お伽の夢想曲

月島鏡

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第三章 深海の星空

第二十八話 本当の宝物は

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 リーベとの戦いを終え、ステラはアルジェントの元へと向かった。
 テトロドトキシンの毒に侵されながらリーベと戦い、アルジェントは死の淵に追い込まれた。
 最後にはステラを庇って――・・・
 すぐにでもユナの元に連れて行かなければ命が危ない。なのに

「どこ? どこにいるの? アル」

 どこを探してもアルジェントが見つからないのだ。
 走れど走れど、倒れる狼は見当たらない。
 テトロドトキシンの毒で死に至るまでの時間はニ十分。リーベにテトロドトキシンを盛られてからもう十数分になる。早く見つけなければ、今度こそ本当にアルジェントは死んでしまう。

「ていうか、よく考えたら私もユナも危ないのよね。どうしよう、どうすれば」

 顔を押さえてステラは打開策を考える。
 考えて考えて、ステラはまず結晶に囚われてるメンバーを救い出す事にした。
 メンバー全員で探せばアルジェントを見つけられるかもしれない、そもそもアルジェントを見つけた時ユナが行動不能の状態では意味が無いと判断したからだ。
 ステラは急いで結晶の元に向かい、ある男を見つけた。
 それは、長い金髪を竜の尾の様に纏めた長身の男、ライゼ=クロスハートだった。

「ライゼさん‼」

 一番頼りになる男を見つけて、ステラは思わず声を上げる。
 すると、ライゼはステラに気付いて振り向いて、笑顔でステラに手を振る。

「やぁステラちゃん。頑張ったね。リーベちゃんとの決着はついたみたいだね」

「えぇ、なんとかって、そんな事より、アルが、あれ?」

 その時、ステラはライゼが何かを抱えている事に気付く。
 人、いや、耳が付いている、獣人だ。黒髪の獣人、見覚えがあるその人物は、間違いなくアルジェントだった。

「あぁ、ごめんね、不安にさせちゃって。近くにアル君が倒れてるの見つけたから連れてっちゃった。アル君にしては珍しくボロボロだし、テトロドトキシンかな、毒に侵されてて一刻も早くユナに治してもらわなきゃいけないみたいだったから」

「そうだ‼ ユナに治してもらわなきゃ、結晶を壊さないと」

「壊す? そんな必要ないよ」

 拳を構えるステラに、ライゼは手首を振って否定のジェスチャーを見せる。
 それから笑みを浮かべて

「ステラちゃんは魔神って知ってる?」

「魔神、詳しい事は知りませんけど、本で読んだ事があります。『レーヴ』創世の時代から存在する邪悪な存在。『レーヴ』で一番危険で一番凶悪な種族といわれ、その存在は『レーヴ』に広く知れ渡られてはいるものの、目撃例や文献が極めて少ない事から、伝承の中だけの存在、空想の産物といわれてる種族、ですよね?」

「うん、大体合ってる。では、ここでクイズ‼」

 デデン! と、自分で効果音を口にしてライゼは人差し指を立てる。
 唐突に始まったクイズに困惑するステラに、ライゼは顔を近付ける。

「魔神の特性は一体なんでしょう!?」

「えぇ!? えっと、や、闇的な何か? それともなんか凄い力を持っているとか? いや、魔神っていう位だから魔で神なもっと凄い何か」

「ぶっぶー‼ はーい時間切れー。なんか凄い力っていうのはいい線いってたよ。でもハズレだ。正解は」

 そう言いながらライゼはメンバーが囚われている結晶にそっと触れる。
 すると、結晶が白く輝きだして、次の瞬間音を立てて砕け散った。
 砕けた破片が、海の色を映し出し七色に煌めく様子が美しかった。そんな事をステラが思っていると、ライゼは左の掌をステラに向ける。

「触れたありとあらゆる魔法を無効化する。それが魔神の、僕の特性だ」

「僕のって、ライゼさんまさか」

「ステラちゃんにはまだ言ってなかったね。僕の正体は魔神、この世で一番邪悪な存在さ」

 ライゼが告げた言葉に、ステラは驚き、それからすぐに納得した。 

 ――どおりで強い訳ね。

 『魔神の庭』の屋敷に『眠らぬ月』が襲撃しに来た際、ライゼは威圧だけでガルシアとルシフを退けてみせた。
そんな真似が出来るのは、そもそも、曲者揃いで実力者だらけの『魔神の庭』のメンバーを(一応)纏める事が出来るのだから、ステラはライゼの事を人間ではないだろうと思っていた。
 砕けた水晶は光の粒子となって消え、結晶から解放されたメンバーが海底に落ちる。
 ライゼはすーっと大きく息を吸って

「みーんなー‼ おーきーろー‼ 戦い終わったよ――‼ おっきろー‼」

 隣にいるステラの耳が痛くなる程の声量で叫んだ。
 それからメンバーの元に移動して

「ねぇねぇねぇねぇねぇ、起きて起きてー、戦い終わったよー、ねぇってばー、ステラちゃんと僕勝ったよー、僕凄いカッコよかったよー、ねーぇー、リオくーん、リリィちゃぁーん、ローザくーん、ユーナァー、マーリーちゃーん、ねぇってばー、早く起きて僕を褒めてー、ねーぇー」

 ウッザ‼ と、メンバーをつつき回すライゼを見てステラは心の中で叫ぶ。
 やられてる方がつらいんだろうが、はたから見ていても鬱陶しい。
 心なしかメンバー全員の顔色が悪くなってるように見える。それでもライゼは構わずメンバーにちょっかいを出し続け

「ねぇねぇー、皆褒めてー、僕めっちゃ頑張っ」

「うるっせぇ‼」

 最初に目覚めたリオに殴り飛ばされた。
 ステラが綺麗な放物線を描いて飛んでいくライゼを見てからリオを見ると、リオは息を切らして、ったくと呟いて

「こっちは全身骨折れてるっていうのにちょっかい出してくれやがっ痛ぁ‼」

 急に倒れた。
 あ、あが、ぐおああああああああ・・・と、苦しそうに呻くリオにステラは急いで駆け寄る。

「リオ‼ 大丈夫!?」

「あ、あぁ、ステラか。大丈夫だ。問題ない」

「どこが!? 大丈夫そうに見えないけど」

「平気だ。軽く全身複雑骨折してるだけだ」

「大問題じゃない‼」

 軽く全身複雑骨折とは?
 それから、他のメンバーも少しずつ目覚め始めて、やがて全員が目を覚まし

「あれ? 私、一体・・・あっ、ステラちゃん‼」

 その中の一人、マリがステラに気付き、ステラに駆け寄る。
 駆け寄って来たマリにステラは笑いかけて

「マリ、無事だったのね。良かった」

「私は大丈夫だけど、ステラちゃん凄い怪我。大丈夫なの?」

「えぇ、でもアルが、ユナに治してもらわなきゃって、あれ? ユナは?」

 その場からいなくなったユナを探してステラが辺りを見渡すと、ステラの後ろでアルジェントの治療を開始していた。

「すでに治療中よ」

「ナイスユナ、仕事が早い」

「アルは、それ以外も全員任せなさい。必ず全員治すわ。次はあなたよステラ、あなたも毒あるんだから」

「うん、ありがとう」

 ステラがユナに笑顔で礼を言うと、マリの顔から一気に色が抜ける。
 それからマリはステラの両肩を掴んで

「ど、毒ってどうゆう事? え? 何されたのステラちゃん」

「あー、ちょっとフグの毒を」

「フグ!? そんな‼ だ、だ、大丈夫なのステラちゃん!?」

「大丈夫よ。別にどこもなんともないし」

「本当!? お腹痛くいない!? 頭は!? 胸は!? つらかったり、痛かったりしたら強がらないで素直に言って・・・‼」

「本当に大丈夫よ」

 ユナはステラとマリのやり取りを横で聞きながら、どこもなんともない、か、と呟く。それからアルジェントの治療を終わらせ、ステラの治療を開始する。
 それから順々に症状が重いメンバーを優先し、リオ→リリィ→ライゼ→ユナの順に治療を行った。
 傷だらけで、今にも死にそうだったメンバーは、五分もしない内に全員元通りになった。

