お伽の夢想曲

月島鏡

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第ニ章 舞い降りた月

第八話 退屈は心を殺す

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「あなたはこの世界についてどう思いますか? 『盗賊レオンガルド』殿」

 ジャックはリオに近付いて、静かな声でそう言った。

「なんだ、いきなり・・・つーかなんで俺が盗賊レオンガルドだって知って」

「私の情報網は広いんですよ。それでなくてもあなたを知る人物が『トレーネ』の元奴隷や領主の関係者には多いですから。それよりも教えてください。あなたはこの世界についてどう思っているのかを。私は今、それが知りたい」

「別にどう、とも・・・思ってねぇよ・・・」

「そうですか。思ったよりつまらない答えで少しがっかりです。私はこう思うんですよ。この世界はいずれ人を殺す。いや、今も殺し続けているって」

 クルクルと回りながら言うジャックに、リオが怪訝そうな表情を浮かべる。

「どういう事だ? 何が言いたい?」

「いやですね、死って肉体的なものだけじゃなく精神的なものもあると思うんですね。人間に関わらず、命あるものは必ず肉体より先にまず心が死ぬというのが私の持論なんですよ。そこで質問です。心を殺す一番の凶器とは一体なんでしょう? 三秒以内にお答えください」

「知らん」

「即答ですね。もちろん不正解ですが。正解は『退屈』です。退屈は空虚さ、虚しさ、無気力さ、疎外感、孤独感を心の内に作り出す最たる物。そしていずれ心の中に生まれたそれらの感情は徐々に心を蝕み心を殺します。そうして死んだ心は二度と生き返りません。そしてーー・・・」

 ジャックがカボチャの仮面を脱ぎ、その素顔が露わになる。
 仮面の下の素顔は、プラチナブランドの短髪と、白と黒のオッドアイが特徴的な美丈夫だった。仮面を脱いだジャックは寂しそうに笑って

「私の心は死んでしまった。この世界には退屈しかないと、気付いてしまったんです」

 在りし日に知った世界の真実を、リオに対して言うのでははなく、独り言の様に静かにジャックは口にした。

「だから、私は私の心を生き返らせる為に、この世界を少しでも面白くしたいと、そう思ったんです。そう思う事って間違いですかね?」

「そう思う事は間違ってはいねぇよ。方法は完全アウトだが」

「手厳しいですねぇ。まぁそれは私も自覚してはいるんですけどね。それでもやめられない止まらない。とっゆ~か~‼︎ 長々とお話ししていました、が‼︎ 一体この絶望的状況をど~~やって解決なされるつもりなんですか⁉︎」

 またカボチャの仮面を被り、踊りながら言うジャックを見て、リオは小さく呻いて唇を噛む。

「あなたも、あなたの仲間の竜人ちゃんも‼︎ どちらも私の爆発で満身創痍っ‼︎ 対して私とクルクルさんは一切ダメージ無しのオールグリーン‼︎ そんな状態でどうやって‼︎ 一体どうやって私達を倒すおつもりなのか⁉︎ 秘策があるならお聞かせ頂戴‼︎」

 ケラケラと笑いながら言うジャック。
 確かにその通りだ。ジャックの強襲によりリオも、リリィもまともに動けない程のダメージを負ってしまった。
 対してジャックとルクルハイドには一切ダメージを与えられていない。多数いた魔導師がこの場からいなくなった事は不幸中の幸いだが、それでも状況は最悪だ。二人の命は依然握られたままなのだから。

