幼馴染たちは恋をする

久野真一

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小悪魔な後輩は人の心が読めるんだが、最近やけに迫って来る意図がわからなくて困る

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「今日はいい感じの冬晴れふゆばれですねー。覚理あきさと先輩」

 可愛い声で腕を組んで来るのは俺の後輩にして幼馴染の千覚ちさと
 ちょっと小悪魔で優しいところもある大事な後輩だ。

「そうだな。ただ、その仕草は色々困るんだけど」

 傍から見れば俺と千覚ちさとは恋人同士。
 実はそうじゃないのが性質が悪い。

「ふーん。やせ我慢しちゃってー。実は先輩も嬉しいくせにー」

 小悪魔属性を最大限に発揮してうりうりと身体をこすりつけて来やがる。

「なあ。お前色々わかってるだろ。からかってるのか?」

 千覚ちさとの特殊な能力に「人の心が読める」というのがある。

 オカルトじゃなくて、感情のベクトルがおおまかにわかるが近い。
 本人曰く、表情、視線、身体の緊張、声色などから瞬間的に他人の感情の方向性を察知できるらしい。

 だから、いきなり下心を向けて来る男は基本的に避ける。
 自分を利用してくるタイプも避ける。
 俺みたいにあんまり相手を意識しないタイプとは仲良くしてくる。
 そういう人は面倒くさいこと考えなくていいので気が楽なそうな。
 まあ、俺の場合は小学校の時に力を打ち明けられたというのもあるけど。

 で、ぶっちゃけて言うと千覚は美人だ。顔の造形だけじゃなくて歩き方とか所作も含めて色々整っている。それでも最近までは「仲のいい女友達」と思っていたけど、先週末の夜に気づいてしまったのだ。夢に彼女が出てきて、それはもう口に出来ないことをあれこれしてて。朝起きたときに、「まずい。これ、千覚を好きになってる奴だ」そう気づいてしまった。

 千覚は俺の変化を敏感に感じ取るだろう。だから、避けられるんじゃないかと心配だったのだけど、結果はご覧のありさま。避けるどころか積極的に引っ付いてくる。

「どうでしょう?からかってるのかもしれませんねー」
「だったら小悪魔じゃなくてお前悪魔な」
「でも、実は先輩の事本当に好きなのかもしれませんよ?」

 以前からこういうからかいをしてきたことはあった。
 ただ、その時は別に俺もこいつに恋をしてなかったから軽くあしらえていた。
 しかし、こいつの意図がどこにあるにせよ、嬉しく思ってしまっている。

「俺の気持ちはわかってるだろうに。なら、そっちの真意も明かしてくれよ」

 こいつの「心を読める」はあくまで方向性や強さの話だ。
 深層心理まではわからない。にしても、親愛と恋愛の区別、その強さくらいは大まかにはわかると以前言っていた。だから、こいつはわかってて今の振る舞いをしているのだ。

「あのですね。私が本当にからかってるなんて思ってます?」

 一瞬、とても寂しそうな顔をする様が見えた。
 昔、心が読めてしまって辛いと打ち明けた時のような顔。

「いやその。えーと……」

 なんとかフォローしないと。
 そう思って言葉を探したのだけど。

「冗談ですよ、冗談。でも、今まで私のことを見て来た先輩ならわかるって信じたいんですけど」

 それはどこか懇願するような響きで。

「わかりたいけど、読み切れねえよ」
「どうしてですか?」
「だって、お前も好きなら明かせば済むだろ。勿体ぶる理由がない」
「そういうところ、やっぱり理屈っぽいですよね」
「ほっとけ。でも、お前が本気でからかうだけの性悪じゃないのもわかってる」

 昔からの付き合いだからこそ、こういうからかいは彼女なりの親愛のあらわれだっていうのも俺が知っている事だ。警戒している相手には絶対にしてこない。それくらいはわかる。

「仕方ないですね。じゃあ、今度のデートで当ててみてください」
「遊園地に行くって約束したやつな。当てた場合の特典は?」
「なんで先輩にご褒美あげなきゃいけないんです?」
「わざわざそういう回りくどいことするなら、俺にもメリットが欲しい」
「仕方ないですね。じゃあ、その時は一回だけ何でも質問する権利をあげます」

