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奴隷編

女神の歌

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 ズンズンズン、と通路に重く響く音。

「お、おい、何だありゃ?!」

 船内で消えた二人の女性奴隷を探していた盗賊の一人――カース――が、通路の奥からゆっくりと迫ってくる『壁』に、驚愕の表情を浮かべた。

 腹に重くのし掛かるような低音が通路で反響し、カースの恐怖心を煽ってくる。

「カース、どうした……って、なんじゃこりゃ?!」

 部屋を調べていたもう一人の盗賊――ウッド――も通路に顔を出し、その異様な光景に目を丸くした。

 通路を塞ぐようにして迫ってくる壁。
 少しだけ見える隙間からは、ひとの手が覗いている。

「止まれ! てめぇら、何してやがる?!」

 カースが部屋から飛び出し前に出る。
 しかしその声を聞いたアレクサンドロ達は、歩みを止めるどころか。

「槍を突き出せ! 敵は前にいる! 盾持ちと歩調を合わせろ!」

 声と共に、壁の隙から3本の木製槍が顔を覗かせる。

「走れ!!」

 掛け声と共に、壁持ちと槍持ちが一斉に盗賊達に迫った。

「「うわあああああああ!!」」

 迫り来る強烈な圧迫感に、ウッドとカースは悲鳴を上げた。
 即席で作られた奴隷の部隊は、足並みもあまり揃ってはいなかった。突き出された槍は歩幅が合わず、多少引っ込んでしまっている。

 だが、ウッドたち二人しかいないこの現状では、圧倒的な物量をぶつけてこられる光景は恐怖でしかない。

 思わず逃げ出す両名。

 しかし壁は必要以上に迫ってくる。

 何とか上へと続く梯子はしごまで辿り付き、よじ登る。

「逃がすな! 突き落とせ!」

 追いついてきたアレクサンドロ達は、梯子を上る盗賊の1人、下にいたウッドのお尻に槍をつき込み、バランスを崩して通路へと引き摺り下ろした。

「ひぃ!」

 周りを囲まれ、引き攣った悲鳴を上げるウッド。

「カ、カース! 助けてくれ!!」

 最初に梯子を昇って行ったカースに助けを求めるも、無常にもそこには誰の姿もなく、ウッドは見捨てられたのを理解した。

「く、くそ!」

 最後の抵抗とばかりに、腰から短剣を抜くカースだったが、突き出された槍を腹部にもらい、吐瀉物を撒き散らして床に蹲る。

「確保!!」

 一斉に群がってくる奴隷達に、ウッドは成す術もなく捕らえられ、縛り上げられた。

「よし、この調子で前進するぞ! 外にはこれ以上に多くの盗賊達がいると思われる! 背後からの強襲にも注意しろ! 途中に部屋がある場所も、中で敵が待ち伏せをしているとも限らない! 十分に警戒を怠るな!」
「「おう!!」」

 アレクサンドロ達は、最初の盗賊を捉えることが出来たことで、戦意が高揚していた。

「(だが、やはり足並みが揃わないか……)」

 先程の突撃。もう少し密に連携を取ることができれば、先程のもう一人いた(はず)の盗賊も捕らえることができたかもしれない。

 それと、上に逃がしてしまったことは失敗である。

 どう考えても、外に自分達の動きが漏れてしまい、待ち伏せをされてしまう。

「(くそ……せめて全員の動きが正確に合わせられれば、外の連中に準備をされる前に強襲できるんだが……)」

 とは思うものの、ここには足の遅い女性も多い。
 あまり前の者が先行しすぎれば、後ろの守りが疎かになる。

 最悪、人質にでもされては目も当てられない。

「(指揮を任せれてはいるが、これでは……)」

 と、アレクサンドロが事態の解決策を思案している時だった。


[♪~……、♪~~、……♪~……]


「うん?」

 突如、通路全体に、女性の歌声が響き始める。
 それに気付いた他の者達も、周囲を見渡す。

 だが、声の主はどこにもいない。


[♪~~~、♪~~、♪~~~~]


 そして、最初はほんのりと耳に届いていた旋律が、徐々にハッキリと聞き取れるようになってきた。

 
[陽の光、夜の月を追い、空へと昇る。
 沈み行く日を追い、月は空へと舞上がる。
 重ならなぬ両の星。交わらぬ運命《さだめ》かな……]


