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幽霊の囁く城 part1

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 王都を出発して、夕暮れ時にはヘデス王国とドラゴニア帝国のさかいに馬車は到着した。
 来た時は北部の町ナイアタンに立ち寄ったが、今回はルートを変えたので別の街じゃ。
 ナイアタンより東南に位置するかつては栄えていた大きな街ホロウバステオン。
 今はかつての隆盛など見る影もなく、街を囲う城壁は半分以上が崩れ、門の上部は失われ、舗装された道は砂利道に戻りつつあった。

 妾がここへやって来た理由は当然、自分にかけられた呪いを解くためじゃ。
 ホロウバステオンには異界へ繋がる入り口があるとホラ研で聞いた。
 それはつまり皇帝の九番目の子に呪いをかけた吸血蛾の女王との接触を意味する。
 が、しかしーーー。

 妾はヤンヤンを気にしながら宿やどの二階の部屋でベッドに寝転んでいた。
 もちろん呪いを解くことは最重要課題じゃ。
 妾の人生がかかっておる。
 じゃが、ヤンヤンのことが今は気になって仕方がなかった。
 妾はシェン君に頼んで、ヤンヤンとサイファの仲を取り持とうとしていた。
 ヤンヤンの幸せが妾の喜びじゃからな。
 でもここにきて、とんでもないことに気づいてしまったのじゃ。
 いつも妾はやった後に気がつくので、よくよく考えてから行動しなきゃと思っておったが、またやってしまったかもしれぬ。
 耳の穴をかっぽじってよく聞いて欲しい。

 ヤンヤンがサイファとうまくいったら、年齢的に結婚するかもじゃろ?
 そしたら、ヤンヤンは妾の侍女を辞めてしまうんじゃないか?

「ぬおおぉぉぉぉぅ!」

 頭を抱えてベッドの上を転がると、それを見たヤンヤンが、ふふっと笑った。

「移動でお疲れだと思いましたが、ひめ様はお元気ですね」

 そのとき、部屋の扉が叩かれた。

「そろそろお食事の時間だそうです」

 扉の向こうからサイファが言うのが聞こえた。
 途端にヤンヤンの態度がおかしくなった。

「・・・・・・ふぁ!? は、はいぃッ!!」

 慌てて駆けて行き、扉を開けてペコペコ頭を下げている。
 サイファは優しく微笑んで「いえいえ、ついでですから」と答えていたが、妾の目から見てもその笑顔はとろけるように甘く、瞳がキラキラ輝いていた。

 なに? もうすでにできてるの?

 妾はむしゃくしゃしてきて、ベッドから飛び起きた。
 昨日までヤンヤンに協力しようと思っていたが、今はサイファが妾の大切な姉を奪う泥棒ネコーーーいや、龍かーーーにしか見えない。

「ヤンヤン、妾は着替えてから行くからの」

 本当なら着替える必要などないのに、そう言ってしまった。
 でもヤンヤンは振り返らない。
 去って行くサイファを見つめて、ぼうっとしたまま廊下の方を向いている。

「ヤンヤン!」

 大きな声で呼ぶと、ようやく妾の方へ戻ってきた。

「すみません、何かありましたか?」
「・・・・・・」

 心の中では「ふんがー!」と怒りの声を上げつつ、妾は自分で身支度した。
 靴を履いて、厚めの上着を羽織る。
 街一番の宿でも廊下は冷えるからの。
 ヤンヤンは銀食器の入った箱を持ち、妾の後から付いてくる。
 妾が急に不機嫌になったので、ヤンヤンはなぜなのかわからず、食堂に着くまで、こちらをうかがうようにちらちら見ていた。

 ふーんだ!
 気にしたって話してやらないもんね。

 プンプンしながら席につくと、もうシェン君とジョーが先に座っていた。

「なんで怒ってんだ、おまえ?」

 向かいからシェン君が訊いてきた。

「怒ってない」
「いや、頬がリスみたいに膨らんでるぞ」
「えっ?」

 両手で頬を押さえると、シェン君が可笑しそうにプッと噴き出した。

「からかった!?」
「からかってないって。本当に膨らんでた」

 本当か嘘かわからないので、妾はじろりと睨むのにとどめた。
 それから夕食が順に運ばれてきて、みんなで静かに食事を済ませた。
 さすがにナイアタンに比べると料理はよかった。
 さびれてきているとはいえ、大きな街だと食材も豊富なのだろう。
 デザートが運ばれてくると、それに合わせて料理人も挨拶に出てきた。

「お、お口に合いましたでしょうか?」

 コック帽を手に、縮こまっている老齢の料理人にシェン君が頷いた。

「ああ、美味しかったよ」
「妾も満足じゃ」

 ホッとしている料理人に、ジョーがもう一皿ケーキをお代わりする。
 シェン君もだと思うが、妾たちのような身分の者が庶民と味覚が違うと思われているのはいささか勘違いが過ぎる。
 確かに宮では一流の料理人が作った最高級の食事をしていたが、毎回豪勢な物を食べていたわけではない。
 そんなことをしていたら栄養過多になるし、他の場所で食事が出来なくなってしまうからの。
 学園でも皆と同じ物を食べているので、よほどの事がない限り、出された物に文句は言わない。
 手が震えていた料理人は胸を撫で下ろして去って行こうとした。
 それをシェン君が引き留めた。

「ああ、そうだ。ちょっと訊きたいんだけど」
「な、なんでしょう?」
「あの山の上に建つ城のこと」

 この街の西側には小高い山があり、その頂には古い城が建っている。
 そう、街の名にもなったホロウバステオン城じゃ。
 別名、幽霊の囁く城。
 妾たちの目的地。
 料理人は少し動揺したように目を瞬かせた。
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