 またこいつも面倒くさい真似を。

「本当に何でも・・・なんだな?」
「もちろん」
「あと、質問にはもちろん正直に答えて・・・・・・くれるよな」
「退路を断つ辺り、やっぱり先輩ですね」
「茶化すなって」
「わかりました。正直に答えます。じゃあ、今週末、楽しみにしてますよ」
「こっちこそ吠え面かかせてやる」

 というわけで、実にしょーもない勝負の約束をしてしまった俺たち。
 と言いつつも、内心思っていた。千覚は男心を弄ぶ奴ではないと。
 付き合いの長さもあるし、そういう女子を見て心底嫌っているくらいだ。
 だから、正直にとっていいのだとは思っている。
 しかし、なら引っ張りたがる心が読めない。

(こっちも本気出すかね)

 密かに当日は一挙手一投足を観察してやろうと心に決めたのだった。
 他の人が聞けばきっと馬鹿じゃねえのと思われそうだけど。

◇◇◇◇デート当日◇◇◇◇

 遊園地デートの待ち合わせ場所は最寄り駅近くの公園入口。

「しっかし。30分前に来るとか俺も気合入れすぎだな」

 小声でぼやくも惚れた弱みという奴だ。
 先に待ってて見事にエスコートする。
 その時の反応で色々見極めてやる。

「せーんぱい。おはようございます!」

 背中をつつつっとなぞる感覚とともに馴染みのある声。
 思わず振り向いた俺は言葉を失っていた。

「……」

 まず、トップスはオフショルダーのセーター。
 寒くないのかと思うけど見事に似合っている。
 そして、膝下までの白のスカート。
 しかも、あえて・・・普通のスニーカー。
 昔プレゼントしたとあるイヤリング・・・・・・・・までというおまけつき。

 見事なまでに俺の好みを掌握した服装にいきなり屈服しそうだ。
 一体どういう意図・・・・・・なんだ?

「その……似合ってます?」

 俺の心なんてお見通しのはずなのに何故か千覚は不安そうな声。
 
「似合ってる。負けた気分だけど、めちゃくちゃ好み」

 正直、ファッションもだけど大昔にプレゼントしたイヤリングをつけてきてくれたのが実は最高に嬉しかったりする。

「もう。先輩も素直じゃないんですから」

 素直にそういうとぎゅっと手を繋いで来たのだった。
 ああ、もう。普通のクラスメイトがこういう振る舞いをしてきたのならまだしも。
 こいつの能力を考えた時にかえって意図が分からなくて混乱する。

「すいません」

 と思ったら何故か急に謝られる。

「なんで急に謝罪?」
「いえ。私の事情です」

 ああ、そういうことか。瞬間的に混乱してるのを読み取って。

「別に混乱してるのは悪い意味じゃないって」
「そういうところ本当に優しいですね」
「ま、それはおいといて。今日の終わりは色々期待してるぞ」
「散々振り回しましたからね。もちろん」

 勝負兼デートというのも本当にややこしい。
 

 電車で移動中のこと。

「なんかこうしてるとカップルみたいですよね」

 隣り合った席に座った千覚はご機嫌だ。

「カップルもカップル。バカップルだろうな」
「先輩、それはひどいですよ。せっかくイチャイチャしてるのに」

 ぶーぶーとでも言いたそうな顔だ。

「お前がさっさと吐いてくれたら心置きなくイチャイチャできるんだけどな」

 さすがにここまで来て千覚の気持ちの方向性がわからない程アホじゃない。
 ただ、なんで引っ張りたがるのかという疑問があるだけ。
 それに、こいつのことだから、万が一だけど
 「好きですけど、恋人にならないでおきましょう」
 なんて大穴だってあり得る。

 こいつは相手が「なんとなくしんどいな」とか。
 「ちょっと退屈だな」なんて気持ちだって読み取ってしまう。
 以前に「私は恋人出来たら気疲れしそう」と言ったのも覚えている。
 優しい奴だから敏感に彼氏をフォローしてしまうだろう。

