お伽の夢想曲

月島鏡

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第三章 深海の星空

第十九話 赤との出会い

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 ボールのような生き物改めブルーハワイ(命名ステラ)の指し示す方向に向かって歩く事十数分。
 歩きながらステラの傷と魔力をユナが回復し、ステラ達はリーベの神殿の前に辿り着いた。

「・・・ここ?」

 ステラがブルーハワイに聞くと、ブルーハワイは何度も頷く。

「ここみたいね」

「ここにリーベがいるのか、あるいはそれ以外の物があるのか・・・」

「なんにせよ、行ってみない事には分からないわ。進みましょう」

 そして、ブルーハワイに続いて三人が神殿の中に入っていくと、最初来た時奥にあった玉座の位置が横にずれていた。
 近付いて見てみると、床が四角く抜けていて、下に続いている様だった。

「玉座の下に隠し通路への入り口か。トレジャーハンターらしくなってきた」

「まだ財宝探そうとしてたの? ブルーハワイがこの先をヒレで指してるから、早く行くわよ」

「うん。分かった」

 全員で降りると、すぐに足が着き、目の前に道が見えた。
 中は一本道になっていて、先の方まで見通せる程に明るかった。

「あとは進むだけね、行きましょう」

「うん」

 何があるのか分からない道を、三人とブルーハワイは走り出した。
 走って、走って、何も無い道をひたすらまっすぐに走り続ける。
 その先に何があるかも分からない、何がいるかも分からない、でも、それでも、仲間ユナを助けてくれたブルーハワイが指し示した道だから、ステラ達は迷いなく前に進む。その先に何かがあると信じて。

「中々長いわね。この道」

「そうね。どこまで続いてるのかしら」

「分からないけど、今は進もう。それとユナ様、リーベの能力や戦い方に関する情報をいただけるとありがたいのですが」

「あ、えぇ。奴のは水を操る魔法を使うわ。水で敵を縛ったり、水圧を操る事が出来るわ。魔法だけじゃなくて、体術も凄いから気を付けて」

「リリィちゃんが倒される程ですからね」

 もっとも、リリィが本気を出せば周りにも被害が及ぶ為、リリィは本気を出せなかっただろうが、それでもリーベが強敵である事には変わりはない。
 気を引き締めてかからねば、瞬く間に倒されてしまうだろう。なにせ、アルジェントを獣化させるまでに追い詰めた聖騎士以上の実力者だ。一筋縄でどうにかなる相手ではない。だが、策はある。

「とりあえず、簡単に作戦を立てよう。こちらの勝利条件は皆の救出とリーベの撃破。数的有利はこちらにあるから、まずは近接戦闘で果敢に攻めて手数を封じる。反撃されそうになったら一旦離れて、僕は雷で、ステラは血で道具を作って攻撃をする。怯んだところをまた近接で攻める。それの繰り返し、ヒットアンドアウェイでいこう」

「分かったわ」

 本当は、メンバー全員で戦えれば一番理想的だが、メンバーがどこにいるか分からず、仮にリーベの近くにいた場合は戦いながらの救出は不可能に等しい。
 今いるメンバーのみで、最善の戦い方で、全力で戦うしかない。

「ただ、リーベにはユナ様が言った以外の、他の能力があるかもしれない。その点を踏まえて警戒を怠らない様にしてね」

「その点は大丈夫よ。私、戦う度に死にかけてるから。敵に油断なんてしないし出来ない」

 ステラの戦いは常にギリギリだ。
 戦闘回数は『魔神の庭』の中では少ないものの、その中身は他のメンバーに引けを取らない程苛烈だ。
 初戦は正体不明の黒箱、次はリザードマン、その次は半吸血鬼、そして、『海鳴騎士団』の騎士見習い、これから戦うのはその団長だ。
 これまで戦った相手はいずれも人外。自分よりも強大な力を持っていた者達ばかり。
 いつだって全力で戦って、それでもいつも死ぬか生きるかの瀬戸際で、だから、ステラはどんな敵だろうと油断はしないし、油断はできない。そうでなければ、自分の守りたいものを守る事ができないから

「だから、いつも本気よ。死んでも皆を絶対助ける」

「うん、絶対助けよう」

「えぇ」

 決意を再確認し走り続けていると、少しして、ステラ達はこれまで走って来た道より広い空間に辿り着いた。
 岩壁に囲まれ、その表面に青い結晶がいくつも生えている鍾乳洞の様な空間。
深海の秘境ともいうべきその空間に、ステラ達は一瞬目を奪われて、それからあるものを目にして絶句した。
 巨大な白く輝く結晶、の中に取り込まれている『魔神の庭』のメンバーの姿を。

