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ジョーのストーカー疑惑

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 欲しかった本も買えず、肩を落として宿に行くと、そこには先に到着していた兄二人が待ち構えていた。
 シェン君とジョーが肩身が狭そうに目を逸らしている。
 妾とて、このようなことになるとは思っておらず困惑しかないが、後々面倒なことになるので妹として対処する他あるまい。

「フェニックス兄じゃ、先ほどぶりなのじゃ」

 小さな木造の二階建ての宿は、刀剣部の貸切状態だったらしく、学園の生徒がちらほらいるが、他に客は見当たらなかった。
 一階のパブけん食事処に、フェニックス、アカネ、妾とシェン君、ジョーが同じテーブルに着く。
 ジョー以外には、それぞれ従者がいるので、周囲に人が多く狭く感じる。
 フェニックスは妾の向かいに座って、すでに薄い葡萄酒ワインを飲んでいた。

「ああ、遅かったな」
「町を馬車でぐるりと巡っていたのじゃ」

 フェニックスの隣のアカネが話に入ってくる。

「へえ、何か面白い店でもあった?」
「特には・・・・・・」

 フェニックスが「だろうな」とつまらなさそうに呟いた。
 この町は本当にこじんまりとしているので、書店以外に妾の興味を惹く場所はなかった。
 ジョーが言っていた美味しいパン屋さんに寄り道して買い食いしたのは楽しかったけど。

「明日にはヘデス王国に出発するんだろ? いいなぁ」

 自分も行きたそうにアカネが言う。

「刀剣部はいつまでここで合宿するのじゃ?」
「一週間の予定だけど、天候で変わるかもな」

 そろそろ陽が落ちて薄暗い窓の外にアカネが顔を向ける。

「この町は天気が変わりやすいから、大雪だと列車が止まるんだよ。帰るのが遅れることも想定しておかないとな」
「なるほど」

 雪で予定が変わることは考えていなかった。

「ヘデス王国へは、これから馬車だが、大丈夫じゃろうか?」

 心配になる。
 横からジョーが「それは大丈夫」と自信ありげに答えた。

「雪が深ければ馬車はそりを付けるから、よっぽどの吹雪じゃない限り行けるわ。それに街道は雪が溶けるように魔道具が置いてあるし。帝国はちょっとの雪ですぐに大騒ぎするけど、ヘデスでは対策が行き届いているからへっちゃらよ」

 なんかトゲがありませんか、ジョーさん?
 妾と同じことを感じ取ったのか、フェニックスが目を細めた。

「おい、おまえ」
「・・・・・・? もしかしてわたしのこと?」

 ジョーがわざとらしくフェニックスに聞き返す。

「そうだ。おまえ、名はなんと言った?」
「・・・・・・ジュリア・ウエストウッドよ」
「ウエストウッド? 知らんな」

 帝国ではウエストウッドという名の上級貴族はいない。
 フェニックスは冷たい目でジョーを見つめながら言った。

「バーミリオンがヘデス王家のところで休暇を取ると聞いたはずだが、おまえはヘデスの王族じゃないのか?」
「わたしの母がマシロ様の姉にあたるの」

 そのとき、フェニックスの隣でアカネが大きな声を出した。

「あっ、おまえ! サクラが言ってたストーカーか?」

 どういうことじゃ?
 妾が黙って見守っておると、ジョーが不服そうに言い返した。

「ストーカーじゃないわ! サクラ様のご友人たちには説明したはずだけど」
「いやいやいや」

 アカネが首を振る。

「バーミリオンに付きまとってた女生徒っておまえのことだろ?」
「何の話だ?」

 フェニックスが割り込み、さらに冷ややかな顔になる。
 なんかさらに面倒な展開じゃないかな、これ。

「付きまとってません! ちょっとバーミリオンと話をしようとしてただけよ。それを誤解したサクラ様のご友人にストーカーと間違えられただけ。しかもこっちは被害者なんですからね! 廊下で布団でぐるぐる巻きにされて連れ去られたんだから」

 ジョーが怒りながらまくし立てる。
 思わず妾は口を挟んだ。

「もしかして、前に教室の前の廊下で見た簀巻すまきは・・・・・・」

 妾もジョーのことを一時期ストーカーだと思っていたので、サクラが誤解しても仕方がない。
 しかし、あのおっとりしたサクラが裏で手を回して、妾からジョーを遠ざけようとしていたとは知らなかった。

「今は友人ということか?」

 フェニックスが訊ねる。
 ジョーはまだプリプリ怒ったまま頷いた。

「そうよ! 今は一番の女の子友だちなんだから。家に誘うぐらいなのよ、見てわかるでしょ」

 お、女の子友だち・・・・・・。
 そうじゃったか。
 妾、女子の友だちいつの間にかできてたのか。
 衝撃を受けていると、隣からすすすっとヤンヤンがやって来た。
 先に宿に来ていたが、片付けが終わったのじゃろう。
 妾の耳元にそっと囁く。

「ひめ様、料理人がお食事の用意ができたということなので、運びたいのですが」

 話が一段落するまで待っていたらしい。
 妾は運んでもいいと目配せして、この場で一番年長のアカネに告げた。

「妾、お腹がすいたのじゃ。お話はこれぐらいにして、夕餉ゆうげにしてもいいかの?」
「あ、ああ。そうだな。フェニックスも、もういいだろ? ウエストウッドのことはバーミリオンが家に招かれた時に一通り情報局が調べたはずだし」

 そうなの?
 王宮の情報局のことはよく知らぬが、いろいろと調べ上げて父上に伝える部局らしい。
 まあ、スパイ集団じゃな。
 ちょっとカッコいいが、妾には関わりがない。
 ジョーの家に遊びに行くことを伝えたら、絶対に兄姉の何人かは反対するじゃろうと思っていたが、表立ってやめるように言ってきたのはサクラだけだった。
 そのサクラも、妾が母上の実家に行ってみたいと言い募ると渋々、了承してくれた。

 なんだか、妾の知らぬところで色々なことが起こっておるのじゃな~。
 などと考えながら、運ばれてきた野菜のクリーム煮を口に入れる。

「苦いのじゃ~」

 うっかり苦手な芽キャベツを食べてしもうた。

「好き嫌いするな」
「まだまだ子どもだなぁ」

 フェニックスとアカネが向かいで笑う。
 自分たちだって妾とそう歳は変わらぬではないか。
 むぅっとしながら隣を見ると、シェン君が口を歪めて芽キャベツを食べていた。
 わかる! わかるぞぉ!
 苦い野菜と格闘しながら、夜は更けていった。
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