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ゴムが破れて結婚した幼馴染の男女のお話
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秋の夜長。時刻は午前一時を回った所。
俺たちのような大学生にしてみればまだまだ起きている時間だ。
同棲している最愛の彼女が居て、金曜日の夜ならなおさら。
というわけで、先程まで二人でイチャついて……致していたわけだ。
しかし……。
「あのさ。ゴム、破れてるぽい……」
まだお互い服も着ていない。
下半身に目を落とせば、ゴムの輪っかの部分だけが残っている。
えーと……。
「なんかドロっとしたのが流れて来たから、「あれ?」って思ったんだけど」
最愛の恋人である由香が何やら生々しい事を言い始めた。
ドロっとしたの……。
「そういうのってわかるもんなのか?」
そんな事を聞いている場合じゃないのだけど、つい気になってしまう。
「うん……。微妙にユウちゃんのが生暖かい感じ」
由香は何やら恥ずかしそうに言うけど、俺としては色々いたたまれない。
「ほんっとーすまん。こんなに破れやすいの買ってしまって!」
俺、原雄一と冴木由香は小学校からの付き合い。大学に入ってから付き合い始めて、大学4年の今はお互い結婚を見据えて付き合っている仲でもある。
とはいえ、由香のご両親にもうちの両親にも色々申し訳ないし、何より由香に非常に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。俺も由香も既に就職が決まっているし、今のタイミングでもしも出来てしまったら、由香も就職を諦めなければいけないかもしれない。
「いいよ。今日は特に私が求めちゃったんだし……。お互い様だよ、ね?」
100%俺の責任なのに、こうして慰めてくれる由香は本当に出来た女だ。昔から、控え目だけどここぞという時はしっかりしていたものだった。
「とにかく。アフターピルだっけ?処方してもらった方がいいと思うんだけど……」
アフターピル。避妊に失敗した時に早い内に飲めば、かなりの確率で避妊出来ると聞いている。前にネットで少し調べただけなんだけど。
「うん。探してみるね。夜だから産婦人科とかやってないかもだけど」
「夜間救急だとどっかあるんじゃないか?」
二人揃ってネットで付近にある夜間救急の病院を急いで探し始める。
「あ、そういえばさ。一つ言っておくけど……」
これだけは言っておかないと、と思った。
「どしたの?」
不思議そうな顔をして見つめてくる由香はやはり可愛らしい。
「陳腐なんだけど、もし出来たら責任は取るからな」
言っててどこの物語だよ、と自嘲しそうになった。
ただ、こういう時は由香の方が不安だろうし、言っておかないと。
「ユウちゃんは優しいね」
少しだけ不安を滲ませながらも、返ってきたのは微笑み。
「いや。優しいっていうか……男として当然だろ」
彼女を妊娠させたあげく放置して逃げる男も居ると聞く。そんな無責任な奴になりたくなかったし、何より愛している由香を放っておくなんて出来なかった。
「ううん。昔から、ユウちゃんは欲しい言葉をくれたから。大丈夫だよ」
「そうか。とにかく、病院を探そう」
「産婦人科がある病院がいいと思う」
「さすがにそういうのは女性が詳しいな」
「生理が重い時に、先生に相談したこともあったしね」
「そっか。色々あるんだな」
