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無人島漂流編

女神の体と無人島

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『ふざけてなどいません。私は真剣です』
「なお悪いわ!」

 天馬はディーに敬語を使うことも忘れて、全力で突っ込んだ。

 転生直後にいきなり空から落とされて、今度は自分から崖の下にダイブしろと言う。

「これは新手の新人いじめじゃなかろうか?」と、そんなことを思いながら、天馬はジト目をディーに向けた。

『天馬さん、よく考えてもみてください。普通の人間が、上空数千メートルから……いくら下が水とは言っても、全身を叩き付けられて、五体満足でいられると思いますか?』
「え? いや、それは……」

 あのとき天馬は、とてもではないが自分の状況を客観視してられるような余裕などなかった。

 しかしよく考えてみれば、確かに普通なら四肢が千切れ飛んでいても不思議はない。
 砂浜で目を覚ました時は、自分が何とか奇跡的に助かった、程度にしか考えていなかった。

 だが、指摘されればそこには、しっかりとした疑問が生まれてくる。

 ただ運がいい、というだけで、あれだけ完璧な状態で生存できるだろうか? と。

「確かに、あの状況では普通なら助からんでしょうけど、それでも俺の体は、女神のものなんですよね? それなら、そもそも存在が……人間じゃない俺なら、助かるってこともあるんじゃないですか?」

 自分が人間ではないと、自ら口にして、僅かに落ち込む天馬。

 天馬の体は、男のものじゃなくなっただけではない。存在そのものが、人間ですらなくなってしまったのだ。

 そこに、一抹の寂しさを感じるのは、彼がいまだに人間の心を宿しているからだろう。

『……天馬さん、説明していなかったこちらにも非はありますが、天馬さんの肉体は、まだ全体の99%以上が人間のままです。女神の部分は残りの1%未満、ということになります。普通の人間と比べれば、その肉体はかなり強靭であることは確かですが、それでもまだまだ女神とは程遠い【なんちゃって女神】な存在なんです』

 ディーの説明に、天馬の眉がピクリと反応した。

「えと、でも俺は女神として転生したんですよね? それなら、なんでそんな中途半端な存在として転生させたんですか?]

 堕女神は天馬を女神として転生させ、異世界の管理を任せると言ったのだ。

 それなのに、転生した天馬がなんちゃって女神とは、どういうことなのか。

『……気を悪くしないで聞いて欲しいのですが、人間……いえ、人間に限らず、神が想像したあらゆる命――魂は、非常に脆弱な存在なのです。その儚さは、私達のような神が一撫ですれば、一瞬で消滅してしまうほどです。あなたの魂をいきなり神の器に入れてしまっては、耐え切れずに器ごと消えていたことでしょう』

 神の魂は、人間のものとは比べるのも馬鹿らしいほど強大であり、それを宿す器もまた、規格外に強力なものとなっている。
 内包する生命力も、魔力も、何もかもが桁外れ。
 しかしそれ故に、神以外の魂が、神の肉体に宿れば、その溢れんばかりの力に飲み込まれ、消滅する。

『そのため、天馬さんの魂を少しずつ女神の肉体に慣らしていき、魂の強度を上げていかねばなりません。ですが魂とは、一朝一夕で鍛え上げられるものではありません。天馬さんが最低限、女神として力を行使できるようになるまでに、どれだけ短くても数百年から1000年……完全な女神化ともなれば、数万年の時間が必要でしょう』
「き、気が遠くなりそうな話ですね……ん? でも、その話と俺が無事に生還できている話は、どう結びつくんですか?」

 天馬はタブレット越しに会話するディーに、首を傾げて見せた。

 するとディーは、人差し指を立て、教師のようにスラスラと説明を始めた。

『ええ、そこです。現在、天馬さんはほぼ人間と同じ存在であり、肉体もそれにともなって、私達と比べれば非常に壊れやすい代物になっております。ですが、それでは困るのです。世界を管理する立場にある女神に、アッサリと死なれては、管理が滞ってしまいます。そちらの世界には危険な生物が非常に多いので、命を落とす確率は地球の比ではありません……とは言え、天馬さんの肉体が、人間に近いものであることはどうしようもありません。ならば、いっそのこと――『死なない肉体』にしてしまえばいい、という結論になります』

 息も吐かせぬ説明が始まり、天馬はきょとんとしてしまう。

「え~と、つまり……?」
『はい。私達が創り出した天馬さんの新しい体は、魔力の永久循環と細胞の無限再生のお陰で、【不老不死】と【不死身】の能力を持っている、ということです。その他にも、普通の人間なら一生掛かっても使いきれいなほどの魔力も保有しています。その魔力は、天馬さんの髪に貯蔵されていますので、ぞんざいに扱わないようにして下さい。ショートヘアーにするのもダメですからね』
「……また随分とでたらめな体になってにいる上に、髪の毛ですか……俺にキチンと手入れできるかな……うん? でも【不老不死】と【不死身】って、そもそも違うものなんですか? ていうか、どっちか一つだけじゃダメだったんですか?」