「この歌は……」
「綺麗……でも、どこから……?」
「いや、そもそも、誰が歌って……」

 まるで、頭の中に直接届いてくるような、優しく、それでいて力強い、歌。

 しかし、誰が、どこで歌っているのか。

 不可思議で、現実的ではない異常な事態であるにも関わらず、全員が歌に耳を傾けてしまう。

 すると、ふいに……

「この声……テルマ?」

 声を発したのは、獣人の少女――サヨだった。
 彼女は耳を忙しく右に左にと動かしている。

「……言われてみれば」
「ええ、確かにテルマさんの声ですわ」

 土聖霊《ドワーフ》のノール、森聖霊《エルフ》のシャーロットも、声の主が天馬だと察する。

「……」

 試しに、アレクサンドロも歌声に耳を一層傾けた。

「この声、確かに……いや、そもそもこの声は、『あの時』の……」

 そう、初めてアレクサンドロ達が、未来に希望を見出した、神が現れたあの日。

 その時、自分達を励まし、叱責した神の声と、歌声を響かせている者の声が、似通っている。

「(偶然……? いや、もしかしたら……あの『お方』は)」

 と、アレクサンドロが天馬が以前部屋に入ってきた張本人だと気付き始めた直後。

「っ、これは……」

 まるで思考を遮るように、頭にノイズが走る。
 それ以上、追求するなと諭すような、微弱な音の乱れ。

「(これは、何だ……?)」

 突如、この場にいる全員の能力が、思考に流れ込んでくる。
 そしてそれにともない、『最適な戦闘配置』が脳に浮かぶ。

「……それに、この体に漲る活力は……」

 拳を握り、腕全体に力を入れる。
 試しに、床に落ちていた木片をぎゅっと握ると。

 バキン。

「っ?!」

 まるで枯葉でも握り潰すかのように、あっさりと木片は粉々になってしまった。

 体が急激に強化された印象。

 そしてそれを感じているのは、他の者達も同様で。

「何これ……体が、すっごく軽いわ」
「座りっぱなしで痛かった腰が、全然痛くねぇ」
「それに、この力……内側から溢れてくるみてぇだ」

 皆、口々に己の身体に起きた変化を実感しているようだ。

「これが、テルマ様が言っていた、俺達への『支援』か……」


[幾星霜いくせいそうの時をすれ違い、心はたがう。
 夜の闇に陽はおらず、光の中に、闇もいない。
 違う道を、歩むモノ達……]