長く一緒の時間を過ごしてきたけど、男はそういう事は案外わからない。
ともあれ、夜間外来がある病院を探さないと。
ヒットした一件目に素早く電話をかける。
「あの……言いづらいんですが、アフターピルって処方していただけます?」
「アフターピル?……うーん、お待ちくださいね」
電話口から返ってきたのはあからさまに戸惑った声。
「あー、これだと無理っぽいな」
「仕方ないよ。本当に緊急の要件じゃないし」
由香の奴は本当に物分りがいいんだから。
しばらく待つと、
「すいません。こちらでは夜間だとちょっと……。翌日来ていただけるのなら」
「ありがとうございます。もう少し探してみます」
わかっていた事だけど、少しだけ落胆してしまう。
「ユウちゃん、焦らなくていいから。12時間以内なら99%で避妊出来るらしいし」
「いや、でも。由香、凄い不安だろ?」
「それは不安じゃないと言えば嘘になるけど……」
「なら、任せとけ」
こういうのはさすがに男の責任だ。
その後も夜間外来がある病院に数件電話をかけて、
「アフターピルですか?うちなら大丈夫ですよ」
「そうですか」
内心、ほっとしていた。
「ただし、保険診療は効きませんから。15000円かかりますがよろしいですか?」
「それくらいなら大丈夫です」
「では、お待ちしていますね」
電話を終えて、視線を感じるとやっぱり由香が不安そうだった。
「どうだった?ユウちゃん」
「大丈夫だってさ。ここから車で30分くらいだからタクシーで行くぞ」
「う、うん。急いで準備するね!それと……ありがとうね」
何故か照れくさそうな声で言う由香。
「うん?何か言うほどのことしたか?」
「朝になってから処方してもらおうって言っても良かったのに……」
「心配性の由香を放っておけるわけないだろ」
「だから、そういう所、ちょっとカッコ良かったよ」
こういう場面でカッコよかったと言われると少し照れる。
素早くタクシーを呼んで、郊外の夜間外来で産婦人科がある病院へ。
「……」
さすがにタクシーの中で妊娠だの何だのは言いにくい。
二人して黙っていたけど、ふと、左隣の由香が手を握りたそうにしているのに気がついた。ああ、やっぱり不安なんだよな。ぎゅっと力強く握ってやると、少し表情が和らいだようだった。
「不安にさせてごめんな」
「ううん。不安なのはそうだけど。少し嬉しい気持ちもあるの」
嬉しい。今の状況でそういうって事はつまり。
「そっか。そうまで思ってくれてありがとな」
「ううん。ユウちゃんがこうしてくれるからだよ」
小声で言い合う俺たちは、不安なような、少しだけ嬉しいような、なんだか不思議な気持ちだった。
30分程タクシーを走らせて無事に郊外の病院に到着。
「わあ!星が綺麗……!」
つられて見上げると確かに空いっぱいに星が瞬いていた。
「街灯ないとこんなに星が綺麗なんだな……」
「うん。変なきっかけだけど、少し良かったかも」
くすくすと笑う由香は、気が小さいんだか大きいんだか。
先程電話した旨を受付で告げて、二人並んで座る。
「夜間外来にこんな事で来るとは思ってなかったよ」
「それは俺もな」
お互い、だいぶ気持ちが落ち着いていた。
「思春期の頃はよく夜に高熱出して来てたのにね」
「お前、昔は身体弱かったからなあ」
「お母さんだけじゃなくて、ユウちゃんも電話で励ましてくれたよね」
「まあ。由香の事は昔から好きだったし」
「ユウちゃん、そういう事言うのためらわないよね」
「俺も少しは照れくさいけどな。言わなくて後悔するのは嫌だしさ」
「私も、ユウちゃんのそんな所が好きになったのかな」