「女心は複雑なんですよ」
「さよか」
「そうなんです」

 はにかんだような、困ったような表情だった。


 電車で数駅のところにある中規模な遊園地にて。

「二人で遊園地なんて初めてですよね。そういえば」
「家族旅行にお前がくっついて来たことはあったけど」
「あの時は迷子になっちゃって大変でした」
「あれな。親父たちが探すまでもなく戻って来たけどな」
「道を教えてくれそうな人を見分けるのは簡単でしたから」

 そう。心の方向性がわかるということは、瞬時に親切な人と不親切な人、害意のある人、無い人が直感的にわかるということでもある。迷子になったこいつは親切そうなおばさんに声をかけて無事俺たちと合流出来たのだった。

「昔話はおいといて。今日は思いっきり楽しもうぜ」

 こいつの真意を見極めるにはこっちからアプローチしたっていいのだ。
 思い切ってぐいっと身体を引き寄せてみる。
 大変恥ずかしいけど反応を見るためだ。
 俺も大変おバカなことをしている。

「あのその。なんで急に?」

 何やら急に慌てだした。

「お前が最近やってきたようにしてるだけだが?」

 見る見る間に顔が真っ赤になっていく千覚が面白い。

「先輩、面白がってますね」

 悔しそうにしながら涙目で睨みつけてくるけど怖くない。

「気づいたわけだよ。こっちから攻める方が早そうだなって」

 俺には千覚のように直感で心理を把握する能力はない。
 仕草や振る舞いから推論する能力には自信がある。
 なら、こちらから仕掛けて反応を見るまでだ。

「先輩がイジメっ子だったって初めて知りましたよ」

 半分涙目で睨みつけて来る千覚。

「言うだろ?好きな子ほどイジメたくなるって」

 ガンガン攻めてやる。

「ズルいですよ。本気が伝わるよう・・・・・・・・にやってますよね?」
「さあどうだろうな。お得意の能力使えばわかるんじゃないのか?」
「深層心理まで読み取れないこと知ってる癖に……!」

 ここまで来て一つわかったことがある。
 千覚は俺に対してイニシアティブを取りたがっているということだ。
 考えてみると好意を自覚してからの行動もそういう傾向があった。
 ということは……まあ、まだまだ仮説だ。

「それだったらこっちも考えがありますからね!」

 もっと身体をぎゅうっと押し付けて来た。
 俺だってそういうの慣れてないのになんだよ。
 おまけにこいつ自身も照れまくってる。

「その体当たり自爆攻撃は何なんだよ」
「私が一方的にドキドキさせられるのは納得行かないですから」
「もう勝負とかどうでも良くないか?」
「いいえ。ちゃんと夕方まで勝負は続行です」
「頑固な奴め」
「先輩はそのことをよく知ってると思いますけど」

 イチャイチャしてるのか緊張感があるのかわからない。


 ジェットコースターにて。

「ジェットコースターって眺めがいいですよね」
「眺めがいいなんて言うのはお前くらいだ」
「だって別に危険があるわけじゃないですし」
「スリルを楽しむって概念がないのか?」
「あれば良かったんですけど残念ながら抜け落ちてるみたいです」

 なんて言うこいつはマジでのんびりジェットコースターから見える景色を楽しんでいたのだった。こいつはどうも昔から浮世離れしてるんだよなあ。
 だからこそ、神様はこいつに妙な能力を与えたのかもしれない。

 ジェットコースターやゲーセンで遊び倒した後は、売店でアイスを買って休憩。

「冬に食べるアイスって最高ですよね」
「悔しいけどわかってしまうな」
「そういうところ、類友ですよねー」
「お前みたいな謎生物と一緒にされたくない」
「よりによって好きな相手にそういうこと言いますか?」
「それとこれとは別問題」

 さて、今の「好きな相手」という言葉。
 つまり、お前の心情は読み取ってますよ、というアピールか。

「ところでさ。お前、俺のこと好きだろ?」
「拒否権を行使します。それを当てるのが今日の趣旨ですし」
「はいはい」
「はいは一回!」
「ほいほい」
「文言を変えても駄目です」