「さてさて、いやはや、一体全体私とクルクルさんをどう攻略なさるのか。楽しみで楽しみで仕方がありません」

「くっ・・・」

「どうするんですか? どうするんですか?ほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほら」

「お喋りが、過ぎるな・・・」

「ん?」

「まぁ、そのお陰で時間は稼げた訳だが」

 不敵な笑みを浮かべるリオを、ジャックは訝しむ。

「一体何を」

 すると次の瞬間リオが

「起きろ‼︎ リリィ‼︎」

 倒れていたリリィの名前を叫ぶ。それに応えてリリィは起き上がり、一瞬でジャックとの距離を無かった事にして

「なっーー」

「おりゃああぁあぁあぁあぁあ‼︎」

 ジャックの顔面を思い切り殴りつけ、仮面を破壊し、ジャックを殴り飛ばした。

「ーーーー‼︎」

 ジャックを殴り飛ばしたリリィを、ルクルハイドが黒い棘で貫き、八つ裂きにしようと

「おい」

 するより早く、リオが炎のナイフでその棘を散らして、ルクルハイドを蹴り飛ばした。

「俺の大事な仲間に何しやがる」

「え⁉︎ 俺の大事な女⁉︎」

「言ってねぇ。つか前見ろ、来るぞ」

「え?」

 リリィが前を見ると、確かにジャックが遠くに立って首を叩いていて

「いたたた。あー、びっくりしましたよ、本当に。まさかあれだけの爆発を食らってまだ動けるとは・・・竜人って思ったより頑丈なんですね。」

「効いてない⁉︎」

「いやいや、流石に効きましたよ。ちょっと首痛いです。今日寝るのに響きますね、きっと」

「私の一撃でその程度のダメージなんて」

「そこまで落ち込まないでくださいよ。まー、とりあえず痛かったのでー・・・五百倍返しで許してあげます」

 そう言ってジャックが掌をリオ達に向けると、地面が赤光を放ち

「まずい、逃げろ‼︎」

 その場からリオとリリィが逃げようとした瞬間、辺り一帯の地面が爆発し、周囲が爆炎に包まれる。
 二人とも直撃は免れたものの、爆発によって倒壊した建物が壁となり、二人は分断されてしまった。

「くそっ‼︎ リリィ‼︎ 無事か⁉︎ リリィ‼︎おい‼︎」

 壁の向こうにいるリリィの名をリオは叫ぶ。
 しかし、返事は返って来ない。早く行かなくては、リオがそう思っていると

「ーーーー」

 背後に気配を感じ、振り向くと、白と黒の仮面の怪物がいた。

「ーーーー」

「ちっ、今すぐあっちに行きてえってのに」

「ーーーー」

 黒い棘を全身から出して、リオに向けるルクルハイド。そのルクルハイドの姿を見て、リオは溜息を吐く。

「まぁ、そりゃそうか。俺がお前なら通さないで今すぐ殺すだろうな」

 だがな

「殺される訳にはいかねんだ。今度こそ倒させてもらうぞ、化け物野郎‼︎」

「ーーーー‼︎」

 黒い棘がリオに襲いかかる。
 それをリオはナイフで弾き、ルクルハイドへと跳び

「ーーーー‼︎」

 次の瞬間、ルクルハイドの首を刎ねた。




「リオ君‼︎ リオ君‼︎ 無事なの⁉︎ 返事をしてリオ君‼︎」

 リリィもリオと同じ様に壁の向こうに向かってリオの名を叫んでいた。
 しかし、リオの返事は無い。壁を吹き飛ばしてリオの元へ向かおうと、竜化しようとして瞳の色が水晶色から紫紺に変わるとの同時に

「爆炎に包まれて真っ先にする事が、盗賊殿の名前を叫ぶ事とはお熱いですねー。そんなに盗賊殿の事が大切ですか?」

 嘲笑う様にしてジャックがリリィに声を掛けた。

「お前・・・‼︎」

「あー、恐い恐い、そんなに睨まないでください恐いなぁー」

「どうしてこんな事をする?」

「はい?」

「お前達は一体どうして、こんな事をする?」

 声のトーンを一段低くくして、瞳に燃える様な憤怒を宿し、リリィがジャックに問う。ジャックはわざとらしく首を傾げて

「はて、それってわざやざ聞く様な事ですかね? まぁ、教えて差し上げない事も無いですが。目的は『赤ずきん』と『親指姫』の『幻夢楽曲を』手に入れる事。その為にこのような手段を取ったのは、撹乱の為、いや、暇つぶしの為です」

「・・・は?」

「撹乱の為なら嘘の災害の情報を流すなり、幻覚魔法で街中に魔獣が現れている様に見せるなり、私達が手を汚さない方法もありましたが、それでも尚爆破という手段を選んだのは、それが一番面白いと思ったからです」

 淡々と、さも当たり前の様に言うジャック。
 リリィの背に嫌な汗が流れる。
 ジャックは笑いながら両手を広げて

「恐怖に染まる表情ほど美しくて‼︎ 恐怖から上がる悲鳴ほど心地が良くて‼︎ 恐怖から逃げ惑う様ほど滑稽で‼︎ 恐怖が広がる様ほど見てて面白いものは無い‼︎ だから私は人々に一番恐怖を与える手段を選んだ、私の心の退屈を少しでも紛らわす、その為に‼︎ まぁ、別に恐怖でなくても良いんですけどね。不幸に打ちひしがれる姿でも、目を背けたくなる様な悲劇でも、人の死でも、誰かが苦しむ姿、それこそがこの世界における絶対不変、唯一無二して、永久不滅の最高の享楽です‼︎ それらを少しでも長く味わえるのなら私は何だってするし、何にでもなります。そう思える程に人が苦しむ姿を見るのは面白い、あなたもそう思いませんか?」