 死なない、という意味なら、どちらか一つでもいいのでないか、と天馬は思ったのだが、ディーの首を横に振って、天馬の考えを否定した。

『いいえ、【不老不死】とは、老いることもなく、永遠の若さと寿命を維持続けることができる能力です。それと【不死身】は外部からの干渉によって死なない能力のことを指します。【不老不死】ならば、寿命や病気などで死ぬようことはありませんが、刃物などで急所を破壊されれば絶命します。また【不死身】はあらゆる外的要因を受けても本人が死なないようにできる反面、老化を止めることはできないのです。それで死ぬ心配はありませんが、肉体機能は著しく下がるでしょう。それゆえに、この二つはセットで持つことで、最大の効力を発揮するのです。ご理解いただけましたか?』

 長々と説明を受けた天馬は、一つ頷いて理解できたことを示した。

「ええ、話は分かりました。完璧な不死者になるには、その二つの能力が合わさっている必要があったんですね。そして、俺はその能力があったから、あれだけの高さから落ちても死ななかった、と」
『その通りです。ですが、天馬さんが【不老不死】であることは、こちらでも観測できているのですが、【不死身】の能力がきちんと働いているかどうかは、確認ができていません』
「ん……? ちょっと待って下さい……」

 天馬は話の雲行きが少し怪しい方向へと向きかけていることに気付いた。

『何せ、最初にあの方が転生させる位置を盛大に間違えてくれたものですから、あなたの反応を追跡するのに時間がかかってしまったんです』

 しかしディーは天馬を無視して話を続けてしまう。

 天馬の脳裏に、嫌な予感が浮かぶ。

『ですから、ここでちゃんと確認しておく必要があります。この能力がちしっかりと役目を果たしていないと、後々面倒なことになるので……ですので、天馬さん』
「いやですよ」
『いえ、まだ何も言っていませんが?』
「……どうせふりだしにもどるんでしょ? ですけど、いやですからね」

 事ここに至り、ようやく天馬はディーの思惑を理解した。
 ようは、天馬が本当に【不死身】であるかどうか、はっきり分からないから一回死んでこい、と言っているのだ。

 物理的なダメージを受けて……

『そうですか……どうしても飛び降りてはくれませんか……』
「当たり前だろうが!!」
『困りましたね……そこは無人島なので、もし天馬さんが【不死身】ではなかった場合、最悪のケースも想定されていたのですが……』
「うぇ? ちょっと待って下さい。今、なんて言いました? ……ここが、『どこ』だって?」

 ディーがぽそっと漏らした単語に、天馬の体から、どばっと勢いよく汗が噴き出してきた。

『――ですから、『無人島』です。その島には、天馬さんが意思相通できる知的生命は、存在していません』
「…………」

 天馬は、ポカーンと鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたかと思ったら、

「うっそおおおおお~~~っっ?!」

 女神らしからぬ形相で絶叫した。

 天馬はタブレットを抱えると、慌てて狭い岩山の山頂をぐるりと一周した。

「そ、そんな……本当に、建物どころか、人工物すら、ない……」

 岩山から見える範囲の陸地と、それをぐるりと囲む青い海。
 陸には緑と砂浜の白しかなく、ひとが住んでいる気配など微塵も存在しない。

 ちょうど正面に小さな泉があるだけで、他は全て森である。

「は、はは……おい、マジか」

 非常な現実に打ちのめされる天馬。

 途端、そんな彼の立っている岩山の一部に、突然亀裂が入った。

 しかし天馬はそれに気付かず、ぺたんとその場に座り込んでしまう。

「詰んだ……これ、始まる前から色々と詰んだ……」

 しかも、こんな場所では世界を管理するしない以前の話である。

 ひとのいない無人島。

 サバイバル経験などない天馬には、この環境で生き抜けるかすら怪しい。

 もはや、他人がどうこうという以前に、己の身がまず危険な状態であった。

「ど、どうして、こんな……転生していきなり無人島って、どこのコメディだよ……」

 しかし、目下の危険は、天馬のすぐ近くで牙を剥こうとしていた。

 だが、天馬はいまだその事に気付けない。

 足元では今も、亀裂が少しずつ広がり、ぴしぴしと嫌な音を立て、徐々にその魔の手を伸ばしてくる。

 ――そして、次の瞬間、

 バカン!

「は……?」

 いきなり、天馬が座り込んでいた辺りの岩が砕け、足場が消失する。

 視界が上下反転し、空から遠ざかっていくのと同時に、眼下に広がっていた森へと、重力によって導かれていく。

「おい……おいおいおい! マジか~~~~~~~っっ?!!!!」

 天馬は、タブレットを胸にぎゅっと抱き締めたまま、砕けた岩とともに、地面に向かって真っ逆さまに落下していった。
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