「……」
そんなニッコリ言われると照れる。
「ひょっとして照れてる?」
「由香もストレートに言うから照れるんだよ」
「私もユウちゃんをちょっと真似てみたんだよ」
しばらくとりとめもない事を話していると、病室から由香の名前が呼ばれる。
正直、俺も付き添いたいけど、そういうのは男性が行けないんだよなあ。
どういう事を話しているのやら考えに耽っていると、5分もしない内に由香が病室が出てきた。
「やけに早いな」
「別に病気じゃないからね」
「それもそうか」
「なんかね。同意ですか?ゴムは破れたんですか?って聞かれちゃった」
あー、なるほど。
「そういう案件の対応慣れてるぽいしな。無理やりってこともあるのか」
「断りづらいってこともあるしね」
やけに実感籠もってるな。
「俺が求めた時に断りづらかった事とか……あったか?」
「むしろユウちゃんは気を遣ってくれるでしょ?友達の女の子が言ってたの」
「そういうのは男性が気を遣うべきだと思うんだけどな」
恋人とはいえ、気乗りしない相手を強引にというのは好きじゃない。
「ユウちゃんはほんと真面目なんだから。前に友達にユウちゃんの事話したら、「そんな男、ほとんどいないから、捕まえといてあげなさいよ」って言われちゃったよ」
「そこまで評価してもらえてるのは嬉しいけど、当然だと思うんだけどなあ」
なんともはや、男女模様というのは複雑なことで。
「付き合ってたのに妊娠したとわかったら音信不通とかもあったって」
「その男、はっきり言ってクズだろ」
「私もさすがに駄目だと思うけどね。とにかく、ユウちゃんはいい男の子ってこと」
微笑みながら、何故か頭を撫でられる。
「由香。なんで頭撫でてくるんだよ」
こいつは時折俺の頭を撫でたがる癖がある。
俺としても嫌じゃないんだけど、少しモヤることはある。
「ううん。ユウちゃんはいい子だねーって思っただけ」
「それ言うなら、由香の方がいい子だろ」
反撃とばかりに由香の髪を梳きながら頭を撫でさする。
「もう。その子ども扱いやめてってば」
「由香の方が子ども扱いして来たんだろ」
などと言っていると、看護師さんが何やら気まずけな様子で近づいてきた。
「この話は後でね」
「ああ、了解」
さすがにカップルで乳繰り合ってるのを見られたのは罰が悪い。
他の患者は居ないとはいえ、もう少し慎むべきだった。
どうやら、処方された薬はその場で飲む必要があるらしい。
ちゃんと服用した事を病院としても確認する必要があるのだろう。
「でも、副作用で吐き気とか出るかもだって。しかも、その場合は再服用だって」
「うわ。タクシーとか寝る時とか吐き気したら言えよ」
「心配し過ぎ。でも、そうなったら言うね」
病院の入り口でタクシーを待つ間。
「あのさ。説明書きに、1.5%は妊娠するってあったよな」
「うん。でも、それは仕方がないよ」
「もしもの場合、由香の親父さんとか激怒しそうだけど、平謝りするから」
「だから私も悪いから、一緒に謝ろ?」
本当に出来た彼女だことで。
「それに、98%以上は避妊成功するから、気にしすぎだって!」
「……まあ、そうだな」
そう言いつつも、やはり少し不安なんだろう。
帰りのタクシーでは無言で、やっぱり手を握ってきた。
考えてみればこれはいい機会なのかもしれない。
いずれ結婚するという前提ではあっても、はぐらかしてはいた。
由香が不安なのも「結婚を前提に」ではあっても、いざとなったらという気持ちがあるからなのかもしれない。
(よし。決めた!)
