幼馴染たちは恋をする

久野真一

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ある節分の日と豆まき。人懐っこい後輩なカノジョ。

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 今日は2月3日。冬のなんでもない一日。
 
「ふわぁーあ」

 昼休み前最後の鬼門、現国。
 何が鬼門かって?授業が眠いのだ。
 現国教師のふゆちゃんはやたら間延びしたスローな喋りに定評があって、睡眠導入剤の異名を取っている。
 冬ちゃんはいい人なので生徒も出来るだけ授業を聞こうとはするのだけど、いかんせん今朝は寝不足だ。

(ごめん。冬ちゃん……)

 周囲を見ると催眠ボイスにやられて机に突っ伏しているクラスメートが数人。
 よし、これなら僕だけが寝ていたことにはならない。
 こうして僕は意識を手放したのだった。

◆◆◆◆

「せんぱいが鬼やってくださいね」

 僕たちが住むファミリー層向けマンションのエントランス付近。
 豆が入った箱を手にしながら唯が言う。
 これは夢だな。なんせ唯がとっても小さい。
 
「やだよ。なんで僕に豆投げたがるの?」

 毎年のように節分になると唯は豆まきをやりがたる。
 小学校高学年にもなるというのに唯は子どもっぽい。

「せっかくの節分じゃないですかー」
「節分とかどうでもいいんだけど」
「と・に・か・く!ほらほら」

 強引に豆まきが始まる。

「おにはーそと、ふくはーうち!」

 で、唯はといえば楽しそうに豆を僕にぶつけてくる。
 
「わかった。じゃあ、僕も反撃するからね」

 僕も箱から豆を一つかみして唯にぶつける。

「鬼は先輩ですよ!」

 豆を投げ返されてムっとした様子の唯。
 それは逆ギレだと思うんだけど。

「いや君が勝手に決めたんでしょ」

 思えば僕たちも馬鹿なことやってたなあ。

◇◇◇◇

 意識が覚醒したのに気が付くともう昼休みだった。

「おはよう。よく眠れたか?」

 皮肉交じりの挨拶をしてきたのは友達の黒井雄介くろいゆうすけ
 長身でイケメンで少し皮肉屋だけどいい奴だ。

「冬ちゃんのあの声はね……。いい先生だけど」
「わかるけどな。あの声が大敵だよな」

 先生が悪いわけでない。あの催眠ボイスが悪いだけ。

「そういえばさ。こないだ言ってた『実力も運のうち 能力主義は正義か?』なんだけどさ」
「あれな。結構考えさせられる内容だったよな」
「僕らも中高一貫のお坊ちゃんお嬢ちゃん高校に通ってるわけだしね」

 本の内容をかいつまんで言えば、成功した側とか充実した生活を送っている側は自分たちのことを努力したと言いたがるけど、その努力にしても家庭環境などの運要素が大きいのである、といったことだ。

「学級崩壊してるところの奴らとか馬鹿でねーのとか最近まで思ってたけど」
「僕たちも親のおかげでここ通えてるわけで、あんまり偉そうに言えないよね」

 我が高校……正確には中高一貫校だけど平和そのもの。
 近くの公立高校、特に不良校と言われるところで聞く事件などとは無縁だ。

(なんであんな馬鹿なことしてるんだろう、なんて思ってたけど)

「といっても、ガラ悪い不良校の連中とかは勘弁だけどな」
「それは同感」

 無駄な争いをするくらいなら距離を置けばいいのに。
 うちのクラス、というかうちの学校の生徒の基本スタンスはこれだ。

「ところで、昨日放映してた新作アニメの話なんだけどよ……お?」

 雄介が何かに気づいたかのように教室の前側入口を見つめている。

「通い妻がおいでなさったようですぜ、だんな」

 急にからかう口調に変わる雄介。
 つられて入口を見るとにぱっと笑った唯が手を振っていた。
 冬山唯ふゆやまゆい。一年後輩でちょっと天然入ってる。
 半月前から付き合い始めた大切なカノジョだ。

「もういい加減それやめてよ。僕も恥ずかしいんだから」
「このリア充め。唯ちゃんみたいな可愛い後輩とカノジョになれて不満かよ?」
「不満じゃないけどもうちょっと人目を気にして欲しい」
「贅沢言うな。大人しくリア充は爆発してればいいんだよ」
「はいはい」

