お伽の夢想曲

月島鏡

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第四章 祈りを繋ぐ道

第三話 ビタースイートタイム

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「弟子になった後、普通の女の子でいられる保証は無い?それって、どうゆう・・・・」

 ライゼがジークフリートの元へ向かったのと同刻、『ストラーノ』にてマリはペトロニーラに、弟子にならないか? との提案を受けていた。
 ただ、その誘い文句、『普通の女の子でいられる保証は無い』という言葉がマリの中で引っかかる。

「言った通りの意味さぁ。あたしの弟子になって、真の魔女に近付けば近付く程、あんたは心を失っていく。少しずつ狂っていくんだよぉ」

「少しずつ、狂っていく・・・」

「あぁ、そうさぁ。魔女は魔法を扱う女、知識を欲する女を指す。魔道を極める為なら、知識を得る為なら何だってする、それが魔女だぁ。だから魔女は強いんだよぉ」

 己の欲する物の為なら、残酷になれるんだから。

「そんな魔女の弟子になれば、あんたは必ず強くなれるぅ。けど、弟子になって成長した果てのあんたが、普通の女の子でいられる保証は無ぃ。それでも強くなりたいかぃ? あたしの元でぇ」

「あ、ぅ・・・」

 冷たく暗い魔女の瞳に射抜かれ、マリは言葉を失う。
 その目を見ただけで、ペトロニーラの言葉が脅しでも冗談でも無い事が理解できた。
 この魔女の弟子になれば、恐らく強くなれるだろう。同時に、人間性を失う事も間違いではない。強さを得る為に正気を失う、その事を恐れる少女に魔女は

「ま、いきなり見知らぬ女にこんな事言われても、決められないよねぇ・・・少しだけ、力を見せてやろぅ」

 と言って、右目に紫の魔法陣を展開する。
 その直後世界が一変した。木造の店内が、一瞬にして紫色の小宇宙と化したのだ。
 周囲には無数の黒い星が浮かび、マリとペトロニーラの身体は宙に浮いている。よく見れば空間の広さも段違いに広くなっている。指一つ動かさず、世界そのものを作り変えたペトロニーラの力に、マリは畏敬の念を覚える。だが、ペトロニーラの力はこんなものではない。

「こんな事も出来るよぉ」

 パチン‼ と指を鳴らすと、周囲に浮かぶ黒いが輝きを増し、マリの身体が光に包まれる。
 光が晴れてマリが目を開けると、またもや世界が一変していた。
 紫色の小宇宙から、今度は小さな家の前に辿り着いた。
 草木が生い茂る森の中で、二人の少女が遊んでいる。髪の少女と青髪の少女、それは、幼き日のステラとマリだった。

「マリちゃんこっちこっちー‼︎」

「ステラちゃん待ってー‼︎」

「これって・・・」

 目の前に広がる過去の光景に懐かしさを覚えつつ、何が起きているのかを自分なりに考える。
 ペトロニーラの仕業である事は間違いないが、一体どうやって

「驚いたかい?」

「わっ!あ、あのこれはどんな魔法を・・・」

「精霊が持つ過去の記憶を見てるのさぁ」

「精霊が持つ、過去の記憶・・・?」

 首を傾げるマリに、ペトロニーラはいいかい?と

「精霊ってのは世界中に存在するんだ。大地に、海に、空に、街中に、至る所にねぇ。精霊術師は精霊の力を借りて魔法を使うが、借りられるのは力だけじゃない」

「と、いうと・・・」

「『目』と『記憶』さぁ。精霊の目を借りれば、世界のどこで何が起きてるのかすぐに分かるぅ。記憶を見せてもらえれば、過去に何が起きたかすぐに分かるんだよぉ。だから、私はいつも面白い事が転がってないか、精霊の目を借りて世界中を血眼で探してるのさぁ」

 おかげでいつも目は充血気味だよぉ、と目の下を指で指しながら言うペトロニーラに、マリは瞠目する。
 精霊術は、ただ精霊と契約して魔力と契約の強さを高めて、強くなっていくだけのものだとマリは思っていた。
だが、違ったのだ。精霊術には、まだマリの知らないステージがあったのだ。