 歌声は響き続け、どこまでも力を与えくれるかのようだ。

「これそこ、まさしく神のご加護……我らは今、神と共にここにいる……」

 慈悲を、勇気を、絆を……
 今まで交わることのなかった種族達は、皆が己の役目を理解し、部隊は最適化されていく。

「そこのひと。その槍はアタシが持つよ」
「ふむ……ああ、そうだな。君の方が、俺よりも前に出るのに向いてるか」

 サヨが、槍もちの男性から、槍を受け取る。

 受け取った相手は、なんとヒュームであり、相手の男性もまた、獣人の声にあっさりと従った。

 こうして、人、獣人、森聖霊、土聖霊の各メンバーは、自分がどこにいることで、どうすれば最も効率がいいのかを把握し、配置は大きく入れ替わった。

 そして、梯子を全員が昇った先で、数人の盗賊と衝突するも、これをあっけなく撃破。

 もはや一方的に相手を蹂躙し、こちらがまるで熟練の兵士であるかのような一糸乱れぬ動きを見せながら、船内を制圧していく。

「このまま外に向かう! 水夫達を俺達の手中に奪還し、盗賊達を一人残らず捕らえるんだ!!」

「おおおおおおおおお~~~っっ!!!」

 士気は最高潮。

 もはや種族同士のいざこざなど、最初からなかったかのように。
 彼ら、彼女達は、互いの存在を容認し、共に戦場へ立つ同志として、各々に歩み寄っていた。




 部屋を飛び出した天馬は、子供達が捕らえられていた部屋まで走った。

「ああ、この胸、ほんっと邪魔ですね!!」

 あいかわらず、揺れて跳ねてその存在を主張する天馬の胸。
 今にもちぎれそうなほどの痛みが、天馬を襲う。

 だが、それはともかくとして、天馬は部屋へと到着。

 ここにきた理由は、ほんの少しの推測。
 大方、あの女盗賊は、ここに子供を人質にするために来るだろうという予想。

「(いや、確実に来る……)」

 まるでそれが確定だと分かっているかのように、天馬は確信めいたものを感じていた。

「もし会えたら、話を聞かねばなりませんね……」

 天馬は部屋の扉を閉めて、胸からタブレット型の女神専用端末――【女神デバイス】を取り出す。

「さて、急がないと……」

 デバイスの画面を急いで操作し、天馬は以前開いた女神スキルの画面を確認した。

「【女神の加護】……女神の自陣……俺に『属』する者達に、歌を通して加護を与え、身体能力、思考力を飛躍的に向上させるスキル……」

 それは、先程使った【戦女神】を習得したときに、一緒に覚えたもうひとつの女神スキルだ。

 これを使えば、外にいる皆に力を授けられる。
 そうすれば、戦いにおけるパワーバランスは、大きくこちらに傾くことだろう。

 しかし、

「……わたしは、卑怯者ですね……」

 自分は前に出ることなく、誰かに戦いを強制している現状を、天馬は心苦しく思う。

 だが、そうでなくては誰も救えないのだ。

 天馬は英雄ヒーローではない。救世主でもない。

 ただの、『なんちゃって女神』だ。

 力は限られ、それでもこの状況を乗り切る術を、ない頭を捻って考えた。

 先輩女神であるディーとも相談し、打開策を探した。

 結果、天馬ひとりではどうにもできな事実を突き付けられた。

 神様として異世界に飛ばされておきながら、できることはごく僅か。

 その事実に歯痒さを感じつつも、天馬は今の自分にできる最善を尽くすことに決めた。

「(そうだ。俺ができること……今できる、精一杯を!)」

 天馬は【女神デバイス】を、頭上に放り投げる。

 すると、デバイスは空中に静止し、画面から複数の純白に輝く魔方陣が出現した。

「【フォーム・ディーバ】!」

 魔方陣は天馬の体を包み込む。
 胴体、手足を、魔方陣が流れていく。

 通過した先から、天馬のボロボロだった衣服が消滅し、あとに続くように現われたのは、魔方陣と同じ純白の輝きを放つ、

 ――真っ白なドレスだった。

 ともすれば、花嫁衣裳にすら見えるほど豪奢なドレス。
 その衣装の周りを漂うようにして、一枚の羽衣が天馬の体にふわりと舞い落ちる。

 羽衣には金の刺繍が施され、青く瞬く幾何学模様が浮かび上がっていた。

 スキルを最大限に発動する為の神具――【歌姫の衣アオイディー

 天馬のスキルを広範囲に拡散させ、加護の能力を安定させる力を持つ衣装だ。

 天馬は静かに腕を上げると、部屋の中で静かに踊り始める。

 すると、微かに音の調べが部屋に流れ出し、前奏が始まる。

 包むような音楽は、天馬の周囲を銀の光となって舞い始めた。



[陽の光、夜の月を追い、空へと昇る。
 沈み行く日を追い、月は空へと舞い上がる。
 重ならなぬ両の星。交わらぬ運命さだめかな。

 傍にいる彼の者を、知らぬ両の星。

 幾星霜いくせいそうの時をすれ違い、心はたがう。
 夜の闇に陽はおらず、光の中に、闇もいない。
 違う道を、歩むモノ達、星の海、空を、ただ駆けるだけ。

 届かぬ心、触れぬ指、それでも

 いつかこの陽は、月と出会い、心を知る
 白く淡い、その姿を知り、誠の絆を結ぼう。
 歩みは違えど、同じもの。
 そっと触れて、温もりを与え合おう]



 頭の中に自然と浮かぶ歌詞をなぞり、決して派手ではないのに、力強さを感じさせる舞を披露する天馬。

 その姿を見た者がいれば、誰しもが彼女を女神と湛えるほどに、その姿は美しかった。

 凛と、まるで白百合のごとく翻る純白のドレス。

 桜の花びらを思わせる唇から漏れる歌声は、聴くものを魅了する。

 今ここに、天馬は確かに女神への第一歩を、踏み出したのだ。

 そして、熱狂するように舞の振りは多くなり、歌も佳境に差し掛かる。

 空中を舞う光の粒子達も、天馬の動きに合わせて光を強くし、激しく踊る。

 いつの頃からか、天馬は外の状況を知覚てきるようになっていた。
 そして、最後の歌詞を歌い終わるのと同時だった。
 見計らったかのように、外の盗賊達は、ある一人を除いて、制圧された。

「ふぅ……やはり来ますか、ここに……」

 そう天馬が呟くのと、部屋の扉が乱暴に開け放たれ、中に『彼女』が入ってきた。

 その者の名は、マルティナ。

 この騒動における最重要人物であり、

 天馬にとっては、決着の相手である。
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