 なんて言っている内に唯は一目散に僕の席に駆けて来る。
 クラス中の視線が釘付けで少し居心地が悪い。
 幸いというべきか、唯は愛嬌があるというか、こういう所作を天然でやってる節があるので、だいたい生暖かい目で見ている。

「なんか本当に幸せそうだよね」
「不思議と憎めないのよねー」

 などと周囲の女子連中がささやいている。

「せんぱいせんぱい、豆まきしませんか?」

 抱えた布袋には大量の豆。

「今日、何かあったっけ?」
「節分ですよ、節分。節分と言ったら豆まき!」

 唯はこれを本気で言ってるから性質が悪い。
 節分なんて大抵の生徒にしてみれば、

「そういえば、言われてみれば」
「今朝、うちの朝食が恵方巻だったけど微妙だよな」

 などとどうでも話題が出るくらいの日でしかない。
 豆まきしようと真剣に考えている生徒なんぞ皆無だ。

 しかし、高校生にもなって豆まきとは子どもっぽい。
 などと口にすれば彼女がへそを曲げることを僕はよく知っている。

「わかったよ。で、どこでやるの?」

 出来れば人目につかないところがいい。

「それは校庭に決まってるじゃないですか!」
「なんで校庭に決まってるのさ」
「それは廊下だと掃除も大変ですし周りに迷惑ですし」

 また中途半端な気の遣い方だな。
 しかし、校庭か。今は冬だから人は少ない。
 とはいえ、故にいちゃつく校内のカップルが居たり、微妙に教室に居場所がない奴らも居たりする。
 まあいいか。唯と付き合う時からそういうのを気にしても仕方ないと割り切ってはいたことだし。

「よしわかった。行こう」
「その前に、お弁当作って来ました」

 ドンと出された弁当箱。

「唯がこういうことするの珍しいね」
「せっかく節分ですから恵方巻です」
「本当に行事好きなんだから」

 でも、唯はなんだかんだで料理が上手い。
 
「恵方巻っていうかこれ普通のお寿司じゃない?」

 弁当箱に入っていた恵方巻はなんというか申し訳程度にカンピョウやキュウリが入っているだけで、他にはマグロやサーモンなど海産物がメインの巻き寿司だった。

「だってやっぱり普通の巻き寿司の方が美味しいですよね?」

 無邪気に笑う唯はとっても可愛らしい。
 なんていうか、この子も本当に昔から変わらないな。

「ま、そうだね。いただきます」
「なんだか馬鹿にされた気がするんですけど?」

 危ない危ない。生暖かい目で見ていたのがバレたか。

「気のせい、気のせい」

 こうして衆人環視の中二人で仲良く恵方巻きを食べたのだけど。
 クラスメイトはひそひそと囁いたり生暖かい目で見つめるばかり。
 冷やかされるのも困るけど、この視線も微妙に居心地が悪いな。

(ま、贅沢言うのもばちが当たるよね)

 なんだかんだ言ってこんな時間が僕だって好きなのだ。
 後で雄介とかはからかってくるの間違いなしだけど。

 二人で恵方巻を頬張った後に校庭に移動。

「というわけで、先輩が鬼です」

 びしっと指を差される。
 直前に夢見ていた光景が重なる。

「だからさ。なんで毎年僕が鬼なのさ」
「豆はぶつける方が楽しいじゃないですか」
「もう言っても無駄な気がしてきた」

 変に抵抗しても無駄なのが彼女だ。

「鬼はー外、福はー内」

 地面に置いた袋から豆を一つかみして全力でぶつけて来る。
 豆の量があの時より大増量なので少し痛い。

「じゃあ、こっちも。鬼はー外、福はー内」

 放っておくと一方的に豆を毎年投げつけて来るので僕も大体やり返す。

「痛いですよ。先輩は鬼ですから黙って豆ぶつけられてください!」

 負けじと豆を投げ返してくる唯。

「一方的に僕だけが痛いのはおかしい……でしょっと」

 僕も同様に袋から豆を取り出して全力で投げ返す。

「こういうのも様式美だと……思うんですよっと」

 こうして、10分も経たない内に豆まきというか豆投げ合いは終わったのだった。

「彼女と豆まきとか俺もやりてー」
「お前、気になってる子いただろ。アタックしてみたらどうよ」
「やー、あの子は倍率高いから無理無理」
「俺はそれ以前に気になる子がいねえよ」