「さて、こんな所かしら」

「ありがとうございますユナ様。今度ばかりは死ぬかと思いました」

 腰に手を当てるユナに、アルジェントは胸を撫でおろしながらそう言うと、その後ろからステラが近付いて上着の背をつまむ。
 それに気付いたアルジェントが振り向くと、ステラは俯いていて

「よかった」

「ステラ?」

「生きててくれて、本当によかった」

 ホッとした様に言うステラの言葉を聞いて、アルジェントは目を見開く。
 それからステラは顔を上げてアルジェントに笑顔を向ける。

「今回ばかりは、本当に死んじゃうんじゃないかって、そう思ったわ。でも生きててくれて、本当によかった」

「ステラ・・・」

「ていうか、あんたがそう簡単に死ぬ訳ないわよね」

「当然だよ、僕は君の―――」

 とアルジェントは何かを言いかけて、通路の入り口から複数の気配が近付いてくるのを感じ、通路の入り口に視線を向ける。
 すると、通路の入り口から傷だらけのリーベと、聖騎士達そしてベリルが現れた。
 現れた『海鳴騎士団』の精鋭達に、ステラ以外の全員が警戒し、リオが一歩前に踏み出る。

「何しに来やがったてめぇら、そんな状態でやり合うつもりか? こっちは全員全快だ。いくらてめぇらといえど勝ち目は」

「ごめんなさい‼」

「は?」

 自身の言葉を遮り、謝罪の言葉と共に頭を下げたリーベと『海鳴騎士団』の一同に、リオは目を丸くする。
 ステラ以外の『魔神の庭』のメンバーもリオと同じような反応を見せ、誰も何も言えずにいる。
 リーベはそのまま、皆には、と謝罪を続ける。

「『魔神の庭』の皆には、本当に酷い事をしちゃった。騙して、殺そうとして、皆、何も悪くないのに、私の所為で傷付いて、本当に、本当にごめんなさい・・・」

「リーベ・・・」

「私も、本当にすいませんでした」

「ベリル」

「皆さんを騙して、皆さんを危険な目に遭わせるきっかけを作ってしまい、その上ステラさんを傷付けた。どんな罰でも受ける覚悟は出来てます」

「ベリル、分かったわ」

 そう言うとステラは、ゆっくりとベリルに近付き、ベリルの前に立つ。
 顔を上げたベリルに、ステラは鋭い眼差しを向けて右腕に血の甲冑を纏うと、ベリルの顔の前に右拳を突き出す。

「覚悟はいいわね?」

「はい」

 簡潔な質問にベリルが二つ返事で答えると、ステラは右腕を引き、ベリルはぎゅっと目を閉じる。

 ――これが、私の罰だ。ステラさんを傷付けて、見ず知らずの私にも親切にしてくれた『魔神の庭』の皆さんを危険に晒した。その罰なんだ。こんな事、皆さんが受けた傷に比べれば小さなもの、逃げたり泣いたりは許されな

「ぺいっ」

 と、次の瞬間、ベリルの頭頂部にステラはチョップを振り下ろした。

「あいたぁ‼ えっ? え!?」

 予想外の攻撃による想定外の激痛に、ベリルは頭を押さえて涙目になる。
 混乱するベリルをステラはニヤニヤしながら見つめ、どう? と問いかける。

「痛いでしょ?」

「はいっ‼ すっごく‼ てかなんでチョップ!? 絶対に殴られる流れだと思って目を閉じたのにそうゆう感じなんですか‼」

「何って、どんな罰も受け入れるって言ったから」

 当然の事の様に言うステラに、ベリルは開いた口が塞がらない。
 その表情からは、えっ? これで終わり? と思ってる事が伺えて、ステラは小さく笑う。

「罰とかそんなの、別にしようとは思わないわ。あなたがした事が良いとは思わないけど、あなたはそれを後悔してる。確かに私はあなたに傷付けられた、でも私もあなたを傷付けた。お互い様、それで充分じゃない」

「ステラさん・・・」

「それに、私あなたの事好きだし。って事じゃ駄目かしら?」

 そう言いながらステラはメンバーに確認を取ると、リオは溜息を吐いてから、やれやれと首を振る。
 それから片目を閉じながら頭を掻きながら、しょうがねぇな、と

「お前がそれでいいなら別に構わねぇ、だが、騎士団長、ベリル、他の奴らもだ。一つだけ約束しろ」

 そして、『海鳴騎士団』の面々を見据えて

「もう二度と今回みたいな事はするんじゃねぇ、いいな?」

 そう、低い声で言うと、リーベは頷いて胸に手を当てる。

「約束する。もう二度と今日みたいな事はしない。私はもう、誰も傷付けない」

 声音に、言葉に、決意を込めて、リーベはそう言う。
 間違い続けてきた人生だったけれど、許されない程に傷付けてしまったこの手だけど、それでもやり直せるなら、やり直したい。
 傷付けるばかりの自分でも、誇っていい事があると、自分にしか出来なかった事が、救えたものがある筈だと、そう教えてもらったから、だから、リーベは改めて決意する。
 誰も傷付けず、誰かの為に生きる、そんな生き方を、そんな道を歩み続ける。
決して止まりはしない、と。

「分かった。お前の言葉を信じる。他の奴らは・・・」

 と、リオが再度確認を取るが、メンバーの答えは決まっていた。

「僕も信じるよ。リーベさんの言葉には嘘は見えない」

「私も―‼リオ君が信じるなら‼」

「今回だけよ」

「本当に、もうしないでくださいね?」

「仕方ないなぁ、まぁ僕は器が広いから許すけ」

「お前は黙ってろ」

 全員が、リーベの言葉を、リーベを信じると口にした。
 ただ一人、昏い瞳でリーベを見つめるローザを除いて。この時、メンバーはそんなローザの様子に気付いていなかった。
 『魔神の庭』と『海鳴騎士団』の戦いに完全な決着が着くと、壊れた天井から誰かが飛び降りて、リオの頭を踏みつけた。

「おごはっ‼」

 突然の急襲を回避できず、リオはその場に倒れる。
 無防備な頭部に見事に直撃、鮮やかなまでの攻撃だ。
 倒れたリオにリリィは、リオく――ん‼ と顔を青くして叫びながら駆け寄る。
 その光景を見ながら、飛び降りてきた人物、赤髪の少年は、すまんすまんと軽い調子で謝罪する。

「下に人がいるかよく見とらんかった。許してくれ」

 突然現れた少年に、その場にいるほとんどの者が驚きを示す。
 少年は驚きの表情を浮かべる面々にマントを翻して

「儂の名はルドルフ=グリム。いずれ世界最強の魔導士になる予定だった魔導士じゃ」

 そう名乗った。
 名乗りを上げたルドルフに、リオが、グリムだと? と呟いて

「お前、『グリム王国』の王子か? 確か今は王子じゃなくて王女が、確かアイリスってのがいた筈だが」

「元じゃ元、儂はもう既に死んでおる。いわゆる幽霊って奴じゃな」

「幽霊? あ? え? どうゆう事だ?」

 突然の登場、『グリム王国』の元王子という素性、既に死亡している幽霊である事実、多すぎる情報量にリオの頭が追い付かない。
 それを察してか、ステラが簡単に説明するとねとルドルフの説明を始める。

