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花火
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しおりを挟むヒュルルルルル……ドンッ……
その音は、突如として閑静な住宅街に響き渡った。ダンボール箱の中を整理していた手を止め、夜空を彩る光に目を向ける。
両親はお世話になった隣人への挨拶回りに行っているため、家の中は私一人だ。窓に駆け寄り、涙を耐えながらぽそっと呟いた。
「嘘じゃなかったんだ……。」
────花火大会一緒に行きたかったね。元気でね、理沙。
────会えなくても私達を忘れないでね。いっぱい電話するから。
ぼうっと何をするでもなく、誰もいない公園のベンチで時間を潰す。頭の中に思い浮かぶのはつい先程まで一緒に居た幼馴染み達だ。
都心ほど賑やかではないけど、ど田舎でもない。最寄駅はファーストフード店くらいしかないけど、いつも学校帰りに寄るお気に入りのお店だった。
八百屋のおばちゃんはいつも元気だし、肉屋のおじちゃんはたまに試食だと言ってコロッケもどきを食べさせてくれる。私はこの街が大好きだった。
ぶらぶらと歩きながら目に入った公園は幼稚園の時から遊んでた馴染みの場所だ。この真昼間の暑い時間帯は、子供を遊ばせる親もいない。汗がじわりと制服に滲んできたとき、ふと目の前に影ができた。
「こんな時間からさぼりか? 全く、今時の高校生は……」
顔を上げると男の人が私を見下ろして居た。でも若い。かなり若い。なにか偉そうに言ってるけど、この人も私と同年代か一つ二つ上くらいのはずだ。
やれやれ、とため息をついている男に反射的に言い返した。
「自分も同じくらいの年じゃん」
「俺は昨日から夏休みだからいいんだ。でも制服を着てるってことはまだ学校はあるんだろう? なのにこんな時間から公園に居るなんてさぼりじゃんか」
「私は明日から夏休みだし。今日は午前中で学校が終わったからこの時間に家に帰れたんだけど……」
話してる途中なのにだんだん声が小さくなっていく。風に煽られて微かにひらめいているスカートの端を見つめていると、影が消えて代わりに座っているベンチに振動がきた。
横を見ると「あちーな」とか言いながら、座って手でパタパタと顔を仰いでいた。だったら早く帰ればいいのに、と疑問に思いながらも横を向いていると、男も私の方を向いて目が合った。
「こんな暑いのに家に帰らないのは、その手提げの中と関係あるのか?」
目が合っていると思っていたけど、男の視線は微妙に私の顔を通り抜けてその奥に置いてあった大きめの手提げを見ていた。
その中には、クラスの友達からの寄せ書きや貰ったお菓子類、手紙などが入っている。
引っ越すまでに遊ぶ約束をしていない人とは今日でお別れだ。
入ったばかりの高校だけど、ほぼ皆が昔からの知り合いだ。生徒の半数くらいは同じ小学校出身である。
また皆と校門前で別れた時のことを思い出して涙が滲んできた。溢れそうになるのを目をぎゅっと瞑ってこらえていると、つい誰かに心の内を話したくなってくる。
カバンと手提げを引き寄せると、ぽつりと独り言を呟くかのように口を開いた。
「お父さん、転勤するんだって。昇進したから、多分もうこの街には戻ってこないで新しい場所で過ごすことになりそうだって……。私ね、知ったのはついこの前なの。お父さんやお母さんは引っ越しの準備まで進めてたのに私には何も相談しなかったんだよ? 私はここを離れたくない。一人でもいいからここにずっと居たい……」
一気に喋り終えてスゥッと息を吸った。名前も知らない人に話したって何かが変わるわけでもない。それでも、愚痴を聞いてもらってどこかもやもやとしていた気持ちがスッと風通りが良くなった気がした。
二人とも口を閉じているとセミの鳴き声だけが聞こえてくる。しばらくそのままでいると、穏やかな声が耳に入った。
「もしかしたら、両親も迷っていたのかもしれないね」
「お母さん達が?」
「そう。だって高校受験をしてせっかく行きたい学校へ通えているんでしょ? もしかしたら、お父さんが単身赴任するとか、卒業するまでは子供だけでもここに居させてあげようとかって考えたんじゃないか?」
