんで、ギリ10秒台には入ったかもしれないですよ」
「だとしたら、しっかりと1週間で調整できたって事だな。いきなり1年に良い走りされちゃあ、先輩も頑張らないと」
「同級生の俺も負けてられないっす!」
「その通りだね」
翔はキタ高の特攻隊長として申し分ない走りを披露した。
結果的に、2人には大きな自信と勇気を与えるのだった。
————————
「よしっ!」
結城はジャージをサッと脱ぎ捨て、ユニフォーム姿へと変わる。
次の第7組に出場する結城は、第6組から15mほど後方で出番を待っていた。
「ウゥッ……」
赤く輝くメイントラックを見ると、再び緊張感が押し寄せる。
だが”ここまで来たらやるしかない”と、自分を奮い立たせる事しか出来ない。
むしろそれ以外をする必要がない。
だがその瞬間に、結城はふと思い出した。
それはサブトラックから雨天練習場に向かう際に言われた、一二三からの言葉だった。
◇
「早馬君、ちょっと!」
一二三は手招きで結城を呼び寄せた。
「なんすか。もうすぐ招集なんですけど」
「分かってるって!すぐ終わるからコレだけ聞いて」
「はぁ……」
「実はね、結城君の今の症状をスポーツ心理学に詳しい知り合いに聞いたのよ。どうすれば改善できますかって?というより、どうすれば恐怖心を感じなくなりますか?って。私がたまたま連絡先知ってたんだけど、その人はプロ選手のメンタルケアもしてる人だから」
「ほぉ?」
「それでね、競技は違えどやっぱり結城君と似た恐怖を感じる選手はいるんだって。大ケガの後に残るトラウマみたいなモノがある選手」
「やっぱり、そうなんですね」
気付けば結城は、一二三の話を真剣に聞き始めていた。
「うん。でね、スグに効く特効薬はないか聞いたんだけど、さすがにそんな都合のいいモノは無いみたい、アハハハハ!」
「……でしょうね。ていうか笑い事じゃないから!?」
「ハハハ、ごめんごめん!でもね、簡単に出来る対処法はいくつか有るって、教えてくれたよ」
そう言って一二三は、小さなカバンから小さなメモを取り出した。
「えっとねー……あった!まずは”笑顔を作る”だって。口角を無理やり上げる事で、脳に”今は楽しむ時間”て錯覚させるんだって。何か難しくて分かんなかったけど、脳から精神を安定させる物質も出るって言ってたような気がしなくもない」
「一番大事な所忘れてるじゃん!?」
「ハハハ!確かに!まあ、嘘でも笑えって事よ。それと暗示的な事も、人によっては効果あるってさ。自分の胸に手を当てて”俺は出来る!”って何度も唱えるんだって。声に出せば、さらに効果大らしいわよ。プラスさっきの笑顔と一緒にやればさらに良いって」
「周りから見たら変な人ですね」
「まあね!でも凄い人は大抵、変人に見られがちよ。嫉妬も含めてね。だから気にする事ないわ」
「そうかなぁ……?」
結城は少し無理やり気味な一二三の言葉を、なんとか飲み込む。
そして一二三は続けた。
「あともう1つだけ!1つだけ!」
「分かったから早くしてください」
「はいはい、えっとね……。あ、コレコレ!目を閉じて、自分が気持ちよく風を切りながら走っているのを想像する事だって。まずは頭の中のイメージだけでいいから、気持ちよく走れている自分を体験するのが大切なんだって!それを少しずつ現実で出来るようにしていく。これも効果的だってさ。この3つだけでも今日実践してみたら?」
「そうっすね。覚えてたらやってみます」
「うん、身体に負担がかかる事じゃないからスグ出来ると思うよ!」
そう言って一二三はとびきりに優しい笑顔を見せた。
結城にとって一二三は、よく笑う声の大きいダル絡みお姉さんの印象が強い。
だが顔は元アスリートという事もあってかシュッとしており、黙っていれば相当な美人である。
そしてその優しく笑った顔は、結城の心臓を少しだけ高鳴らせた。
どうやら男子高校生には少し刺激が強かったようだ。
だがそんな気持ちなど知らず、一二三は最後にこれだけを言い残した。
「プロじゃないし、ミスしたって誰も責めないよ。今やれるだけの事をやってきなさい!」
「……はい!」
結城の心に少しだけ希望が戻った。
◇
そんなアドバイスを思い出した結城は、その場で早速言われた事を実践する。