 さてさて、またヒントが出て来た。
 わざわざ「答えない」なんてことを選んだところ。
 つまり、自分から言うつもりはない・・・・・・・・・・・・と。
 大体わかったけど、こいつの思惑に乗るのも癪だな。

「そういえば。先輩も一口どうぞ」

 カップアイスを一掬いして差し出してくる。

「うん。美味い」

 チョコアイスを味わいつつ反応をうかがうと実に悔しそうだ。

「なんで動揺してくれないんですか?」

 微妙に不機嫌そうな抗議の声。

「さーてな。ただ、お前は一つ大事なこと忘れてないか?」
「どういうことですか?」
「誰かの心理を見透かす力は俺にもあるってこと」
「ああ、そうでしたね。すっかり忘れてました」

 そもそも俺たちが仲良くなったのは共通項があったからだ。
 直感的に相手の心情がわかってしまう彼女と。
 情報処理の結果、相手の心情を類推する能力に長けた俺と。

「私の悩みをわかってくれたのもそのおかげでしたよね」
「まあな。お前みたいに制御出来ないのだと厄介なのは想像ついたし」

 深層心理がわからないにせよ面倒くさいことには違いない。
 友人が不機嫌だったら宥めに行くし、喧嘩をしていたら両者の心情を推し量った上で仲裁に入る。優しい性格のせいで人一倍苦労して来たのは、彼女と仲良くなってすぐわかった。

「ならもう言っちゃいますけど。私のささやかな願い・・・・・・・叶えてくれません?」
結果は同じ・・・・・だし、別にどっちから・・・・・でも良くないか?」
「わかってませんね。そういうのはロマンなんですよ。ロマン」
「じゃあ、俺から言わなかったらどうするつもりなんだ?」
「わかってて言いますか?相当なSですよ」
「仕方ないなー。そこは俺が折れるから」

 さてさて、もう答え合わせはほぼ終わった。
 あとはどういう言葉で伝えるかだけだな。
 ちょっと夢見がちなこいつにふさわしい言葉がいいか。

「夕方に二人で観覧車デートとか憧れだったんですよね」

 締めは観覧車。こいつたっての希望だ。

「千覚は乙女だよなあ」
「喧嘩売ってます?」
「いや、いい意味で」
「なんだかちっともロマンティックな雰囲気じゃないのが無念です」

 向かい合っているこいつは何を思っているのやら。
 早く言ってくれないかなーってオーラが思いっきり出てるんだが。

「ところでさ。答え合わせやっていいか?」
「もうどうせわかってるんでしょ?」
「まあまあ。正解したら何でも質問していい権利もらえるんだろ」
「私のこと小悪魔とか言いますけど、先輩の方がもうたいがいですよ?」
「そこはおいといて。要は俺から告白して欲しかった。だろ」

 色々観察した結果の結論はそんなしょーもないこと。
 そもそも、こいつは昔から好きな男子にロマンティックなムードで告白される。
 そんなシチュエーションの恋愛漫画が大好きな奴だった。
 加えて、好意を隠す気もない癖に何故か引っ張りたがる態度。
 その他、諸々を考えての結論がそういうことだった。

「正解です。もう。どうやって先輩を弄ぼうか考えてたのに」
「付き合いの長さを舐めるなってんだ。この乙女め」
「負けです、負け。もう私から言いますよ」

 見抜かれてまで、貫き通す気はなかったんだろう。
 しかし、だ。

「なあ、千覚。俺はさ、お前のことずっと好きだったぞ」

 俺はやっぱり悪い奴なのかもしれない。
 
「……それ。私がどんな反応するかわかってますよね?」

 顔を俯けて身体をぷるぷると震わせながらの言葉。
 嬉しそうな、それでいて恥ずかしそうな。

「そりゃな。なんだかんだ、お前恥ずかしがり屋だし」

 いやー、勝った、勝った。
 なんて心の中でひどいことを考えていると。

「私も、先輩のことがずっと、ずっと大好きでした。だって、辛さをわかってくれたのは先輩だけでしたし。いつも優しくしてくれましたから。今日みたいに意地悪なこともありますけど」