「皆‼」

「あ~あ、見つかっちゃった☹」

「――――っ‼」

 声が、した。
 明るく、笑みを含んだ女の声が。
 その声は、神殿で聞いた時と同じように軽い調子の声だった。けれど、微かな、本当に僅かな威圧感を含んでいた。その声の主は、リーベは、ゆらりとステラ達の前に舞い降りて、満面の笑みを浮かべた。


 肌が粟立つ、心臓がやかましい、冷や汗が頬を伝う。
 その者と目を合わせるだけで、全身に緊張が走る。
 威圧感が、恐怖が、今まで戦ってきた相手の中でも段違いだった。
 戦って、勝つ望みが見出せない。そう思わせられる程に、リーベ=メールの迫力は凄まじい。だが

「~~~~~っ、あぁ、もう‼ 折角見つからない様に隠してた㊙︎ 場所だったのに‼結局見つかっちゃったぁ。はぁ、もう、ひどいよ小人さん‼︎ 逃げ出して仲間を連れてくるなんて。ボールちゃんもボールちゃんだよ◌ いきなり現れてユナちゃんを奪って邪魔するなんて、酷いっ〰︎‼︎」

 子供の様に両腕を振って怒る様子を見て、アルジェントとユナは拍子抜けし、ステラが真剣な表情で

「ボールちゃんじゃなくてブルーハワイよ」

 という訂正をするものだから、空気が一気におかしなものとなる。

「あ、そうなの・_・ まぁ、なんでもいいけど〰」

 アルジェントは無関心に言うリーベを見て、それから『魔神の庭』のメンバーを取り込む巨大な結晶を見る。

「あの結晶の魔力の質、ファラーシャの魔力に似てる」

「えっ?」

「正解っ◎‼︎ よく分かったね~。そう、この結晶✯ を作ったのはファラーシャっていう魔導士だよ~♂ 彼が昔エクランに来た時にお願いして、この結晶✯ を作ってもらったの。触れた者を取り込んで捕縛する契約魔道具で、取り込まれても死にはしないから心配しないでねー♨︎」

「それで捕らえてから愚かな願い事メルキュール・ガランで魔法を宝石にする訳か」

「そうゆう事。よく知ってるね。で、何しに来たの?」

「決まってるじゃない」

 小首をかしげて尋ねてくるリーベに、ステラは目的を思い出し、両手両足を血の甲冑で覆い、アルジェントは獣化する事で答える。
 二人の魔導士が臨戦態勢になった事に、リーベは何が起きているのか理解できず眉にしわを寄せる。
 ステラはリーベに指を突き付けて

「あんたを倒して、皆を助けに来たのよ」

 そう告げると、リーベは何が起きてるのかようやく理解した。
 今、自分の目の前にいる者達は、自分を倒す為に来たのだと。つまりは、自分に勝てるつもりでいるのだと。
 もしも本気でそう思っているならば

「ふふっ。」

 かわいそうだなぁと、心の中で呟きながらリーベは笑う。だって

「あなた達じゃ私に勝てないのに✖️ 本気で戦うつもりなの?」

「当たり前でしょ。そうじゃなきゃここまで来ないわよ」

「そっかぁ。じゃあ、今から殺すね」

 次の刹那、ステラに海底から水の波動が襲い掛かり、身体を高く打ち上げられる。
 海中に浮かんだステラに、リーベが手刀を振り下ろして背中を砕こうとするが、アルジェントが足で受け止める。

「わ、びっくりし・・・あれ?」

 目の前からアルジェントが消え、リーベが驚きの声を漏らすと、脇腹に強い衝撃が加わり岩壁に激突し、全身に走る鈍い痛みにリーベは表情を歪ませる。
 岩壁から抜け出して反撃しようとすると、アルジェントが指先から放った白銀の雷が直撃し、身体が動かなくなってしまう。

「う、あっ――‼」

 短い悲鳴と共に海底に落ちていくリーベにアルジェントは迫り、追撃を加えようとする。
 獣化した爪でリーベを斬りつけようとリーベに接近し腕を振り下ろそうとするが、手首をリーベに掴まれ止められる。

