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逸れ龍と天地の神子

107.再会

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 穿天様と共に雲を抜け、そこから見えてきたのは俺たちが最初に集まった低い山の密集地だった。
 その山の山頂の一部に集まった人たちの魔力を見る限り、逸れ龍討に向かっていたリィベイ達で間違いなさそうだ。


「着いたぞぉサン。ナツキ達はあそこにいる」


 野太い声で教えてくれた穿天様。しかしどうやらこれは、この辺りで飛び降りてくれという遠回しの合図のようだ。


「ダオタオ、俺の背中に掴まってくれ。親父さんは俺が抱えていく」
「は、はい!」


 俺は身体の前と後ろで二人を抱えたまま、穿天様の頭から飛び降りる。
 山頂までの距離、約100mといった所だろうか?まぁこれぐらいの高さなら、魔力による肉体強化があればケガをする事もない。
 そして地面にドンッという大きな音を立てて着地した俺は、人型へと戻っていく穿天様を背景にしながらリィベイ達の元へと歩き始めていた。


「ここからは一人で大丈夫かダオタオ?」
「はい、大丈夫です。親父を街へ連れ帰って、お医者様に診てもらいます」
「あぁ、それがいいよ。神子様が変な治療をしてない限り、きっと健康体だろうけどな」
「ふふ、そうですね。それではサンさん、本当に色々とありがとうございました!またお礼は落ち着いてからで………」


 そう言い残したダオタオは、まだ目は醒さない親父さんを背中に乗せながら早足でシージェンの街の方角へと向かっていた。
 最初は”気弱そうな所もあるのかな?”ぐらいに思っていたダオタオだったが、天空展地の神子を見た直後であっても彼は冷静に行動できていた。彼は俺の思っている以上に優秀で、肝が座っている男だったようだ。


「さて、あとは俺の問題だな………」


 そう呟いた俺の視線の先には、あの人が待っている。手の震えは、まだ止まらない。



「おかえりなさいませ、穿天様。ケガ人の搬送は大方完了しております」


 人型へと戻った穿天様に現状報告をしていたのは、穿天様の孫・リィベイだった。リィベイの部下に渡された太い杖をつきながら、穿天様もその報告を耳に入れている。


「そうかぁ、ご苦労だったなリィベイ。戦艦・龍宮ノ遣りゅうぐうのつかいの後処理はどうなっとるんじゃあ?」
「はい、そちらも部下を向かわせて対処中であります。幸い人のいない湖へと落下したようなので、回収自体は明日にでも本格的に始められるかと」
「おぉ、そうかぁ。まぁ龍宮ノ遣は巨大だからなぁ?人手がいるなぁあ?おぉん!!?」
「はい、そちらも準備を整えている所です。情報統制も直ちに行っています」
「そうかぁ、ならワシがやる事は”今晩の準備”だけだなぁ」


 するとリィベイとの会話を終えた穿天様は、そのままシージェンの街へと歩き始めていた。だがその足取りは重く、軽快とは程遠い。まさに老人のような足取りだ。

 ”龍神王・穿天は歳を取って衰えた”なんて声は大陸外でも聞いた話だったが、所詮はウワサ程度で確証はなかった。だがいざ目の前で杖をつきながら歩く穿天様の姿を見てしまうと、そのウワサは本当だったのだと実感させられる。

 それに穿天様が弱っていると知れば、他国から侵略の危険性も高まるのかも知れないからな。リィベイの言っていた発言は、それも含めての情報統制なのかもしれない。

 まぁ俺にとってはどうでもいい事だ。
 いい加減目を背けるのを止めろ。


「ナツキさん………」


 リィベイ達の奥には、間違いなくナツキさんが凛とした姿で立っていた。
 だが俺はその顔を見る事までは出来ない。怒っているのか、笑っているのか、はたまたそれ以外なのか、今の俺には怖くて見られなかったのだ。

 そう思ってしまう理由の根底には、間違いなく”申し訳なさ”と”無力感”があった。あの龍宮ノ遣が墜落する絶体絶命の場面で、俺は決断を他人に委ね、結果的にナツキさんを危険な逸れ龍の戦場へと送ってしまった。
 時間が経てば経つほど、その事実が俺の心をドンドンと蝕んできていたのだ。


「おぉ、死に損ないのサン・ベネットか。わざわざ龍神王の手を煩わせおって。どの面を下げて私の前に………」


 リィベイが何かを俺に向かって言っている。だがその内容は耳に入ってこない。ただ聞こえるのは、俺の大きくなる心臓の音だけだ。
 そして徐々に近くなるナツキさんの首から下。あぁ、本当だ。左腕に包帯が巻かれている。穿天様の言っていた事は本当だったんだ。

 あの強くいナツキさんが、負傷をしたんだ。その場に俺はいなかった。いられなかった。

 そしてとうとう、ナツキさんの目の前で立ち止まる俺。視界に移るのはナツキさんの胸から下だけだ。
 ここから顔を上げるには、あまりに地上の重力は重すぎる。


「………サン?」


 先に口を開いたのはナツキさんだった。相変わらず聞き心地がいい、綺麗な声だった。だが今だけはその声が辛く感じる。

 気付けば俺はナツキさんの左手を握り、そして腰の高さまで持ち上げていた。その腕に巻かれた包帯は、まだ少しだけ赤い色が滲んでいる。その赤色がより戦いの生々しさを伝えていた。

 黙るな、絞り出せ。過去は変えられない。
 なら今伝えるべき事を伝えろ。


「ナツキさん………生きててくれて良かった……ッ!!」


 その瞬間は自分でも驚いた。最初に出てくる言葉は、きっと謝罪の言葉だと自分で思い込んでいたからだ。
 しかし出てきたのは、ナツキさんが生きていて良かったという安堵の言葉。俺の事を一番知っているのは俺自身だと思っていたけど、どうやらそれは勘違いだったようだ。

 そして本心を吐き出したと同時にナツキさんを見上げる俺。そこに映った彼女の表情は少し驚いているように見えた。

 あぁ、右の頬にも少し傷が付いている。綺麗なナツキさんの顔に、傷が付いているのだ。


「サン、泣いているのか?てっきり飛びついてくるモノかと思っていたのだが………」


 だが俺はそのナツキさんの質問に対して答える事は出来なかった。こんな涙を流した記憶は、今までの人生で一度もなかったからだ。
 感じた事のない感情が、心に詰まっていた栓を溶かしていくような気がしていた。
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