「ルドルフは百年前に死んだ『グリム王国』の王子様で、リーベの恋人、今回リーベが私達の魔法を奪おうとしたのはルドルフの為だったの」

「そうだったのか」

「そうじゃ。あと、ステラよ、リーベの恋人って所もう一度言ってもらえるかの?」

 ステラに詰め寄りよく分からない要求をするルドルフを見て、リーベは顔を赤くする。
 すると、エンジェライトが一歩前に出て

「あの、ちょっといいですか?」

 挙手をしてルドルフに声をかける。
 なんじゃ? と自分の方を見てきたルドルフを、エンジェライトは眼鏡のブリッジを持ち上げながら見つめて

「あなたがあの、団長が昔よく言っていた世界一カッコよくて、可愛いくて、優しくて、男前で、声が綺麗で、何もかもが素敵な世界一大好きな人、ルドルフ=グリムなんですか?」

 突然リーベが過去に言っていた惚気を真顔で暴露した。
 それを聞いてリーベはぼんっ‼ という音を立てて頭から煙を出し、ルドルフは、うむうむと何度も頷く。
 両者のリアクションを見て、エンジェライトはなるほど、と

「どうやら本当みたいですね」

 忌々しそうにそう言う。
 直後、リーベはエンジェライトの両肩を掴んで大きく揺さぶる。

「エンジェ~‼ どうして言っちゃうのぉ‼ 内緒にしてって言ったのにぃ~‼」

 顔を真っ赤にして、目に涙を浮かべるリーベに、エンジェライトは目を逸らして別にと唇を尖らせる。
 少女二人がじゃれ合ってる中、ルドルフは満面の笑みを浮かべて

「ほほぉ、そんな風に想ってくれてたんじゃなぁ。儂は嬉しいぞリーベ」

「ちょ、あ、え、えと、ま、あぁ、うぅ・・・」

「恥ずかしがる事なかろう? それ位の事、儂はいつでも言えるぞ。儂がお前に思ってる事は、可愛い、髪が綺麗、仕草も可愛い、笑顔が可愛い、泣き顔も怒った顔も困った顔も全部可愛い、可愛いはお前だって事かの。一言でまとめると、大好きじゃ愛してるって事じゃ」

 恥ずかし気もなくリーベに思ってる事をルドルフは言う。
 それを聞いてリーベ、何故かリリィとマリ、ベリルまで顔を赤くする。
 それからエンジェライトが、そうですかと言って、ルドルフの目を見る。

「あなたは、本当に団長の事が大好きなんですね」

「おう‼ 世界一愛して」

「だぁ――――――っ‼ ストップ‼ ストップ‼ これ以上は駄目ぇ――――――っ‼」

 ルドルフが言い切る前に、リーベはルドルフの口を押える。
 それを見て、エンジェライトは小さく息をしてから微笑んで

「良い彼氏さんですね、団長」

 と、そう言った。
 それに対してリーベはルドルフの口を押えたまま真っ赤な顔で、ありがとっ‼ と早口で返した。
 アンデシンは後ろからエンジェライトを心配そうに見つめていて、声をかけようとしていたがやめた。
 ルドルフはリーベの手をどかすと、お前ら‼ と叫んだ。

「戦いは終わって、誰一人死人は出なかったんじゃ。やる事があるじゃろう?」

「私何回も死んでるんだけど~」

 ジト目で呟くターフェの言葉に、マリとユナは、んんっ‼ と気まずそうな表情を浮かべるが、ルドルフは無視して続ける。

「大団円の幕引きは、宴と決まっておろう‼ 終戦の宴じゃあ‼」

「宴? 今から?」

 と問いかけるステラに、ルドルフは腕を突き上げて

「そうじゃ、宴じゃ‼ 今からやるぞ‼ やると言ったらやる‼ いいな‼」

「いや、でも、急に」

「うるさい‼ やるったらやるんじゃ‼」

 さっきまでの男らしい言動から一転して、子供の様に駄々をこねるルドルフに誰もが困った顔をする。
 しかし、ルドルフはそんな事は意に介さず胸の前で拳を強く握り絞め、次の瞬間、こう言い放った。





「今まで誰とも話せなかったからなんか楽しい事したい‼」




 ルドルフの悲痛な叫びはまだまだ続く。

「儂今まで百年間魔道具に閉じ込められて誰とも一切会話せずに恋人が目の前にいるのに気付いてもらえずに過ごし続けたんじゃぞ可哀想とは思わんか? 百年じゃぞ百年並みの人間なら孤独から来るストレスに耐えられず死んでもおかしくないレベルじゃぞその後無残な遺体が発見されて傍らにこんな遺書があるのが見つかるんじゃ寂しい恐い辛い耐えられないってな涙で所々濡れて殴り書きの様な文字でああ想像するだけで悲惨じゃそんな孤独に耐え続けてきたんじゃぞ? それ位の事を要求したって罰は当たるまいていうか当たってたまるか十四歳で死んで百年越しの孤独を耐え抜いたその褒美といっては言い方がおかしい気がするが報いがあっても儂はいいと思うぞなぁ頼むから宴を開こうぞ儂お祭りとか賑わい事とか大好きなんじゃお願いじゃ儂の願いを聞いてくれ頼む儂この場にいる全員と話したい今まで誰とも話せなかった分いっぱい喋りたいんじゃよライゼ以外~なぁ頼むこのまま死んだら儂怨霊になるぞそれでもいいのか? 構わないと言うなら別にいいが後悔するじゃろうな~儂の悪戯は当時の国王と城の衛兵すら戦慄するレベルじゃから怨霊になったら更にレベルアップするじゃろうな~あぁリーベにはそんな酷い事しないからな大丈夫じゃぞ」

 思った以上に喋るな、とステラは声に出しそうになる。
 百年以上誰とも会話しなかった反動だろうか、それとも師匠ライゼに似たのだろうか、リーベの話を聞く限りここまでお喋りな少年では無かった筈なのだが・・・

「うーん、私は別に良いんだけど、皆の怪我を治さないと」

「じゃあ、私が」

「いや、必要無い」

 『海鳴騎士団』のメンバーを治療しようとしたユナを遮って、一人の老人の声がその場に響く。
 通路の入り口から現れたのは、虹髪の大男、シェル=メールだった。
 現れたシェルにライゼは、やぁと気さくに声をかける。

「拘束解いたんだね。結構きつく縛ったのに」

「ぬかせ、去り際にわざと拘束を緩めていった癖に」

「リーベちゃんが倒されて改心すれば、君には戦う理由がない。そして、ステラちゃんならそれが出来ると僕は信じていた。全部思い通りさ」

「ライゼさん・・・それより、あなたは?」

突然現れたシェルに名を訪ねると、シェルは腕を組んで俺はと

「シェル=メール、『海鳴騎士団』先代団長だ」

「メールってリーベと同じ・・・」

 ラストネームを聞いて、ステラは現れた人魚がリーベの話に出てきた虹髪の人魚、リーベの父親のシェル=メールである事を理解する。それから恭しくお辞儀をして

「私はステラ=アルフィリアです。よろしくお願いします」

「よろしく」

「あの、シェルさん、治療が必要無いというのは一体どうゆう意味で」

「俺が治すという意味だ。虹の恩寵レインボーグレイス

 次の瞬間、シェルの身体から放たれた七色の極光が『エクラン』を包み込んだ。
 眩しいが、暖かで決して目が痛くなるような光ではなかった。
 光が晴れると、リーベ達とシェルの傷は完治していて、ユナは自身に起きた異変に気付く。

「魔力が回復してる・・・」

 『魔神の庭』のメンバーの回復で消費した魔力が回復したのだ。
 驚くユナにシェルは腕を組んで

「これが俺の魔力『虹輪アノクロール』、七色の光を操る魔力だ。光で攻撃する事も光で体力と魔力を回復する事も出来る」

「しかも、その光の一つ一つが属性を持ってるんだよね。赤が炎、 橙色が土、黄色が雷、緑が風、水色が氷 青が水、紫が毒だっけ。七つの魔の煌めきで敵を討つ、『七煌の騎士』に相応しい魔力だ」

「人の魔力の説明に割り込んで来るな」

「ちぇ~」

 舌を出すライゼを無視してシェルは兎に角と、一度咳ばらいをしてからルドルフを見る。

「これで全員回復した。グリムの王子よ、準備が完了し次第いつでも宴は出来る」

「あぁ、ありがとうな親父殿」

 屈託のない笑顔を浮かべるルドルフを見て、シェルは目を閉じて在りし日の娘との会話を思い出す。








 それは、百年前リーベが自分の部屋から出てこなくなってしまった頃の事だった。
 当時リーベはいくらシェルが声をかけても反応せず、返事もしなかった。
 二日や三日ではなくそれが何週間も続き、過度な不安と心的負担によりシェルの身体は一時期喀血する程に追い込まれた。
 それでもシェルは自分よりリーベの事を心配し、リーベに声をかけ続けた。
するとある日、リーベは自身の部屋にシェルを招き入れた。大事なお話があるのと、そう言って。
 一体何を言われるのか、シェルはそれまで生きてきた中で一番の不安を感じながらリーベの言葉を待つ。
 緊張するシェルに、リーベは、あのねと話を切り出す。

「声かけてくれたのに、無視してごめんなさい」

「あ、お、おぉ、大丈夫、いや大丈夫じゃない、でも問題ない何言ってんだ俺。あー、えー、なんだ、悩みでもあったんだろう?お前は理由なしにパパに酷い事する様な娘じゃないからな」

「うん・・・」

 前半動揺しまくりだったが言いたい事を言う事が出来たシェルに、リーベは弱々しい様子で答える。
 いつも笑顔で元気な明るい娘が弱ってる姿にシェルは胸を痛める。
 自分がパパとしてどうにかしなければ、とシェルは決意する。

「なぁリーベ、もしも話せるなら話してくれないか? パパでよければ力になるぞ」

「本当?」

「あぁ、本当だ」

「最後までちゃんと聞いてね」

 そして、リーベはルドルフと出会ってから結ばれるまでの経緯を話した。
 ペトロニーラに身代わりを頼んで『エクラン』を抜け出していた事も。
 シェルは一度も話の腰を折る事なくリーベの話を聞き終えると、なるほどと小さく息をしてから顔を押さえて

「ついに彼氏が出来てしまったかぁ~、はぁ~、あ~・・・」

 憂鬱、寂寥、悲嘆、それらの感情を混ぜ込んだ鉄塊よりも重い溜息を吐き出す。
 『七煌の騎士』たる所以である虹色の髪と瞳からは輝きは失われ、覇気も全く感じられない。
 シェルは一瞬にして生きる屍と化してしまった。風が吹けば灰になって飛んでいきそうな感じまである。

「パパ? 大丈夫?」

「ん?あ、あぁ、大丈夫だぞ」

 ――全然大丈夫じゃない。彼氏? 嘘だと言ってくれ頼むから。
 嘘だろ~、えぇ~、だってまだ十四歳だぞ。付きあうのはまだ早すぎるだろ~。
 そもそも相手のルドルフとかいう奴は本当に大丈夫なのか? 良い奴みたいだが、ちゃんとリーベを守れるのか? マジ不安っしょ。とりま俺の十倍は強くてメチャイケてるメンズじゃなきゃリーベの彼ぴっぴとは認められないわぁ。今度カチコミしてどれだけ強いか確認して

「あ、話の続きだけどね」

「お、おう。なんだ?」

「最後にもう一度会おうって約束してから、もう二ヶ月以上経ったのに、ルドルフがまだ帰って来ないの。何かあったんじゃないかって不安で・・・」

「ルドルフはベスティアに訪問しに行ったんだろう? グリムからベスティアまでは距離がある。話し合いが難航してて帰るのが遅くなってる可能性もある」

「そうだよね・・・」

 冷静に、考えられる可能性をシェルは述べるが、リーベはそれでも心配な様子だ。 

 ――それもそうか、初めて好きになった相手がずっと帰って来ないんだもんな。不安になって当然だよな。

自分も人を好きになって、その女性ひとと長く会えない事があったから、シェルはリーベの気持ちが痛い程理解できる。
 だからこそ、シェルはリーベの気持ちに寄り添おうとする。

「リーベ、ルドルフならきっと大丈夫だ」

「パパ?」

「約束したんだろう? 必ず帰ってくると。お前が信じた男が言った事を、俺も信じる。なんなら探してきてやろうか?」

「本当⁉︎ いいの⁉︎」

 飛び上がるリーベにシェルは、あぁと言って頭に手を置き優しく撫でる。

「あぁ、ただし勝手に抜け出した事については後でお説教だからな」

「はい・・・」

 しゅん、と分かりやすく落ち込むリーベを見てシェルは口元を緩める。
それから天井を見上げ、仕方ないなと呟く。
 本当ならシェルは娘以外の事で時間を割く事が好きではない。それでも、リーベがルドルフを心配していているというのなら、シェルはリーベの為にルドルフを探さなくてはならない。
 リーベの笑顔の為なら嫌いな事だってすると、そう決めているから。それに

 ――リーベが好きになった相手だからな。きっと良い奴なんだろう。ま、ちゃんと厳正なる審査を行った上で彼氏に相応しいかどうか判断するがな。

「じゃあ、俺は明日にでもルドルフを探しに行くから、お前も大丈夫になったら皆の所に顔出してやれ。皆んな心配してたぞ、俺はそれ以上にお前を心配してたけどな」

「パパ、どうしたの?」

 キリっとした表情でよく分からない事を言う父にリーベは首を傾げる。
 それからシェルは、なぁリーベと

「久しぶりに顔を見せてくれたんだ、もう少し話さないか?」

「じゃあ、ルドルフの話をしてもいい?」

「うぐっ、あ、あぁ、聞かせてくれ」

「うんっ‼︎ あのね」

 それからずっと、出会ってから結ばれるまでの過程での説明では言わなかった事を、リーベは語り続けた。
 その時の笑顔をシェルはよく覚えている。
 嬉しそうにルドルフの事を喋るリーベは、今まで自分が見てきた中で一番輝いていて――・・・










 ――あの頃が一番楽しそうだったな。

 ペトロニーラの身代わりには気付けなかったが、リーベの雰囲気が変わってる事にはシェルも薄々気付いていた。
 リーベを見ていると、毎日何かを楽しみにしていて、明日を待ちきれずにいる、そんな様子が伝わってきた。
 リーベがそう思う様になったのは、その笑顔をもっと素敵なものに変えたのは、やはり

「お前だったんだな・・・」

 一目で分かった。
 どおりでリーベが好きになる訳だ。
悪意なんてものとは無縁の、無邪気で透き通った瞳をしている。
 もしも生きていれば必ずリーベを幸せにし、歴史に名を残す傑物となっていただろうに

「ん?どうした?」

「いや、なんでもない。早速準備に取り掛かる」

「おう、頼んだ」

 ーー生きていれば、なんて、必死に生きた者に対して失礼か。こいつは、ルドルフは最後までやり切った。
 最後までリーベを愛し続けた。
 それからも、終わった後も、ずっと、ずっと――・・・
 なぁ、ルドルフよ。俺の愛娘の心を奪ったお前を正直好きにはなれんが、感謝はしよう。