「うわぁ。爪鋭いね➣ これで斬られたら✂︎ 痛いかも。」

「ぐっ・・・」

「お返ししてあげる♡」

 そう言ってリーベがアルジェントに掌底を叩きこもうとして、どこかから赤い槍がアルジェントの手首を掴むリーベの腕めがけて投げられ、リーベはアルジェントの手首を離して槍を回避する。
 リーベが槍が飛んできた方向を見ると、手の内に槍を握るステラがいた。

「『紅血の協奏曲スカーレットコンチェルト』、噂には聞いてたけど、本当に血で色々な事ができるんだ」

「余所見を」

 感心するリーベの側頭部を蹴り飛ばそうとしたアルジェントの足に、掌底を叩き込んで足の骨を砕いて、掌打で顎をかち抜き、胸部を掌で押し出して、岩壁に叩きつける。

「君は後、今あっち」

「アルジェント‼」

「ねぇ、女の子♀ 同士でお話ししよ?」

 ステラと目を合わせ、リーベが猛スピードでステラに近付いてきた。
 近付いてきたリーベにステラは槍を突き刺そうとするが、すんでの所で避けられ尾ひれで蹴り飛ばされる。

「ぐあっ‼」

「いくよー」

 再び迫ってくるリーベにステラは今度は血でナイフを錬成して投げつけるが、そのどれもが当たらない。
 ステラが体勢を整えるのと同時に、リーベがゼロ距離まで迫り、腹に掌底を叩きこまれ、背負い投げをされ受け身が取れず、背中を海底に強打する。

「か、あっ、あ・・・」

 腹部に強い衝撃を加えられ、呼吸が出来なくなり、一瞬意識が飛びそうになるが、なんとかこらえ、ステラはリーベを睨みつける。

「怒ってる⚓︎?」

「えぇ、当然よ。仲間があんな目にあってる上に、ボコボコにされてるんだから」

「そっかー、じゃあアドバイスしてあげる↗︎ ステラちゃん武器♝ の使い方下手ー↓」

「くっ・・・」

 手も足も出ず、その上アドバイスをされ、ステラは屈辱を覚えるが、怒りを燃やした所でどうにかなる相手ではないと、すぐに冷静になる。
 動こうとすれば攻撃されるが、動かずとも攻撃される。躱されるのを前提に武器を投げて、怯ませ

「色々考えてるみたいだけど、全部無駄だよ➖ あなたは倒されて、魔法を宝石❂ にされてから殺される✖️ 私の魔法はとても強いから、あなた達は私は勝てないよ☻」

「どうして・・・」

「んー?」

「どうして、あんたは人の魔法を宝石にしようとするの? あれだけの数の魔導師を犠牲にして、何が目的なの?」

 ステラの問いに、リーベがそれはねと言った瞬間、リーベの背後にアルジェントが現れ、踵落としを食らわせようとする。
 気配でアルジェントが背後にいる事を感じ取り、リーベはすぐさまその場から離れてアルジェントの踵を躱す。

「話してる途中でひっどーい‼︎ 何するのぉー‼︎ むぅー˘・з・˘ って、あれ?」

 普通に動いてる?
 足を折り、脳を揺らし、肋骨を砕いた筈、すぐに動ける筈が無いとリーベが疑問に思うと、視界の隅にユナとブルーハワイが映った。

「あー、そうゆう事かー✧」

 ユナかブルーハワイ、恐らくはユナが回復系の能力者で、リーベがステラと戦ってる隙に回復させたのだろう。

「そういえば、『魔神の庭』の『親指姫』は、小人で回復系の『幻夢楽曲』の持ち主だったっけ。面倒だなぁ」

 ユナがいる限りステラとアルジェントは回復し続ける。二対一で持久戦に持ち込まれればリーベとて勝利は危うい。だから

「あなた達、ちょっとどいててね」

 ユナとブルーハワイを水の縄で縛り、指先を動かして『魔神の庭』のメンバーを取り込んでる巨大な結晶へと動かす。

「しまっ――」

 ステラとアルジェントがユナとブルーハワイが結晶にぶつかる前に受け止めようとするが、リーベが掌から放った水の波動により吹き飛ばされる。
 海底を数回転がり、二人が立ち上がろうとするのと同時に、ユナとブルーハワイは結晶に取り込まれた。