口角を上げ、胸に手を当てる。
そして、隣の選手にギリギリ聞こえないような声で”俺は出来る、俺は出来る”と呟いた。
そして目を閉じ、目の前にあるホームストレートを何事もなく、気持ちよく駆け抜ける自分を強くイメージする。
緊張がイメージを邪魔しようとするが、結城は今やれる事にだけ集中していた。
すると幸いにも、自然と気持ちは落ち着き始め、結城の中には根拠のない自信が少し湧き始めていた。
呼吸も少しだけ整い始める。
ちょうど第6組がスタートした直後の事だった。
————————
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
私たち、博麗学園おしがまクラブ(非公認)です! 〜特大膀胱JKたちのおしがま記録〜
赤髪命
青春
街のはずれ、最寄り駅からも少し離れたところにある私立高校、博麗学園。そのある新入生のクラスのお嬢様・高橋玲菜、清楚で真面目・内海栞、人懐っこいギャル・宮内愛海の3人には、膀胱が同年代の女子に比べて非常に大きいという特徴があった。
これは、そんな学校で普段はトイレにほとんど行かない彼女たちの爆尿おしがまの記録。
友情あり、恋愛あり、おしがまあり、そしておもらしもあり!? そんなおしがまクラブのドタバタ青春小説!
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
陰キャの陰キャによる陽に限りなく近い陰キャのための救済措置〜俺の3年間が青くなってしまった件〜
136君
青春
俺に青春など必要ない。
新高校1年生の俺、由良久志はたまたま隣の席になった有田さんと、なんだかんだで同居することに!?
絶対に他には言えない俺の秘密を知ってしまった彼女は、勿論秘密にすることはなく…
本当の思いは自分の奥底に隠して繰り広げる青春ラブコメ!
なろう、カクヨムでも連載中!
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330647702492601
なろう→https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n5319hy/
あの音になりたい! 北浜高校吹奏楽部へようこそ!
コウ
青春
またダメ金か、、。
中学で吹奏楽部に挫折した雨宮洸。
もうこれっきりにしようと進学した先は北浜高校。
[絶対に入らない]そう心に誓ったのに
そんな時、屋上から音が聞こえてくる。
吹奏楽部で青春and恋愛ドタバタストーリー。
ツンデレ少女とひねくれ王子の恋愛バトル
星名柚花
青春
花守沙良にとって、学力だけが唯一他人に誇れるものだった。
入学式では新入生代表挨拶を任せられたし、このまま高校でも自分が一番…と思いきや、本当にトップ入学を果たしたのはクラスメイトの超イケメン、不破秀司だった。
初の実力テストでも当然のような顔で一位を取った秀司に、沙良は勝負を挑む。
敗者はケーキで勝者を祝う。
そんなルールを決めたせいで、沙良は毎回秀司にケーキを振る舞う羽目に。
仕方ない、今回もまたケーキを作るとするか。
また美味しいって言ってくれるといいな……って違う!
別に彼のことが好きとかそんなんじゃないんだから!!
これはなかなか素直になれない二人のラブ・コメディ。
俺を彩る君の笑み
幸桜
恋愛
高校総体を半年後に控えた冬の朝。
俺の上に〝飛び落ちて〟きたのは────彼女だった。
────「はっあああああ────っ!!!」
「きゃあああああ────っ!!!」
顔が見えた。横顔? 否、全部見えた。
〝空に浮かぶ女の子〟────(本文より抜粋)
初対面から、なぜか距離の近い後輩の女の子。
いつしか隣に居るのが当たり前になっていく日常、でも気づいたら彼女は俺の前にいた。
背中が見えた。
男なら、女の子の前を走りたい。
その決意が俺の足を動かしていく。
互いに素直で、まっすぐな思いはいつしか平行に、互いを魅せていく。
これはそんな先輩と後輩の、ゴールを目指す青春ラブストーリー
小説家になろうでも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる