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♯4
命の貴賎と彼の怒り
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「おい、青髪の獣人が重症で運ばれてくるってよ」
「っ!?」
青髪の獣人、まさか……
海斗は、会話を続けている男二人に意識を集中した。
「獣人?」
「おお、しかも、そいつの近くに、サイクロプスに襲われてほとんど裸にされた女の帝国兵がいるって話だぞ」
「はっ!? マジか!」
「おう、うまいこといけば、そいつとお近づきになれるかもしれねぇぞ」
「逆玉か……いいね」
「おう。正直、獣人はハンターらしいからな、別に捨て置いても誰も文句いわねぇよ」
「だな」
ちっ、こんな非常時に、ナンパの算段か。反吐が出る。
よく見れば二人とも軽率そうな印象を受ける。
こんな生きるか死ぬかという舞台で、ガラモノのもシャツを羽織り、足はサンダルという非常識な格好。
なぜそんな輩がここにいるのか、と海斗は思った。だが、そういえばかなりの報酬が出る、という話をイズナから聞いていたことを思い出した。大方、金欲しさに参加した不埒者だろう。
だが、今の情報はありがたい。そんな目立つ女性が近くにいるなら、探すのは容易だろう。
海斗は、周囲の様子を観察し、男性ばかりで構成された人垣を見つけた。
あそこか!?
海斗は人垣に向かって走り出した。
すると、
「通して! この子、酷い怪我なの! はやく医療魔機で治療しないと!」
凛とした女性の声が、人垣の中から聞こえてきた。
「ヴァイスリザードに跳ね飛ばされたの! このままじゃ手遅れになる! だから退いて!」
必死に呼びかけているにも関わらず、下卑た笑みを浮かべている男連中は、
「そんなハンターなんかいいからさ、こっちに来いって。俺たちがきちんとお姉ちゃんのこと、治療してやるからさ」
「私はどこも怪我なんてしていません! それよりこの子を!」
男達の隙間から、ほんの一瞬だが、黒髪に山吹色の瞳をした『裸』の女性の姿が見えた。
身にまとう衣服はほとんど切れ端しか残っておらず、胸もなにもかも晒されている状態だ。
しかし、海斗はそんなあられもない姿の女性より、彼女の肩に担がれてぐったりとしている、ケモノの耳が生えた少女に目がいった。
「っ!?」
間違いない。腕や脚があらぬ方向に折れ曲がり、全身から血が流れているが、あの少女は――
「――イズナ!!」
海斗はヒトの壁を押し退け、無理やりに前に出た。
「なっ? なんだこのガキ、邪魔だ!」
「退け! 邪魔なのは貴様らだ! 退け――!!」
海斗の剣幕に押されたのか、男たちが一瞬たじろぐ。その隙を見逃さず、海斗は人垣を一気に突きぬけ、ようやく前に出た。
すると後ろから、「何事だ!?」という声と共に、帝国の兵士が走ってくる。
それに気づいた男連中は、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げていった。
これでもう、海斗たちの動きを邪魔するものはいない。
「イズナ!」
「っ! 君、この子の知り合い!?」
「そうだ。何があったっ? なぜこいつがこんなボロボロになっている!?」
「この子、私を庇って、ヴァイスリザードの突進をまともに受けちゃったのっ。ごめんなさい! 私が気を抜いたから、この子が……」
「っ…………!」
「……はぁ、……んん……はぁ、……はぁ……」
か細いが呼吸はある。まだ、十分に助かる見込みはある。
「いや、いい。それはこの際、問い詰める気はない。それより、はやく治療を!」
「そ、そうね!」
しかし、このままこの女性を走らせたら、また無駄にヒトが集まってくるかもしれない。
「かなり汚れているが、これを着ろ。今のあんたじゃ、目立ってまた邪魔が入りかねない」
海斗は着ていたジャケットを脱ぎ、手渡した。
それと交換するように、海斗は女性からイズナを預かると、腕で抱き上げた。
「あ、ありがとう」
そうお礼を言ってから、黒髪の彼女は素肌の上に海斗のジャケットを羽織った。
「そこの者、なにがあった。状況を説明しろ」
「怪我人だ、急いでいるから説明は後にしてくれ!」
海斗は駆けつけてきた兵士にそれだけ言うと、アルフの元へと走った。
「ちょ、おい! 待たないか!」
海斗たちは兵士の声を無視し、怪我人の間を縫うように走っていく。
「イズナ、待ってろ。今、アルフのところに連れて行ってやる……!」
「はぁ…………はぁ…………はぁ…………」
呼吸が少しずつ弱くなっている。身体にもほとんど力が入っていないのか、小柄な体格のわりにかなり重く感じる。
それでも、海斗は腕に力を込め、脚が悲鳴を上げても走った。
「――アルフ!!」
そして、時間にして数分。しかし、海斗からすれば数時間にも感じられた時間を走り切り、アルフのもとへと到着した。
「ん? おお、カイト。きちんと休憩は取れた――っ!? イズナちゃん!?」
アルフは、カイトが走ってくる姿と、その腕のなかで力なく横たわるイズナの姿を目に捉えた。
海斗はアルフに駆け寄り、息を切らせた。
「な、何があったんだい!? イズナちゃん、こんなボロボロになって……」
「説明はあとだ! それよりも、まずはこいつの治療をしてくれ!」
「っ!? そ、そうだね。とりあえず、そこのマットに寝かせな」
「ああ……頼む」
と、海斗が、イズナを寝かせようとした時だ。
「ああ、待て待て。そのハンターのガキより、先に俺の怪我を看てくれよ」
マットにどかっと腰掛けたのは、三十代くらいの、男性レンジャーだった。
「俺さ、作戦会議のときに、そのガキがハンター側の席にいるのを見てたんだよ。結構目立つ容姿してっから、覚えちまったぜ」
へらへらとヒトを馬鹿にしたような態度を取る男に、海斗たちは苛立ちを覚えた。
「実はさっき戦闘で脚を捻っちまってよ。これじゃ、戦闘の継続は無理だ、ってんで下がったんだが、医療魔機はどこいってもいっぱいで、かなり並んでるんだよ。それに、見てたぜぇ、あんた、たいした腕じゃねえかよ。だからよ、あんたの回復スキルで、俺の脚、ぱぱっと直してくれ」
「ちょ!? この状況が見えないのかい! どう考えてもあんたよりこっちの子が優先だろうに!」
「そうかっかすんなって。そのハンターのガキは獣人だろ? ならすぐに死んだりしねぇって」
アルフの声に耳を貸すこともなく、不適な表情のままマットの上を占領するレンジャーの男。
「あなた、恥ずかしくはないんですか!? 目に見えて重症の子がいるこの状況で、自分を優先しろなどと!」
黒髪の女性も男の非常識な行動に声を荒立てる。
しかし、
「んん? そっちの子は初見だな。でも、俺好みの可愛い子じゃねぇの」
「なっ!?」
「でも、そんなギリギリの格好をしてるとこ見ると、さては姉ちゃん、サイクロプスに剥かれたか! はははっ」
「~~~~~~~っ」
黒髪の女性は、顔を真っ赤に染めてうずくまってしまった。
「あんた、いいかげんにしないと――」
と、アルフが男の前に出ようとしたとき、
「アルフ、こんな下衆はどうでもいい。それより、早くイズナの治療をしてくれ」
「カイト! 止めないでおくれ! この男、一発殴らないと――」
「アルフ!!」
「っ!」
「いいから、治療を……手遅れになる」
「……わかった」
アルフは、海斗からイズナを受け取り、そっと地面に寝かせた。
「って、おいおい待てって! そんな『死んでも問題ない』奴なんかより、俺のほうを――」
「黙れ」
海斗は、手を伸ばしてアルフの邪魔をしようとする男の前に出た。
「あ、なんだガキ。俺の邪魔をしようってのか?」
「失せろ。これ以上、ここでその汚い面を晒すな」
海斗は、珍しくキレていた。口調にドスを利かせ、目を細めて相手をねめつける。
「ちっ、おいガキ、そこの女はハンターなんだぞ! どこで死のうが、誰に殺されようが文句でない、低俗な奴らなんだぞ! そんなゴミみたいな奴を治療するより、俺のほうを治療することのほうがよっぽど世の中のため――ぐごっ」
海斗は、男の顔を蹴り飛ばした。
一切の手加減なく、素人まるだしの不恰好なものではあったが、それも男には十分なダメージを与えられた。
「て、てめぇ……あ、がああああああ――!」
海斗は、男の負傷したという足を思いっきり踏みつけた。
「やめっ、このガキ! あああああ――!」
男は海斗の脚を掴んで退けようとするが、痛みに力が入らないのかうまくいかない。
「貴様が、こいつの価値を語るな……俺は、異世界人の価値観なんか知ったことじゃない」
「てめ、そいつはハンターなんだぞ。そいつは、この世界じゃ最底辺の――ぎゃああああああ!」
男は懲りないのか、なおもイズナを貶めようとする。しかし、その度に海斗に脚をギリギリと踏みつけられ、大きな悲鳴を上げる。
「次で最後だ。その口を閉じろ。ハンターだからどうした。そんなものは貴様らが勝手に決めた価値観だろうが……あいつは、バカでお人好しで、どうしようもなくお節介で天然だが……」
海斗は、冷たく男を見下ろしたかと思うと、脚にさらに体重をかけながら、男の頭を鷲掴みにした。
「貴様みたいな下衆が、侮っていい女じゃねぇんだよ!!」
海斗の形相は、戦いに慣れている筈の男すら怯むようなものだった。
怪我をしていることを差し引いても、本来なら海斗を押し退け、逆に殴り倒すことなどたやすかった。
しかし、狂気すら孕んだ海斗の顔を間近で見た男は、恐怖に失禁する手前まで追い詰められていた。
「失せろ。本当にこの脚、使い物にできなくしてやるぞ……」
「ひぃ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!」
男は、脚を引き摺りながら、無様に逃げていった。
周りのヒトたちも、今の一部始終を見ていたが、誰一人として、近付いてくるものはいなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ――!」
海斗は、荒い呼吸を繰り返していた。
しかしふと、海斗の背後から、声がかけられた。
「カイ、ト……」
「っ!?」
それは、今にも消え入りそうな小さいものであったが、たしかに、イズナのものであった。
「イズナ……!」
「カイト……喧嘩は、めっ、なんだ、よ……」
「喧嘩じゃない。ただ、少し意見交換をしていただけだ」
「はは……なによ、それ……」
力なく笑うイズナ。その顔は、いまだ青白い。
「一応、危険な状態は脱したんだけどさ。これ以上は、私の魔素が持たないよ……わるいんだけど、あとは医療魔機をつかっておくれ……私は、寝る…………………………」
そう言って、アルフは本当に寝てしまった。
「凄い方ですね、アルフさんって……イズナさんの折れて滅茶苦茶になっていた手足も、ボロボロの内臓も治しちゃうなんて。それこそ、伝説の『マーテル』様みたいでした」
かなり驚いたように目を開いて、アルフの寝顔を見つめる黒髪の女性。しかし、海斗にお尻を向けているため、大事な部分が見えそうになっていた。
「ぶっ! そこの女っ! 自分の格好をもう少し考えろ! そんな状態でこっちに尻を向けるな!」
「え? ……………………って、あああああああああっ!? み、見ないでください!!」
「いいから、早く着替えてこい! それとその服は俺の一張羅なんだ、早く返してくれ」
「は、はい! ただいま!」
「って、ここで脱ぐなバカたれ!」
何故か、海斗はこの黒髪の女性と、イズナがダブって見えた。
海斗は、一瞬見えてしまった肌色やら桜色やらを顔を背けて視界からはずし、耳まで真っ赤になっていた。
しかし、そんな様子を、足元から見ている存在が一人……
「……カイトの……すけべ……」
「俺か!? おい、非難されるべきは本当に、俺なのか!?」
力なく横たわっているイズナから避難の籠った視線を向けられた。
緊迫した空気が、盛大にぶち壊されながらも、海斗はイズナが一命をとりとめたことに、心から安堵していた。
「っ!?」
青髪の獣人、まさか……
海斗は、会話を続けている男二人に意識を集中した。
「獣人?」
「おお、しかも、そいつの近くに、サイクロプスに襲われてほとんど裸にされた女の帝国兵がいるって話だぞ」
「はっ!? マジか!」
「おう、うまいこといけば、そいつとお近づきになれるかもしれねぇぞ」
「逆玉か……いいね」
「おう。正直、獣人はハンターらしいからな、別に捨て置いても誰も文句いわねぇよ」
「だな」
ちっ、こんな非常時に、ナンパの算段か。反吐が出る。
よく見れば二人とも軽率そうな印象を受ける。
こんな生きるか死ぬかという舞台で、ガラモノのもシャツを羽織り、足はサンダルという非常識な格好。
なぜそんな輩がここにいるのか、と海斗は思った。だが、そういえばかなりの報酬が出る、という話をイズナから聞いていたことを思い出した。大方、金欲しさに参加した不埒者だろう。
だが、今の情報はありがたい。そんな目立つ女性が近くにいるなら、探すのは容易だろう。
海斗は、周囲の様子を観察し、男性ばかりで構成された人垣を見つけた。
あそこか!?
海斗は人垣に向かって走り出した。
すると、
「通して! この子、酷い怪我なの! はやく医療魔機で治療しないと!」
凛とした女性の声が、人垣の中から聞こえてきた。
「ヴァイスリザードに跳ね飛ばされたの! このままじゃ手遅れになる! だから退いて!」
必死に呼びかけているにも関わらず、下卑た笑みを浮かべている男連中は、
「そんなハンターなんかいいからさ、こっちに来いって。俺たちがきちんとお姉ちゃんのこと、治療してやるからさ」
「私はどこも怪我なんてしていません! それよりこの子を!」
男達の隙間から、ほんの一瞬だが、黒髪に山吹色の瞳をした『裸』の女性の姿が見えた。
身にまとう衣服はほとんど切れ端しか残っておらず、胸もなにもかも晒されている状態だ。
しかし、海斗はそんなあられもない姿の女性より、彼女の肩に担がれてぐったりとしている、ケモノの耳が生えた少女に目がいった。
「っ!?」
間違いない。腕や脚があらぬ方向に折れ曲がり、全身から血が流れているが、あの少女は――
「――イズナ!!」
海斗はヒトの壁を押し退け、無理やりに前に出た。
「なっ? なんだこのガキ、邪魔だ!」
「退け! 邪魔なのは貴様らだ! 退け――!!」
海斗の剣幕に押されたのか、男たちが一瞬たじろぐ。その隙を見逃さず、海斗は人垣を一気に突きぬけ、ようやく前に出た。
すると後ろから、「何事だ!?」という声と共に、帝国の兵士が走ってくる。
それに気づいた男連中は、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げていった。
これでもう、海斗たちの動きを邪魔するものはいない。
「イズナ!」
「っ! 君、この子の知り合い!?」
「そうだ。何があったっ? なぜこいつがこんなボロボロになっている!?」
「この子、私を庇って、ヴァイスリザードの突進をまともに受けちゃったのっ。ごめんなさい! 私が気を抜いたから、この子が……」
「っ…………!」
「……はぁ、……んん……はぁ、……はぁ……」
か細いが呼吸はある。まだ、十分に助かる見込みはある。
「いや、いい。それはこの際、問い詰める気はない。それより、はやく治療を!」
「そ、そうね!」
しかし、このままこの女性を走らせたら、また無駄にヒトが集まってくるかもしれない。
「かなり汚れているが、これを着ろ。今のあんたじゃ、目立ってまた邪魔が入りかねない」
海斗は着ていたジャケットを脱ぎ、手渡した。
それと交換するように、海斗は女性からイズナを預かると、腕で抱き上げた。
「あ、ありがとう」
そうお礼を言ってから、黒髪の彼女は素肌の上に海斗のジャケットを羽織った。
「そこの者、なにがあった。状況を説明しろ」
「怪我人だ、急いでいるから説明は後にしてくれ!」
海斗は駆けつけてきた兵士にそれだけ言うと、アルフの元へと走った。
「ちょ、おい! 待たないか!」
海斗たちは兵士の声を無視し、怪我人の間を縫うように走っていく。
「イズナ、待ってろ。今、アルフのところに連れて行ってやる……!」
「はぁ…………はぁ…………はぁ…………」
呼吸が少しずつ弱くなっている。身体にもほとんど力が入っていないのか、小柄な体格のわりにかなり重く感じる。
それでも、海斗は腕に力を込め、脚が悲鳴を上げても走った。
「――アルフ!!」
そして、時間にして数分。しかし、海斗からすれば数時間にも感じられた時間を走り切り、アルフのもとへと到着した。
「ん? おお、カイト。きちんと休憩は取れた――っ!? イズナちゃん!?」
アルフは、カイトが走ってくる姿と、その腕のなかで力なく横たわるイズナの姿を目に捉えた。
海斗はアルフに駆け寄り、息を切らせた。
「な、何があったんだい!? イズナちゃん、こんなボロボロになって……」
「説明はあとだ! それよりも、まずはこいつの治療をしてくれ!」
「っ!? そ、そうだね。とりあえず、そこのマットに寝かせな」
「ああ……頼む」
と、海斗が、イズナを寝かせようとした時だ。
「ああ、待て待て。そのハンターのガキより、先に俺の怪我を看てくれよ」
マットにどかっと腰掛けたのは、三十代くらいの、男性レンジャーだった。
「俺さ、作戦会議のときに、そのガキがハンター側の席にいるのを見てたんだよ。結構目立つ容姿してっから、覚えちまったぜ」
へらへらとヒトを馬鹿にしたような態度を取る男に、海斗たちは苛立ちを覚えた。
「実はさっき戦闘で脚を捻っちまってよ。これじゃ、戦闘の継続は無理だ、ってんで下がったんだが、医療魔機はどこいってもいっぱいで、かなり並んでるんだよ。それに、見てたぜぇ、あんた、たいした腕じゃねえかよ。だからよ、あんたの回復スキルで、俺の脚、ぱぱっと直してくれ」
「ちょ!? この状況が見えないのかい! どう考えてもあんたよりこっちの子が優先だろうに!」
「そうかっかすんなって。そのハンターのガキは獣人だろ? ならすぐに死んだりしねぇって」
アルフの声に耳を貸すこともなく、不適な表情のままマットの上を占領するレンジャーの男。
「あなた、恥ずかしくはないんですか!? 目に見えて重症の子がいるこの状況で、自分を優先しろなどと!」
黒髪の女性も男の非常識な行動に声を荒立てる。
しかし、
「んん? そっちの子は初見だな。でも、俺好みの可愛い子じゃねぇの」
「なっ!?」
「でも、そんなギリギリの格好をしてるとこ見ると、さては姉ちゃん、サイクロプスに剥かれたか! はははっ」
「~~~~~~~っ」
黒髪の女性は、顔を真っ赤に染めてうずくまってしまった。
「あんた、いいかげんにしないと――」
と、アルフが男の前に出ようとしたとき、
「アルフ、こんな下衆はどうでもいい。それより、早くイズナの治療をしてくれ」
「カイト! 止めないでおくれ! この男、一発殴らないと――」
「アルフ!!」
「っ!」
「いいから、治療を……手遅れになる」
「……わかった」
アルフは、海斗からイズナを受け取り、そっと地面に寝かせた。
「って、おいおい待てって! そんな『死んでも問題ない』奴なんかより、俺のほうを――」
「黙れ」
海斗は、手を伸ばしてアルフの邪魔をしようとする男の前に出た。
「あ、なんだガキ。俺の邪魔をしようってのか?」
「失せろ。これ以上、ここでその汚い面を晒すな」
海斗は、珍しくキレていた。口調にドスを利かせ、目を細めて相手をねめつける。
「ちっ、おいガキ、そこの女はハンターなんだぞ! どこで死のうが、誰に殺されようが文句でない、低俗な奴らなんだぞ! そんなゴミみたいな奴を治療するより、俺のほうを治療することのほうがよっぽど世の中のため――ぐごっ」
海斗は、男の顔を蹴り飛ばした。
