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妾のためにケンカはやめてぇ

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 妾は目がいいのじゃ。
 両方とも裸眼で5.0はあるはずじゃ。
 近くも遠くもよく見える、のでーーー。

「アレはなんじゃ?」

 教室の後ろの席に座った妾は、隣のシェン君に訊ねた。
 グレーの髪の女生徒が戸口に現れたと思ったら、あっという間に黒い布で覆われて簀巻すまきにされて運ばれて行ったような?

「えっ? なんだよ?」

 シェン君がこちらを見た時には、もう簀巻きは廊下に消えていた。

「遅いんじゃ」
「だから何がだよ?」

 立ち上がって廊下に様子を見に行こうと思うたが、今度は甲高い悲鳴が聞こえてきた。

「さっきの簀巻きかの?」
「簀巻き?」

 わかっていないシェン君と廊下に向かう。
 ちょうど四限が終わって昼休憩に入ったところなので、教室も廊下もざわめいていた。
 廊下に出た妾に声がかかる。

「バーミリオン、おれが来てやったぞ」

 居丈高な態度の兄じゃに、妾の顔は歪む。

「頼んでないのじゃ」

 五番目の兄フェニックスが、見知らぬ二人の同級生を後ろに連れて立っていた。
 なぜか周囲で女子がキャーキャー騒いでおる。
 もしや、ファンか? こやつ、羨ま・・・・・・いやいや、一応皇子だからの。
 ちょっとぐらいモテて当然じゃ。
 ファンの一人や二人や三人や四人・・・・・・。

 十人はいるだとっ!?

 さらに苦虫を噛んだような顔で妾はフェニックスを睨んだ。

「なんだよ、おれがわざわざ教室まで来てやったのにその顔は」
「頼んでないと言っておるのじゃ」

 フェニックスはなぜかにこにこ微笑みながら妾の真紅の髪をポフポフと撫でる。

「何か問題を起こしてないだろうな」
「当たり前じゃ」
「友だちはできたか?」
「うむ」

 フェニックスは中等科三年で妾より二つ年上じゃが、初等科から学園にいるため妾よりこの生活に慣れておる。
 何かあれば相談に来いと何度も侍女伝いに連絡があったが、妾すっかり忘れておった。
 もしや、心配で見に来たのか?
 いや、そんなわけは・・・・・・。
 妾とフェニックスはそんなに仲の良い兄妹ではなかったはずじゃ。
 フェニックスは七歳から学園の寮にいて、妾は宮にこもりきり、ほとんど一緒に過ごした記憶がない。
 最近は芋掘りやら犬ぞりレースやらで会うこともあったが。
 考えておると、フェニックスの視線が妾の頭の上を素通りしてシェン君に移った。

「もしかしてこれか?」

 なぜか態度が豹変して、フェニックスの冷たく低い声が響いた。

「おい、ふざけるなよ」

 そんなフェニックスの声は聞いたことがなかった。
 妾は驚いて兄じゃを見上げた。

「男じゃないか」
「そ、そうじゃ。シェン君は男なのじゃ。でも、まだ女の子の友だちはいないのじゃ。こ、これから作ーーー」
「こいつはダメだ」

 完全否定された当のシェン君も、さすがに黙っていられなくなったらしい。

「あァ? 何がダメだって?」

 睨み合いが始まってしもうたのじゃ。

「フェ、フェニックス兄じゃ、シェン君は初めてできた友だちなのじゃ。そ、それにツノもカッコいいし、黒いのも綺麗だと思わぬか? なっ? なっ?」

 なんとか宥めようとしたが、なぜか火に油だったらしく、フェニックスは妾を押しのけて、シェン君の全身を上から下まで眺めた後、「ふん」と鼻で嘲った。

「みっともない黒い害獣が」

 なっ!?