俺だって来年は社会人だ。
そろそろきっちり覚悟を決めてもいいだろう。
◇◇◇◇
「ただいまー!」
「ああ、おかえり」
なんだかんだ二人して気を張っていたらしい。
家に帰ってくるなり疲労がこみ上げて来て、床にバタンキュー。
「ユウちゃん、カッコよかったなあ……」
天井を見ながら何やら夢見心地と言った様子。
「いや、だから別にそこまで言う程の事はしてないと……」
由香はそういうお世辞は言わないのはわかってるから余計照れる。
「ううん。凄い手際で病院に電話かけてたし、タクシーの手配も早かったし」
「いやまあそれほどでも」
「だからね。もし、もしも出来ちゃったとしても大丈夫だから、ね」
「俺もそこはもう腹くくってるよ」
本当はこういうタイミングでプロポーズするのはどうかと思うんだけど。
ただ、由香と一緒に生きていくという意思表示をするには一番だとも思う。
「あのさ、由香。結婚しよう」
「え?出来ちゃった時の事気にしてるの?いいよいいよ」
「違う。別に出来なかったとしても、いい区切りだと思うんだ」
同棲を始めても数年だ。
由香だって多少は期待してる節はあったし。
「由香くらい、気の合う女性はきっと二度と出会えない。結婚してくれないか?」
「それって……本気の、プロポーズ?」
「そのつもりだ。婚約指輪とかもないけどな」
震えた手を握りしめながら、ゆっくりと気持ちが伝わるように言う。
「……嬉しい、よお」
そう言ってボロボロ涙を流して由香は泣き出してしまった。
「泣かなくていいからさ」
とても愛しくなって、手を背中に回してぎゅうっと抱きしめる。
「そっかー。でも、私、ユウちゃんのお嫁さんになるんだね」
「急にやけに嬉しそうな声しやがって」
「だって。私も、いつ言ってくれるのかなって待ってたから」
「そうだな。長い間待たせた」
「でも、出来ちゃった時はお父さんたちに言うタイミング考えないとね」
「ああ。先手打って婚約の件打ち明けるか?」
「ちょっとズルいけど……その方がいっか」
どちらともなく、笑いだしていた。
「昨日まで、今、プロポーズしてもらえると思ってなかったよ」
「そりゃ、俺だって思ってなかったから」
「不束者ですがお願いします」
そう言って三つ指ついて頭を下げる様子は少し可笑しくて。
「もう。ユウちゃん、なんで笑うの?」
「いや。別に令和だし、そんな時代でもないだろ?」
「わかってないなー。こういうのは様式美なんだよ!」
「ま、いいけどな」
「ユウちゃん馬鹿にしてる?」
「してないって」
「ううん。馬鹿にしてる!」
こうして、ハプニングから始まった一夜は婚約という形で幕を閉じたのだった。
出来てもそうじゃなくても、この、しっかりしているような、でも子どもぽいところもある彼女を大切にしていきたい。
◇◇◇◇後日談◇◇◇◇
「1/100の確率に当たるとはなあ……」
「だから、病院でも注意書きがあったんだよ」
結局、それから数週間後のこと。
万が一あるかもと考えていた由香の妊娠が発覚。
「でも、お父さんも怒ってなかったし大丈夫だよ」
「俺も意外だったな。筋通さないのが嫌いな人だし」
「ユウちゃんはちゃんと、婚約するっていう筋通したからだよ」
「なら言っといて良かったのかもな」
とはいえ前途は多難だ。
お互いの両親からの助けは多少期待出来る。
でも、由香は内定を辞退しないといけない。
俺は俺できっちり卒業して、きっちり稼がないといけないし。
「妊娠したら不安定になりやすいって聞くから。言えよ」
「もう、心配性なんだから。大丈夫だって」
「由香は穏やかな方だけど、つわりとか本当にひどいらしいから」
「でも、私は八つ当たりとかあんまりしたくないし」