 顔を上げて真っ直ぐに見つめての告白。

「お、おう。ありがとう。それほどでもないけど、な」

 くそう。これ、滅茶苦茶照れる奴だ。
 沈まれ、俺の心臓なんて考えていると、
 向かいの彼女が気が付けば隣の席に。

「急にどうしたんだよ」

 しかもどんどんにじり寄って来る。
 もう自爆覚悟で何かやらかす気だ。
 そう思ったが既に時遅く。

「負けっぱなしは気に食わないですから」

 言うや否や唇に冷たい感触。
 見れば俺と千覚の唇が合わさっている。
 ええと。これってキスという奴か?
 しかも舌がピチャピチャと口元を舐めてくる。
 ちょっと刺激が強すぎる。
 
 しばらく、呆けたようにキスを受け入れていると。

「ぷはっ」
「はー」

 お互い息継ぎを忘れていた。
 お互いぜーはーと息を切らしていた。

「おまえなー。いくらなんでも予想外だぞ」

 こんな形でのファーストキスなんて。

「私だって予想外でしたよ。勢いでした」

 身体中がなんだか熱を帯びているのを感じる。
 横目で見れば彼女も似たような様子。
 
「俺たち、なんだかアホなことしてるなー」
「言わないでくださいよ。自覚してますから」

 微妙に肩を落として落ち込んだ俺たち。

「ところでさ。付き合いのことオープンにするか?」
「恥ずかしいですけど、出来れば堂々としてたいです」
「了解。俺もまあ、こそこそとか性に合わないし」

 そういえば。

「一回だけ何でも質問する権利って今使っていいか?」
「どんな意地悪な質問をするつもりです?」

 今日の俺の行いのせいか。何やら身構えてしまっている。

「今日つけてくれてるイヤリングだけどさ」
「……凄く嫌な予感してきました」
「ひょっとして、あの時の約束覚えてたりするのか?」

 小学校高学年の頃。
 男女の境目をはっきり意識する年頃で。
 ませてたあいつは、こんなことを言ったことがあった。

◆◆◆◆数年前◆◆◆◆

「私は一生恋人できないでしょうね」
「なんで?」
「出来てもしんどそうですから」
「千覚ちゃんならそうかも」

 当時の俺……僕もたいがいマセテたなと思う。
 当時から苦労性だった彼女ならと共感してしまったのだ。
 
「せんぱいみたいにわかってくれる人なら……」
「じゃあ、僕と恋人にでもなる?」

 それはちょっとした冗談だった。

「それもいいかもしれませんね」
「じゃあ、もし高校生になってもこのことを覚えてたら」
「いいですよ。せんぱいはきっと忘れてると思いますけど」
「わからないよ。案外おぼえてるかも」

 そんな他愛無い、約束のようなもの。

 そして、約束のしるしとして。
 安い安いイヤリングを買ってプレゼントしたのだった。

◇◇◇◇◇◇◇◇

 今思えば何してるのやらという思い出。

「もちろん覚えてますよ。中学になる時期も近づいてましたし」
「じゃあさ。そのイヤリングは……」
「ちょっとは気づいてくれないかなーって気持ちがありましたよ」

 それが何か?と。

「やっぱり千覚は夢見がちだなー」
「そういう意地悪なところ、本当にキライです」
「それは困るんだけど」
「明日から見ててくださいよ。余裕かませなくしてあげますから」
「さっきのキスで十分だっての」

 あんな唐突なファーストキス、本当にドキドキだった。

「あれはお互いイーブンですから。これからもっと好きにさせてみせますから」

 とてもくだらない言い争いとも言えないじゃれあい。
 気が付けば観覧車は地上に降りていて。

「あのー。次のお客様のご迷惑になりますので」

 そう気まずそうに係員さんに諭されてしまった。

「今度からお互い周りは見ような?」
「はい……これもバカップルという奴なんでしょうか」
「どうなんだろうな」

 妙なオチがついてしまったのだった。
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