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2、婚約者
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しおりを挟む風が吹き、葉っぱ同士のこすれ合う音が聞こえる。突然の告白にしばらくの間固まってしまった。心臓がとてつもない速さで動いているし、コリスの真っ直ぐな視線から目を離せない。それでも、手と足に力を入れて少しだけ距離を取った。
手が離れた頬に風が当たって涼しい。でもそれ以上に耳の内側からバクバクとした音が鳴り止まない。
「……え?」
やっと出した声はそれだけだった。まさか相談を聞きに来て告白されるなど想像もしなかった。サラーシャとして生まれてから、初めて向けられた異性からの好意だ。なんて言えばいいのかわからない。私が言葉を詰まらせていると、コリスから喋り始めた。
「まあ、戸惑うのもわかる。いきなりだったし会ってからそこまで日も経ってないからな。でも、うかうかしてると他のやつに先越されそうだから言わせてもらった」
「……冗談、だよね……?」
「違う。本心からだ」
木に背中を預け、少しリラックスした姿勢になる。さっき私の頭から落ちた葉を拾ってくるくると回しながら口だけ動かし続けた。
「俺は見た目だけで寄ってくる女は嫌いだ。一度も話したことがないのに、好きだから付き合えと言われたって無理だ。お互いが一目惚れでない限りいきなり付き合えるわけがない」
「でもたくさん告白されてるって聞いたけど……」
「ほぼ全員話したことなんてない。内勤は食堂で一緒になるくらいで俺たち外勤と縁がなさすぎる。そんな状態から急に寄ってこられても仕事の邪魔にしかならない。だから今まで全部断ってきた」
私も少し離れた向きで木に背中を預けた。少し落ち着いてきた頭で、静かにコリスの話を聞く。またぴゅうっと風が吹が吹く音を聞きながら何もない正面を見ながら耳を傾けた。
「サラだってそうだ。別館に誰か来たと聞いても特になんとも思わなかった。ただちびっ子が困っているから、助けてやっただけのつもりだった」
「そこで初めて話したのよね」
「……いつもの俺だったら誘われたって飯を一緒に食べたりしない。あの日は何故か付いて行ったんだ。そして騎士達が、あの噂は嘘だって騒いでた時に今まで感じたことがない気持ちが溢れ出した」
その言葉を聞いて初めて食堂で夕食を食べた時のことを思い出す。騎士達の質問に答えたとき、コリスは笑っていた。どこか楽しそうでいて、狩りをする前の兄を思い出させた。あれは
私のことを考えていたの?
「多分俺はサラに一目惚れした。それで興味が湧いて話していくうちにこの感覚に気づいたんだ。まだ出会ってから日も浅い。でも初めて欲しくなった女だ。だから、サラ」
コリスが片手をついて右の方に体を捻る。私が左に顔を動かすと、こっちを見ている目が見えた。
「返事は今すぐじゃなくていい。俺だけのものになってくれ」
口が悪くてもコリスの口から強引な言葉はあまり聞いたことがなかった。ハビエルと比較してしまいそうになるが、それよりはずっと優しくて男らしい言葉にまた熱が集まって来る。
それだけ言うと、コリスは立ち上がって裏庭から出て行った。振り返りもせずいつも通りの足取りで歩いていく。私はそれを見送った後もしばらくその場に座り込んでいた。
ーー
「あ、エイミー。これからお出掛け? 私も買う物があるから一緒に行かない?」
「ごめんね、急いでるの」
同僚との会話もそこそこに早足で歩き続ける。普段意識している笑顔も顔が引きつってできなかった。
さっきまでのことを振り返る。今日のノルマは昨日のうちにほぼ終わらした。あとは今月の支出をまとめて上司に提出すればいい。
断られたけどやっぱりコリスの相談を聞きたくて、昨日は頑張って今日は最低限の仕事だけにしておいた。
デールが言っていた裏庭へ向かい、なんと言って2人の前に出て行こうかと考えていた。そこでサラとコリスが話しているはずだ。
私はコリスのことが好きだ。仲のいい同僚達にも話している。顔が整っている上に剣の筋も良く、将来有望な若手だ。
他の女子みたくキャーキャー言ってすぐに告白するような軽薄な思いじゃない。私は訓練している時も食事をしている時もずっと見てきた。
あまり効果はなさそうだが自分から話しかけるように努力もしている。こう言ってはなんだが、コリスに振られた子が多いおかげで、何と言って断られるかは知っている。知らないと言われるなら知り合いになればいい。好きじゃないと言われるなら意識させてみる。私は地道にそうやってきた。
そんな時だ。コリスが美人な人と夕食を食べていると聞いたのは。初めは女性と一緒に食事をしているなんて信じられなかった。でも、大勢の騎士が子連れの美人が別館に来たと話していた。