 男子三人組が何やら僕らを見てひそひそ話している。
 ラノベとかだとこういう時に嫉妬の視線を浴びたりするものだけど、我が高校はやっぱり平和そのもの。よそはよそ。うちはうち主義が徹底されている。

 ただ、男子グループはともかく。
 女子グループは。

「なんだか二人ともカワイイよね」
「うんうん。わかるわかる。無邪気っていうか」
「こういうのもウチの風物詩になってきたよね」

 なんだか微笑ましい目で見ている子が多い。
 これも唯の人徳という奴なのだろうか。

「ふう。これで豆まきも無事に終わりですね」

 ひと汗かいたとばかりに清々しそうな唯。
 この子も一体何を考えているのか。

「満足した?」

 本当に変わらないんだから。

「はい!ただ、ちょっと人目につかないところに行きたいんですが」

 近づいて来たと思ったらひそひそ声で耳打ち。

「うん?別にいいけど」

 むしろこれまで人目につくところでさんざんアレなことしてきた割に、唯も人目とか気にするんだな。

「じゃあついてきてください」
「はいはい」

 手を引っ張られるまま着いて行ってみると校舎裏だった。
 日陰かつ死角になっていて確かに人目はない。

「で、どうしたの?」
「うーん……えいっ」

 気が付いたら思いっきり抱き着かれていた。
 うう。この子は急にこういうことするから照れるんだよなあ。

「あのさ。これがしたかったの?」

 ぎゅうっと背中に回された手に力が入る。
 なんだかいい香りと制服の上に着込んだセーターのもこもこさと。
 平熱が高い唯の体温が伝わってきて、僕の体温まで上がりそうだ。

「そうです。駄目ですか?」
「駄目なわけないよ」

 そりゃ僕らは付き合ってるわけだし。
 僕も同じように抱きしめ返すと、

「なんだか幸せです……」

 抱きしめあっているから表情はわからない。
 ただ、その声色は間違いなく嬉しそうで。

「僕も幸せだよ」

 しばらく抱き合っていると、急に身体を離したかと思えば、上を向いてキスをねだる仕草。最初は色々ぎこちなかったのにお互い慣れて来たなあなんて少し思う。

「んっ……」

 鼻でゆっくり息をしながらだから吐息が少し顔に当たってくすぐったい。
 お互いいつものように口腔の感触をしばらく楽しんだのだった。

 キスを終えた僕たちはお互い見つめてクスクスと笑いあっていた。

「そういえばさ。昼前に昔の節分のこと思い出したんだけどさ」
「奇遇ですね。私も今朝、思い出してたんですよ」
「ひょっとして、小学校の頃の?」
「はい。マンションのエントランスでやったの懐かしいですよね」
「今はもうさすがにしづらいよね」
「清掃係の人にも迷惑ですしね」

 きっと、唯の頭の中にも小学校の頃の無邪気な自分たちが映っているんだろう。
 ただ、少しだけ言いたいのは。

「一つ聞きたかったんだけどさ。唯は人目とか気にならないの?」

 暗に教室に押しかけて来てるのどうなの?と聞いてみる。

「うん?馬鹿にしてます?気にしてなかったら、ここに来てないですよ」

 何を当然のことと言わんばかりの唯。
 つまり、教室とか校庭での振る舞いは見られても構わないのだと。
 やっぱり唯はちょっと天然だ。

「君はそのままでずっといて欲しいね」
「やっぱり馬鹿にしてますよね」
「いやいや。ちょっと将来のことに思いをはせていただけ」

 きっと、また来年も同じように節分になったら彼女は言うに違いない。

「せんぱい、豆まきしましょうよ」

 なんて無邪気に人目がある前で。
 でも、そんな光景も幸せかもしれない。
 自然と口元が緩むのを感じた僕だった。


※この作品だけ読んでくださった方もいると思いますが、
※「ある晴れた冬の日と雪だるま。人懐っこい後輩。」の後日談ぽいものです。
※単独で楽しめる構成にしたつもりですが、よろしければこちらも。
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