 リーベを愛してくれてありがとう。





 それから宴の準備は着々と進んだ。その様子を海底に座って楽し気に眺めるルドルフの横に、ライゼは無言で腰を落とす。

「いいのかい?」

「何がじゃ」

「リーベちゃんと話さなくてさ。もう近いんだろう? 最期は。話したい事は沢山あるんだろう? なら今の内に話しておいた方が良い」

「なんじゃ、気を遣ってるのか? 珍しいな、今日の天気は大災害じゃなこりゃ」

 と、笑いながら皮肉を言ってみせるルドルフに、ライゼは神妙な表情を浮かべる。
 普段は見せない表情を浮かべ、瞳に哀しみを浮かべるライゼに

「そんな顔するな、儂の師匠が情けない。それに、儂なら、儂とリーベならもう大丈夫じゃ。『永遠』の意味を増やして、渡してきたから」

「『永遠に忘れられない日』と『永遠の想い』か、悲しい花言葉を二人だけの思い出と約束に変えるなんて、中々素敵じゃないか」

「思考読むな。まぁ、もう心配はいらぬ。儂も、あいつも」

 リーベにはたくさんの仲間がいる。
 間違えても正してくれる奴がいる。
 なら、もう大丈夫だ。ルドルフが思い残す事は無い。あるとすれば

「大勢で騒ぎたい、それ位じゃ」

「そっか、騒ぐ準備は整ったみたいだよ」

 ライゼがそう言って立ち上がると、宴の準備は既に終わっていた。
 パーティ用の長テーブルがいくつも並べられ、その上にはたくさんの料理が並べられている。
 気が付けばリーベや聖騎士達以外にもたくさんの『海鳴騎士団』の団員が集まっていた。
 あとは二人、ルドルフとライゼが行けば宴は始まる。さてとルドルフは立ち上がって

「行くか。ライゼ、新しい隠し芸はあるんじゃろうな? 今日の盛り上げ役はお前じゃからな」

「いいだろう。とっておきの隠し芸を披露しようじゃないか」

 腕を回しながら言うライゼに、ルドルフはふっと笑って

「それは楽しみじゃ」

 そう言って宴の席に向かった。








 『魔神の庭』と『海鳴騎士団』、二つのギルドのメンバーの視線は一人の少年に向けられていた。
 少年、ルドルフは甘酒が入ったグラスを手に持ち、目を閉じて笑みを浮かべている。
 少しして目を開けると、ルドルフは息を吸って

「あー、えーと、こうゆう場で何を言えばいいのか、儂にはよく分からん。だから、言いたい事を言わせてもらう」

 まず

「人死にが出なくて本当に良かった。誰か一人でも死んでしまったら、残された者は悲しむ、逝ってしまった側はやり切れぬ。何も良い事は無いからのぉ。ま、長々と説教じみた事を言っても面白くないからの、前置きはこの辺にして、そろそろ始めようか。えー、『魔神の庭』と『海鳴騎士団』の和解を祝って、カンパーイ‼」

「カンパーイ‼」

 ルドルフがグラスを掲げると、会場中に喜びの声とグラスがぶつかる音が響き、宴が始まった。
 我ながら上手く挨拶ができたとルドルフが思っていると、ベリルがあの、と声をかけてきた。

「ルドルフさん、お話いいですか?」

「ん? お主は」

「『海鳴騎士団』の騎士見習いベリル=ミルグリーンです」

「ベリルか、よろしくな。で、どうしたんじゃ?」

「えっとー、団長のお話を聞きたいんですけど、昔の団長との思い出とか団長の意外な一面とかそうゆう感じの話を」

 ひそひそ声で呟くベリルにルドルフはふむふむと頷いて、エンジェライトがベリルの後ろから現れる。
 いつの間にかその場にいたエンジェライトにベリルもルドルフも違和感を抱かず、ルドルフはそうじゃなぁ、と指を立てて

「あいつがバレンタインチョコを作ろうとした時の話をしようか」

「是非‼」

 盛り上がり始めた三人から少し離れた所で、アンデシンはアルジェントを見つめていた。
 というか、睨みつけていた。アンデシンと絡んだ記憶が、それどころかさっき初めて会って自分が何故アンデシンに睨まれてるのか理解できず、アルジェントはただひたすら混乱する。
 すると、アンデシンがアルジェントに手を伸ばし、その腕を掴み顔を寄せる。

「おい、ケモ耳ちゃんよぉ」

「――――っ‼」

「いい男だなぁ。かなりの美形じゃねぇか」

「え?」

 予想外の言葉に、アルジェントは思わずふ抜けた声を出す。
 数秒まで自身に向けられていた視線の鋭さと全くそぐわない内容の言葉、それが嘘ではなく真実である事は、アンデシンの美術品を眺めるかの様なうっとりとした表情を見れば明らかだった。

「なぁ、ケモ耳ちゃん。今度あたいと一緒に食事にでも行かねぇか? いい飲み屋を知ってるんだよ。立ち飲み屋なんだが、そこの鳥から揚げが絶品でな」

「成程」

「その後は散歩でもして」

「すいません」

 アンデシンの言葉を、アルジェントは遮る。
 それから一瞬だけステラの方に視線を向けて、アンデシンに向き直り

「先約があるので・・・」

 そう言ってやんわりとアンデシンの誘いを断り、鉄拳がアルジェントの頬を掠めたのはそれとほぼ同時だった。
 首だけ動かしてアルジェントが鉄拳を躱し、アンデシンを見ると、アンデシンは怒りと悲しみで顔を真っ赤にしていた。
 奥歯を強く噛み締めるとアンデシンは踵を返して

「けっ‼ ばーか‼ お前なんかこっちから願い下げだバカヤロー‼」

 恨み言を叫びながらどこかへと走り出し、離れた所にいるエンジェライトに飛びつき、エンジェライトを引っ張っていってしまった。
 少し距離が離れていたが、アルジェントの目にはエンジェライトが必死に抵抗する姿が鮮明に見えた。
 心の中でご愁傷様ですと手を合わせ、アルジェントはエンジェライトの不遇を気の毒に思う。

「びっくりしただろう。悪い奴ではないんだ。多少感情的なだけで」

 笑みを含んだ声と共にルベライトが現れる。
 その腰にはいつも差している刀は無かった。どうやら戦う意思はなく、気も張っていないようだ。
 ルベライトを一目見て、アルジェントがルベライトの心情を分析すると、ルベライトは小さく笑う。

「そんなに警戒せずとも、戦う気などないから大丈夫だよ」

「すいません。折角ルベライトさんがそれを一番分かりやすい形で教えてくれていらっしゃるのに」

 剣士にとって、刀は命であり最後の頼りだ。
 自身の剣士としての生き様、在り方、誇り、記憶、それらは全て刀に刻まれる。
 自身が死の淵に追いやられた時、剣士は己が分身である剣で、迫る死を斬り伏せる。
 剣士にとって剣とはそうゆう物だ。魂であり、武器であり、己なのだ。
 故に一流の剣士はいつ如何なる時も刀を離さない。当然だ。自分で自分を手放す等出来る筈もない。
 それでも、ルベライトは刀を差さずにこの宴に参加した。
 戦う意思が無い事を誠心誠意表現しているのだ。それを警戒してしまった自分をアルジェントは恥じる。
 そんなアルジェントの心情を知ってか知らずか、ルベライトは首を横に振る。

「無理もない。あれだけの傷を負わされれば、私を警戒してしまうのは当然だ。でも、これだけは言わせてくれ。本当に、すまなかった」

「いえ、もう僕は」

「君がよくても、私が嫌なんだ。通すべき筋を通さなければ私の騎士道と侍道、その両方に傷が付く」

「ルベライトさん・・・」

 ――騎士道と侍道その両方か、確かにそんな感じがする。

 優雅で冷静な騎士も、逞しく情熱的な侍も、その両方がルベライトには似合う。
 『侍騎士』という言葉がアルジェントの中で浮かぶ。
 アルジェントがルベライトさんと名前を呼んでから左を向くと、ルベライトも左を向く。すると、シェルと大勢の人魚の前でライゼがダンシングポーズを取って不敵に笑っているのが見えた。