「私にも、同じ事ができますか?」

「できるよぉ。あんたにも。あたしの元で修行すればねぇ。言っておくが、直接戦闘に役立つ技術もあるぅ。ちょっと見てなぁ」

 そう言ってペトロニーラが掌を上に向けると、ペトロニーラの掌から炎の竜巻、緑の氷、青い雷、黄色の岩が生み出される。
 それらが一つになり、紫の魔力球へと変わって、やがてアメジストの宝石となる。

「こうやって、異なる属性の魔法を同時に発動させて魔力を凝縮したりとかねぇ。それらで物質を作る事も出来る。こいつはやるよ。出会った記念だぁ」

 ペトロニーラが投げてきたアメジストの宝石をマリはキャッチする。

「これはあたしの力のほんの一部だぁ。もしあんたがあたしの弟子になれば、あんたはあたしよりもっと凄い精霊術師になれるぅ。でも」

「その代わり、心を失う」

「あぁ、その通りだぁ」

 唇を弧にして笑うと、ペトロニーラは被っていたウィッチハットをマリに返して、瞳を覗き込む。

「心を失うのは恐いかぃ? でも力は欲しい、違うかぃ?」

 耳元で囁くペトロニーラに、マリはゆっくりと頷く。
 するとペトロニーラはマリの耳元から顔を離し、分かったと

「時間をやろぅ。あたしの弟子になるかどうか、明日日が沈むまでに考えてきなぁ」

「明日まで・・・⁉︎」

「あぁ。明日までだぁ。誰にも言うんじゃないよぉ。精々よく考えてくる事だぁ」

 魔女の弟子になるかどうかをねぇ。







 『ストラーノ』から屋敷に戻り、夕食と風呂を済ませた後、マリはステラより先に部屋に戻り、ベットの中にいた。

「普通の女の子でいられる保証は無い、か。それは別にいい。だって私、もう普通の女の子じゃないもん」

 『魔神の庭』に入ると決めた時から、マリは普通である事をやめた。
 普通の女の子でいるより、ステラの力になれる女の子になる為に努力してきた。精霊術師としての力を高め続け、より強い魔導師になろうとした。普通の女の子は魔法なんて使えないし、誰かと戦う為に強くなる必要なんてない。そういう意味で、マリは普通の女の子ではない。
 だが、普通の女の子と同じように心はある。
 誰かを愛し、誰かの言葉に傷付き、誰かの為に怒る為の、人間である為の心はマリにだってある。それを失ってしまった時、自分は一体どうなってしまうのか、そう考えると不安でたまらなくなる。

「残酷になっちゃうのかな・・・それは、嫌だな。でも」

 ペトロニーラの元で修行すれば強くなれる。
 それは間違い無い。
 その力の一端を見たマリだから分かる。
 ペトロニーラは強い。『魔神の庭』のメンバーと同等かあるいはそれ以上の力を持っている。そんな人物に教えを請えば、間違いなく強くなれるだろうが、心を失う訳にはいかない。

「でも、時間は無いんだよね・・・」

 『魔神の庭』には、解決しなくてはならない重要な依頼が二つある。
 『魔王』の討伐と『プリエール』の解放。
 この二つの依頼は、マリが魔神の庭に入って依頼、いや、魔神の庭にとって最高難易度の仕事だ。向かうのは一ヶ月後、足を引っ張るような事があれば、メンバーの命に関わる。そうならない為には強くならなければならない。
 手段や方法は選んでいられない、そう決めたのはマリ自身だ。自分で決めた事を貫くと、そう決めた筈なのに

「マリー? 起きてるー?」

 と、色々考えていると、聞き慣れた声が扉から聞こえてきた。
 扉の方を見ると、寝間着姿のステラが立っていた。

「ステラちゃん・・・」

「あら、まだ起きてたのね。眠れないの?」

「うん・・・」

 ステラの問いかけにマリが答えると、ステラもベットの中に入り、マリの隣にやってくる。
 肩と肩が当たる距離まで近付いてくる幼馴染に、マリの脈が早くなる。

 ―――やっぱりかっこいいなぁ。なんか良い匂いするし。ケーキの匂いかな?