「何年の付き合いだと思ってるんだ?遠慮なく八つ当たりしてこい」
「ユウちゃんもすっかり大人になっちゃったなあ……」
何遠い目をしているんだか。
「それ言うなら、由香だってもうすっかり大人だろ」
「それ、セクハラだよ?」
じーっと見据えられる。
「なんでだよ!」
「だって……大人って。身体がっていう意味でしょ?」
「いやいや。文脈読んでくれよ」
「冗談だよ、冗談。でも……」
ふと、俺の方をまっすぐ見据えて。
「これからもよろしくね。旦那様」
最愛の彼女で今は妻でもある由香が笑いかけて来たのだった。
☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆
今回は微妙に生々しいテーマを扱ってみました。
一部に見聞きした事が入ってたり入ってなかったり。
楽しんでいただけたら、☆レビューや応援コメントいただけると嬉しいです。
☆☆☆☆
俺たちのような大学生にしてみればまだまだ起きている時間だ。
同棲している最愛の彼女が居て、金曜日の夜ならなおさら。
というわけで、先程まで二人でイチャついて……致していたわけだ。
しかし……。
「あのさ。ゴム、破れてるぽい……」
まだお互い服も着ていない。
下半身に目を落とせば、ゴムの輪っかの部分だけが残っている。
えーと……。
「なんかドロっとしたのが流れて来たから、「あれ?」って思ったんだけど」
最愛の恋人である由香が何やら生々しい事を言い始めた。
ドロっとしたの……。
「そういうのってわかるもんなのか?」
そんな事を聞いている場合じゃないのだけど、つい気になってしまう。
「うん……。微妙にユウちゃんのが生暖かい感じ」
由香は何やら恥ずかしそうに言うけど、俺としては色々いたたまれない。
「ほんっとーすまん。こんなに破れやすいの買ってしまって!」
俺、原雄一と冴木由香は小学校からの付き合い。大学に入ってから付き合い始めて、大学4年の今はお互い結婚を見据えて付き合っている仲でもある。
とはいえ、由香のご両親にもうちの両親にも色々申し訳ないし、何より由香に非常に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。俺も由香も既に就職が決まっているし、今のタイミングでもしも出来てしまったら、由香も就職を諦めなければいけないかもしれない。
「いいよ。今日は特に私が求めちゃったんだし……。お互い様だよ、ね?」
100%俺の責任なのに、こうして慰めてくれる由香は本当に出来た女だ。昔から、控え目だけどここぞという時はしっかりしていたものだった。
「とにかく。アフターピルだっけ?処方してもらった方がいいと思うんだけど……」
アフターピル。避妊に失敗した時に早い内に飲めば、かなりの確率で避妊出来ると聞いている。前にネットで少し調べただけなんだけど。
「うん。探してみるね。夜だから産婦人科とかやってないかもだけど」
「夜間救急だとどっかあるんじゃないか?」
二人揃ってネットで付近にある夜間救急の病院を急いで探し始める。
「あ、そういえばさ。一つ言っておくけど……」
これだけは言っておかないと、と思った。
「どしたの?」
不思議そうな顔をして見つめてくる由香はやはり可愛らしい。
「陳腐なんだけど、もし出来たら責任は取るからな」
言っててどこの物語だよ、と自嘲しそうになった。
ただ、こういう時は由香の方が不安だろうし、言っておかないと。
「ユウちゃんは優しいね」
少しだけ不安を滲ませながらも、返ってきたのは微笑み。
「いや。優しいっていうか……男として当然だろ」
彼女を妊娠させたあげく放置して逃げる男も居ると聞く。そんな無責任な奴になりたくなかったし、何より愛している由香を放っておくなんて出来なかった。
