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うちの娘は規格外 1

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「そう。それってお母さ……リゼおば様の匂いだったのね……そっか、浮気じゃなかっったんだ……」
「はぁ~……やっと分かってくれたか……」
「ああ~……なんで俺まで……」

 アイリの嫉妬暴走から10分……ようやく俺の浮気疑惑は晴れた。
 たかが10分と侮るなかれ。
 嫉妬に狂いパワフルに号泣する娘と対峙した濃厚な10分である。
 実に最悪な時間であった。

 ……まぁ、娘が俺にぞっこんであることが、全く嬉しくないかと言われれば、それは嘘になるんだが。

「それにしても、お母……おば様にも困ったものですねぇ……誰彼構わずに熱烈なスキンシップを取ろうとするんですから……もう。しかも、よりにもよってお父さんを抱き締めるなんて……う~、羨ましい」
「……なぁ、お前んとこの娘さん、ほんとにどうしちまったのよ」
「……気にしないでくれ。難しいとは思うが……」
「いや、でもよ」
「いずれ落ち着くだろうから……それまでは、ただ黙って見守ってくれ」
「まぁ、お前がそう言うなら……つっても、何かあれば、相談くらいは乗るから、気軽に声を掛けてくれ」
「助かる……」

 とは言ったものの、こんな色々とデリケートな問題、そう簡単に口外でねぇって。
 娘から一人の男として好かれてるとか、本当に、なんでこんなことになってしまったんだか……もう胃と頭が痛くて仕方ないよ。

「でも、お……リゼおば様、村に帰ってきてたのね」

 そして、さっきからアイリがリゼさんのことを、『お母さん』と呼びそうになっては、『リゼおば様』と言い直しているのは、彼女がリゼの母乳で育ち、幼い頃はレオと一緒に育ててもらったことがあるからだ。

 アイリが5歳になってからは、俺が本格的に面倒を見るようになったのだが、それまではリゼさんが主体になって、子育てをしてくれていたのだ。
 そのため、アイリにとってはまさしく母親であり、家族なのだ。

 しかし、過去に少しだけトラブルがあり、それが引き金となって、俺と二人暮らしするようになり、また、リゼさんの呼び方も『お母さん』ではなく、『リゼおば様』に変化したのである。
 ただ、このトラブルが切っ掛けで、俺たちの親娘《おやこ》仲は大きな変化を迎えた。
 思えば、この時からだったかもしれない。
 アイリが俺に『懐き始め』、仲が深まっていったのは……

 しかし、それがまさか、俺と結婚したいなどと言い出すまでに好意を膨らませていたとは……さすがに予想外である。

「なぁアイリちゃん。そんな無理して『おば様』なんて呼ばなくても、前みたいに『お母さん』でいいんだぞ?」
「いいえ、これは私なりのけじめなんです。だって……」
「アイリ、あまり昔のことを気にしすぎるな」
「でも……」
「アイリちゃん。リゼは君が離れていって、随分と凹んでいたんだぞ。しかも呼び方まで他人行儀になって」
「はい……でも、割り切りは必要だと思いますから……」

 アイリは、とても頑固な部分がある。ぱっと見は物腰柔らかい娘だが、一度でもこうと決めると、なかなか意見を覆さない。
 それは時に、頑迷とも言えるほどだった。

「ほ、ほらっ、お父さん! あまりのんびりしてたら、討伐クエストに遅れちゃうかもしれにないわよ! 急いで武器とか防具とかの準備をしないと!」
「あ、ああ。そうだな」

 アイリの無理やりな話題転換。
 しかし、娘の言うとおり、あまり時間的な猶予はない。
 おそらくあと1時間もすれば、ロックボアの群は村に襲撃してくるだろうと、グンターは言っていた。
 ここから村の外に設置した防衛網までは、走って20分ほど。
 準備の時間を考慮すれば、30分は掛かる。
 実際、のんびりと話をしている余裕はなかった。

「それじゃ、裏庭の倉庫を空けるね。オズおじ様、先に行っててください。私とお父さんも、準備が出来次第、すぐに向かいますから」
「オズ。とりあえずそうしてくれ。すぐに追いつく」
「了解。それじゃ、先に行くぜ」
 
 オズは槍を肩に担いで、家を飛び出していく。
 その際に。俺に向けてチラと視線を向けてきた。
 おそらく、きちんとあとでアイリと話をしろという意味であろう。
 俺はわずかに視線に対して頷くと、オズは全速力で脚を回転させ、瞬く間に遠ざかっていく。
 その後ろ姿を見送り、俺とアイリは揃って裏庭へと走った。


 ・・・・・・


「状況は?」

 俺達が家を出てから約20分。
 街道の脇に生い茂る森林帯に身を隠す【クラン・ソル】のメンバーたちに、俺は声を掛けた。

「もう、すぐ目の前まで来てる。あれ、見てみろ」

【ソル】の正式メンバーの一人、である男性が、街道の向こうを指さす。
 その先に視線を向ければ、盛大に土煙を上げて何かが向かってくるのを確認できる。
 十中八九、あれがロックボアの群であろう。