「どうしたの?」

「あ、ううん‼ なんでもない‼」

 ―――いい匂いだと思ったなんて絶対言えない‼

 顔を赤くして心の中でマリが叫ぶと、ステラはマリの方に身体を向ける。

「ねぇ、マリ。何か悩み事でもあるの?」

「えっ、どうして?」

「分かるわよ。子供の頃からずっと一緒にいるんだもの。私でよければ話を聞くわよ」

「ステラちゃん、実は・・・」

 『誰にも言うんじゃないよぉ』

 別れ際にペトロニーラに言われた言葉を思い出し、マリは口を噤む。
 マリの反応を見て、ステラは分かったわと

「言いづらい事みたいだし、あまり無理には聞かないわ。でも、話したくなったらいつでも言って頂戴、私は・・・マ、マリ?」

「少しだけ、このままでいさせて」

 ステラに抱き着き、胸に顔を埋めながらそう言うと、マリは少しだけ腕の力を強める。
 胸に微かに吐息が当たってこそばゆかったが、自分に抱き着いてマリが安心するのならばいいかと、ステラは何も言わずマリの頭に手を置いて、優しく髪を撫でる。

「いいわよ別に、朝までこのままでも」

「うん。ありがとう・・・ねぇ、ステラちゃん。約束、覚えてる?砂浜で水鉄砲合戦した時の、一日中ステラちゃんを好きにしていいって約束」

 抱き着いたまま見上げてくるマリに、ステラはえぇと

「覚えてるわよ。あの後結局バタバタしちゃってそんな機会無かったけど」

「あのね、もしもステラちゃんがよかったら」

 明日、付き合って欲しいの。








 翌日の朝。
 屋敷の扉の前で、マリはそわそわしながらステラが来るのを待っていた。
 髪型をちゃんとセットして、服もいつもの様な魔女をモチーフにしたものではなく、白い上着に黒のハイウェストコートという女の子らしい秋コーデを着てきた。
 まだステラには見せていない。
 一体どんな反応をするのか、期待と不安で胸をいっぱいにしていると、扉が開き、中からステラが出てきた。

「ごめんなさい。待たせてしまって」

「ううん。全然大丈夫。ステラちゃんその服カッコいいね」

「そう? 私にはよく分からないんだけど。マリの服も可愛いわよ」

「本当? 嬉しい」

 ステラの服も、いつもの赤ずきんをモチーフにしたものではなく私服だった。
 黒いシャツ、ショートデニムの下に黒タイツを履いて、赤いスタジャンを羽織ったボーイッシュなコーデ、普段は見れないステラの姿にマリが感動していると、ステラはなんかと

「女の子と出かけるなら、ちゃんとしたファッションで行かなきゃダメだって、リリィに言われたんだけど、ちょっと大きいのよねこれ。上着とか袖折らないと変な感じになるし。リリィが昔着てた服らしいけど」

「でも、コーデ自体は整ってるね」

「えぇ。リリィって実は『魔神の庭』屈指のおしゃれさんだから。私服の数も一番多いし、コーデのセンスも高い。リオ君をもっとメロメロにさせる為に日夜研究してるんだ~って言ってたわ」

 もっとも、普段から仕事が多いため、私服を着る機会が無いと嘆いていたが

「そんな事より、早く行きましょ。約束だからね。今日一日は私を独り占めしていいから」

「・・・うんっ‼」

 マリは笑顔で答えると、ステラの手を取って歩き出す。
 その後ろ姿を、窓からこっそり見守る影が三人。

「よかった~、ステラちゃん褒めてもらえて。急いで選んだ服だったから大丈夫かなって心配だったけど、大丈夫だったみたいだね」

「ステラは可愛らしいから何を着ても似合うよ」

「マリちゃんだって負けてないよ。うちの看板美少女三人の一人だよ?」

 ステラのコーデを選んだ桃色男の娘リリィ、ステラの王子アルジェント、全てを察し面白そうだから来た男ライゼ。
 それぞれが三者三様の感想を述べると、その後ろからあのなと誰かが声をかける。

「覗きみたいな真似してんじゃねぇよ」

「と、呆れながらそう言ったのは、筋肉狂信者リオだった」

「おい丸聞こえだぞナレーション」

「あ、聞こえてた?」

 あははは、とおどけてみせるアルジェントに、リオは肩をすくめる。
 朝食が終わった後、血相を変えてアルジェントとライゼが飛び出していき、心配して屋敷中を探してみれば、やっていた事は覗き。溜息しか出てこない。