 意気揚々と、雄弁に、一字一句丁寧に、冷静に情熱的に狂的に語るジャックの姿が、リリィには『エスタシオン劇場』で現れた時の何倍も狂気じみたものに感じられた。

「どうですか?」

 リリィが何も言う事ができずにいると、ジャックが再びリリィに尋ねてくる。そしてリリィはなんとか言葉を紡ぐ。

「本気で、本気でそう思ってるの?」

「私は至って本気です」

「そう、じゃあ」

 次の瞬間、リリィは四肢と目元周りを黒い鱗で覆い、角を生やし、耳を鋭くし、竜化する。

「それが竜化ですか。本気で戦っていただける、そうゆう事でよろしいですか?」

「・・・もう手加減しない。お前は、私が絶対に倒す‼︎」

 リリィがジャックに飛びかかる。
 爆炎に包まれた街の中で、竜人と『遊興屋』の、血と狂気に満ちた舞踏が始まった。







 リオのナイフがルクルハイドの首を刎ねる。
 刎ねた首が地面に落ちて転がり、胴体も地面に倒れていく。誰もが倒した事を確信する様な光景、しかし

「ーーーー‼︎」

 直後、マントに包まれていた箱が露わになり、そこから飛び出した巨大な黒い棘がリオに襲いかかる。

「くっーーー‼︎」

 咄嗟に回避し直撃は避けたものの、脇腹を抉られ、口から血を吐き出し、リオはその場に膝をつく。
 リオを襲った箱から飛び出した黒い棘が、蜘蛛の足の様に箱を支えリオに再び棘を放つ。

「くそっ‼︎」

 転がる様に棘の追撃を回避して、リオは立ち上がりナイフを投げつけるが、箱は棘を生き物の様に操り、リオのナイフを全て弾く。
 その後も数本ナイフを投げつけるが結果は同じだ。
 上方から棘が振り下ろされ、リオは横に飛んで躱し、箱を見据える。

「危なかった。箱が本体ってのは本当だったのか。ステラの話を聞いてなかったら油断してやられてたかもな」

 『モルガナ』襲撃の後ステラから聞いた話。
 白と黒の仮面が特徴的な、マントを羽織った怪物ーーその本体は黒い箱であり、棘を駆使して攻撃してくる、と。
 話を聞いた時は半信半疑だったが、自分の目で見て今確認した。目の前の怪物の本体はあの黒い箱であると。

「確かあの箱ぶっ壊せば止まるんだったっけか?」

 ならば話は簡単だ。
 あの怪物を倒す為に自分がしなければならない事は、何も考えずにあの箱をぶった斬るだけ。

「なら斬るのみだ。真っ二つに叩き斬ってやるよ」

 両手に炎のナイフを宿し、リオは箱へと跳ぶ。
 何本もの棘がリオに向かってくるが、それらをリオはナイフで弾いて散らす。中には散らし切れなかったものもあったが、掠るだけで済んだ。
 やがて、自身の間合いの中に箱が入る程の距離まで近付いて、リオがナイフで箱を斬り裂こうとしたその時

「ーーーー‼︎」

 箱から赤い液体が吹き出し、リオは咄嗟に仰け反って液体を躱す。
 液体は固体に変わると、刃のような形状になり、リオの胴体に突き刺さる。

「がはっ‼︎」

 吐血し、下を向くリオ。
 地面に滴り落ちた自分の血を見て、頭の中が困惑に包まれる。
 一体何が起きたのか。敵は一体何をした、一体どんな魔法を使った、一瞬だけ頭の中がその事で一杯になり、必死に思案するが、すぐに無駄だと分かり、考えるのをやめ、目の前の怪物を倒す事に意識を集中しようとした。
 リオが意識を切り替えるまでの一瞬の隙を、怪物は見逃さなかった。
 リオの動きが止まった僅かな隙に、怪物は黒い棘を横に払って、リオを薙ぎ払った。
 棘の一撃が直撃したリオは、地面を数回転がった後に止まり、倒れながら咳き込み、血を吐き出した。

「かっ、あっ、はっ、かはっ・・・今の、は」

 赤い液体を、おそらく血を一瞬で固体にして、形を変えて攻撃した。まるで

「『紅血の協奏曲スカーレットコンチェルト』みたいじゃねぇか。まさかっーー⁉︎」

 もしあの怪物に、戦った者の魔法をコピーする能力があったとしたら

「やべぇな。だとしたら、俺の能力もコピーされちまうじゃねぇか」

 自分の能力が盗まれる可能性を危惧し、リオはどうするかを考える。
 本体が箱で、全く同じ特徴を持つ個体が二体いる。これらの事実から踏まえて、怪物の正体は自律型の魔道具だろう。
 棘を操り、魔法を模倣する魔道具。