「ううん。昔から、ユウちゃんは欲しい言葉をくれたから。大丈夫だよ」
「そうか。とにかく、病院を探そう」
「産婦人科がある病院がいいと思う」
「さすがにそういうのは女性が詳しいな」
「生理が重い時に、先生に相談したこともあったしね」
「そっか。色々あるんだな」
長く一緒の時間を過ごしてきたけど、男はそういう事は案外わからない。
ともあれ、夜間外来がある病院を探さないと。
ヒットした一件目に素早く電話をかける。
「あの……言いづらいんですが、アフターピルって処方していただけます?」
「アフターピル?……うーん、お待ちくださいね」
電話口から返ってきたのはあからさまに戸惑った声。
「あー、これだと無理っぽいな」
「仕方ないよ。本当に緊急の要件じゃないし」
由香の奴は本当に物分りがいいんだから。
しばらく待つと、
「すいません。こちらでは夜間だとちょっと……。翌日来ていただけるのなら」
「ありがとうございます。もう少し探してみます」
わかっていた事だけど、少しだけ落胆してしまう。
「ユウちゃん、焦らなくていいから。12時間以内なら99%で避妊出来るらしいし」
「いや、でも。由香、凄い不安だろ?」
「それは不安じゃないと言えば嘘になるけど……」
「なら、任せとけ」
こういうのはさすがに男の責任だ。
その後も夜間外来がある病院に数件電話をかけて、
「アフターピルですか?うちなら大丈夫ですよ」
「そうですか」
内心、ほっとしていた。
「ただし、保険診療は効きませんから。15000円かかりますがよろしいですか?」
「それくらいなら大丈夫です」
「では、お待ちしていますね」
電話を終えて、視線を感じるとやっぱり由香が不安そうだった。
「どうだった?ユウちゃん」
「大丈夫だってさ。ここから車で30分くらいだからタクシーで行くぞ」
「う、うん。急いで準備するね!それと……ありがとうね」
何故か照れくさそうな声で言う由香。
「うん?何か言うほどのことしたか?」
「朝になってから処方してもらおうって言っても良かったのに……」
「心配性の由香を放っておけるわけないだろ」
「だから、そういう所、ちょっとカッコ良かったよ」
こういう場面でカッコよかったと言われると少し照れる。
素早くタクシーを呼んで、郊外の夜間外来で産婦人科がある病院へ。
「……」
さすがにタクシーの中で妊娠だの何だのは言いにくい。
二人して黙っていたけど、ふと、左隣の由香が手を握りたそうにしているのに気がついた。ああ、やっぱり不安なんだよな。ぎゅっと力強く握ってやると、少し表情が和らいだようだった。
「不安にさせてごめんな」
「ううん。不安なのはそうだけど。少し嬉しい気持ちもあるの」
嬉しい。今の状況でそういうって事はつまり。
「そっか。そうまで思ってくれてありがとな」
「ううん。ユウちゃんがこうしてくれるからだよ」
小声で言い合う俺たちは、不安なような、少しだけ嬉しいような、なんだか不思議な気持ちだった。
30分程タクシーを走らせて無事に郊外の病院に到着。
「わあ!星が綺麗……!」
つられて見上げると確かに空いっぱいに星が瞬いていた。
「街灯ないとこんなに星が綺麗なんだな……」
「うん。変なきっかけだけど、少し良かったかも」
くすくすと笑う由香は、気が小さいんだか大きいんだか。
先程電話した旨を受付で告げて、二人並んで座る。
「夜間外来にこんな事で来るとは思ってなかったよ」
「それは俺もな」
お互い、だいぶ気持ちが落ち着いていた。
「思春期の頃はよく夜に高熱出して来てたのにね」
「お前、昔は身体弱かったからなあ」
「お母さんだけじゃなくて、ユウちゃんも電話で励ましてくれたよね」
「まあ。由香の事は昔から好きだったし」
