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ハニースペース

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「うふん。これはまた随分と歳の離れたカップルだわね~」

 ぞぞぞ……

 俺の背中に怖気が走る。

 クラシカルなメイド服に包まれた肉体美。しかしながら、その服を盛り上げるのは、女性らしさなど微塵もない山盛りな筋肉だ。

 しかも、かなり厳ついいわおのような顔立ち。歴戦の勇士だと言われても、信じて疑うことはないであろう。

 そんな“男”が、体をやたらとくねらせ、オネェ言葉で語り掛けてくれば、戦慄するのは必至である。

「こ、こんにちは。あの、私達、ここは初めてで……その、えと……」

 アイリですら、彼の見た目と言動には頬を引き攣らせている。

 娘は基本的に、見た目で他人を判断するようなことはしないが。いくらんでもアレを前にしては、平然としていることはできいなようである。

「うふ。緊張しなくてもいいわ~。あたしは【リカルド】っていうの。気軽に、“リーちゃん”って、呼んでくれていいからねん」

 リカルドこと、リーちゃんはしなをつくり、バチンとウィンクを飛ばしてくる。

「あの、リカルドさん」
「リーちゃん」
「え、と……リカル……」
「リーちゃんだってばん」
「……リーちゃんさん」
「『さん』は余計だけど、まぁいいわ」

 この店員。是が非でも“リーちゃん”と呼ばせたいようだ。しつこい。
 結局アイリも、最終的には“リーちゃん”と呼ばされていた。

 大丈夫なのか、この店……

 すると、カウンターの奥から、更に別の人物が姿を見せた。

「リーちゃん、どうかしたのかい?」
「あら、【サクちゃん】。お客様よ、お客様♪」
「お、そうかい。いらっしゃい、ここらじゃ見ない顔だね。観光かい?」
「あ、はい。そうです」

 新しく登場したのは、真っ黒な髪をセミロングほどに伸ばした、妙齢の女性であった。
 女性にしては身長が高い。おそらく俺と同じか少し低い程度だろう。
 髪と同じく黒い瞳をもった彼女は、このあたりに住んでいる者とは容姿が異なっている。
 
 おそらく、別の大陸出身であろう。

「はじめまして。ワシは【サクヤ】という者だ。この店で調理を担当してる。常連からは“サクちゃん”と呼ばれたりしてるな」
「彼女の作る料理は絶品だから、ぜひ堪能していってねん」
「ま、この国にいるって噂の【マスターコック】には、流石に負けるがの。あはははっ」

 腰に手を当てて豪快に笑う姿は、俺の良く知る誰かとダブって見えた。
 彼女が言っている【マスターコック】とは、十中八九リゼさんのことだろう。

 彼女の名前は、この国では結構有名だしな。本人にその自覚は薄いけど。

「それにしても、随分と歳の離れたカップルだねぇ。そっちの彼氏は、三十は超えてそうなのに、彼女さんはどう見ても十代だし……お客さん、ひょっとしていけない関係じゃないよねぇ?」

 ぎく……

 うぅ。確かにカップルでこの年齢差は奇妙か。
 しかしな。ここで親娘おやこです、なんて言えば、この店には入れないだろうし。
 そうなると、アイリをがっかりさせてしまう可能性が。

 いやでもなぁ、ここで面と向かってカップルだと宣言するのも、あとが怖そうだ。
 娘がそれでどんな反応をするかなんて、火を見るより明からだろう。

 しかし、ここで思いがけないところから助け舟が出た。

「こらサクちゃん、お客様のプライベートな部分に口出ししないの。ごめんさないねぇ。彼女、ちょっと好奇心が強いのよ。しっかり注意しておくから、気を悪くしないでね。ドリンク、一杯サービスするから」
「あ、ああ。こちらは全然気にしていないから」
「ふふん。ありがと」

 またしてもバチンという音を立ててウィンクを飛ばしてくるリカルドことリーちゃん。

 うん、そのウィンク。全力でやめてくれ。鳥肌がさっきから止まらん。
 
 接している感じ、決して悪い人物ではないのだが、どうにも……慣れん。

「さて、うちの店が初めてってことは、システムも知らないってことでいいね? うちは完全個室が売りで、その中でならどんなにラブラブちゅっちゅにイチャイチャしても問題なし。あ、ただしここはあくまでも飲食店だからね、部屋で『行為』に及ぶのだけは勘弁しておくれよ」
「そうね。もしそういった行為が行われた場合は、強制的に退転してもらうから気をつけてねん」
「ちなみに、今後の入店も固くお断りさせてもらうよ。それ以外なら、普通の店なら営業妨害でつまみ出されそうなことをしても大丈夫。カップルの雰囲気に合わせて、個室も選べるからね。『シック』、『モダン』、『クラシック』、『ファンシー』、『オリエンタル』まで、各種揃ってるよ」
「ただし、個室の提供時間は2時間まで。それ以上い続ける場合は、追加で料金をいただくから、そのつもりでねん」