「なら、問題ねぇな」

 リオは炎の大剣を一本錬成し、その切っ先を箱へと向ける。

「今からテメェを塵も残さず破壊する。覚悟しろ」

 生物ではないのなら罪悪感を抱く事もない。躊躇いなく塵にする事ができる。
 リオの闘気が強まったのを感じたのか、怪物、いや、箱がリオに向けて赤い液体を噴射する。
 それをリオは真ん中から斬り裂くと、液体は分離し、再び十数本の刃の形を作りリオへと襲いかかる。だが

「もう食らわねぇよ。」

 回転しながら大剣を振るって、リオは刃を全て砕く。
 そのまま止まる事無く箱へと向かっていき

「うぉおおぉおぉおぉおぉおおぉぉおおっ‼︎」

 再び襲いかかる棘を、今度は全て弾いて散らす。
 上から襲ってきた棘は跳んで回避し、空中を蹴って、急降下で箱へと向かっていく。やがて箱との距離が縮まりあと少しで剣が届くという所で、腹部に激痛が走る。

「ぐあっ‼︎」

 何かが腹の中に無理矢理侵入してるかのような不快感を感じると、石畳の地面に、何かが滴り落ちる音が聞こえた。
 リオが自身の腹部を見てみると、黒い棘が腹部に突き刺さり、血が棘に伝っていた。その事実を認識した直後、リオの口から大量の血が溢れ落ちる。

「ぐはっ、ごあっーー‼︎」

 一体どこから、そう思いながら箱を見ると、箱から飛び出した棘の一本が地面に刺さっていて、リオの足元からも棘が飛び出していた。

「地面を……通って……」

 箱は棘を動かしてリオを空中に吊るし上げ、次の瞬間、燃え盛る炎の中へとリオを放り投げた。








 リオが怪物によって炎の中へと放り投げられる少し前、竜人と遊興屋の血と狂気に満ちた舞踏は、竜人の気合いの咆哮と共に放たれた一撃によって幕を開けた。

「はぁああぁあぁあぁあぁあ‼︎ おりゃあ‼︎」

 腕を引き、思い切り振り抜いた拳は、突風を伴ってジャックが立っている地面を吹き飛ばした、が

「おーっと、危ない危ない。凄まじい威力ですね。食らえばただで済みそうにないですね」

 ジャックは難なく回避し、空中に浮遊する。
 リリィがジャックに向けて跳躍し、拳を振るうが、ジャックはいとも空中を歩く様に移動してリリィを躱す。

「あら、これは珍しい。空飛ぶ竜人ちゃんですか。生憎ですが、本日は空中散歩案内人ジャックの旅は中止しております。なので本日は地上にお帰りください」

 ジャックはリリィの背中に踵落としを叩き込み、リリィを地面に叩き落とした。
 その威力はリリィが落ちた先でリリィを中心にクレーターが出来る程凄まじいもので、地面に落とされた先で、リリィは吐血した。

「おやおや? まさかまさか、もう終わりですかー? 私を倒すとか言ってたのに、その程度で終わりですかー?」

「うるさいっ‼︎」

 怒りの叫びと共に爪で空気を弾き、リリィはジャックを斬り裂こうとする。
 しかし、その攻撃はまたもや簡単に躱され、不発に終わる。

「ざ~んね~ん‼︎ また当たりませんでしたねー、でも諦めないでください‼︎ いつかきっと当たります‼︎ そう、丁度」

 ジャックはリリィ目掛けて急降下し、リリィが迎撃の構えを取るよりも早く、その顔面に拳を叩き込み、腹に蹴りを入れて吹き飛ばした。

「こーんな風にっ」

「がはっ……‼︎」

 仰向けに倒れながら、リリィは再び血を吐き出す。
 リリィはジャックの事を爆発魔法にさえ注意すればどうって事の無い敵だと思っていた。
 体格は細く、挙動の一つ一つはおちゃらけていて強そうには見えなかった。だが、違った。
 ジャック=オー=ランタンは、魔法においても、体術においても隙が無い、この上なく厄介極まりない難敵だったのだ。
 