「しかもリリィ、お前まで覗きか?」

「覗きじゃないよ見守りだよ。初デートなんだからちゃんと見守らなきゃ」

「デートじゃない。お出かけだ。デートならもう既に小さい頃に僕g・・・いやなんでもない。とにかくあれはデートじゃない」

「すげぇ強調するな」

 早口でリリィの言葉を否定するアルジェントの気迫に気圧されながら、リオはもう一度窓の外を見る。

 ―――楽しんで来いよステラ、マリ。俺は・・・・

「こっそり行ったらバレるかな?」

「行かせませんよ? 邪魔するつもりなら僕が許しません」

「リオくーん‼ 私達もデートしよ‼ 式場にする?ホテルにする?私はどっちでもいいよ~」

 ―――こいつらどうにかしとく。







 『グリム王国』の秋はうす寒かった。
 夏の暑さはとうに過ぎ去って、木々の葉は真っ赤に染まっている。
 街行く人の服装も防寒を意識したものに変わっていて、改めて秋が来た事を実感させる。
 馬車に揺らされながら、二人は『ビル』の街に向かっていた。
 今日はマリがステラを独り占めにする日、故にマリがステラとしたい事を好きなだけする日なのだが、ステラはまだそのプランを聞かされていない。

「ねぇマリ。今日は何をするつもりなの?」

「えーと、まだ言えないかなぁ。行ってみてからのお楽しみって事じゃ駄目?」

「別に良いわよ。楽しみにしてるわ」

「うん」

 それから数十分経って、ステラとマリは『ビル』に辿り着いた。
 街の中心にある時計塔と、街中にいるハトがトレードマークのこの街にも当然ながら秋が訪れていて、紅葉が散る中でハト同士が戯れる光景は中々絵になっていた。

「やっと着いたー。長かったねー」

「そうね。で、どこに行くの?」

「まずは『イラソル山』でキノコ狩りをしに行こうと思います」

「キノコ狩りかー。いいわね秋っぽくて」

「でしょ? じゃあ行こ? 道は馬車の中で確認したから着いてきて‼︎」

 そう言ってマリはステラの手を取って、『イラソル山』へと走り出した。





 『イラソル山』の中は一面真っ赤だった。
 炎と見紛うばかりに鮮やかな紅葉の木が一面に広がっている。地面も風が吹く度に舞う紅葉の葉が積み重なって赤い絨毯が敷き詰められたようになっていた。
 どこを見渡しても一面の赤。
 『渡月国』では和歌や短歌の中で、紅葉を最も美しく高貴な唐紅という色で表現する事があるらしいが、成る程確かにそうだ。秋の中で、四季の中で一番美しい赤はこれだと思える程に、紅葉の赤は美しい。

「綺麗だね」

「えぇ」

「じゃあ、そろそろキノコ狩りしましょっか。キノコはどこにあるの?」

「えーと、もうすぐ来るかな」

「え? 来る? それってどうゆう」

 と、その時、ステラの視界の端に赤いキノコが映った。
 キノコが見えた方を振り向くと、キノコの後ろにもう一つ小さなキノコが生えていた。
 山の中でキノコを見つけるのは難しい。二つ一気に見つけられたのは運がいいと言えるだろう。
 ラッキーと心の中で呟いてステラがキノコを掴もうとした時、キノコがぴょんと跳ねた。

「ーーえ?」

 目の前で起きた現象に小さく驚いて、ステラはまたしてもキノコを掴もうとする。
 そしたらまたキノコが跳ねた。それに遅れて、跳ねたキノコの後ろにある小さなキノコも跳ねた。
 よく見ると、小さなキノコの後ろに同じサイズのキノコが列を成して跳ねている。世にも珍しいキノコの群れ、その正体は一体何なのか

「あ、ピルピルだ」

「ピルピル?」

「突然変異によって生まれた自分で動く事が出来るキノコで、滅多に見る事ができないんだよ」

「へー」

「さてと・・・」

 ポケットの中を漁り、マリは笑顔でサバイバルナイフを取り出す。

「じゃあいっくよー」

「ちょちょちょちょちょ、え? な、そ、は? 何してんのマリ」

「え? やろうかなって」

「殺る⁉︎誰を⁉︎」

「キノコを狩ろうかなって。ピルピルは息の根を止めないと食べられないかな」

 息の根を止める?