「ユナ‼ ブルーハワイ‼」

「残念だったねー。取り込まれちゃったー。あれ、ブルーハワイちゃんがいない。全身取り込まれちゃったのかな?」

「よくもブルーハワイを・・・」

「大丈夫だよ。中は生き物が生きれる様になってるから。それより、どうするの? 小人さん捕まっちゃったよ。もう回復できないね?」

 絶望的な事実を告げられ、ステラは唇を噛む。
 負傷をしてももう回復できない。本格的に能力を使ってないリーベに苦戦させられてるというのに、ユナが捕らえられてしまっては勝利するのは難しい。

「どうせ私の勝ちだし、死ぬ前に私の能力を見せてあげる。こういうのメイドの三毛猫^x^ っていうんだよね?」

「トラネコよ」

「違うよステラ、土産だよ」

「ふふっ、それじゃあ、いっくよー」

 と、リーベが笑顔で言った瞬間、アルジェントの身体が後方に大きく吹き飛ばされ、天井に達するまでに高く打ち上げられる。
 何が起きたのか分からず、ステラが混乱して硬直していると、焼けるような熱と共に何かに凄まじい力で殴り飛ばされ、背中から海底に倒れる。

「ぐあっ、あっ――‼」

「あれ? もう倒れちゃったの? つまんない、のっ‼」

 倒れたステラにリーベが掌を突き出すと、さっきと同じように背中を焼けるような熱と共に強い力で殴られて打ち上げられる。
 それと同時にアルジェントが天井から猛スピードで落ちてきてステラに衝突し、二人とも海底に落ちる。

「いたたたた、アル、だいじょ、って、冷たっ‼ 何これ、あんた凄く冷たいわよ‼ 触ってて痛い、なんでこんなに冷たくなって」

 上半身を起こし、異常なまでに冷たくなり、呼吸が浅いアルジェントに触れて、不安と焦りで豊かな胸を一杯にするステラに、リーベは無邪気な笑みを浮かべる。

「驚いた? これが私の能力、『幻夢楽曲』の一つ『海鳴の交響曲アクアシンフォニー』だよ」
 
「『海鳴の交響曲アクアシンフォニー』?」

「水を操る能力で、水で攻撃したり水の性質を変える事が出来るんだぁ。水の熱さ、硬さ、形を自由に変えられる。さっきあなたにやったのは、硬くした水を熱くして量を一気に増やす、いわゆる水爆発。そこのアルジェント君は、周りの水を膜の様に被らせて冷たくしてるんだ」

 水の性質を操る。
 ここにいない、ステラ達が出会っていないエンジェライトの『兜菊の花弁アクナイトカローラ』に酷似した能力だが、『幻夢楽曲』としての真の力は他にある。

「もう二つ、『海鳴の交響曲アクアシンフォニー』には能力があるんだ。見せてあげる。ところでステラちゃん、サメさんは好き?」

「は?」

「私は大好き❤︎」

 次の瞬間、リーベの周囲に五匹の水の鮫が現れステラに襲い掛かる。
 鮫はステラを噛み殺そうと牙を剥き出しに襲い掛かってくるが、ステラはそれを血で錬成した大剣を横に薙ぐ事で斬り捨て霧散させる。

「こうやって、水に形を与える事が出来るんだよ。与えられる形は海の生き物限定だけど。そして、最後の一つはこれ」

「う、ぐっ⁉︎」

 リーベが指を立てた瞬間、ステラは頭を抑えて苦しみ出す。
 自分の身に何が起きてるのかステラが理解できないでいると、リーベがステラに近付いて、何が起きてるか知りたい?   と言って

「あなたの身体を襲ってるのはテトロドトキシン。フグの毒だよ」

 ステラを苦しめている物の正体を告げた。

「あなた達がここへ繋がる道に来てたのは最初から分かってたから、時を見計らってあなた達に盛ったの」

「盛る? 一体、いつ・・・」

 フグの毒の感染方法は経口感染、直接食さなければ感染はしない。
 『エクラン』に来てから、それ以前にもステラはフグを食べた事は無い。それなのにステラがフグの毒に感染したのは何故か? 答えは一つしかない。それが

「私の能力だよ。『海鳴の交響曲アクアシンフォニー』は水に海の生き物の形の他に、海の生き物の特性や能力を与える事ができるの。たとえば、エリシア・クロロティカの光合成の能力だったり、タコの擬態能力だったり、毒を持つ生き物の毒だったり、ね」