「はぁ……ありゃすげぇな。ここまで地響きが伝わってきやがる」

 俺と一緒に街道に目を向けるオズが、関心半分、呆れ半分を声に含ませて呟いた。

「お父さん、あれが……」
「ああ、件のロックボア達だろう」
「すごいね。地面が少し揺れてるみたい」

 みたい、ではなく、本当に揺れているのだ。

 ロックボアはその硬い外皮のせいで体重が重く走る速度はそこまで速くない。
 しかし、それが30体も集まって進撃してくれば、相当地面に振動を与えるはずだ。

 しかも、既に距離は3キロもないだろう。

 おそらく、あと10分~15分程度で接敵することになるのは間違いない。

「作戦は?」

 と、俺が問い掛けると、一人の女性が俺達の前に進み出てきた。

「そこはアタシが説明する。時間ギリギリになっての到着だから、簡単な説明になるよ……っと。おや? そっちの娘は、確か……」
「ああ、うちのアイリだ。今回の討伐に参加させてもらうことにした」
「へぇ、その子が……」

 どこか値踏みするようにアイリを見つめてくるこの無礼な女は、【クラン・ソル】の【クランマスター】――【ライリー】である。
 釣り上がった黄金の瞳に、レインレッドのような赤毛が特徴の女性だ。
 化粧っ気が完全に皆無であり、バサバサで手入れがほとんどされている様子のない長い頭髪を、これまた無造作に結んで纏めているという、女性を捨てたかのような容姿。
 それでいて顔立ちは村の中では上位に入るほどの美女なのだから、磨けば更に光ることだろう。
 
 ちなみに、村の中でダントツ1位の人気を誇る女性は、リゼさんだ。
 2位にライリー……彼女が来る。

 うちの娘は……3位くらいだ。
 
 まぁ、俺の中では永遠のトップは娘であることは言うまでもない。

 いずれ、もっと娘が成長すれば、必ずトップの上り詰めると信じている。

 と、閑話休題。

 そんな如何にもな彼女の【天賦】は【ソードマスター】と呼ばれる【剣術系天賦】である。
 マスター、と付くことからも分かるとおり、【上級天賦】である。
 能力は至ってシンプル。
 全ての刀剣類を扱うことができるという、実に分かり易い力だ。
 
 女性でここまで完全な近接戦闘特化型の【天賦】を持っている者は非常に珍しく、数はかなり少ない。
 
 まぁ、俺の過去の知り合いに、似た様な【天賦】を持った女性がいたが……あいつ今頃なにをしてるんだか。

「たとえ十代の娘っ子でも、戦場に出るからにはそれなりの覚悟ありと見て扱うからね。そこは忘れないように」
「は、はい!」
「いい返事だ。それじゃ、作戦をおさらいだ。1分で覚えな」

 彼女が言うには、さすがに纏まった数のロックボアを討伐するのは難しいとのことなので、【魔術系天賦】持ちが、群のど真ん中に魔法をぶちかまし、群を分断することから作戦は始まるらしい。

 あとは各3名ほどの班を編成し、散り散りになったロックボアを討つ、というものだ。

 魔術は土系統の中級魔術【アースグレイブ】を使用し、地面を隆起させて群の集合を防ぐことになる。しかし、その分こちら側も各班ごとに連携を取り辛くなるデメリットもある。
 しかし、群がまた一塊になられたのでは対処のしようもないため、戦力が分かれてしまうのは仕方ない。

「【クランメンバー】の班分けは済んでる。あとはユーマ、オズ、アイリの三人だね。そっちは好きに暴れておくれ。子の面倒を見ながら戦う余裕があるってんなら、アイリと一緒に行動することも認める。ただし、足手まといなら切り捨てな。戦場は遊びじゃないんでね」
「問題ない。あの程度なら討伐も教育もどっちもこなしてみせるさ」
「……普通ならそのおごった態度を叱責して蹴り飛ばすところだけど、まぁ、あんたなら普通にやりそうだしね、勘弁してやる」

 そこで、彼女はチラとアイリに鋭利な視線を向け、ずいっと顔を寄せてくる。

「まぁ、せいぜい頑張りな……つっても、何も期待はしていない。せめて相手に手傷を負わせられれば御の字。一匹でも倒せたら大金星だ。まぁ、無理だとは思うがな……」
「……ええ、精一杯やってみます」
「ふん……」

 一つ鼻を鳴らして、ライリーは離れていった。

「気を悪くしないでくれ。マスターはいつも、誰に対してもあんな感じだからよ」

 と、ライリーと入れ替わるように、グンターが近付いてきた。

「まだ二十代で【クランマスター】を任されたからなのか、色々と背負い込んでててな」
「気にしないでください。そもそも、私が本当に皆さんと一緒に戦えるかも分かりませんし」
「ああ、ありがとな。と、そろそろ作戦が始まるな。俺も配置につかねぇと。それじゃあな、アイリちゃん。無茶だけはすんなよ」
「はい」