「気の所為かもしれないからもう一度言ってもらっていい? 何を止めるの?」

「息の根。ナイフを突き立てれば動かなくなるらしいから。ちょっと待っててね」

 にこっ♩ と笑って、マリはピルピルの群れに近付き、サバイバルナイフでピルピル達を貫いていく。
 その間、おぁあぁあぁあぁあ‼︎ ぐぉわぁあぁあぁあぁあ‼︎ あんぎゃあぁあぁあぁあ‼︎ というピルピルの断末魔が辺りに響き渡り、ピルピル達が倒れていくのを、ステラは顔を真っ青にしながら見ていた。

「ふぅ。おしまい、ってステラちゃん?どうしたの?」

「いやー、中々アグレッシブなキノコ狩りだったなーって。断末魔が聞こえてくるなんて思わなかったなー。あははは」

「うん。私もちょっとびっくりしちゃった。じゃあこのピルピル達は持って帰って、次は裏でやってる梨狩りに行こっか」

「え、えぇ・・・」

 無残にも動かなくなったピルピル達をバックの中に詰め、マリとステラは梨狩りの会場へと向かう。







「わー‼︎ 梨がたくさん‼︎ 凄いねステラちゃん‼︎」

 梨狩りの会場に辿り着き、マリが目をキラキラさせながらそう言う。
 会場は既にたくさんの人で賑わっており、どこもかしこも梨だらけだ。

「まぁ、梨狩りの会場だしね・・・大丈夫よね、今度は断末魔上げたりしないわよね」

 ピルピル達の狩りの光景が軽いトラウマとなり、そう呟くステラに、マリは大丈夫だよと

「今度は普通の梨だから」

「そう。ならよかった」

 もう心を痛める必要は無いのだとステラは安堵する。
 休日遊びに軽い気持ちで来たのに、何度も断末魔を聞いていては心がもたない。

「よーし、じゃあどんどん狩ろう‼ 私あっち狩ってくるねー‼」

「あ、ちょっと、そんなに走ったら転ぶわよー‼ もう・・・」

 楽しそうなマリの姿を見て、ステラは自然に笑顔になる。
 マリは自分がしたい事や我儘を滅多に言わないため、今回も気を遣ってるんじゃないかと心配だったが、どうやらそんな心配は無かったらしい。

「さて、私も梨を狩りまくって」

「そこのお嬢さん」

 腕を回しながら梨を狩り始めようとしていたステラに、後ろから誰かが声をかけた。
 振り向くと、そこにいたのは背の低い老婆だった。

「どうしたんですか?」

「ちょいと尋ねたい事があってねぇ・・・あの青髪の娘、あんたの友達かい?」

「えぇ、友達ですけど。それが」

 と、その時、ステラの視界がぼやけ、足元がぐらついた。
 倒れそうになり近くの木を掴んで身体を支え踏みとどまると、老婆が心配そうな顔でステラに近寄ってきた。

「おやおや、大丈夫かい? 具合でも悪いのかい?」

「あ、いえ。大丈夫です。えっと、何の話でしたっけ?」

「あの青髪の娘の話だよ。あんたにとって、あの娘はなんだい?」

「あぁ、そうでしたね。私にとってマリは、大事な友達です」

「大事な友達」

「えぇ、そうです。あの娘は昔からずっと一緒にいる私の大事な友達。どんな時も優しくしてくれる大切な幼馴染です」

 ステラにとってマリは、欠けてはならない存在の一人だ。
 どんな時も、いつだって優しい大事な友達。
 マリがいなければステラは『モルガナ』ではずっとひとりぼっちだっただろう。ステラが一人じゃなかったのは、マリのお陰だ。

「あんたは、そのマリって娘の為なら、命懸けれんのかい?」

「えぇ。マリを助ける為なら、命だって何だって懸けられます」

「そうかい。もう十分だ。邪魔して悪かったね」

 そう言うと老婆は指を鳴らし、再びステラが立ち眩みを起こす。
 身体から力が抜け膝をついて、前を向くと、老婆はその場からいなくなっていた。

「あれ? あのお婆さんは・・・ていうか、私なんであんな事べらべら喋って」

「ステラちゃーん‼」

 消えた老婆について考えていると、マリの声が聞こえてきた。
 遠くの方で手を振っている。おそらく何か見つけたのだろう。老婆についての思考を中断し、ステラはマリの元に向かう。