「ま、さか、触れただけで、毒に感染、するよ、にも、できる、わけ・・・?」

「そう‼︎ 普通なら食べなきゃ感染しない毒でも、触れたら感染するようにする事もできるんだよ。すごいでしょ?」

 確かに凄い、物凄く厄介だ。
 水に囲まれた『エクラン』における脅威が『兜菊の花弁アクナイトカローラ』なら、『エクラン』における厄災が『海鳴の交響曲アクアシンフォニー』だろう。
 性質変化に海の生物の形と特性を与える力。使い様によっては命など簡単に踏み潰せる。
 クジラ級の大きな生き物を水で作り出し、即死級の毒を持つ海の生物の特性を持たせれば、即席最凶魔法兵器の完成、無数の死を生むだろう。

「ふっ、あ、ぅ・・・ぐ・・・」

「苦しい? フグの毒の症状の第一段階は唇と舌、指先の痺れ、歩けなくなって頭とお腹が痛くなる事があるんだって。フグの毒で死ぬまでの時間は四時間から六時間、解毒剤や効果的な治療法は無し、助かりたいなら小人さんに治してもらうしかないけど、私がさせない」

 もう死ぬしかないね。

「どうせ死ぬし、死ぬ前にお願いを聞いてあげても、あっ、そうだ‼︎ さっきステラちゃんが聞こうとしてた事、どうして私が人の魔法を宝石にしようとするのか教えてあげる」

 ステラちゃんも、私の質問にたくさん答えてくれたしね。

「私が人の魔法を宝石に変えようと思うようになったのは、百十二年前、ある人に出会った事がきっかけだった」









 百十二年前、『グリム王国』で内戦が起きる遥か前、宝石の海がまだ青かった頃のお話。
 深海にある『エクラン』という都市から、遠い人間の世界に想いを馳せる一人の幼い少女がいた。
 少女の名はリーベ=メール。
 当時の『海鳴騎士団』団長のシェル=メールの娘にして『海鳴の交響曲アクアシンフォニー』を受け継いだ幼き逸材として注目され、期待に負けぬ才能で早くも頭角を現していた少女には、ある願いがあった。



 人間の国で暮らしてみたい。 



 日が当たる世界で、自由と夢に溢れる希望の大地で、自分の好きなように生きてみたい。それが、リーベの願いだった。
 リーベにとって、才能と血筋は自分を縛る枷でしかなかった。
 才能があるから将来を期待され、血筋によって定められた継がなければならないものがある。
 期待をされるのは嫌じゃない、けれど期待が重すぎる。
 血筋によって定められた、次代の『海鳴騎士団』団長の座を継ぐなど、退屈への片道切符だ。
 シェルは団長の座を、海を守る騎士にとって最高の栄誉であり、誉れというが、そんなものを得るくらいならお菓子が食べたい。
 とにかく団長の座だけは絶対に継ぎたくない、それだけは確かだった。

「なぁ、リーベ、団長になる気は、ない、のか? なりたいとか、思わない、か?」

 虹髪の短髪が特徴的な細身の男、若かりし頃のシェルがリーベに問いかけると、リーベは口をへの字に曲げて首を横に振る。
 団長の座を継ぐ話になるといつもこうだ。聞く耳を持たず、首を振り続けて、それから

「だって、パパの仕事つまらなそうなんだもん☹ パトロールして㊟ たまーに大きな魚と戦ったり、そんな事するより、私は人間の国に行きたーい」

 と言って話しは打ち切りになる。
 シェルはできるならば、周りに期待され、才能もあるリーベに団長になって欲しいのだが、そう簡単にはいかない。何故なら

「知ってる? 人間の国にはお祭りやイベントがたーくさんあって、凄い魔導師★ もいっぱいいるんだよ☺︎ 魔神に、竜を倒した英雄に、世界の全てを知る妖精に、それからそれから」

 少女の興味は、海の外にある人間の世界に向いているからだ。
 まだ知らない世界に、見た事がない景色に、触れた事がないものに、リーベが夢を見て、憧れる気持ちははシェルも分かる。かつて自分も人間の人間の世界に行きたいと思っていたから。だが

「なぁリーベ、人間の国はな。確かに良い所だが、それだけじゃない。悪い人間だってたくさんいるし」

「良い人間もたくさんいるよ☹」

「争いや事件だってあるし」

「エクランだって同じだよ☹」

「何より、俺達は陸に上がる事が出来ない。水の魔力で満たされてない場所では、俺達は生きていけない。仮に、それがどうにかなっても俺達には足がない。人間の国を歩くには足が必要だ。だから、俺達は人間の国には行けないんだ。分かるか? リーベ」