 手を上げて自分の班に戻っていくグンターを見送り、俺とアイリは気合を入れ直す。

「さて、俺は一人で遊撃してくるぜ。どうせ、あのおっかねぇマスターさんも、一人で大立ち回りをするつもりなんだろうからな」
「分かった。すまいが、今回はそっちに皺が寄る。悪いが数をこなしくれ」
「了解」

 ――そして、遂に作戦が始まった。


 ・・・・・・


「アイリ、出るぞ……!」
「はい!」

 俺とアイリは、魔術によって分散したロックボア、そのうちの二頭へ向かって走った。

「一匹は俺が即座に仕留める。残った一匹を、アイリの好きなように倒してみなさい」
「分かりました」

 俺は普段よりも速度を落とし、後ろのアイリに気を遣いつつ走る。
 とはいえ、最初の一匹を確実に、かつ迅速に無力化するために、俺は脚に力を込めて、魔力を循環させて脚力を上げた。

 基本的に、この世界での戦闘には魔力を使用する。
 ただし、この魔力は万人が扱える代物だが、制御や一度に使用できる魔力量には大きな個人差がある。
 それは生まれつきであり、後天的に補うことは難しいとされている。
 しかし、全く成長しないわけでもない。
 十年も修行すれば、僅かではあるが魔力の使用量は増える。とはいえ劇的に変わるということはないので、あまり魔力を鍛えようとする者はいない。

 そもそも魔力の才に恵まれたものは、最初から【魔術師】や【僧侶】といった【天賦】持ちであることが大半だ。
 あとは【戦闘系天賦】持ちも、それなりの才覚がある場合が多い。
 それ以外は、全くとは言わないまでも、あまり魔力を使って作業するわけではない。

 リゼさんの【マスターコック】なんかがいい例だ。
 あれは魔力を使った芸当ではなく、純粋な技術力に、ほんのわずかな魔力を使って、食材の状態を把握することで、一級品の料理を作り出しているのだ。
 ある意味、魔力で直観力を上げているとも言える。

「ふっ!」

 地面に小さな窪みを作り、獰猛に唸るロックボア目掛けて間合いを詰めた。

『ぎゅ?!』
「せやっ!」

 俺の接近に気付いたロックボアのうち一体に、俺は肉薄。腰に佩《はい》いた両刃剣に手を掛けて、ロックボアの首目掛けて抜刀する。
 
 本来であれば、俺の持つ剣ではロックボアは切れない。
 それどころか、剣が折れてしまうだろう。
 
 しかし、そうはならなかった。

 的確にロックボアの首へ放たれた斬撃は、吸い込まれるように岩の肌を切り裂き、その内側の柔らかい肉を両断。

 ――【武芸アーツ

【戦闘系天賦】が使用できる、固有のスキルである。
 他の【天賦】にも【武芸】とは別に技があり、その能力は様々だ。
 そして今回俺が使った【武芸】は、【魔刃まじん】と呼ばれる比較的オーソドックスなものだ。
 単純に、魔力を刃に纏わせて、切れ味を底上げ、剣自体の耐久力も上げることができる。
 更には、魔力を微細に振動させることで、殺傷力を高める、【振刃しんじん】も併せて使用した。
 こうすることで、まるで岩のごとき堅牢なロックボアの皮膚を、溶かしバターのごとく簡単に切り裂くことができるのだ。

「ふんっ!」

 剣を振り抜くと同時に、相手の首は中を舞い、俺はロックボアに悲鳴を上げさせる暇もなく絶命させた。

 しかし、

『ぶぎぃぃぃぃぃ!』

 仲間が殺されたことに、怒りの咆哮を上げるもう一匹のロックボア。

 普段の討伐クエストであれば、ここで俺が二体とも切り捨てるところだが、今回はまだ見送る。

 今回の目的は、あくまでも、

「アイリ! 前に教えたことはしっかり覚えてるな?!」
「はい!」

 アイリの実力を知ることなのだ。

 俺は凶悪な瞳を輝かせるロックボアの右側頭部に、魔力で強化した回し蹴りをお見舞いし、一時的にその場から離脱。
 何があっても即座にアイリの援護に入れるよう、5mの距離を空ける。

「――行きます!」

 途端、アイリが魔力を身体に漲らせる気配を感じた。
 俺と同じように、魔力で肉体を強化し、ロックボアに突っ込むつもりなのだろう。

 ……よし、魔力の制御に問題はないな……いや、問題はないが、あれは……

 俺はアイリの脚に、強力な魔力反応を感知した。
 ただこちらに向かって肉薄するだけなら、これほどの魔力は必要ない。明らかに魔力過多である。

 いや、そもそも今までのアイリに、あれほどの魔力を制御できるだけの力は……

「ふっ!」

 瞬間、アイリは街道の地面を蹴り、一足飛びでこちらに迫ってきた。


 ――踏みしめた街道を、盛大に割り砕き、捲り上げて。
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