一切の手加減なく、素人まるだしの不恰好なものではあったが、それも男には十分なダメージを与えられた。
「て、てめぇ……あ、がああああああ――!」
海斗は、男の負傷したという足を思いっきり踏みつけた。
「やめっ、このガキ! あああああ――!」
男は海斗の脚を掴んで退けようとするが、痛みに力が入らないのかうまくいかない。
「貴様が、こいつの価値を語るな……俺は、異世界人の価値観なんか知ったことじゃない」
「てめ、そいつはハンターなんだぞ。そいつは、この世界じゃ最底辺の――ぎゃああああああ!」
男は懲りないのか、なおもイズナを貶めようとする。しかし、その度に海斗に脚をギリギリと踏みつけられ、大きな悲鳴を上げる。
「次で最後だ。その口を閉じろ。ハンターだからどうした。そんなものは貴様らが勝手に決めた価値観だろうが……あいつは、バカでお人好しで、どうしようもなくお節介で天然だが……」
海斗は、冷たく男を見下ろしたかと思うと、脚にさらに体重をかけながら、男の頭を鷲掴みにした。
「貴様みたいな下衆が、侮っていい女じゃねぇんだよ!!」
海斗の形相は、戦いに慣れている筈の男すら怯むようなものだった。
怪我をしていることを差し引いても、本来なら海斗を押し退け、逆に殴り倒すことなどたやすかった。
しかし、狂気すら孕んだ海斗の顔を間近で見た男は、恐怖に失禁する手前まで追い詰められていた。
「失せろ。本当にこの脚、使い物にできなくしてやるぞ……」
「ひぃ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!」
男は、脚を引き摺りながら、無様に逃げていった。
周りのヒトたちも、今の一部始終を見ていたが、誰一人として、近付いてくるものはいなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ――!」
海斗は、荒い呼吸を繰り返していた。
しかしふと、海斗の背後から、声がかけられた。
「カイ、ト……」
「っ!?」
それは、今にも消え入りそうな小さいものであったが、たしかに、イズナのものであった。
「イズナ……!」
「カイト……喧嘩は、めっ、なんだ、よ……」
「喧嘩じゃない。ただ、少し意見交換をしていただけだ」
「はは……なによ、それ……」
力なく笑うイズナ。その顔は、いまだ青白い。
「一応、危険な状態は脱したんだけどさ。これ以上は、私の魔素が持たないよ……わるいんだけど、あとは医療魔機をつかっておくれ……私は、寝る…………………………」
そう言って、アルフは本当に寝てしまった。
「凄い方ですね、アルフさんって……イズナさんの折れて滅茶苦茶になっていた手足も、ボロボロの内臓も治しちゃうなんて。それこそ、伝説の『マーテル』様みたいでした」
かなり驚いたように目を開いて、アルフの寝顔を見つめる黒髪の女性。しかし、海斗にお尻を向けているため、大事な部分が見えそうになっていた。
「ぶっ! そこの女っ! 自分の格好をもう少し考えろ! そんな状態でこっちに尻を向けるな!」
「え? ……………………って、あああああああああっ!? み、見ないでください!!」
「いいから、早く着替えてこい! それとその服は俺の一張羅なんだ、早く返してくれ」
「は、はい! ただいま!」
「って、ここで脱ぐなバカたれ!」
何故か、海斗はこの黒髪の女性と、イズナがダブって見えた。
海斗は、一瞬見えてしまった肌色やら桜色やらを顔を背けて視界からはずし、耳まで真っ赤になっていた。
しかし、そんな様子を、足元から見ている存在が一人……
「……カイトの……すけべ……」
「俺か!? おい、非難されるべきは本当に、俺なのか!?」
力なく横たわっているイズナから避難の籠った視線を向けられた。
緊迫した空気が、盛大にぶち壊されながらも、海斗はイズナが一命をとりとめたことに、心から安堵していた。
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