「レディースエンドジェントルメーン‼ ボーイズエンガールズ‼ これから君達にクロスハート流マジックを披露しよう‼ 一度しかやらないからよーく見ててね‼ それじゃあいっくよー‼」

 そう言うと、ライゼは近くにあった思い切り指笛を吹く。
 会場中に指笛の音が響き渡ると、少しして遠くの方から無数の小さな影が会場に近付いてきた。
 それは、鮎程度のサイズしかない『レーヴ』内で最も小さな鯨、スモーラーと呼ばれる鯨の群れだった。

「それでは、スモーラーwithライゼによる深海舞踊、開幕‼」

 そう言うとライゼは音楽隊の指揮者の様なポーズを取り、次の瞬間指揮を開始する。
 ライゼが指を走らせ、それに合わせてスモーラ―の群れが深海を舞う。
 一糸乱れぬ息の合った動きで、美しく舞うスモーラー達の群れに、その場にいる全員が釘付けになっていた。
 弧を描き、円を描き、ばらけ、また集まって、ライゼによるスモーラー達の深海舞踊は盛り上がりを見せ、歓声が響き渡る。

「流石マスターだ」

「そうだな・・・」

「ルベライトさん、僕達はもう怒ってません。あなた達がもう二度と誰も傷付けないならそれで構わないんです」

 ですから、ルベライトさん

「今は楽しみましょう。折角の宴なんですから」

「・・・あぁ、そうだな」








「ね~、そこのあなた~ちょっといいですか~?」

 気怠そうな、ゆっくりとした喋り方で、ターフェがリリィに声を掛ける。
 自分に話しかけてきたターフェにリリィは笑顔で振り向く。

「どうしたの?」

「可愛いあなたに聞きたい事があって~、質問に答えてもらってもいいですか~」

「え⁉︎ 可愛い⁉︎ 照れるなぁ~」

 満更でもない様子でリリィが頭を抑えながら言うと、ターフェは自分の顔に触れながら私は~と話し始める。

「普段肌の手入れしてるんですけど~、それがすっごく面倒で~、なんか楽に出来る肌の手入れの仕方とかありませんかね~」

「うん、あるよ。一番簡単なのは化粧水を使わないで白ワセリンやオイルを塗ってー」

 と、リリィがターフェに肌の手入れ方法をレクチャーしてる最中に、別の場所でリオは大勢の人魚に髪をいじられていた。

「わー、すごーい‼︎ ふわふわー‼︎」
「すごいすごい‼︎ いくらいじっても元に戻るー‼︎」
「ね、強情だねー、諦め悪ーい‼︎」

 和気藹々とリオの髪をいじる人魚に、リオは身動き一つ取れずにいた。
 最初の内はリオもやめろと言っていたのだが、全く聞き入れられず、段々と数が増えていき最終的に円になって囲まれてしまった。
 キャンプファイヤーの炎ってこんな気持ちなんだなと、そんな事を考えていると

「ねぇねぇ、リボン使ったら可愛くなるんじゃない⁉︎」
「カチューシャつけたら髪直るかも‼︎」
「ヘアピンも‼︎」

 リオの癖毛を直そうと人魚達がやる気になり、リオは逃げる間もなく一斉に人魚に取り押さえられた。
 その光景を、遠くから一人の小人と大柄の人魚が遠くから眺めていた。

「元気だな、若い者は」

「そうねー。うちのメンバーと馴染めてるようでよかったわ」

 あむあむとミカンを食べながら言うユナにシェルは頷く。
 皿の上にある巨大な焼き魚をシェルは一口で平らげ、辺りを見渡してある感慨を覚える。

「分かり合えるものなんだな」

「何が?」

「今この場には多くの種族がいる。人間、人魚、竜人、獣人、魔神、小人、妖精・・・生まれも価値観も違う、互いに違う事だらけの存在でも、分かり合う事は不可能ではない。現にこうして俺達は今宴を開きどんちゃん騒ぎしている。分かり合えなければそんな事出来る筈が無い」

「そうね」

 シェルの言葉に同意を示し、そういえばとユナはローザを探す。
 ちょっと用事があるからと、ローザは宴が始まるやいなやどこかへと行ってしまった。
 普段は片時もユナから離れないローザにしては珍しい行動だ。会場を見回していると

「あ、いた」

 ローザはすぐに見つかった。
 会場の隅っこの方に立っていて、近くにはシトリンもいた。
何やら話してる様子だが、距離が離れ過ぎていて聞こえない。

「『親指姫』」

「あっ、と、何かしら?」

 急に声をかけられ驚くと、シェルは遠くを見つめて

「俺も、人間と分かり合う事が出来るだろうか?」

 そうユナに問いかけた。
 それに対してユナは、さぁ、と

「どうかしらね。少なくとも、絶対に不可能なんて事は無いと思うわ」

「そうか・・・」

 ――なら、もう一度頑張ってみるか。

 そう思いながら、シェルはグラスの酒を飲み干し、ステラに視線を向ける。
ステラは何やら難しい顔をして腕を組んでいた。

「ねぇ、マリ。これ何か分かる?」

「えっと、料理? じゃないかな、一応皿に乗ってるし」

「そうよね。普通皿の上に乗せるのって料理よね? 料理の筈、よね」

 なら、これは一体何? とステラは皿の上にある物を見て呟く。
 それは、おそらく貝だった。貝だと思う。
 貝殻があって、その中から身が飛び出している。
 だが、その身があまりにもおぞましかった。
 黄色い目玉と複数の触手、剥き出しの歯茎から飛び出した牙、とても宴の席で置いていいものではない。
 一瞬罠かとも思ったが、リーベ達がそんな事をするとは思えず、だからこそステラは余計困惑する。
 罠じゃないとすれば、今ステラの眼前で蠢くグロテスクな貝類は食べられるという事になる。

「可愛い・・・」

「え?」

 何? 可愛い? 可愛いと言ったのか?
 恐いいの聞き間違いだろうかと、ステラが己の耳の機能を疑っていると、マリは手を合わせてステラを見る。

「ステラちゃん‼ この子すっごく可愛いね‼」

「あ、聞き間違いじゃなかった」

 どうやらステラの耳はまだ健全だったらしい。いや、それよりも

「はぁあああ、可愛い~。なんでこの子お皿の上に乗ってるんだろう? 食べられちゃうよ?」

 ふふ、と目を細めてマリは謎の貝を指で優しく突く。
 その光景を見て、ステラはある事を思い出す。
 『モルガナ』で一緒に暮らしていた頃からマリは、犬猫の様なストレートに外見が可愛い生き物よりも、スライムやゴブリンといった外見が特殊というか、変わってるというか、包み隠さず言えばグロテスクな生き物の方が好きだった、という事を。

 ――そういえば、好きな物を描く時間で一人だけモンスターの絵ばかり描いてたわね。

「おーい、お主らー‼」

 その時ルドルフの声が聞こえ、声がした方を向くとルドルフとリーベが近付いてくるのが見えた。
 笑顔のルドルフに対し、リーベは顔を手で覆っていた。一体どうしたのかとステラが思ってると

「いやー、疲れた疲れた。リーベの事についてたくさん聞かれてのぉ、全部に答えてたら時間が掛かってしまったわ」

「あぁ、リーベが顔を隠してるのはそれが理由なのね」

「そうらしい。恥ずかしがる事ないだろうに、皆お前の事をもっと知れたと嬉しがっていたぞ?」

 そう言ってルドルフはリーベを肘で突くが、リーベは顔を隠したまま首を横に振る。
 ここまで恥ずかしがるとは、一体何を暴露されたのだろうか。ステラとマリはかなり気になったが、聞かない事にした。
 もし今聞いてルドルフがその内容を喋ろうものなら、リーベはおそらく羞恥に耐えられないだろう。

「ルドルフ、あんな事まで言っちゃうなんて、ひどいよ」

「ん? 駄目だったか?」

「駄目。だって、私あの時凄く恥ずかしかったんだよ? ルドルフにあんな姿見られて・・・」

「あの時のお前の顔、すっごく可愛かったぞ」

「嘘、絶対変な顔してた。変な声も出ちゃったし・・・」

 ――本当に何を暴露したの⁉
 え、これ大丈夫? 大丈夫なやつなのこれ? 恋人同士の本当にプライベートな、二人の共同作業の話とか暴露しちゃったんじゃ・・・

「ん? どうかしたか?」

「あ、いえ、なんでもありません‼ 二人のプライベートですから‼」

 急に敬語になったステラにルドルフは首を傾げる。

 ――猫の日に猫耳付けて猫の真似してもらったって話は、やはり言わん方が良かったかのぉ?