「ユウちゃん、そういう事言うのためらわないよね」
「俺も少しは照れくさいけどな。言わなくて後悔するのは嫌だしさ」
「私も、ユウちゃんのそんな所が好きになったのかな」
「……」
そんなニッコリ言われると照れる。
「ひょっとして照れてる?」
「由香もストレートに言うから照れるんだよ」
「私もユウちゃんをちょっと真似てみたんだよ」
しばらくとりとめもない事を話していると、病室から由香の名前が呼ばれる。
正直、俺も付き添いたいけど、そういうのは男性が行けないんだよなあ。
どういう事を話しているのやら考えに耽っていると、5分もしない内に由香が病室が出てきた。
「やけに早いな」
「別に病気じゃないからね」
「それもそうか」
「なんかね。同意ですか?ゴムは破れたんですか?って聞かれちゃった」
あー、なるほど。
「そういう案件の対応慣れてるぽいしな。無理やりってこともあるのか」
「断りづらいってこともあるしね」
やけに実感籠もってるな。
「俺が求めた時に断りづらかった事とか……あったか?」
「むしろユウちゃんは気を遣ってくれるでしょ?友達の女の子が言ってたの」
「そういうのは男性が気を遣うべきだと思うんだけどな」
恋人とはいえ、気乗りしない相手を強引にというのは好きじゃない。
「ユウちゃんはほんと真面目なんだから。前に友達にユウちゃんの事話したら、「そんな男、ほとんどいないから、捕まえといてあげなさいよ」って言われちゃったよ」
「そこまで評価してもらえてるのは嬉しいけど、当然だと思うんだけどなあ」
なんともはや、男女模様というのは複雑なことで。
「付き合ってたのに妊娠したとわかったら音信不通とかもあったって」
「その男、はっきり言ってクズだろ」
「私もさすがに駄目だと思うけどね。とにかく、ユウちゃんはいい男の子ってこと」
微笑みながら、何故か頭を撫でられる。
「由香。なんで頭撫でてくるんだよ」
こいつは時折俺の頭を撫でたがる癖がある。
俺としても嫌じゃないんだけど、少しモヤることはある。
「ううん。ユウちゃんはいい子だねーって思っただけ」
「それ言うなら、由香の方がいい子だろ」
反撃とばかりに由香の髪を梳きながら頭を撫でさする。
「もう。その子ども扱いやめてってば」
「由香の方が子ども扱いして来たんだろ」
などと言っていると、看護師さんが何やら気まずけな様子で近づいてきた。
「この話は後でね」
「ああ、了解」
さすがにカップルで乳繰り合ってるのを見られたのは罰が悪い。
他の患者は居ないとはいえ、もう少し慎むべきだった。
どうやら、処方された薬はその場で飲む必要があるらしい。
ちゃんと服用した事を病院としても確認する必要があるのだろう。
「でも、副作用で吐き気とか出るかもだって。しかも、その場合は再服用だって」
「うわ。タクシーとか寝る時とか吐き気したら言えよ」
「心配し過ぎ。でも、そうなったら言うね」
病院の入り口でタクシーを待つ間。
「あのさ。説明書きに、1.5%は妊娠するってあったよな」
「うん。でも、それは仕方がないよ」
「もしもの場合、由香の親父さんとか激怒しそうだけど、平謝りするから」
「だから私も悪いから、一緒に謝ろ?」
本当に出来た彼女だことで。
「それに、98%以上は避妊成功するから、気にしすぎだって!」
「……まあ、そうだな」
そう言いつつも、やはり少し不安なんだろう。
帰りのタクシーでは無言で、やっぱり手を握ってきた。
考えてみればこれはいい機会なのかもしれない。
いずれ結婚するという前提ではあっても、はぐらかしてはいた。
由香が不安なのも「結婚を前提に」ではあっても、いざとなったらという気持ちがあるからなのかもしれない。
(よし。決めた!)