 確かに、その二つをどうにかしなければ人間の国に行く事は到底出来ず、リーベにはそれをどうにかする術は無い。
 夢があっても、それを実現する方法が無いのだ。

「なぁ、リーベ。『エクラン』も、人間の国に負けない位良い所だぞ。人間の国に行きたい気持ちは分からなくもないが」

「とりゃあ‼︎」

「ごうっ⁉︎」

 突然のリーベからの腹パンに、シェルは腹を押さえてその場にうずくまる。リーベはシェルに「いーっだ‼︎」と歯を見せて怒り

「別にいいもん‼︎ 誰か凄い魔導師★ を見つけて、勝手に人間の国に行くもんね‼︎ パパは連れてってあげないから⚓︎‼︎」

「なっ‼︎ リーベ、それは寂しいからパパも」

「やーだよ‼︎ べーっ`ω´ ‼︎」

 手を伸ばすシェルにリーベは舌を出して、そっぽを向きどこかへと泳いで行ってしまう。
 一人取り残されたシェルは、燃え尽きて灰になった。






「ふーんだ‼︎ ふーんだ‼︎ パパなんてしらない ̄^ ̄ 勝手に人間の国に行くもんね‼︎」

 上へ、上へ、ひたすら上へ、人間の国を目指してリーベは泳ぎ続ける。
 シェルに一人でどこかに行かないようにと言われていたが、もうそんな事は知らない。
 家出してでも人間の国に行くとリーベは決めた。
 まずは人間の国を海から見て、凄そうな魔導師を見つけて、足と陸上での生活の問題をどうにかし、それから人間の国に住む。
 人間の国に住む時の計画は立ててあるから、それさえどうにかすれば完璧だとリーベは上へと泳ぎ続けて、一時間後

「ぷはっ、やっと着いたぁ」

 ようやく海面から顔を出し、人間の国を見る。
 何度かこっそりと抜け出して見た景色。
 青い空、輝く太陽、人間達にとって当たり前の、リーベにとっては色褪せない最高の景色だ。
 もしも人間の国に行く事が出来たなら、きっと、もっとたくさんの景色を見る事ができるだろう。
 きっと、シェルはこの景色を、空の美しさを知らないからあんな分からず屋な事を言えるのだと、リーベは思い出して腹を立てるが、もう一度空を見たら、そんな事どうでもよくなった。

「よしっ。凄そうな魔導士★ を見つけて足を生やして、陸の上でも生活できるようにしてもらおーっと‼ えっと、どこ探せば見つかるかな、ん?」

 遠くの方に大きな船が見えた。
 漁で使う船より大きな立派な船が。ひょっとしたら凄い魔導士がいるかもしれないと近付いてみると、船の旗には蝶と羽ペンが描かれた『グリム王国』の紋章が描かれていた。
 旗に『グリム王国』船は王国の船という事になり、ひょっとしたら中に凄い魔導士がいるかもしれない。

「もしかしたら、思ったより早く人間の国に住めるかも˚✧₊⁎」

 期待に胸を膨らませ、リーベが目を輝かせていると、誰かが船の右舷に立つのが見えた。
 それは、リーベと同じ年頃の赤いマントを羽織った赤髪の男の子だった。
 男の子の周りにはたくさんの大人がいて、皆おろおろしている。どうしたのかと眺めていると、男の子がいきなり飛び降りた。

「え?」

 飛沫を上げて海へと飛び込んで、男の子は泳ぎだそうとして、二秒後に海の中に沈んだ。

「えぇえええええええええええ!?」

 間違いない、今リーベの目の前で海へと飛び込んだ男の子は泳げない。それなのに海に飛び込んでしまったのだ。
 早く助けなければと、リーベは海の中に入った男の子の元に向かい、男の子を引き上げる。