 サクちゃんとリーちゃんが、交互にこの喫茶店のシステムを紹介してくれる。

 更に彼女たちの説明を付け加えると、部屋には【魔工鈴《まこうりん》】と呼ばれるハンドベルがあり、それを使ってウェイターを呼ぶそうだ。
 それと、最低でも一回は、料理を注文する決まりになっている。
 飲み物だけでの長時間利用もお断りということなので、そこは注意するように言われた。

「さて、それじゃどんな部屋がいいかしらん?」

 そう言って、リーちゃんが部屋の一覧表を見せてくれる。

「う~ん……ねぇ、どれがいいかな?」
「そうだなぁ……アイリは、どれか入ってみたい部屋はあるのか?」
「えと……それなら、この『オリエンタル』っていうのが気になるかも」
「あら、なかなかお目が高いわねん。その部屋はね、サクちゃんの故郷、【スメラギ】をイメージして作ってあるのよん。“タタミ”っていう、草を編んだ床に、“ショウジ”と呼ばれる独特の形状をした窓が人気でね、けっこう埋まっちゃてんることが多いんだけど、今はちょうど空いてるの、ラッキーねぇ~」
「わぁ……それじゃ、この部屋にします!」
「畏まりました~、それじゃ、お部屋まで案内するわねん。こっちよ~」

 部屋を決めたアイリ。腰をくねらせて手招きするリーちゃんの後ろに俺たちはついていく。

「ごゆっくり~」

 なんて声を掛けながら、手を振って俺とアイリを見送るサクちゃん。

 うむ。やっぱりどことなくリゼさんと雰囲気が似ている気がするな。

 そんなことを考えながら、リーちゃんに案内されたのは、これまた独特の扉だった……扉、だよな……?

「これはね、“フスマ”っていう【スメラギ】独自の扉よん。横に、こうしてスライドさせて開閉する仕組みなの」
「へぇ、面白いですね」
「ふふ、中はもっと面白いとおもうわよん。あ、一点だけ注意があるわん。この部屋では、“タタミ”を汚さないために、靴を脱いで入ってちょうだい」
「靴を、脱ぐんですか?」
「そっ。【スメラギ】では建物の中に入る際は、基本的に履物を脱ぐ、っていう文化みたいでね、それに習ってるのよん。あと、“タタミ”って汚されちゃうと、お掃除が大変なのよん。だから、靴を脱いで、そこの棚に入れておいてちょうだい」
「分かりました」

 俺とアイリは、言われたとおりに靴を脱いで、入り口近くにある棚に入れておいた。

「中には“ザブトン”っていう平べったいクッションがあるから、それに腰掛けてねん。テーブルの上に【魔工鈴】があるから、いつでも注文を受け付けるわ。それと繰り返すようだけど、最低でも一回は、料理を注文してねん。あと、甘々なイチャイチャも度を越して、エッチまでいったらダメだから、気をつけて」
「はい、丁寧にありがとうございます」
「それじゃ、注文のときにまた来るわねん。それじゃ、ごゆっくり~」

 そう残して、部屋を出て行くリーちゃん。
 あの強烈なまでのインパクトを誇っていた人物がいなくなり、一気に場が静かになった。

「……なんというか、すごい感じの店員さんだったね、お父さん」
「ああ、そうだな」

 本当に。なんというか、いろんな意味で、すごい男だったな。

「まぁ、それは置いておいて。それじゃお父さん、さっそく部屋に入ってみようよ」

 俺たちの目の前には、もう一枚“フスマ”があり、アイリはそれを開けて、中に入っていった。

「うわぁ、不思議な部屋~」
「ほぉ、これは」

 草を編んで作られたという“タタミ”の床に、“ショウジ”という変わった窓。そこを開ければ、【ラクス】の美しい街並みが視界に入り込んでくる。

 先ほどまで揺られていたゴンドラが、水路を漂っているのを見ていると、自然と和んでしまう。

「変わった匂いね。少しだけツンとくる感じもするけど、不快じゃなくて、むしろリラックスできる感じかしら」
「それに、この“ザブトン”というのも面白いな。折りたたんで枕にも使えるんじゃないか、これ」
「あ、ほんとだ。ふわふわじゃないけど、けっこう生地がしっかりしてるね。それとこのちっちゃい丸テーブル、かわいい」

 俺とアイリは、初めてみる【スメラギ】風の部屋を堪能する。

 それと、きゃっきゃっとはしゃぐアイリを盗み見て、俺は小さく胸を撫で下ろしていた。

 はぁ、よかった。この喫茶店、趣旨はイチャイチャラブラブしようっていうことになっているが。
 こうして珍しい部屋に案内されて、そういった目的がアイリから抜けたようだ。
 これなら、過度な接触をしてくることはないだろう。