「でも、だったら私にも相談すれば……!」
「それでも。それでも、やっぱり家族揃って暮らしたかったんじゃないのかな。多分親御さん達もいつ伝えるか悩んだと思うよ。けれど、悩んだ末に家族で暮らしたいって結論を出して、決定事項を言ったんじゃない? まだ高校生なら一人暮らしは大変だ。ましてや女の子。もし何かあったらと思うと心配で仕方ないはず」
諭すような声色で静かに語りかけてくる。でも、自分でもわかっているのだ。少し前から夜遅くまで両親がリビングで話し合っていたこと。私が行くと、普段と変わらない声で「どうしたの?」と聞いてくるからただのおしゃべりだと思っていた。
でも、今ならわかる。多分あれは転勤をどうするか話し合っていたのだ。家族揃って引っ越すか、単身赴任にするか。お母さん達も迷っていたのだ。
すっかり大人しくなった私が地面を見てみると「よし!」と力強く男が立ち上がった。正面にくると両腕を組み、ニッと笑って私の顔を覗き込む。
「なあ、引っ越すことは変えられないけどその前にしたい事とかあるだろ? 特別に俺がそれを手伝ってやる」
「え?」
急に自信満々な表情でこんな提案をして来た。したい事と言われてもすぐには思いつかない。とりあえず、何だろうと考えてみると幼馴染みに言われた言葉が浮かんできた。
『────花火大会一緒に行きたかったね。元気でね、理沙ちゃん』
「……花火見たい」
「え? そこら辺で子供がやってるあの?」
「違う。花火大会でやるような打ち上げ花火」
今年の花火大会はあと二週間くらいしたら行われる。でも、私の引っ越す日は十日後。楽しみにしてたのに、間に合わないのだ。
「私、毎年ここでやっている花火見てたんだ。小さい頃からずうっと。この街で打ちあがる花火は凝った模様とかは無いんだけど、一つ一つがドッパーンって大きくて綺麗なの。でも、今年の花火大会は引っ越しの日に間に合わないんだ。あと十日もしたら新しい街に引っ越すから」
あーあ、と両手を上げて大きく伸びをする。男が少し離れたのを見てぴょんっと立ち上がった。空地の方向を向きながら限界まで息を吸い込む。ゆっくりと吸い込んだ息を吐き切ると男の方を振り向いた。
「今はこのくらいしか思いつかないな。お互い名前も知らないのにわざわざありがとね。愚痴を聞いてもらってちょっとすっきりした。あなたも多分ここに住んでいる人でしょ? 私の代わりに花火ちゃんと見てね」
そろそろ本格的に暑いから帰ろうとカバンと手提げを手に持つと、小さな唸り声がする。振り返ると、男が顎に手を当てて真剣に悩んでいた。
「いや、うーん、でもなあ……」
「あ、本気にしないでね。またいつか来れると思うし」
「いや、わかった! 男に二言はない。引っ越しの前までに花火を見せてやるよ」
「嘘嘘、大丈夫だって! どうやって見せるつもりなの? 無理だから!」
パンっと両手を合わせて無茶苦茶な宣言をしてきたのを慌てて止める。まさかとは思うが決意を固めたような表情に焦ってしまう。
一体何をしようとしているのか聞くと、男はさらっと答えを口にした。
「そりゃ、火薬をちょっと拝借したり? 俺、花火の打ち上げ方は知ってるから。どうにかなる」
「何でそんなの知ってるの? というか、盗むつもり?」
あまりの方法に呆れて肩の力が抜ける。それでも男は、その勢いのまま元気よく言い放った。
「安心しろよ。こう見えて俺、運動神経いいから。ちょこっと拝借して逃げるくらいよゆーよゆー」
どや顔を披露してくるを見て気づいた。
ああ、これは私を元気付けてくれているのか。気づいたならば話は早い。
こんな暑い中話を聞いてくれた男に調子を合わせる。
「わかった。じゃあ楽しみにしてるね、大泥棒さん。私は理沙。自己紹介が遅くなったしもう会うことはないだろうけど、今日はありがとね」
「おう、任せろって。理沙か。いい名前じゃん」
「でしょ?」
手を振って公園のベンチから離れる。嘘だとしても、元気づけようとしてくれて嬉しかった。
でも、地元の高校生は大体同じ学校なのに見たことないな、とも思いながら涼しい我が家へと足を早めた。
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