「あ、そうじゃ、儂らちょっと散歩してくるから、どこに行ったのか聞かれたら散歩に行ったと言っておいてくれ」

「分かったわ」

「それじゃ、よろしくの」

 そう言って、ルドルフとリーベは宴の会場から去っていった。








 宴の会場からある程度離れた所まで歩いて、ルドルフとリーベは立ち止まる。
 んー‼ と伸びをしてから肩を叩くと、ルドルフはリーベに振り返る。

「にしても、疲れたなぁ。大勢でいると腰と肩にくる」

「皆で騒ぎたいって言ってなかったっけ?」

「最初はそうだったんじゃが、やっぱり面倒になってきた。儂にはお前がいれば十分、という事じゃな」

「ルドルフ・・・」

 それは

「私も、同じだよ・・・」

 俯いて、声を震わせながら、か細い声でリーベは呟く。
 顔を上げたリーベの瞳は潤んでいて、今にも泣きだしてしまいそうだった。
 それでもリーベは、涙だけは見せまいと必死に堪える。

「私も、ルドルフがいてくれれば、ルドルフと一緒にいれたら、それだけで十分、それだけで幸せなの。それだけでいい、それだけで・・・だから、だから、一緒にいたいって、そう思ったらダメかなぁ?」

 瞳から涙を流し、口元は笑顔で、それは今リーベに出来る最大限の強がり、悲しみを隠そうとして、けれど出来なかった結果浮かび上がった表情だった。
 私ねと、リーベは続ける。

「友達をたくさん作る事ができた。『海鳴騎士団』の団長を任される位強くなった。魔法の扱いだって上手くなった、チェスやクロスワードも誰よりも得意になったんだよ」

「リーベ・・・」

「でもね、そこにルドルフがいて、褒めてくれたらもっと嬉しい。そこにルドルフがいないと、やっぱり悲しいよ。友達たくさんできたなって、強くなったなって、魔法もチェスもクロスワードも凄いなって言って欲しかった」

 好きだから。

「ずっと見てて欲しい。私の事、私がする事、近くで見てて欲しいの。これからは、ちゃんと前に歩いていくから、ルドルフにも支えて欲しい。ルドルフに支えて欲しい。そしたら、私頑、張るから、だから、ねぇ、一緒にいてよ。いかないでよ。もう、いなくならないでよ・・・」

 もう大丈夫な筈だった。
 言葉をもらった。想いをもらった。だから涙が流れる事なんて、悲しい事なんて無いと、そう思っていた。

 でも、違った。

 言葉があろうと、想いがあろうと、悲しいものは悲しい、つらいものはつらい。
 ルドルフとの別れは、やはり耐えられるものではない。
 願う事ならばずっと傍にいて欲しい。
 けれど、ルドルフはもうすぐ消えてしまう。その証拠に、ルドルフの身体が少しずつ崩れ始めていた。
 『幽化アフェクト』の効果が、僅かに残っていた魔力が消え始めたのだ。
 別れの時まで、もう数分もない。
 ルドルフは間もなく消える。
 これでお別れだ。今度こそ、もう二度と会えなくなってしまう。

「リーベ・・・」

「分かってる。もういなくなっちゃうんだよね。今までありがとう、私、ルドルフの事・・・」

「その先は、何も言わなくていい」

「え?」

「言いたい事は分かっておる。お前がつらいって事も。残念ながら、儂にはそのつらさを受け止めてやれない。悲しみを分かち合う事もできない。じゃが、お前は一人じゃない。一人じゃなければ、どんな苦しみも乗り越えられる」

 儂が、そうじゃったから。

「お前がいたから儂は笑顔になれた、お前がいたから儂は強くなれた。お前がいたから儂は寂しくなかった。全部全部お前がいてくれたからだ、リーベ」

 恋心が、優しさが、ルドルフを強くした。
 リーベがいたから、ルドルフは愛を知る事ができた。
 誰かに優しくする事ができた。全部、リーベがいたからできた事だ。
 一人でさえなければ、なんだってできるんだ。
 リーベは一人じゃない。だから

「明日は、これからの未来は仲間が照らしてくれる。だから、止まるな。歩み続けろ」

 そうすれば何か見えてくるから。

「ルドルフゥ・・・」

「それと、最後に一つ」

 次の瞬間、ルドルフは前に一歩出てリーベの唇と自分の唇を重ね合わせた。
 百年前と変わらない柔らかくて、熱くて、優しい感触にリーベは心を奪われる。
 十数秒が経って、ルドルフは重ねた唇をリーベから離して満面の笑みを浮かべて

「大好きじゃ‼」

 と、たった一言、そう言い残して、ルドルフは赤い光の粒子となって海中へと上がっていった。
 リーベはそれを呆然と見つめてから状況を理解し、頬に涙を伝わせて嗚咽を漏らす。
 それでもリーベは上を向いて、まだ残ってる光を見上げて

「私も、私も大好き‼ 私、頑張るから‼ちゃんと前に進むから‼ だから、だから見てて‼ 悲しみも苦しみも乗り越えて、前に、前に・・・生きるから‼︎」

 リーベが叫んだ直後、微かに残っていた光が完全に消えた。






 ――リーベ、ごめんな。
 また一人にしてしまって。儂も本当は一緒がいい。
 けど、それはもうできないから。
 お前の事はお前の仲間に任せるとしよう。 

『君がこの先力を得たとして、君はその力をどう使いたい?どう使う事が正しい生き方だと思う?』

 ふと、いつかの問いを思い出した。
 昼下がりの図書館で奴が儂に投げかけてきた問いと、それに対して儂が何と言ったかも。
そうだ、儂はあの時

『大切なものの為にその力を使う、それ以外にあるか?』

 と、そう言った。
 使い勝手の悪い力だと思っていたが、最後に想いを伝えられてよかった。
 じゃあな、リーベ。もしもまた会えたら、次はずっと一緒にいような。









「さよなら、ルドルフ」

 涙を流しながら、悲しみに溺れながら、それでもリーベは笑ってそう言った。
 悲しみも苦しみも乗り越えて、前に進む、その為に、笑ってさよならを口にした。












 ひとしきり泣き終えてからリーベが宴の会場に戻ろうとすると、いつの間にかステラが後ろにいた。
 『封霊の雫』ーーブルーハワイを落として壊さないように大事に抱えていた。

「見られちゃった? 私が泣いてるの」

「ごめんなさい。見るつもりはなかったんだけど、中々帰って来ないから心配で・・・」

「探しに来たらたまたま見ちゃったって事ね。もー、恥ずかしいなぁ。泣いてる所見られちゃうなんて」

 いつもの調子でそう言うリーベに、ステラは目を伏せる。
 ルドルフが消えていく所を、ステラは見てしまった。
 やっと巡り合えた恋人達は、運命によって再び引き裂かれた。
 その事が、ステラにはどうしても悲しくて

「ん? どうしたの? ステラちゃん」

 でも、それを顔に出す事はすぐにやめた。
 一番悲しい、一番つらいリーベが前に進もうとしているのに、自分が悲しんだりするのは違う。
 そんな事でリーベの決意を鈍らせる事などあってはならない。