一体どんな子かとその人が来るのを待ってから食堂へ行った。すると子連れだからすぐにわかる。そこで話しかけたのがサラだった。
あのコリスが気を許した女性、とは私が予想していた人物像とは違った。素直で愛嬌のある、普通の人。話してみると、子供を手伝った流れで一緒に食べたということで、心配していた様なことでは無さそうで安心した。
子供達も可愛くて、何度か一緒に食事もしている。
思い出したところで歯を食いしばる。さっきのことが頭から離れない。
裏庭の近くまで来たとき、話している声が聞こえた。近いと思って早足で近づいたが、建物の影から出ようとしたとき言葉が聞こえて足を止めた。
『…… な人ってエイミー? そう考えると辻褄も合うの。ヒナともよく……にいるし。それ……てるから告白するつもりでしょ?』
所々聞こえなかったが、自分のことを話していると知って動きを止めた。エイミー? 告白? 盗み聞きになってしまうが、告白という単語は聞き逃せない。それに、その直前に私の名前を言ってた。少し鼓動が早まったのを胸に置いた手で気付く。どこか期待する気持ちで話を聞いた。
『コリス、何……てるの! 葉っぱを取ったら手を離し……』
聞こえづらくなって、もどかしく感じていると急にサラの声が聞こえてきた。手を離す? 一体何のことを言って……。
そう思って顔を出したのが間違いだった。私の目に、コリスがサラの顔を愛おしそうに撫でている姿が飛び込んでくる。
『サラ、俺が言ってるのはお前のことだ。俺のものになれ』
サァッと体から血の気が引いた様だった。ついよろめいて壁に体をぶつけてしまい、小さく音がした。でもそんなことを気にする余裕もなくその場を後にする。
コリスの言った内容を理解したくなくて、門に向かって歩く。途中誰かに声をかけられたがあまり記憶にない。ただ無心で宿舎から遠ざかることだけを考えていた。
私の方が先に出会ったのに。
私の方が好きなのに。
私の方が…………!!
門を出た後もあてもなく足を動かした。そして無意識に行き着いたところは『ブックカフェ ラーシャ』と看板のあるお店だった。休業中と張り紙が貼られている。コリスの手とサラの顔を考えているうちに来てしまったらしい。
自分の気持ちの整理がつかないでいると、後ろで誰かが足を止めた。振り向くと、フードから金髪をちらつかせている男が立っている。ニヤリと笑って「ビンゴ」と呟いた。
「お姉さん、騎士団の宿舎から出てきたとき何度も声をかけたのに、歩くのが速い。ところで、ここに何か用でも?」
「なんでも無いです。たまたま来ただけですから」
「そんなこと仰らずに。実は、ここの店長が騎士団の宿舎に入っていくのを見たという人がいるのですが本当ですか?」
「なぜそんなことをお聞きに?」
別館にいる人の情報は話してはいけない。情報を漏らしたら、保護している人が危険な目に合う確率が高くなるからだ。あそこで働く全員に徹底されている。
「私はサラの婚約者でして。実家から連れてくる様に言われているのですが、急に騎士団へ行ってしまい困っているのですよ。久しぶりに会うためにわざわざソシリス王国からやってきたので」
「ソシリス王国から……」
「そうですよ。婚約者と話したくて、どなたか騎士団の人に連れてきて欲しくて。騎士団は一般人を保護するみたいですが、サラは実家は隣国なので私と一緒に来ればその心配はないです。どうですか、貴方に頼んでも大丈夫でしょうか?」
やけに丁寧に話す男に不信感が募るが、隣国という言葉に引かれる。普段なら相手にもしない話だが、実家に帰るのは悪いことじゃないと自分に言い聞かせる。うまくいけば、もう会うことも……。そこまで考えたところで、わずかに口を開いた。
「……サラという女性は、確かにいます。……安全な実家に帰るということでしたら……」
「本当ですか! ああ、ありがたい。私がついているので安心ですよ」
「それなら……」
「ええ、お願いします。あ、あと私のことは秘密にしてくれませんか? 驚かしてあげたいので。ショッピングに行くとでも言って連れてきて欲しいです」
男が笑みを深めると、いつのまにか近くに他のフードの男が居た。金髪の男に近づくと何か耳にささやいている。少しだけ話すとまたすぐに見えなくなってしまった。
「では、5日後に宿舎がある通りに馬車を停めるので。そこまで連れてきてください。くれぐれも、私からとは言わないように」
そう言って軽く礼をすると、来た道に戻って行った。婚約者と会わすくらいなら問題はない。それに、実家に帰るなら安心だ。
また自分に言い聞かせるように呟きながら、宿舎への道を戻って行った。
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