「アラガンの龍人族か。留学生なら留学生らしく他国では下民のように振る舞うべきだろう。おれたちが誰かわかっていて頭も下げないなど無礼千万。礼儀を弁えろ」
「あ、兄じゃ・・・・・・」
「バーミリオン、おまえもだ。友というのは気の合う仲間を選ぶことじゃない。おれたちは帝国の礎となる者。それにふさわしい相手を見繕うべきなんだ。有象無象のやからでいいわけがない」

 あまりの事に妾が呆然としておると、先に立ち直ったシェン君が反論した。

「そうですか。これは不遜な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした殿下」

 片膝を折り床にひざまずく。

「この学園では身分制度は適用されないと聞いていたのですが」
「建前上はな」
「では、改めて紹介させてもらえませんか? わたしはシェン・ウーイェと申します。アラガンのーーー」
「必要ない。おれはおまえにまったく興味がない」
「あ、兄じゃ・・・・・・」

 とりつく島もないフェニックスに、妾はオロオロするばかりで、シェン君はまだ跪いたままうつむいている。
 せっかく友だちになったのに、兄じゃのせいでたった一人の友だちを失ってしまうかもしれぬ。
 シェン君に立ち上がるよう言わなければ。
 兄じゃにひどいことを言うのはやめろと言わねば。
 でも、妾はなぜか胸がぎゅうっとして声が出なかった。
 怒っているし悲しいのに、どっちにも言葉をかけることができない。

 ダメじゃ・・・・・・。
 妾、ずっと宮にいたからか?
 こんな時どう言えば正解なのかがわからぬ。

 その時、うつむいていた顔をパッと上げてシェン君がフェニックスをまっすぐに見つめて言った。

「殿下、どうか、わたしとミリィが友だちになることを認めていただきたい」

 ん? 妾、なんかちょっとキュンとしたような?
 妙な動悸を覚えた妾だったが、すぐさま廊下に響き渡ったフェニックスの怒声がすべてを吹き飛ばした。

「ミ、ミ、ミリィだとォォォ!!」

 急にフェニックスの髪が逆立って一部が燃え上がった。
 こ、これは・・・・・・ヤバいかもしれぬ。
 目元も真っ赤になっておる。
 竜化する兆候じゃ。

「あわわわわ」

 妾が助けを求めて慌てて周囲に目をやると、なぜか廊下にはひとっ子一人いなくなっていた。

「え? み、みなの者たちは?」

 さっきまでキャーキャー言っていた女子たちも、フェニックスの友人らしき二人も、廊下にいた生徒たちも消え、教室のドアはぴったり閉まっている。
 蜘蛛の子を散らすように逃げたらしい。
 早すぎんか?
 そして、妾の目の前では凄まじい剣幕で怒り狂う兄フェニックスーーー。

「おまえ、おれの妹を勝手に略称で呼ぶだと!? 今すぐ死んで詫びろ!」
「い、嫌だ!」

 さすがにシェン君も立ち上がったが、フェニックスの激昂に押されて後ずさっている。

「だったら●ね!」

 フェニックスが手を伸ばし、シェン君のツノをわしづかんだ。

「離せよ! ミリィをミリィって呼んで何が悪いんだよ」
「まだ言うか!!」

 シェン君のツノを引っ張って、フェニックスが床に押し倒す。
 シェン君もフェニックスの袖をつかんで体勢を変えようとする。
 二人が床の上でののしり合いながら、どったんばったん激しく殴る蹴るを始めた。

「ちょ、ちょっと二人とも・・・・・・やめるのじゃ」

 フェニックスがシェン君の頭を床に叩きつけ、シェン君が左肘でフェニックスの胸を突く。
 フェニックスの髪はますます燃え、シェン君の髪に燃え移りそうじゃ。

 な、なんと乱暴なやつらじゃ~~!

 ふと、妾の脳裏に懐かしのメロディが流れた。
 そいでもって、妾は叫んだのじゃ。

「妾のために~ケンカはやめてぇぇ~」

 ついでに続きも歌い出す。
 段々興にのってきたし、この歌はカラオケでよく歌っていたから十八番おはこというやつじゃ。
 とにかく二人の男が妾のためにケンカをするというこのシチュエーション。
 ピッタリの歌なんじゃ。
 庭師のじいさんの小屋にあった懐メロレコードを何度も聴いたからの。
 妾はノリノリで歌った。
 で、気がついたら二人はケンカをやめて妾を見ていた。
 まぬけ面で口を開け、ぽか~んとしておる。
 髪がしゅんとして鎮火したフェニックスが呟いた。

「おまえ、音痴だな」
「ああ、めちゃくちゃ音痴だ」

 シェン君まで!

「よ、余計なお世話じゃーーー!」

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