「ねぇ、ステラちゃん。着いてきて欲しい所があるの」

 そう言ったリーベにステラは何も言わずに頷いて、泳ぎだしたリーベの後ろをついて歩く。
 宴の会場には戻らず、遠回りして『エクラン』の中心、リーベが住む神殿へと向かう。

「『エクラン』の財宝伝説の事覚えてる?」

「えぇ、本当に財宝があるんでしょう?」

「皆が思ってるような物じゃないけどね。ステラちゃんには特別に見せてあげる」

 それから数分間歩き続けて、リーベが住む神殿に辿り着く。
 その奥の壁にリーベが手を当てると、開き戸が開かれる。その扉の向こうにあったのは――・・・

「これって・・・」

 それは金銀、ダイヤモンド、エメラルドや金貨といったものでは一切無かった。
 奥に机が一つあり、その周りには大きなクマのぬいぐるみ、リーベの似顔絵、古びた水晶、アコーディオンの様に分厚い本が置かれている。
 机の上には青い星のストラップ、ルドルフと一緒にジェットコースターに乗ってる様子が移された写真、雪だるまの置物と十数枚の手紙とオルゴール、二つの光る大輪のひまわりの花束、それ以外にも色々なものが置かれていた。

「全部ルドルフがくれたものやルドルフとの思い出だよ」

「ルドルフが・・・?」

「うん、ルドルフが私の誕生日にくれたもの、ルドルフと一緒に行った場所の思い出だよ」

 たとえばこれはと、リーベは一つの冊子を手に取る。

「ルドルフと一緒に観に行った劇のパンフレット、こっちはルドルフと虫取りした時に獲った蝉の抜け殻、それはルドルフと海で遊んだ時に拾った貝殻」

 たくさんあるんだよ。

「ルドルフとの思い出は、ルドルフがくれたものは、それが『エクラン』の財宝の正体。私の、私とルドルフの宝物。財宝が金銀財宝じゃなくてがっかりした?」

 首を傾げて問いかけてるリーベに、ステラは微笑む。

「いいえ」

 とても素敵な宝物だわ。












 それから数時間が経ち、『魔神の庭』と『海鳴騎士団』の和解の宴は終わった。
 いなくなったルドルフの事を、『魔神の庭』のメンバーも『海鳴騎士団』の騎士達も心配していたが、『魔神の庭』にはステラから、『海鳴騎士団』にはリーベから後に説明する事にした。
 戦いが始まってから『エクラン』への出入りが禁止されていたピッピが『エクラン』への入国を許可され、ステラ達はピッピに乗って帰る事になった。

「皆、本当にごめんね。私・・・」

「もう謝らなくていいわよ。楽しかったわ。リーベ、今度また遊びに来てもいいかしら?」

「うんっ‼ もちろん‼ また来てね‼」

 笑顔で答えてくれたリーベの顔を見て、ステラは頬を緩めるが、すぐにある事に気付き困った顔をする。

「そういえば、ここ深海なのよね・・・」

 『エクラン』は深海に位置する巨大都市だ。
 人間では、というかどんな種族にも行く事はできない。
 仮に行けたとしても、水圧で一瞬であの世行きだ。
 ベリルが渡してくれた魔法薬があれば問題無いがそれを貰うにも深海に行く必要が

「あぁ、それなら問題無いよ。ちゃんと連絡手段あるから」

「えっ?」

「てってででっててーてーてーてー♪ 携帯水晶~♪ ん~ふ~ふ~♪」

 変なBGMを口で奏でながら、ライゼはダミ声で懐から小さな魔水晶を取り出す。

「離れた相手との会話を可能にする魔水晶で、水晶に組み込まれた術式番号を他の水晶に登録する事で他の水晶の持ち主と会話する魔水晶だから、他の人に会話を聞かれる心配も無しっ‼ お値段一万ソローのお手軽価格だよ。この携帯水晶はシェル君の携帯水晶と繋がってるから、いつでもシェル君に無茶難題を振りかける事ができる」

「薬を頼め。お前に関してはそれ以外受け付けん」

「えー、別に僕深海でも何の問題も無く動く事できるからいらなーい。それに魔法薬の作り方知ってるし」

「じゃあお前は携帯水晶使うな」

 クソがと舌打ちするシェルをライゼふふ~んと楽しそうに見つめる。それからピッピの上に飛び乗って

「今日はありがとねー‼ ねぇ、シェルくーん‼」

「あ?」

「なんでもなーい。呼んでみただけー‼」

「死ねッ‼ ガチ目に‼ 今すぐ‼」

 あっはははははは‼ と腹を抱えてライゼに襲い掛かろうとするシェルを、『海鳴騎士団』の騎士達は必死に止める。なんとか平静を取り戻したシェルは、はぁ、と溜息を吐いてからライゼを見上げて

「どうせ、来るなと言っても来るんだろう? 一応借りがあるからな。好きな時に勝手に来い」

「うん‼ じゃあ明日ー‼」

「く、か、まぁ、それでもいいっしょ。じゃあな」

「うん、じゃあねー‼ 皆も、そろそろ帰るよー‼」

 ライゼがそう言うと、『魔神の庭』のメンバーは次々とピッピの上に乗る。
 ピッピは全員が背に乗った事を確認すると、海の上へと向かって泳ぎだした。
 それを『海鳴騎士団』の騎士達は全員で手を振りながら


「また来てねー癖毛さーん‼」
「次来る時は髪伸ばしといてねー‼」
「ポニーテールしようねー‼」
「リリィさーん、また今度色々教えてくださ~い」
「兄ちゃん、ケモ耳ちゃーん‼酒位は付きあえよー‼」
「ステラさーん、また今度―――‼」


 別れの言葉を聞こえる様に叫ぶ。リーベも

「ステラちゃん、まーたね~~~~~‼」

 とステラに聞こえる様に大きな声で叫んだ。ステラはリーベに笑顔を向けて

「必ずまた来るわ‼」

 リーベに負けない位大きな声で叫んだ。
 やがて、『魔神の庭』はピッピに乗ってエクランから去った。









 それから一時間後、宴の片付けもほぼ終わり、『魔神の庭』が去って『エクラン』には静けさが戻っていた。
 寂しさに浸りながら空を見上げるリーベに、ベリルはそっと寄り添う。

「どうしたんですか団長、空を見上げて」

「行っちゃったなって思ってね。次はいつ来てくれるかなぁ?」

「またすぐ来てくれますよ、ステラさんめちゃ笑顔でしたし」

「そうだよね」

 久しぶりに誰かとまた会う約束をした。
 それが嬉しくて、いつ会えるのか楽しみでリーベは仕方ない。
 明日にでも会いたいなぁ、とリーベが思っていると、リーベはふと遠くが気になった。
 明確な理由はない、もしも理由をつけるなら『なんとなく』だ。
 遠くに何かがあると、いや、いると気付いた。
 見逃してはいけない何かが、そこに立っていた。それは、少しずつ『海鳴騎士団』の全員が集う宴の会場に近付いてきて、その場にいる全員がそれに、その男に釘付けになっていた。
 その男は笑みを浮かべたまま悠々と歩いて近付いてくる。
 男はリーベの前に立つと、笑みをより深めて

「あんたがリーベ=メールだな?」

「そうだけど、あなたは?」

 自分の名を知っていた男にリーベは警戒を高め、ベリルがリーベの前に出て男を睨み付ける。
 怪魚すら退けるベリルの眼力に、男は一切動じず、次の瞬間こう告げた。

「俺はオルダルシア。俺の事はどうでもいいんだ。重要なのはあんた、いや、あんたの『幻夢楽曲』だ。あんたの『幻夢楽曲』、『海鳴の交響曲アクアシンフォニー』を渡してもらおうか」
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