「ねぇ‼ あなた‼ 大丈夫!?」

「かはっ‼ えほっ‼ げほっ‼ あ、あぁ、大丈夫じゃ。すまぬのう、泳げないのを忘れておったわ。助かった。ところで、お主は一体」

 その時、船の上から、おーい‼ と、荘厳な衣服に身を包んだ赤髪の中年の男が声を掛けてきた。

「おーい‼ どなたか存ぜぬがその子を助けてくれた事感謝する‼ 今から引き上げるからそこにいてくれ――‼」

 髪の色が同じで、顔立ちの雰囲気もよく似ている。
 恐らく男の子の父親だろう。

「えっと、分かっ」

「ちょっと待て」

 リーベの返事を遮って、男の子が船の上の男に指を突き付けて男を睨みつける。

「儂はお前らの所には戻らんぞ。」

「え?」

「なっ」

「王族の都合で振り回されるのはもううんざりじゃ。何がグリム家の長男としての役目じゃ馬鹿が。そんなつまらぬもので儂を縛るなクソ親父が」

「え? え?」

 王族、グリム家の長男、何やら難しい話の内容にリーベが混乱していると、男の子がリーベを見て

「なぁお主、泳ぎは得意か?」

「得意、だけど」

「よし、なら、儂をどこかへ連れてゆけ」

 と、笑顔でそんな事を言い出した。
 突然の提案にリーベが固まっていると、男の子はリーベの頬を指でつつく。

「おい、何を固まっておる。早くせい」

「え? え? いや、あの」

「こらルドルフ‼ そんな事許さんぞ‼ 今すぐ引き上げるから大人しく」

「ちっ、うるさいのう。おい、お主、もしも儂の言う通りにしてくれたら、なんでも一つ願いを叶えてやる。それでどうじゃ?」

「なんでも!? 本当に!?」

 食い入るように前のめりになるリーベにルドルフは、あぁと頷いて

「なんでもじゃ。言う事聞いてくれたらな」

「分かった‼ どこ行く!?」

「うんと遠くじゃ。船で追いつけない位にな」

「おぉい‼」

 目の前で行われる子供二人の逃走計画の話し合いを見て、男が叫ぶ。
 大声を出した男に、ルドルフはニヤリと人の悪い笑みを向ける。

「じゃあなクソ親父。しばらく帰るつもりはない、精々これまでの悪行を反省してろ」

「悪行て、人聞きの悪い言い方をするな‼」

「よし、行くぞ‼」

「うん‼」

 そして、リーベはルドルフを背負い泳ぎだした。
 子供とは思えない速度で泳ぎ、一瞬で遠くへと行ってしまったリーベに男は開いた口が塞がらない。
 一瞬でルドルフを連れ去ったリーベの身体能力に男は感心を覚え、それから冷静になり、焦る。

「しまった‼ 連れてかれてしまった‼ 普通に見てる場合じゃなかった‼ まずい、どうすれば・・・・」

「お困りかぃ?」

 後ろからいきなり声をかけられ、男が振り向くと、黒いローブを羽織り、ウィッチハットを被った、短い黒髪を一つにまとめた女が立っていた。

「おぉ、ペトロニーラか‼︎ 頼む‼︎ ルドルフを連れ戻してきてくれ‼︎」

「連れ戻すぅ? なんだぃ、攫われたのかぃ?」

「そうなのだ、まだ幼い少女が泳いで連れ去ってしまったのだ」

「なるほど、その娘は恐らく人魚だねぇ。人魚の泳ぐ速さは海の生き物の中でも屈指のレベル、もう相当遠くに行ってるだろうねぇ。まぁ、連れ帰る事は可能だがねぇ」

「本当か⁉︎」

 期待の眼差しを自身に向ける男に、ペトロニーラは妖しい笑みを浮かべて

「あぁ、本当さぁ。すぐにでも連れてきてやるよぉ」

 と、ルドルフとリーベが消えていった方向を見て、そう言った。









 船があった場所から十キロ離れた無人島に、ルドルフとリーベは辿り着いた。

「よし、撒けたな。お主、助かったぞ。あのままあんな所にいれば儂は死ぬところじゃった」

「うん。どういたしまして☺︎」

 礼を言うルドルフに、リーベは笑顔で応じ、それからルドルフをじっと見る。
 泳いでいる時は気付かなかったが、マントの下に着てる服はやけに立派だし、顔立ちも整っている。
 まるで王子様みたいだとリーベが思っていると

「そういえば、自己紹介がまだだったのう」

 ルドルフはマントを翻し、自身を親指で指差して

「儂の名はルドルフ=グリム、いつか世界最強の魔導師になる男じゃ‼︎」

 と、元気良く名乗った。
 助けたのは、本物の王子様だった。





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