「どうしたのマリ?」

「見て見てこれ‼」

「ん? げっ、これは・・・」

 マリが指差しているのは黒く変色した梨だった。
 実そのものが純粋な黒に染まっており、紫色の汁が滴り落ちている。
 実が原因か汁が原因か、そのどちらが原因なのか分からないが周囲の実も若干黒ずんでいる。どう見ても腐っているとしか思えない実を前に、舌なめずりする少女が一人。

「ねぇ、これ美味しそうじゃない?」

「え、そ、そうかしら・・・」

「絶対美味しいって。一緒に食べよ‼」

「一緒に!?」

 笑顔で悪魔の提案をするマリに、ステラは引きつった笑みを浮かべる。
 いくらステラでも、黒く変色した果物を食べるのには抵抗がある。というか、ステラでなくても普通の感性を持つ者なら抵抗があるだろうが、それに当てはまらないのがマリ=ガーネットという少女だ。
 ゲテモノ、キワモノ、グロモノ何でもござれの愛され系魔女っ娘には、黒ずんだ梨さえ宝石に見えていた。
 食べれば間違いなく腹を壊すであろう劇物、時間が生み出した植物兵器、食べれば間違いなく死あるのみだが

「食べたいなー」

 マリは乗り気でその劇物を食べようとしている、他でもないステラと一緒に。

 ――――まずい、まずい、これはまずい。あんなの食べたら絶対お腹壊すに決まってるじゃない。そもそもお腹壊すだけで済むかどうか・・・・

「ステラちゃん、食べないの?」

「えっ?あ、その」

 ―――でも食べないなんて言えない‼ 今日はマリのしたいようにさせてあげなくちゃ、でも・・・・あっ、そうだ‼

「マリ・・・」

「どうしたのステラちゃん」

「黒い梨って、凄い苦いのよ」

「えっ、そうなの?」

「えぇ、すごく、ものすごくよ。魔神や竜族だって気を失うくらい。ライゼさんだって一撃よ」

 ライゼさんが!? と目を見開くマリにステラは何度も頷く。

「そうよ。ライゼさんがやられるのよ」

「わー、そうなんだ。じゃあやめとこ」

 ―――よかった。

 黒梨を食べる未来をステラはなんとか回避し、その後はマリと二人で平和に梨狩りを楽しんだ。
 バッグに入りきらなかった分はその場で食べ、食後の運動として山内を散歩する事にした。その途中、偶然見つけた足湯施設で足湯に浸かり、二人はのんびり空を眺める。

「あー生き返るわねー」

「そうだね~」

「たまにはこんなのも悪くないわね」

「うん・・・」

 ステラの言葉を聞きながら空を眺め、マリはある事を考えていた。
 今回、二人きりで来た目的の事を。
 まず一つはペトロニーラへの弟子入りについての相談の事。
 『プリエール』の解放に向かうまであと一か月。
 マリはまだ他のメンバーに比べて強くなる事が出来ていない。一刻も早く強くならなければならない状況で、マリに最後に残された手は、ペトロニーラの弟子になる事。ペトロニーラの弟子になれば、間違いなく力を得れる。
だが、その代わり心を失う。
 自分一人で鍛えていても強くはなれない。そんな時、一体どうすればいいかを一番信頼出来るステラに相談する為に、二人きりになった。
 もう一つは

「あ、アキアカネ。綺麗ね」

「うん。ねぇ、ステラちゃんはアル」

「ん?」

「あ、いや、なんでもない」

 ーーやっぱり、まだ聞けない。アルジェントさんの事をどう思ってるのかなんて

 もう一つの目的は、ステラがアルジェントの事をどう思っているのかを聞く為だ。
 ステラはマリ以外のメンバーともよく話す。その中でも特に一緒にいる事が多いのがアルジェントだ。
 アルジェントと一緒にいる時、ステラの表情は他のメンバーといる時と少し違う。
 思い違い、単なる勘違いなのかもしれない。でも、マリにはそんな気がしてならない。
 だから、その事について聞こうと、前から思っていた。
 すなわち、ステラはアルジェントの事が好きなのかどうか。ずっと気になって、考え続けていた疑問、答え次第で全てが変わってしまう問いの答えと、魔女からの誘いについて結局マリは、どちらの事も聞き出す事ができなかった。







 アキアカネは空で八の字を描いていた。
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