俺だって来年は社会人だ。
そろそろきっちり覚悟を決めてもいいだろう。
◇◇◇◇
「ただいまー!」
「ああ、おかえり」
なんだかんだ二人して気を張っていたらしい。
家に帰ってくるなり疲労がこみ上げて来て、床にバタンキュー。
「ユウちゃん、カッコよかったなあ……」
天井を見ながら何やら夢見心地と言った様子。
「いや、だから別にそこまで言う程の事はしてないと……」
由香はそういうお世辞は言わないのはわかってるから余計照れる。
「ううん。凄い手際で病院に電話かけてたし、タクシーの手配も早かったし」
「いやまあそれほどでも」
「だからね。もし、もしも出来ちゃったとしても大丈夫だから、ね」
「俺もそこはもう腹くくってるよ」
本当はこういうタイミングでプロポーズするのはどうかと思うんだけど。
ただ、由香と一緒に生きていくという意思表示をするには一番だとも思う。
「あのさ、由香。結婚しよう」
「え?出来ちゃった時の事気にしてるの?いいよいいよ」
「違う。別に出来なかったとしても、いい区切りだと思うんだ」
同棲を始めても数年だ。
由香だって多少は期待してる節はあったし。
「由香くらい、気の合う女性はきっと二度と出会えない。結婚してくれないか?」
「それって……本気の、プロポーズ?」
「そのつもりだ。婚約指輪とかもないけどな」
震えた手を握りしめながら、ゆっくりと気持ちが伝わるように言う。
「……嬉しい、よお」
そう言ってボロボロ涙を流して由香は泣き出してしまった。
「泣かなくていいからさ」
とても愛しくなって、手を背中に回してぎゅうっと抱きしめる。
「そっかー。でも、私、ユウちゃんのお嫁さんになるんだね」
「急にやけに嬉しそうな声しやがって」
「だって。私も、いつ言ってくれるのかなって待ってたから」
「そうだな。長い間待たせた」
「でも、出来ちゃった時はお父さんたちに言うタイミング考えないとね」
「ああ。先手打って婚約の件打ち明けるか?」
「ちょっとズルいけど……その方がいっか」
どちらともなく、笑いだしていた。
「昨日まで、今、プロポーズしてもらえると思ってなかったよ」
「そりゃ、俺だって思ってなかったから」
「不束者ですがお願いします」
そう言って三つ指ついて頭を下げる様子は少し可笑しくて。
「もう。ユウちゃん、なんで笑うの?」
「いや。別に令和だし、そんな時代でもないだろ?」
「わかってないなー。こういうのは様式美なんだよ!」
「ま、いいけどな」
「ユウちゃん馬鹿にしてる?」
「してないって」
「ううん。馬鹿にしてる!」
こうして、ハプニングから始まった一夜は婚約という形で幕を閉じたのだった。
出来てもそうじゃなくても、この、しっかりしているような、でも子どもぽいところもある彼女を大切にしていきたい。
◇◇◇◇後日談◇◇◇◇
「1/100の確率に当たるとはなあ……」
「だから、病院でも注意書きがあったんだよ」
結局、それから数週間後のこと。
万が一あるかもと考えていた由香の妊娠が発覚。
「でも、お父さんも怒ってなかったし大丈夫だよ」
「俺も意外だったな。筋通さないのが嫌いな人だし」
「ユウちゃんはちゃんと、婚約するっていう筋通したからだよ」
「なら言っといて良かったのかもな」
とはいえ前途は多難だ。
お互いの両親からの助けは多少期待出来る。
でも、由香は内定を辞退しないといけない。
俺は俺できっちり卒業して、きっちり稼がないといけないし。
「妊娠したら不安定になりやすいって聞くから。言えよ」
「もう、心配性なんだから。大丈夫だって」
「由香は穏やかな方だけど、つわりとか本当にひどいらしいから」
「でも、私は八つ当たりとかあんまりしたくないし」
「何年の付き合いだと思ってるんだ?遠慮なく八つ当たりしてこい」
「ユウちゃんもすっかり大人になっちゃったなあ……」
何遠い目をしているんだか。
「それ言うなら、由香だってもうすっかり大人だろ」
「それ、セクハラだよ?」
じーっと見据えられる。
「なんでだよ!」
「だって……大人って。身体がっていう意味でしょ?」
「いやいや。文脈読んでくれよ」
「冗談だよ、冗談。でも……」
ふと、俺の方をまっすぐ見据えて。
「これからもよろしくね。旦那様」
最愛の彼女で今は妻でもある由香が笑いかけて来たのだった。
☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆
今回は微妙に生々しいテーマを扱ってみました。
一部に見聞きした事が入ってたり入ってなかったり。
楽しんでいただけたら、☆レビューや応援コメントいただけると嬉しいです。
☆☆☆☆
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2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。
同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。
社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、
実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。
それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。
「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。
僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。
亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。
あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。
そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。
そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。
夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。
とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。
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青春
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