 と、俺はこのとき、思っていたのだが……

「これはなんでしょうか? あ、説明書きありますね。“ミミカキ”? ……イチャイチャポイントなんて項目もあります。え~と、ふとももに異性の頭を乗せて、耳掃除をしてあげる……膝枕効果で密着効果アップ……膝枕……いいかも」

 見れば、アイリが小さい木の棒を持って、何かを読みながらぶつぶつ呟いている。

「アイリ、とりあえず最初は食事にしないか?」
「あ、はい。分かりました…………膝枕は、ご飯が終わってからやってみよう」
「うん? アイリ、何か言ったか?」
「ううん、なんでもない」
「そうか。それで、何を食べようか?」

 少しだけ妙な雰囲気をアイリから感じたが、まぁいいか。
 それよりも腹が減った。
 この後もアイリと一緒に、街を見て回るつもりなのだから、何か食べねばな。

「それじゃ、このラブラブオムライスにしよう! この店一番の人気メニューだって書いてあるし、食べさせあいっこもし易そう! それに何より、おいしそうです!」
「それじゃ、これにしようか」
「はい!」

 食べさせあいっこ……うむ、まぁ、それくらいならいいか。


 ――そして、俺たちは注文したオムライスを、一本のスプーンでお互いに食べさせ合い、アイリは心底嬉しそうに、俺は全力で羞恥に耐えながらの食事となった。味は、正直いって全然わからなかった。娘とのあ~んを永遠と繰り返している中で、味を堪能できるほど、俺の精神力は強くないのだ。
 まぁ、ちっちゃい口を開けて、ひな鳥みたいに食事をするアイリは、非常に可愛らしかったが。


 で、食事が終わって腹休めをしていた俺に、アイリがそっと近付いてきて、

「お父さんお父さん、私、少しやってみたいことがあるの。協力して」
「うん? まぁ、別に構わないが」

 愛する娘から協力してくれと言われて、断れるわけもなく、俺は頭に『?』を浮かべながらも頷いた。

「ありがとう、お父さん。それじゃこっちにきて、私のふとももに頭を乗せてくれる?」
「は? あ、ああ……」

 “タタミ”の上で女の子座りをするアイリ。俺はぽんぽんと叩かれる娘のふとももに、言われるがまま頭を乗せた。

「ふわぁ~……これ、いいです。お父さんの髪がちくちく当たって、あったかい体温を膝の上で感じられる……この密着感、たまりません……はぁ~~っ」
「あ、あの、アイリさん? この格好、非常に恥ずかしいんだが……」
「我慢してください」

 娘のふとももに頭を乗せて、俺は頭をしきりに撫でられている。しかも、ふとももとから香る娘の甘い匂いが鼻腔を刺激して、顔が熱を発してしまう。

 父としての威厳など、微塵もありはしないこの状況……娘のふとももがやわらくて心地良い……じゃなくて!

「ア、アイリさん。俺はいったいいつまでこの状態でいなくちゃいけんだ?」
「しばらくずっと……です。だって、この喫茶店は、こういう風にイチャイチャする目的で使うお店なんでしょ? だったら~、こういう風にするのだって、問題なんですよ~?」

 頭上から、非常に間延びした甘ったるい声が降りてくる。
 アイリの吐息が少しだけ荒くなって、「はぁ、はぁ」という危ない気配が伝わってくる。

「それじゃ、お父さんのお耳を、これで、キレイキレイにしてあげますねぇ。『耳掃除』というやつです。これをしてあげるのは、初めてでしたよね、お父さん?」
「い、いや、耳掃除なら自分でできるから。わざわざアイリにお願いするなんてそんな……」
「あ、ダメですよ、動かないでください。大丈夫です。痛いことは絶対にしません、むしろ、気持ちよくしてあげますから……」

 アイリ、その言い回しは色々と誤解を生みそうだからやめてくれ。

「ふふ、それじゃ、お耳を一杯キレイにしてあげますらねぇ……」


 ――で、結局俺は左右の耳を、アイリに丹念に掃除されてしまったわけなのだが。
 
 正直に言って……大変気持ちよかった。

 いやもう、変態を言われてもいいんだが、娘の柔らかくも弾力とハリのあるふとももに頭を預け、敏感な耳を掃除されるという行為は、非常に心地よく、思わずそのまま昼寝に突入してしまいそうなほどだったぞ。

 偽りなく言えば、またお願いしたいくらいである。

 ……この街で、耳かき一本、買っちゃおうかな……

 なんて思ってしまうくらい、娘の耳掃除は、魔性の魅力を秘めていたのだった。
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