「いいですねぇ、いいですねぇ、そうそう、その顔が見たかったんです。その苦しむ顔が、私の退屈を紛らわしてくれる。ですが、あなたのそれはもう見飽きました」

「なん、だって?」

「端的に言うと、あなたで遊ぶのはもう飽きた、という事です。それに今面白そうな事があなた方の屋敷の近くで起こっているので、私としてはそっちを見にいきたいです」

 首を横に振りながら言うジャックの言葉に反応して、リリィが立ち上がる。

「面白そうな事? 一体、屋敷の近くで何が起きているの?」

「さぁ? ご自身の目で確かめて見ては? 私は見たくて見たくてしょうがないので見に行きますが」

「待て‼︎」

「と言えばやっぱり向かって来ますよねぇ‼︎」

 猛スピードで自身との距離を一瞬で縮めたリリィを、ジャックは掌を向けて嘲笑う。
 ーーまずい。


「まぁ、あなたは若いのによく頑張られたと思いますよ。私みたいなカボチャに負けたからって、落ち込まないで下さい。次なら勝てますよ」

 ジャックの掌から放たれた真紅の炎に、リリィはその身を包まれる。

「来世あたりで、ですがね」

 アハハハ、アハハハ、アーハッハハッー‼︎ と、高らかに笑う狂人の笑い声が、燃え盛る街に響き渡った。







 ステラはアルジェント達と別れて、屋敷へと戻っていた。
 屋敷に一人で残るローザの安全確認と護衛、もしも襲撃されていた場合ローザに加勢する事、それがステラに課せられた役割だ。

 本当はステラだって皆と一緒に戦いたい。皆の役に立ちたいと思っている。だざ、ステラは今その気持ちを押さえ込んで屋敷へと走っていた。

 戦いたいというのは一種の我儘の様なもので、敵の狙いが自分だから戦うのが危険という事を、ステラは分かっていた。
 自分がローザの元に向かう事で皆が安心して戦える。役に立つ方法は何も一つではないのだと、ステラは自分に言い聞かせる。

 『魔神の庭』のメンバーは全物凄い強さの持ち主だ。ステラが心配する必要なんて無い。
 特に、今回はギルドマスターでありギルド一の実力者のライゼがいるのだ。心配しなくても、皆なら『眠らぬ月』の魔導師をすぐさま倒して戻ってくる。きっとそうに決まってる。だから

「私は私のやるべき事をする。」

 そうする事できっと未来が良い方向へ向かっていくと、そう信じてステラ=アルフィリアは走り続ける。
 やがてギルドの正門が見える所まで辿り着いたステラは、遠くに一つの影を見つける。それは今日劇場で見た、後で話しかけようと思っていた少女だった。

「ルナ‼︎」

 ステラが少女の名を呼ぶと、次の瞬間、ルナはふらついて倒れそうになる。  地面に倒れる前に、ステラはスピードのギアを一つ上げ、倒れそうになったルナを支える。

「ルナ、大丈夫⁉︎ ルナ⁉︎」

「ステラ・・・」

「どうしたの⁉︎ 何があったの⁉︎」

「爆発が起きて、恐くなって、逃げてたらここに辿り着いて、それで、恐い人に襲われて・・・」

「そうだったのね。歩ける? 今から安全な所に連れてくから。つらいなら抱えるけど、どうする?」

「ありがとう、ステラ。優しいのね」

「いえ、これ位どうってことは」

 ないわよ。そう言い切ろうとした時、再び強烈な眠気に襲われる。
 『エスタシオン劇場』で味わった感覚と同じ感覚に突然襲われ、ステラが戸惑っていると、ルナがステラの耳元に唇を寄せて

「本当、騙しやすい位に」

「え?」

 その直後、ステラの全身を電流のような痛みが駆け巡り、意識が覚醒する。
 感覚の原因は腹部、ルナが自身に突き刺した剣である事を理解して、ステラが目を見開くと、それとほば同時に、ルナはステラと蹴り飛ばした。

「うぁ……‼︎」

 地面を数回転がった後に止まったステラを見て、くすくすとルナが笑う。
 
「ごめんなさいね、友達になれそうな娘にこんな事をするのって、本当は物凄く心が痛むんだけど、敵同士なら仕方ないわよね?」

「敵、同士・・・?」

「あら、まだちゃんと言ってなかったかしら。私はルナ=リブレール。『眠らぬ月』の魔導師にして『眠り姫』の一族の末裔。あなたと同じ『幻夢楽曲』の所有者よ」

「私と、同じ」

「さぁ、『赤ずきん』ちゃん。『眠り姫』と『赤ずきん』、どっちの方が上なのか、あなたを殺して教えてあげるわ」

 突然の告白に置き去りになるステラの心を、目の前の月は嘲笑い、空に浮かぶ月は優しく無機質に、ただ照らしていた。
 斯くして『遊興屋』が言った通り赤ずきんと眠り姫が出会っおもしろそうなことがおきた。
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